異誕少女ノ魔女裁判   作:異誕少女ノ魔女裁判制作チーム

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2-5「狩人と料理人」

 今朝もピアノの音が屋敷を満たしている。今日はなんだか力強い音色が多い気がする。何か良いことでもあったのだろうか。

 ユウノが朝にピアノを弾くようになってから数日が経つ。段々と、このコンサートに来る人も固定化されてきた。私、アヤフミ、テミ、ユリ、リチ……

 奏でられる旋律に身を委ねる面々を横目に、楽しそうに鍵盤を叩くユウノを見つめる。

 

 演奏が一段落したところで、ユウノが立ち上がってお辞儀をする。私たちは惜しみなく拍手をする。

 

(……ん?)

 

 そして、このタイミングでいつもなら『素晴らしい!』と声が聞こえてくるが、今日はそのシルベが見当たらない。

 

「あれ、ユウノさん。今日はシルベさんと一緒じゃないんすか?」

「あ、えっと……」

 

 ユウノは目を泳がせていたが、少し困ったように頬をかいて笑った。

 

「きょ、今日は、来ないって言ってました。……何か、や、やりたいことを、見つけたみたいで」

 

 その表情は寂しげにも見える。

 

(でも、さっきまでの演奏は楽しそうだったけど……)

 

 プロは感情に左右されないのだろうか。

 事情を深堀りするのも違うと思い、話もそこそこに席へ戻ると、ユウノは演奏を再開した。

 

(……いや、あれはもしかして)

 

 強く鍵盤を叩いているその様子からは、なんとなく八つ当たりする子供のような乱暴さがあるようにも見えた。もしかしたら、感情を態度に出さなかっただけで、何かしら思うことがあるのかもしれない。

 

(あれもポーカーフェイスってやつなのかな……)

 

 ふと、ポーカーフェイスの達人が居たことを思い出して観客席に視線をやる。

 

(……そういえば、クオレさんも今日は居ないのか)

 

 彼女はプロというよりも感情を出せないと言った方が正しいかもしれないが。

 クオレがふらっと居なくなるのはいつものことなので、あまり気にしないようにした。

 

 

***

 

 

 朝のコンサートが終わると、図書室で【銀の結晶花】についての情報集めをする。それがここ数日のルーティンになっていた。

 図書室も随分と開拓が進んだ。図書室に住んでるのかと思うほど通い詰めていたテミとユリでさえも把握できていなかった文献が、まさに山のように出てきてからは凄かった。2人は作業どころではなく、古い資料を広げてあーでもないこーでもないと議論を交わしていた。

 当然、知識面でも圧倒的に劣る私がその話についていける訳もなく、私は1人で作業を進める時間が増えていた。そんな作業の合間に、(くだん)の絵日記を読み進めるのが最近の息抜きになっていた。

 

~~~

 

【挿絵表示】

 

むかしむかし、あるところに、とっても可愛くて、とっても強い少女がいました。

 

ある日、少女は道端で2人の子どもを見つけました。

姉妹でした。

ぼろぼろで、汚れていて、泣いていました。

とても、可哀想でした。

 

だから、少女は助けてあげることにしました。

家をあげました。

ご飯も、ふかふかのベッドも、綺麗なお洋服も、全部あげました。

 

姉妹は毎日、「ありがとう」と言いました。

「天使みたい」とも言いました。

 

少女はそれを聞いて、キャハハと笑いました。

 

――私は、魔女なのに。

 

しばらくの間、とても平和でした。

姉妹は、だんだん笑うようになりました。

 

でも、

少女は、姉の方だけを殺しました。

 

妹がそれを見つけた時、声は出ませんでした。

目だけを大きく開いたまま、身体を震わせていました。

 

「どうして……」

 

そう言った妹に、少女は優しく教えてあげました。

 

「あなたたちは所詮、私のお人形よ」

 

それから、

妹は、毎晩泣くようになりました。

そのうち、笑わなくなりました。

最後には、少女を見てもなにも感じなくなりました。

 

少女はそれを見て、首をかしげました。

 

――つまらないわ。

 

やっぱり、

壊れる途中が、一番可愛いのです。

 

~~~

 

(やっぱり、息抜きで読む文章じゃないよな……)

 

 とは思いつつ、なんとも言えないクレヨンのヨレた字で書かれる不思議な内容の話に、どこか惹かれているのかもしれない。つい、ここに帰ってきてしまう。

 

(……っと、作業作業……ん?)

 

 視界の端で、図書室に誰かが入ってくるのを捉えた。気になって誰が入ってきたのか見てみると、特徴的な長いマフラーが目に入った。

 

(ウメさんだ……こんなところに居るなんて珍しい)

 

 話しかけようかと見ていると、ウメに近付く影があった。

 

「あ、ウメちゃんだ……!」

 

 それはリチだった。そういえばリチも若干、文献についての討論には置いてけぼりだった気がする。

 嬉しそうに駆け寄ってくるリチに、ウメは少し驚いた表情で足を止めた。

 

「珍しいね~こんなところで会うなんて……」

「……」

「前から思ってたんだけど……ウメちゃんのマフラーってやっぱり、温かそうだよね~」

「まあ、そうだね」

「良いなぁ、私も欲しいな~。……ウメちゃん、私にもそのマフラーちょうだい?」

「嫌。これは私のだから」

「……ウメちゃんのケチ」

 

 2人が言い合っている間に気付いたのか、テミとユリが合流した。

 

「どうしたんですか、ウメさん。図書室に来られるなんて珍しいですね」

「……別に、冬川さんが居ない場所を探してるだけ」

 

 首を傾げるテミに、ウメはそっけなく返す。

 と、その横に居たユリが一歩前へ出た。

 

「あ、あの!」

「……どうしたの、清條さん?」

「も、もも、もしかして、ウメさん! 本に、興味があったり、し、しませんか⁉︎」

 

(あ……なんかすごいデジャヴ……)

 

 それは、図書室で初めてユリとテミに声をかけられた時のことだ。あの時は結局テミが翻訳していたが、今回は違うようだ。

 

「ど、どど、どう、です、か……?」

「ん……嫌いじゃない、かな」

 

 一生懸命なユリに、ウメは少し押されているように見える。

 

「……! で、でしたら! 是非ともウメさんに、オススメしたい本が……!」

 

 言い終えるや否や、ユリは本棚の奥へすっ飛んでしまった。ウメは手を伸ばして引き止めようとしたようだが、声をかける間もなく、手は行き場を失くしていた。

 

「すみません……ユリさんはスイッチが入るとすごくてですね」

「そ、そうみたいだね……」

 

 にこやかなテミに、ウメは少し困ったような顔で頷いた。

 

(分かるよウメさん、その気持ち)

 

 私はその様子を見ながら頷く。あの時のことは、まるで昨日のことのように思い出せる。

 

(……って、あの時に借りた本、まだ全部読めてなかった……)

 

 いろいろあって、最後の方を読めていなかったことを思い出す。寝る前にでも読んで感想を伝えなくてはいけない。

 

「お、お待たせしました〜!」

 

 ユリの声に、ウメたちの方を改めて見てみる。

 

(うわ……)

 

 すると、自分の身長と同じくらいに積み上がった本を抱えてふらつくユリが目に入った。なんとも危なっかしい。

 

「これはまた……すごいね……」

「すす、すみません! あれもこれもと選んでいるうちに……」

「ユリさん、手伝いますよ」

 

 若干引き気味のウメの前で、テミとユリがあわあわしながら本を下ろしている。

 あの時よりも図書室の開拓が進んだこともあって、オススメの本が増えたのだろう。

 

(それにしても、増え過ぎだけど……)

 

 ウメはしばらく図書室で過ごすことになりそうだ。あの本のタワーを読み切るまでの時間は想像もしたくない。

 

(……本の感想、もう少し後に話そうかな……)

 

 今、ユリに次の本を探させたらああなることは予想が付く。嫌という訳ではないが、大変なのは間違いない。

 心の中でユリに謝りながら、私は作業に戻った。

 

 

 

 他の本も見ていくと、1つ気になる本があった。

 表紙には、フリフリの可愛らしい服が描かれている。

 

「お洋服の本かな……?」

 

 開いてみると、様々な可愛らしい服のデザインが載っている。そして、それぞれの服の作り方が載っていた。

 

「わあ……可愛いなあ……」

 

 たくさんの魅力的な衣服に目を奪われる。

 ページをめくるたびに、レースの付いたワンピースや、フリルの付いたブラウス、リボンの多いスカートが現れる。どれもこれも可愛らしくて、どこか夢みたいな服ばかりだ。

 私には似合わないだろうが、レイやシルベが着たらきっと似合うだろう。

 

 ふと、リチに人形作りを教わった時のことを思い出す。人形作りと服作りは勝手が違うだろうが、もしかしたら私にもできたりしないだろうか。

 

(……ちょっと、やってみようかな)

 

 ページを閉じて、もう一度表紙を見つめる。可愛らしいフリルの絵。これを自分が作るなんて、正直なところ想像もつかない。

 

(できるかどうかは別として……挑戦するだけなら、タダだよね。後で何を作るか考えてみよう)

 

 

***

[レイview]

 

 

 鳥のさえずりが聞こえる。木々が揺れ、木の葉が擦れる音がする。

 屋敷の近くには森が広がっている。その認識はあった。

 だが、入ろうとは思わなかった。ただの通路でしかなかったからだ。

 

「……本当にこっちで合っているのか?」

「はい。ニーナ様と鬼ごっこをした際に一度通っているので、間違いありません」

 

 今、私たちは獣道を歩いている。

 背の高い木々の間を抜けて奥へと進んでいく。

 

「あ、見て! キノコ!」

 

 数歩離れたシルベが、低木の根元に生えていたらしい茸を手に取って戻ってくる。

 

「んだそりゃ。食えんのかよ?」

 

 既に息切れ気味のペティが怪訝な顔で尋ねる。相変わらず楽しそうなシルベは「さあ?」と首を傾げた。

 

「でも美味しそうじゃない? ほら、色とか焼いたパンみたいで」

 

 言われて見てみると、確かに狐色とも言うべき焦茶色のそれはふわふわのパンを彷彿とさせる。

 

「……シルベ様。お言葉ですが、それを食すのはやめた方が良いかと」

「え、なんで?」

「それは食べられるものではありません。……試しに、少しちぎっておいていただけますか?」

 

 シルベは首を傾げながらも、クオレに言われた通りに笠の部分を少し割いてみせた。

 見えた断面はまさにパンそのもので、それが茸だと一瞬忘れそうになる。

 

「ねぇ、一口だけでも食べちゃダメなのかな?」

「なんだシルベ、お前、腹減ってんのか?」

「そうじゃないけど、気になるんだ。外でキノコを生で食べるって経験、無いからさ」

「そりゃそうだろ……」

 

 目を輝かせるシルベに呆れたように、ペティはため息をつく。

 そういえば、前にクオレがビタミン剤を携帯していると話していた時も、似たようなやり取りがあった気がする。

 

(まさか……人によって量を変えてるのか……?)

 

 料理の盛り付けもペティの仕事だ。もし、そんな調整をしてると言われても不思議はない。とは言えど、実際にやろうと思うと大変な労力がかかることは容易に想像できる。

 

(一流の料理人は、客に合わせて料理を都度調整すると聞く。ペティもそうしていてもおかしくはない……)

 

 だがそれは、不断の観察と気遣いがあってこそ成し得るものだ。そのどちらもペティは持ち合わせていたのだろう。

 

「……なんだよ?」

 

 肩で息をしているペティが怪訝そうな顔をして問いかける。じっと見つめてしまっていたらしい。照れているのか、頬が赤く染まっている。

 

(……いや、赤いのは息が上がっているせいか)

 

「……手を貸そう。無理をするな」

 

 手を差し出すが、ペティは首を横に振った。

 

「いや、いい。アタシが言い始めたんだ。足手纏いにはならねぇよ」

 

 そう言ってペティは笑ってみせる。

 普段の運動量から考えても、かなり苦しいのは目に見えているが、断られては強く出れない。

 

「分かった。だが、倒れる前に言ってくれ」

「心配すんなって。アタシは平気だ」

 

(相変わらずだな、ペティ……)

 

 ふと、厨房でもクオレから同じことを言われていたことを思い出す。それは昨夜、皿洗いをしていた時のことだった。

 

 

「ありがとうな、皿洗い手伝ってくれて」

「礼には及びません、ペティ様。むしろ、毎日おいしい料理をいただいているワタシの方こそ礼を言うべきなのです」

 

 その日は私、クオレ、ペティで並んで食器を洗っていた。

 皿洗いの当番は特に決めていなかったので、毎日、思い思いの人が手伝いに来てくれる。その中でも、クオレは足繁く厨房に通ってくれていた。

 

「ワタシは毎日おいしい料理を食べられて幸せなのです。ありがとうございます」

「クオレ……! お前、やっぱ良いやつだな!」

 

 ペティはクオレを肘で小突いている。体を揺らしながら、クオレは少し反応に困っていた。

 

(だが……この屋敷に来た時に比べれば、随分と表情が柔らかくなってきたな)

 

 微笑と言うべき些細なものだが、クオレは少しずつ笑うことができるようになっているようだ。表情がコロコロ変わる彼女の側に居させたのは、やはり効果があったようだ。

 

「……それで、あれからどうだ、クオレ」

「はい。例の件ですね。随分と持ち直したように見えます。最近は図書室にこもっているようですが、前向きに何かに取り組んでいるようです」

「そうか。首尾良く進んでいるなら良いんだ」

「……なんの話してんだよ?」

 

 ペティが首を傾げると、クオレが頷いた。

 

「スミレ様観察の経過報告です。件のことがあってから、スミレ様はかなり危ない状態でしたので、レイ様に言われて様子を見ていました」

「ちょっと待てよ。最近スミレとクオレが一緒に飯食ってるところをよく見かけたが……まさか、あんたの差し金かよ、レイ」

「そんな目で見るな。これがクオレにとって役不足とは思っていない。クオレにとっても良い刺激になると思っての配役だ」

「違ぇよ。アタシが言いたいのは、お前が行けば良いだろってことだ。喧嘩でもしてんのか?」

「そうじゃない。私はただ――」

「――あまり責めないでください、ペティ様。心配せずとも、レイ様はスミレ様と何かあってそうしているのではありません」

「クオレ……」

 

 まさかクオレが割って入ってくるとは思わず、私は口をつぐむ。自主性が成長した故だろうか。スミレたちから得たものは想像よりも大きいようだ。

 

「レイ様はペティ様との時間を優先したいとのことで、この話は仰せつかいました」

「なっ……⁉︎」

「く、クオレ……」

 

 何もそこまで言う必要はないだろう、と言いかけて、クオレにその加減ができる道理も無いと踏みとどまる。要約すれば、そうなることを言ったのは事実なのだから。

 

「お言葉ですが、ペティ様は無理をされているように見受けられます。それをレイ様は心配されていました。『放っておけない』と」

「クオレ、そのくらいで……」

 

 さすがに話し過ぎだとストップをかける。

 ちら、とペティの様子を伺う。

 

「…………」

 

 照れと怒りと、いろいろな感情が渋滞したような表情をしている。拳を震わせて、今にも爆発しそうだ。

 

「ペティ様。あまり無理はなさらないでください」

 

 クオレが心配そうにそう言うと、ペティはため息をついて拳を収めた。

 そして、笑顔をこちらに向ける。

 

「……ったく、相変わらず素直じゃねぇな。そういうことなら、分かったよ」

「ペティ……」

「クオレ、あんたも苦労してんだな。こんなやつの命令で働かされて、大変だろ?」

 

 言いながらペティは、クオレの頬を指で優しく弄ぶ。

 

(クオレのもちもちほっぺがぷにぷにされている……!)

 

「ひぅ……め、滅相もございません」

 

 あまり他人に触られることに慣れていないのか、クオレは変な声を漏らしている。その微笑ましい光景に、思わず笑みが溢れる。

 

「頑張ったクオレにご褒美をあげないとな。……と言っても、アタシは料理くらいしか出してやれないが」

「毎日おいしい料理をいただけるだけでワタシは幸せですのに、これ以上はいただけません……!」

「ほんっと、素直で可愛くて、良いやつだな、お前!」

 

 ペティは笑ってクオレの肩を叩く。

 

「何か食べたいものは無いのか? なんでも良いぞ。言ってみてくれ」

「そうですね……」

 

 少し困ったようにクオレは視線を外して唸る。そして、何かを思いついたように手を軽く叩いた。

 

「あ、そういえば、どこかで『うさぎがおいしいらしい』と聞きました。いつか食べてみたいと思っていたのです」

「ウサギかぁ……」

 

 今度はペティが唸る番だった。腕を組んで難しそうな表情をする。

 

「やはり、難しいでしょうか……」

「……ウサギ肉はささみに近い。高タンパクで脂が少なくて栄養価が高い。唐揚げにしたり煮込みにするのが定番だな。調理自体のハードルは正直あまりない……んだが」

 

 ペティがこちらに目配せをする。意図を()んだ私は言葉を引き継いだ。

 

「……残念ながら、兎の肉は在庫が無いんだ。そもそも、精肉類の在庫はあまり豊富とは言えない」

「そう……ですか」

 

 クオレは少し残念そうに肩を落としたが、すぐに顔を上げた。

 

「そういえば、前に森に入った際、野生動物たちがたくさん居るのを見ました。そこへ行けば、うさぎも居るかもしれません」

「そこで狩りをするってか?」

 

 ペティは「へぇ」と興味深げに頷くと、ニッと笑ってみせる。

 

「じゃあさ、アタシも連れてってくれよ」

「え……?」

「ぺ、ペティ……!」

「試したい肉料理がたくさんあったんだ! 使う食材くらい、自分の目で見ておきたいしな。……それに、ほら、荷物持ちは多い方が良いだろ?」

 

(ペティが森に……? クオレが居るとは言え、さすがにそれは……)

 

「はい、もちろん構いませ――」

「――待った。私も同行しよう」

 

 驚いた表情でクオレが振り向く。

 

「レイ様……よろしいのですか?」

「無論だ。戦闘要員は多いに越した事は無い」

「ははっ、ま、レイも居れば、もっと安心だな」

「分かりました。では、明日、さっそく行きましょう」

「明日? また急だな。まぁやることもないから良いけどよ」

 

 ペティが「レイも良いか?」と尋ねて、私が頷いた時だった。

 

「――――ちょっと待った!」

 

 割り込んできた声に皆の視線が集まる。

 そこには、慌てた様子で近づいてくるシルベの姿があった。

 

「僕も行って良いかな⁉︎」

「シルベか。いつから聞いていた?」

「ごめん、最後の方だけ……でも、どこかへお出かけするんでしょ? 僕も連れて行ってくれないかな」

 

 3人で顔を見合わせる。まずペティが『良いんじゃねぇの』と言いたげに肩をすくめた。それにクオレが頷く。

 

(……2人1組になれば問題無いか)

 

「良いだろう。明日の朝、出発だ」

「やった! 必ず行くよ!」

 

 シルベが目を輝かせてガッツポーズしている。何をするかも聞かずに喜ぶなんて、相当外への関心が高いのだろう。

 

「……ちょうど良い。シルベ、摩多音テミと清條ユリの様子はどうか」

「あ、うん。もう大丈夫そうだけど――」

「おいおいシルベもかよ……ナチュラルに人使い過ぎだろ、怖ぇよ……」

 

 

 と、いうことがあって今に至る訳だ。

 案の定、クオレも心配そうにペティを見ていたが、彼女の意思を尊重したのか、何も言わずに前へ向き直った。

 

「わ、見て!」

 

 また少し進むと、突然隣からシルベの大きな声がした。思わず足を止める。

 

「何事だ――」

 

 すると、シルベが掲げるようにして手に持っていた茸が目に入る。

 

「……おいおい、何かの冗談だろ」

 

 それを見てペティが吐き捨てるように言う。

 嫌悪感を示すのも無理はない。シルベの持っていたあの美味しそうな茸は姿を変え、今や生ゴミでも握らされているようにすら見える。

 

「すごいや。クオレさんはこれを僕に見せたかったんだね」

 

 シルベは茸をしげしげと眺める。ちぎられた部分から変色しており、ひと目見ただけで食べられないことが分かる。もし食べてしまっていたら、胃の中であれが起こるということだ。想像するだけで胃が痛くなる。

 

「はい。分かっていただけたようで良かったです。ワタシもかつて、見せていただいたことがありまして、印象深かったので覚えていたのです」

「そういうことだったんだ。はぁ……良かった、忠告を聞いておいて」

「……一応知ってたら聞きたいんだけどよ、食べたらどうなっちまうんだ?」

 

 料理人としての興味なのか、ペティがそんなことをクオレに尋ねた。

 クオレは顎に手を添えて少し考えると、こう言った。

 

「すみません、【危ない】ということしかわかりません。強く止められましたので、おそらく死に至る類のものだとは思いますが」

「まぁそうだよな……さすがに、アタシも得体のしれないキノコを調理しようとは思わねぇ。ありがとな」

 

 添え物にでもしようとしていたのだろうか。ペティであれば、無毒化もできるのかもしれない。それでも、この見た目の食材はあまり使って欲しくないが。

 

「さ、着きましたよ。この辺りです」

 

 クオレの声に目を凝らす。随分と奥に入ったが、景色はあまり変わらない。

 だが、先程までとは確かに様子が違う。どこか野生感と言うべきか、そこに自生している生き物の気配がする。あまり人が踏み入れなかった領域なのかもしれない。

 

「これは……すごいね。こんな場所があったんだ」

「同感だぜ。……ふぅ、ちょっと来るのは大変だけどな」

 

 シルベとペティは木陰で一休みをすることにし、私とクオレは少し周囲の様子を見ておくことにした。

 

「なかなか良い場所だ。こんなところまで彩果ニーナと鬼ごっこを?」

「はい。夢中で走っていたら、ここまでたどり着きました」

「……そうか」

 

 クオレから逃げられるほどの速度と体力を彼女は持ち合わせていたということだ。想像するだけで恐ろしい。一体、どれほどの力を隠していたと言うのだろうか。

 

「見たところ、イノシシやシカなどが居るようですね。ウサギ……見つかると良いのですが」

「今日は偵察までで良いだろう。位置の特定を優先し、明日、改めて狩りに来るとしよう」

「かしこまりました」

 

 索敵範囲を広げるため、クオレと二手に分かれて探索を進めることにした。

 私とペティ、クオレとシルベでペアを組み、時間までには屋敷に戻る約束をして分かれる。

 

 野兎は主に、横穴を掘って生活している。山肌を気にしながら探せば見つかる可能性が高い。丘を下るようなルートを取る。

 

「さすがに、ちょっと疲れてきたな……」

「大丈夫か?」

「ああ、なんとかな。ふぅ……」

 

 ペティの息切れが心配だ。普段の運動量から考えても、かなり負担になっているのは間違いない。

 手を貸したいところだが、先程断られたばかりだ。同じことを聞くのは愚か極まりない。せめてできることをしようと、歩くペースを落とす。

 

 屋敷からどれほど離れたところなのかいよいよ見当も付かないが、そろそろ引き返さないと危ない時間になってきた。ペティの体力もほとんど残っていないようで、かなりゆっくり進んでいるが、距離が離れてきている。

 

(兎は見つからなかったが……そろそろ撤収するか)

 

「ペティ――」

 

 振り返って声をかけたその時だった。

 

――――グォォオオオ!!!

 

「うぁああ――――っ⁉︎」

 

 草むらから熊が飛び出し、雄叫びをあげる。それに驚いたペティが尻餅をついていた。

 

(くそっ……こんなところで……!)

 

 かなりの巨体だ。私の背よりもはるかに高い。

 熊は恐怖した相手に襲いかかる。今のペティは言うまでもなく熊の獲物だ。

 

「ペティ! 早くこっちへ!」

「れ、レイ……! すまねぇ、腰が抜けて……」

 

 ペティが熊から視線を外した瞬間、熊が走り出した。車が突っ込んでくるようなものだ。あれにペティが巻き込まれたらひとたまりも無いだろう。

 

(今すぐに熊の腕を飛ばさないと、ペティを助ける際に攻撃が先に当たってしまう。だが、腕を切り飛ばすことを優先すると、慣性の乗った巨体がペティを轢いてしまう……)

 

 熊の一撃を貰えば帰れるかも怪しい。攻撃は捌かなくてはならない。だが、ペティを傷付けることはもっとあってはならない。

 

(……仕方ない。アレをやるか)

 

 もうこれ以上は考える時間がない。私はできる限り深く息を吐いて、腰の刀に手を添えた。

 

月影流抜刀術奥義(つきかげりゅうばっとうじゅつおうぎ)――――)

 

 虚刀残穢月影を引き抜きながら、思い切り前へ踏み込む。

 

(――【幻月(げんげつ)】)

 

 なるべくそっとペティを抱き抱え、再び跳躍する。

 景色が後方へ吹き飛んでいく。遠くで熊の怯む鳴き声がする。

 爪を砕くぐらいしかできなかったが、攻撃の手を止めるには十分だ。無傷でのペティ救助には、やはりこの方法しか無かった。腕の中のペティが吹き飛ばされないように少し抱き寄せる。

 

(……軽いな。非力そうだとは思っていたが、ここまでとは……)

 

「お、おい、レイ! オマエ、何したんだよ⁉︎ 今、レイが2人居なかったか⁉︎」

「気にするな、あれは残像だ」

「無茶言うな! 意味わかんねぇよ!」

「それより、奴がまだ追って来ている。ペースを上げるぞ。舌を噛みちぎりたくなければ、黙っていた方が良い」

「は? 何言っ――」

 

(――――【雷切(らいきり)】)

 

 ペティが口を閉じた瞬間に、木の枝を捉えた足に力を込める。木と木の間を抜け、枝から枝へ飛び移っていく。風を切り裂き、音を置き去りにするように、空を駆ける。

 

「うわぁああぁああぁぁ――――!!!」

 

 叫びながらペティは必死になって私にしがみついた。無意識だろうが、首に腕を回されてかなり密着する形になってしまっている。

 だが、そんなことを気にしている場合ではない。両腕が塞がっている状態での姿勢制御は思いの外難しく、着地から跳躍までの動作が苦しい。ペティを落とさないようにするので必死だった。

 

「……おっと」

 

 だから、着地のことを考えられていなかった。突然森を抜けた私たちは空中に投げ出されてしまった。

 眼下に広がる花畑と、どこまでも広がる青い空。まるで空でも飛んでいるような感覚に襲われる。このままどこまでも飛んでいけそうだ。

 

「おぉおい! レイ!」

「……っ」

 

 ペティの叫びで現実に意識が引き戻される。

 急いで着地態勢に入った。なるべく花が犠牲にならないようにしたかったが、ペティを庇いながらでは調整が効かない。花畑の中で2人、重なり合いながら転がる。

 どれだけ転がったか。ようやく止まり、ペティの隣に仰向けで並ぶ。息をなんとか整えながら隣に顔を向ける。

 ペティの顔は汗と涙でぐしゃぐしゃだった。花びらを貼り付けた酷い顔になっている。

 

「……ふっ」

 

 それが不思議と可笑しかった。

 

「はははっ……! 酷い顔だ」

「誰のせいだっての……はぁ〜あ……ははっ」

 

 ようやく気が抜けたのか、ペティも表情を崩す。柄にもなくはしゃいだからか、無事にペティを守れた安堵からか、笑いが込み上げてくる。

 つられたらしいペティとひとしきり笑い合った後、空を流れる雲を見ていた。時間も忘れて長閑(のどか)な時間に身を任せていた。

 

「そろそろ戻ろうか」

 

 立ち上がり、土を払う。派手にこけたようなものだ。今回ばかりは服を毎日捨てるシステムに感謝しないといけない。

 ペティに手を貸して起き上がらせる。随分と消耗しているようだ。早く休ませなければ。

 

「おいおい、探したぜ?」

 

 突然聞こえた声で振り返る。思わず、ペティを抱き寄せて抜いた刀を構えていた。

 

【挿絵表示】

 

「お、おい、レイ⁉︎」

「……ツカイマか。何をしに来た」

「とぼけんなよ。今、何時だと思ってんだ?」

「…………戻れなかったのは道を間違えた私の責任だ。懲罰房に入れるなら私だけにしろ」

 

 すっかり時間を忘れていた。ツカイマが来たということは、おそらくもう監房に戻る時間なのだろう。

 時間になっても監房に戻らなければ懲罰房行き。それはユリも経験したここのルールだ。

 

「おう、怖い怖い。……ま、脱獄しようって訳じゃねぇのは分かってるし、クマが居たのはオレっちの管理不足だ。今回はその条件で譲歩してやる」

「レイ……」

 

 心配そうに呟くペティに『任せろ』と頷く。

 だが、ツカイマは熊の出没について把握しているらしい。どこかで見ていたのだろうか。そんな気配は感じられなかったが。

 

 考えているうちに、ツカイマはやれやれと首を振って口を開いた。

 

「あくまでもペナルティだからな。……無理やり抜け出そうなんて考えるなよ?」

「分かっている。……すまない、ペティ」

「謝るんじゃねぇ。結局……足を引っ張っちまったアタシのせいだ。アタシの方こそ……」

 

 少し気まずい沈黙が流れる。が、すぐにそれはツカイマのため息で掻き消された。

 

「はいはい、そういうのは監房に戻ってからやってくれよな。じゃあ、帰るぞ」

「帰るったって、どうやって?」

「看守に担がせる。おい」

 

 ツカイマが呼ぶと看守がいつのまにか私たちの背後に立っていた。抵抗する間もなく、袖を振り回す看守の肩に担がれてしまう。

 そしてそのまま目にも止まらぬ速さで看守は走り始めた。足を動かしているというよりは、浮遊している状態に近いが。

 

「くっそ〜!! 今日ずっとこうなのかよ〜!!」

 

 ペティの叫びが虚しく空に響き渡った。

 

 

***

[スミレview]

 

 

 監房の時間、先程借りてきた本を眺め、何を作るか決めた。

 作るのはシンプルなワンピースだ。他と比べて装飾が少なく、フリルやレースは控えめ、形も素直。初心者向けと書いてある。最初に挑戦するにはちょうど良いだろう。

 

 監房の時間が終わり、昼食を食べた後、リチから裁縫道具と布を借りた。

 監房は少し狭く、作業しにくいため、とりあえずラウンジへ向かった。

 

 ラウンジは誰もいなかった。作業するにはぴったりだ。

 

 机の上に借りてきた裁縫道具を並べる。針、糸、はさみ、チャコペン。布は淡い色の、少しだけ張りのあるものだ。

 

「……さて」

 

 本をぱらぱらとめくり、先程のワンピースのページで手を止める。

 布を広げ、型紙を上から当てながらチャコペンで線を引いていく。

 手が迷わない。はさみを入れる位置もためらいがない。

 布を切る音が、規則正しく部屋に響く。

 縫い始めても同じだ。玉結びを作る指も、針を進めるリズムも自然だ。縫い目も揃っている。

 

「……おお」

 

 思わず声が漏れた。人形作りをした時も思ったが、私は結構手先が器用みたいだ。

 

(まあ、できるならできるでいいか)

 

 そんな調子で、私は作業を続けた。

 途中、糸の色を変えたり、縫い代を折り返したり、本に書いてある細かい工程もほとんど引っかかることなく進められる。

 

 そうして作業を進めていると、ラウンジに誰かが来る足音がした。

 

「あれ、スミレさん?」

「あ、シルベさん」

 

 振り返ると、そこにはシルベが立っていた。「どうもっす」と軽く挨拶する。

 シルベは私の近くに来て、机の上にある布や裁縫道具を眺めている。

 

「スミレさんはここで何してるの?」

「えっと、服を作ってみてるっす。図書館にこういう本があったので……」

 

 そう言って私は、シルベに借りてきた服の本を見せる。シルベはそれを見て「わあ……!」と目を輝かせている。

 

「服を作れるなんて、スミレさんすごいね」

「まだちゃんと完成するかは分からないっすけどね。初めてですし……」

「そうなの? でも縫い目とか綺麗に見えるけど……」

「思ったより上手くできてる気はするっすね」

「……ねえ、横で見ててもいいかな?」

「え」

 

 予想外の申し出に、少し迷う。

 

(うーん……ずっと横にいられると、ちょっとやりづらいかも……)

 

 と思ったが、シルベのキラキラした瞳に気圧され、承諾してしまった。

 

「う……わ、分かったっす……」

「やった!」

 

 シルベは笑顔になった。なるべく気にしないようにしながら作業を進めることにする。

 

 そんな調子で、私は作業を続けた。

 途中、糸の色を変えたり、縫い代を折り返したり、本に書いてある細かい工程もほとんど引っかかることなく進められる。

 

 数時間後。

 

「……できた」

 

 机の上に、簡素なワンピースが広がっていた。形はちゃんと本の通りになっている。歪みも少ない。

 私はそれを持ち上げて、しげしげと眺めた。

 

「……結構、ちゃんとしてる」

 

(やっぱり私、裁縫得意だったんだ)

 

 そう結論づけて頷く。

 記憶がないのは相変わらずだ。でも、こうして手が覚えていることもあるらしい。

 

「……ん? スミレさん、完成したの?」

 

 シルベが目を擦りながら、顔を上げた。

 彼女は途中から居眠りしていた。規則正しく刻まれるハサミの音と、糸を通して布が擦れる音は、確かに眠くなるかもしれない。

 

「あ、はい。完成したっすよ。これ」

 

 私は眠そうなシルベに完成したワンピースを見せる。すると、シルベは眠気が吹き飛んだのか、再び目を輝かせて歓声を上げる。

 

「すごい……! すごいよスミレさん! 裁縫得意なんだね……!」

「へへ、そ、そうっすかね?」

 

 ちょっと得意げになって頭を掻く。こうも褒められると作った甲斐があるというものだ。

 シルベはしげしげとワンピースを眺めながら、私に言う。

 

「……そういえば、ここに来る前の記憶が無いって言ってたよね。昔は裁縫得意だったんじゃない?」

「私も、そうじゃないかなって思ってたところっす」

「やっぱり! ……もしかして服屋の娘だったりして」

「そうだったら、なんか楽しそうっす……!」

「だよね! スミレさんの作った服を着てみたいな!」

「!」

 

 その言葉に、私は動きを止めた。シルベがあの本に載っているような服を着ているのを想像する。ふつふつと可愛い服を着せたい欲求が湧いてきた。

 

「……良いんすか?」

 

 一旦気持ちを押さえて、確認する。

 

「え? うん。もちろん、スミレさんが良ければの話だけど……」

 

 その返答に、私は歓喜した。

 

「よし分かったっす! 今日から服作りの勉強をするっす!」

「いいね! 楽しみにしてるよ!」

 

 シルベも笑顔で答えてくれた。やる気がみるみる湧いてくる。この牢屋敷での楽しみをまた1つ、見つけることができた。

 

(いずれはレイさんにも可愛い服を……)

 

 心の中でそうとも思った。

 

 シルベとは、1対1で直接話したことはあまり無かったが、少し仲良くなれた気がする。

 とても気さくで、相手のことをよく褒めてくれる。ユウノが懐くのも分かる気がした。

 

***

 

 監房にいなければならない時間になった。

 私はベッドに座り、一息つく。

 

(人形作りの次は、服作りか……)

 

 そのうち、もっと難しいものも作ってみよう。

 私は、机の上にある今日作ったワンピースを眺める。

 

「……イトさんに見せたら、なんて言うかな」

 

 きっと驚くに違いない。

 そんなことを考えながら、次はどのデザインにしようかと、再び本を手に取り、ページをめくるのだった。

 

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