異誕少女ノ魔女裁判   作:異誕少女ノ魔女裁判制作チーム

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2-6「乱れる旋律」

 朝食を食べて朝のコンサートを聴く。変わらない最近の日常。

 鳥のさえずりが遠くで聞こえる音楽室にピアノの旋律が響く。

 

(今日は……ユウノさん、なんだか悲しげ……?)

 

 ピアノの弾く姿は堂々としているが、どこか暗い曲調というか、寂しげな雰囲気というか、そんなものを感じる。その背中がいつもより小さく見えてくる。

 

 寂しげといえば、今日のコンサートの観客は随分と少ない。ちらっと横を見ると、そこにはアヤフミしか居ない。

 

(シルベさん今日も居ない……『毎日行く』って言ってたのにな……)

 

 そこでようやく、ユウノが落ち込んでいそうな原因がそれかもしれないと思い至る。そもそも、シルベとユウノは同室の関係だ。2人の仲の良さは火を見るより明らかだった。そんなシルベが何日も見に来ないとなると、ユウノの気持ちはなんとなく察せてしまう。

 

 演奏が一区切りし、私とアヤフミは拍手をする。ユウノはなんとか笑顔を見せているような、そんな表情に見える。赤い大きな布の奥で寂しげに笑っている。

 

「――確かに、演奏は悪くありませんね」

 

 突然聞こえた声に、視線が扉の方に集まる。

 まず視界に映ったのは、特徴的な長い青髪。ツインテールに結ばれたそれを揺らす少女は、鼻を鳴らして笑った。

 

「でもいざ来てみれば……これくらいしか居ないんですね、観客」

「ルナさん……!」

 

 思わず名前を呼ぶ。私を見たルナは面倒くさそうに少し首を傾げた。

 

「客観的事実をありのまま述べただけですよ?」

「だからって、言い方が……!」

 

 私が言葉に詰まると、隣のアヤフミが一歩前に出た。

 

「そ、そうですよ! それに、いつもはもっと来ますよ! その、クオレさんとか」

 

 それを聞いたルナは、何かを思い出そうとするように顎に手を当てると、「ああ」と言って指をこちらに向けた。

 

「あの軍人女なら、黒リボンと一緒に外へ出ていったのを見ましたよ」

「え……?」

 

 ユウノが声を漏らす。思わず振り返ると、ユウノは目を逸らして俯いた。

 

(軍人女って、クオレさんのことか……。それに、黒リボンってもしかして……シルベさん?)

 

 なんとなく意味が分かってしまう。つまり2人は朝のコンサートに行かずに、2人で外へ出かけているということらしい。

 

(何をしてるんだ、シルベさん……!)

 

「ま、どうでもいいですね。それより、演奏はもうおしまいですか?」

 

 ルナは私とアヤフミの視線を受けながら、空いている椅子に座ると腕と足を組んだ。

 そして『早く続きを弾け』と言わんばかりに、顎でユウノに準備をするように促す。

 

「……そ、そうですね。も、もう、少し……だけ」

 

 ユウノはモニョモニョと言うと、ピアノの前に座り直した。演奏がまた始まりそうだ。私とアヤフミは何も言えず、席に戻った。

 程なくして、演奏が再開した。なんとも悲しげな曲調だ。今にもユウノが溶けて消えてしまいそうだった。

 

(シルベさん……早く帰ってきて!)

 

 

***

[レイView]

 

 

 ピアノの音色が屋敷から聞こえてくる。鳥のさえずりとは対照的に、なんとも物悲しい旋律だ。ユウノに何かあったのだろうか。

 そんなことを考えている内に、屋敷から2人が出てくるのが見えた。

 

「……来たか」

「おまたせ、レイさん」

「レイ様……お怪我はございませんか? 昨日の様子、ペティ様から伺っておりまして……」

 

 シルベとクオレだ。相変わらず笑顔のシルベの横で、心配そうに少し眉を下げたクオレが私の手を取った。

 突然の行動に反応が遅れた。まさかクオレがここまで距離を詰めてくるとは思っていなかった。思わず手を振り払いそうになったが踏みとどまり、努めて冷静に頷く。

 

「……心配ない。先程着替えも済ませた所だ。高々1日断食を強制される程度、造作も無かった」

「流石です、レイ様」

 

 結局、昨日の朝から懲罰房へ入り、今朝の朝食の時間辺りに解放された。

 課された罰は、【何もしないこと】だった。ただひたすらに時間が経つのを待たされる。運動をすることや訓練をすることはおろか、食事を取ることも禁じられた。違反すれば、耐え難い電気ショックを与えられる。

 普段、どれほど自らが忙しなく動いていたかを思い知らされた。1分1秒が永遠のように感じられた。

 

「よく言うぜ。戻ってきて早々に厨房に駆け込んできたくせによ」

「……」

 

 瞑想に耽って時間を過ごすことはそこまで苦ではなかった。だが誤算だったのは、ペティの料理が食べられないことを苦痛に感じてしまったことだ。すっかり彼女に胃袋を掴まれてしまっていたことに気付かされた。

 

(……だがそれよりも、私が居ない間に何かあったらと思うと……)

 

「……まぁ、無事に戻ってきてくれただけ良かったよ。そうでしょ、ペティさん」

 

 何も言えない私に代わって、シルベがペティに笑いかける。

 

「そうだな。むしろ安心したぜ。まさか動けないほどひどい仕打ちを受けてたらって思うと……」

「ペティ……」

「……そんな顔すんなよ。元はと言えばアタシのせいなんだ。ありがとうな、レイ」

「いや、それは――」

 

 言いかけて、ふとスミレに言われた事を思い出す。『感謝を受け取っても良い』と、いつかそう言われた記憶が蘇る。これまでのことを振り返っていたからだろうか。

 

「――いいんだ。私が望んでやった事だから。気持ちは受け取っておく」

「え……?」

 

 すると、ペティは豆鉄砲でも食らったような顔で固まってしまった。また何かおかしな事を言ってしまっただろうか。

 

「……レイ様。そろそろ出発しましょう。時間は限られています」

「あ、ああ。そうだな」

 

 クオレに言われ、私たちは森の中へ入っていく。

 昨日のクオレの探索の甲斐あって、兎の巣穴を見つけられていた。今日はそこを目指して進み、予定通り食材の確保をする。

 

(同じ過ちは繰り返さない。その為にも、時間短縮が必要だ)

 

「クオレ」

「はい」

「ここはひとつ、勝負でもしないか?」

「……ここで、ですか?」

「剣を交えようという訳では無い。狩った獲物の数を競うんだ。どうだろう」

「ふむ……」

 

 クオレは少しだけ困ったように首を傾げたが、シルベがニコニコと頷いたのを見て、クオレも頷いた。

 

「わかりました。その勝負、受けて立ちます」

「そう言ってくれると思っていた。なら、時間を決めよう――」

 

 

***

[スミレView]

 

 

 今日も【銀の結晶花】について図書室で調べようと意気込んでいたが、図書室ではテミとユリが激論を繰り広げていた。

 仲が良い故に、お互いの知識を引き出し合っているのだろう。古い文献をテーブルに広げて、ああでもないこうでもないと言い合っている。前にもこんなことがあった気がするが、ここまで盛り上がっているのは初めて見たかもしれない。

 とはいえ、【銀の結晶花】についてはあれから新しい情報が出ていない。私には到底理解できなさそうな、難しい話を聞きながら作業するのも気が引け、私は図書室を後にして外へ出ていた。

 

 花畑を見て、数え切れないほどの花の中からそれらしい植物がないかを探す。

 姿形も分からないそれを探すのは、精神的にも中々辛いものがあった。

 

(まるで……そう、『砂漠で一粒の砂金を探すような』……ってやつだっけ)

 

 ユリがどこかから引用していたであろうセリフを思い出す。確か、そんなことを言っていたはずだ。まさに途方も無い作業と言える。

 

(でも、私の記憶につながる何かが見つかるかもしれないし……)

 

 不思議と、花にまつわる記憶の断片ばかりが見つかっている。きっと、私がかつて花好きだったことが関係しているのだろう。だからこそ、花の近くに何かあるかもしれないと期待している。

 

 

 

 そんな淡い期待と希望を胸に歩き回るが、現実は非情だった。これといった収穫も無いまま、そろそろ屋敷に戻らないといけない時間になっていた。

 仕方なく屋敷に戻る。その帰り道だった。

 

「お、スミレじゃねぇか! おーい!」

 

 なぜかペティの声がする。どうしてこんなところでペティの声がするのだろう。

 前にもそんな感覚に襲われたような、どこかデジャヴを感じながら、声のする方を振り返る。

 

「どうしたんです――って、えぇ!?」

 

 目に写ったのは、血に染まったペティの凄惨な姿だった。

 

 その横には、土で少し汚れたレイとクオレの姿があった。

 

「だ、大丈夫っすか!? い、一体、何が……」

 

 慌てて駆け寄ると、ペティたちの後ろからよろよろと歩いてくるもう一人の影に気づいた。

 

「待ってよ~……思ったより、重くて……」

「ひぃっ!?」

 

 そちらに目を向けると、さらに酷い有り様のシルベが居た。まるでゾンビがヨタヨタと歩いてきているようだ。いつか見た映画の映像を思い出す。

 

「あれ、スミレさん! ちょうど良かった、少し手伝ってくれないかな?」

 

 シルベは言いながら、血まみれの麻袋を地面に置いた。どしゃ、と聞いてはいけない生々しい音に思わず一歩下がる。

 

「アタシもちょっと休憩……」

「だから言っただろう。後は私が運ぼう」

「いいんだって。せめてこれくらいはやらせてくれ」

 

 ペティが赤く染まった肩を回している。怪我とかではなさそうだが、異常な血肉の臭いに思わず顔をしかめてしまう。

 

「な、なんすか、みんなして……。どこ行ってたんです?」

「スミレ様、ご心配には及びません。少し森へ入り、食材を確保していただけですので」

「食材……?」

 

 クオレが言いながら、ペティの下ろした麻袋を少し広げて見せてくれた。

 中を覗き込むと、息絶えた兎だったものが大量に詰められていた。光の無い無垢な目が一斉にこちらを見たように錯覚する。

 

(流石に本物は気持ち悪いが勝っちゃうな……ホラーに耐性があると言っても、これはちょっと……)

 

 だが、ようやく状況が飲み込めてきた。シルベ、クオレ、ペティ、レイの4人でこの兎肉を調達しに森へ行っていたということらしい。

 

(……コンサートに来ずに、こんなことをしてたのか)

 

「……それで、そんなに肉を用意してどうするんすか?」

「ん? そうだなぁ……」

 

 問いかけると、ペティが目を閉じて唸る。すると何かを思いついたのか、指を鳴らしてニヤリと笑った。

 

「せっかくだし、皆でバーベキューとかどうよ? ペティの青空レストランの開店だ!」

「バーベキュー?」

 

 思わず復唱する。まさかそんな単語をここで聞くことになるとは思わなかった。

 

「レイ様、ばーべきゅーとは?」

「そうだな……外で食材を焼いて、大人数で食べる事だ」

「ふむ……」

 

 クオレはあまり理解できていない様子だった。腕を組んで首を傾げている。

 

「ペティ、調理法は任せるが、外で焼くための器具はあるのか?」

「いいや。けど、鉄網は沢山あるんだ。石とか積んで、コンロでも作ろうかなって」

「ああ、なるほど」

 

 話がどんどんと進んでいく。私は、口を開けて眺めていることしかできなかった。

 

「ならば、昼食は外で用意する事にしよう。八重沢スミレ。皆に伝えてくれるか?」

「え?」

「シルベ、キミも手伝ってあげて欲しい」

「分かった。分かったけど、袋は預けても良いかな?」

「もちろんだ」

「やった! よし、じゃあ行こうよ、スミレさん!」

「え、え?」

 

 困惑しているうちにシルベに手を引かれ、屋敷の中へ連れ込まれる。

 手が血で汚れるとか、どこへ向かっているとか、そんなことを気にする余裕もない。

 

 眩しい笑顔をこちらに向けながら手を引くシルベを見ていると、ユウノがシルベに心を開いた理由がなんとなく分かった気がした。

 

 

***

 

 

 監房の時間が終わり、昼食の時間がやってくる。

 いつもなら食堂に向かうが、今日は違った。

 

「あの、クオレさん……? それは……?」

「アヤフミ様、これは火打ち石です。火花で着火することができる上に、火を点けた痕跡が残らない優れものですよ」

「あはは……それは危ないから、こっちのマッチを使いましょうね~……」

「……?」

 

 クオレはマッチ棒と箱を持たされてポカンとしている。

 

「おーい、レイ! まだ薪が足りねぇぞ! もっと持ってこい!」

「くっ……こんな事の為に……」

「レイさん! いくよ!」

 

 シルベが投げた細い木の幹が空中に浮いたと思った瞬間、その場でバラバラに切り裂かれ、地面に落ちた。断面はまっすぐ、6等分にされた状態で木が転がる。

 

「本当にすごい! 何度でも見てられるよ!」

「くっ……」

 

 レイはいつの間にか抜いていた刀を振って、(さや)に収めている。どこか苦しそうだが、対照的にシルベはニコニコだ。

 

「はぁ……どうして私までこんなことを……」

「ぶつくさ言ってないで早く持って来い。働かざる者食うべからずってな」

「チッ……」

 

 珍しくルナとペティが話している。どうやら、レイが切った薪を運んでいるらしい。ペティはそれを石窯に突っ込んでいる。

 

「串で刺すのも、案外楽しいものですね」

「そ、そうですね……このくらいなら、わ、私たちも、手伝えますし……」

「うん、楽しい……! いっぱい刺しちゃうよ~!」

 

 その隣には、ペティが切ったであろう食材たちを鉄串に刺しているテミとユリとリチの姿があった。あの肉が元は兎だったと言われても信じられないだろう。

 

「や、八重沢さん……」

「わっ」

 

 そんな皆の様子を見てどこを手伝おうか考えていると、後ろから声をかけられた。

 びっくりして振り返ると、赤い布を被ったユウノがそこに居た。

 

「ユウノさん。来てくれたんすね」

「あ、は、はい。……その、シルベ、さん、は?」

 

(……あれ、2人はちゃん呼びじゃなかったっけ……隠してるのかな)

 

 目の合わないユウノがモゴモゴと問いかける。私は気付かなかったふりをして、シルベの居る方を指さして見せた。

 

「……って、あれ?」

 

 だが、指の先には誰も居なかった。いつの間にか薪割りは終わっていたらしい。

 その指がシルベを探して彷徨うと、キャンプファイヤーでもするのか木で組まれた(やぐら)のすぐ側に、その影を見つける。

 

「あ、あそこに……」

 

 シルベとクオレ、アヤフミ、ウメもそこに居た。何を話しているのか、シルベは楽しそうにクオレと笑っている。

 

(――な、なんだ……? 急に、寒気が……)

 

 冷たい空気に振り向くと、布の奥のユウノの視線が鋭くシルベたちを射抜いていたのが見えた。今にも人を殺してしまいそうな冷え切った目だ。

 

(ひ、ひぇえ……シルベさん、早くなんとかして……!)

 

 何も見なかったことにして前へ向き直り、改めてシルベの方へ指を向けた。

 

「……あそこに居るっすね」

「あ、ありがとう、ございます……少し、行ってきますね」

「えっと、はい。その……ごゆっくり~……」

 

 私を見向きもせず、ユウノはまっすぐシルベの方へ歩いていった。

 

「あ、ユウノちゃん! こっちこっち!」

 

 当のシルベは何も知らず、楽しそうに手を振っている。

 

(あの2人、大丈夫かな……)

 

 何もしてあげられない私は2人の様子を横目に、ペティの手伝いをするためにその場を離れた。

 

 

 

 それからしばらくして、ようやく準備が終わりバーベキューが始まった。

 まるでキャンプにでも来たような光景だ。大きなキャンプファイヤーも用意され、皆はそれを見ながら串焼きを頬張っている。

 

「唐揚げもあるぞ! いやぁ、外で揚げると、油汚れとか気にしなくて良いから楽だな!」

「その……凄い火力だが、跳ねた油で飛び火したりしないだろうか」

「心配し過ぎだぜ、レイ! それに、そう思うなら離れてた方が良いぜ?」

「それもそうだが……」

 

 言いながら、ペティは泡でほとんど何も見えない油槽から揚げ終わった肉を取り出すと、それを油切りのトレイに移す。なんとも手際の良いその所作は、いつ見ても惚れ惚れしてしまう。

 

「ほらレイ、もっと食え! レイとクオレのおかげで、肉が余ってしょうがねぇ!」

「ペティ、やはり代わろう。先程から調理するばかりで、料理を食べられていないだろう」

「あー……、いやほら、つまみ食い的なアレだよ。アタシ程の料理人ともなれば、隙を見て食べるなんてどうってことないんだぜ?」

「それはそれでどうなんだ……」

「まぁあんま気にすんなよ! ほら、食った食った!」

「わ、分かったから。落ち着いて食べさせてくれ……」

 

(あの2人も相変わらず仲が良いな……。私とイトさんも、傍から見ればああだったのか

な……)

 

 なんとも言えない気持ちになってくる。私は慌てて首を振って、焼き立ての肉串を頬張った。熱々の肉は噛むほど旨味が出てくる。シルベが『兎肉は淡白な味らしい』と言っていたが、とてもそうは思えない。どこか草っぽい感じも、ハーブみたいなものだと思うとアクセントに感じてくる。

 

「オイオイ、オマエら~……オレっちに黙って、なんか楽しそうなことやってるじゃねえか! オレっちも混ぜろよ~!」

 

 どこからともなく聞こえてきた声に顔を上げると、ツカイマがつまみ食いをしていた。

 あの奇妙な生物を見るのも少しずつ慣れてきたが、どうにもまだよく分からない。

 事件が起こって露悪的な態度を取ったかと思えば、今みたいに馴れ馴れしく接してきたり。一体何を考えているのだろうか。

 

「……ツカイマか。何をしに来た」

 

 レイがツカイマに冷たい視線を送る。

 

「そう警戒すんなって……もぐもぐ……ただ単に楽しそうだから来ただけだっての! ……おお、これうめえな!」

「おい、何食ってんだ! テメェは呼んでねえよ!」

 

 ペティがツカイマにキレているが、ツカイマはそんなのもどこ吹く風で、次は唐揚げを頬張っている。

 

「スミレ様」

 

 肉を食べながらそんな様子を見ていると、横から声をかけられた。

 見ると、皿に串焼きを積んだクオレが居た。

 

「ふふっ……口元に、ソースが付いていますよ」

「へっ?」

 

【挿絵表示】

 

 クオレに手ぬぐいで頬を拭われる。恐らく、串焼きを頬張った際に付けてしまったのだろう。恥ずかしさからか少し頬が熱くなるのを感じる。

 

(いや、それより……)

 

「く、クオレさん、今、笑ったんすか?」

「……?」

 

 自覚が無かったのか、クオレはポカンとしている。

 見間違えだっただろうか。一瞬、クオレが微笑んだように見えた。

 無表情に戻ってしまったクオレを見ていると、夢でも見たような気持ちになってくる。

 

「アヤフミ様によく、こうしていただいていたのでやってみたのですが、変、でしたでしょうか……?」

 

 クオレは少し困ったように首を傾げて見せる。なんだか、こういう感情表現が随分と上手くなっているように見えた。初めて出会った頃に比べれば、クオレの感情が分かりやすくなっている気がする。

 

「ぜ、全然! ちょっとびっくりしただけっす!……あ、いや、びっくりしたっていうのは、悪い意味じゃなくて……!」

「……?」

 

(おかしい、感情が分かるようになっているのに、話が噛み合わなくなってきている……!)

 

 落ち着くために軽く深呼吸をする。

 

「とにかく、変じゃなかったっすよ。ありがとうございます」

「そうですか……なら、よかったです」

 

 そう言って、クオレは笑ってみせた。

 

 

 

***

 

 

 特にツカイマに止められることもなく、大きな事故も起きないまま時間となり、片付けもそこそこに監房へ戻る。

 長めかつ遅めの昼食となり、お腹いっぱいの状態で監房のベッドに横になることとなった。少し服が焦げ臭いが、幸せな気持ちでお昼寝ができそうだ。

 

 満腹感から来る眠気に身を任せて目を閉じる。

 昔から、『食べてすぐ寝ると牛になる』なんて言うが、これほど幸せな行為をなぜ咎めようとするのだろうか。この瞬間だけはそう思えて仕方ない。

 

(まあ、これもユリさんたちから聞いた知識なんだけど……)

 

「~~~~~っ!」

「――――、――!」

 

 どのくらい時間が経っただろうか。鉄格子の外から聞こえてくる声に意識が戻って来る。欠伸をしながら起き上がってスマホを確認すると、そろそろ監房時間が終わる頃だった。

 

(なんだ……? 誰かが喧嘩してる……?)

 

 少し耳をすましてみる。廊下に響いて聞こえにくいが、誰かと誰かの言い合いのようなものが聞こえてきた。

 

「――だから、私が言いたいのはそういうことじゃない!」

「なら、ちゃんと言葉にしてよ! 僕だって分かんないよ!」

 

 どうやらユウノとシルベが言い合っているようだ。珍しい。ユウノがそこまで声を大きくしているのは初めて聞いたかもしれない。

 

(ああ……ついにやったのか、シルベさん……)

 

 何を話したのか正確なことは分からないが、おそらくユウノの前でクオレの話を永遠と聞かせたのかもしれない。あのシルベなら、ユウノの気持ちも考えずにそういうことをしそうなものだ。

 

(うぅ……レイさん助けて……)

 

 何ができるわけもなく、私は震えて時が過ぎるのを待つことしかできない。

 と、鉄格子の鍵が外れる音がした。監房時間が終わったのだ。

 

「もういい! シルベちゃんの分からず屋!」

「ちょ、ちょっと、ユウノちゃん!」

 

 まるでドラマのワンシーンのようなセリフが聞こえてくる。走っていく足音はきっとユウノのものだろう。

 

(あーあ……)

 

 とは言いつつも、少し気になって外の様子を見てみる。

 廊下には立ち尽くしているシルベの姿があった。いつもよりも背中が小さく見える。

 

 この騒ぎには皆も気付いていたようで、数人が出てきてシルベの肩を叩いている。

 そして誰かが「追いかけないと」と言っていたが、シルベは力なく首を振る。

 

「僕には追いかける権利は無いよ」

 

 少し悲しそうに、シルベはそう呟いた。

 

 

***

 

 

 夕食の時間もシルベとユウノは喧嘩ムードだった。

 2人は向かい合って夕食を食べているが、ユウノはずっとそっぽを向いている。「ぷいっ」と擬音が聞こえてくるほど見事な拗ねっぷりだ。

 

(き、気まずい……)

 

 全然食事に集中できない。周りの皆も似たような感じで、チラチラとシルベとユウノの2人の様子を見ている。

 

「ごちそうさまでした」

「あっ……」

 

 ユウノはそんな空気に耐えられなかったのか、その場に居たくなかったのか、さっさと食器を返して食堂を出ていってしまった。

 シルベは手を伸ばすも、すぐに力なく机の上に戻してしまった。

 

(シルベさん……!)

 

 シルベは何も言わない。食堂はますます重い空気が広がっていた。

 

 

***

 

 

 夕食後、流石に煙臭いのに耐えられなかった私は、まずシャワーを浴びることにした。

 同じことを考えている人はやはり多かったらしく、数人と同じタイミングでシャワールームに入ることになった。

 

「心配ですね……あの2人。とても仲が良かっただけに、あそこまで険悪なムードですと、何があるか分かりませんから……」

「そ、そうですね……小説なら、あのまま破局、なんてことも……」

 

 テミとユリがそんなことを言い合っている。

 

「破局って……2人は別に付き合ってるとかじゃ……」

「「え!?」」

 

 思わず呟くと、テミとユリが一斉にこちらを向いた。

 

「あら……? 2人って〜……付き合ってたんじゃなかったの……?」

 

 リチが横で首を傾げている。

 

「いや、そんなわけないでしょ……そもそも、女の子同士だし……」

「え、スミレさんがそれを言うんですか……?」

 

 テミが引き気味にそんなことを言う。ユリがその隣で頷いている。何か訴えかけてくるような目が向けられていた。

 

「い、いや、何もおかしなこと言ってないっすよね?」

「へぇ……そうですか」

「さすがにイトさんがかわいそうです……」

 

(どうしてイトさんの名前が……?)

 

 今の話に関係ないはずの人物が出てきて混乱する。もしかして、私だけ別の話をしていたのだろうか。

 

「うんうん……それだけ、2人が仲良しだったって、ことだよね~」

 

 リチがひとり納得したように頷いていた。

 仲良しなのはそうだと思う。けれど、結局テミとユリが何を言っていたのかは理解できなかった。

 

 

***

 

 

「いやぁ、悪いな、スミレ。手伝ってもらっちゃって」

「全然! たまたま暇だったんで、気にしなくていいっすよ!」

 

 その後、行く宛も無くなんとなく皿洗いでも手伝おうかと厨房に向かうと、ちょうど忙しそうにしていたペティを見つけた。なので、こうして皿洗いを手伝っている。

 珍しくペティの他に誰も居なかった。いつもは誰かしら手伝いに来ているはずなのだが。

 

「……その、レイさんは今日は居ないんすか?」

「ん? あぁ、あいつは見回りだとさ。ほら、あんなことがあった後だろ?」

 

 言われてすぐに思い当たる。きっとユウノのことだ。確かに、警戒を強めるのも頷ける。

 

「そうなんすね。……それで、一人で」

「いいんだよ。本来は皿洗いまでやるのがシェフの仕事さ。……それに、あいつをいつまでもここに拘束するのも勿体ないって思うし」

「もったいない……?」

 

 思わず聞き返す。ペティは「ははっ……」と笑って、それきり何も言わなかった。

 

(なんだろう……何か隠してる、とか……?)

 

 2人の間でも何かあったのかもしれない。けれど、それを知る方法は無かった。私はただ、皿を洗ってそれを重ねることしかできない。

 

 

――ドォォオオオオオオオンッ!!!!!

 

 

「わっ!?」

「な、なんだ!?」

 

 屋敷全体が揺れるほどの衝撃が上の階から響いた。何か大きなものが落ちたような感じだ。

 

「上から、だよな」

「は、はい。見に行きましょう!」

「ああ、そうだな」

 

 皿を置いて厨房を飛び出す。

 食堂を出て階段を登ると、他の皆も集まっていたらしく、騒ぎが聞こえてきた。

 2階ホールの前で皆が顔を見合わせている。

 

「何事だ!?」

 

 レイの鋭い声が聞こえる。見ると、廊下の向こうから走ってきていた。

 

「レイさん! 多分、この部屋からなんだけど……」

 

 シルベが2階ホールの扉を指差す。

 

「何故開けない?」

「開けられないんだ。ノブが凄く熱くて……!」

 

 それを聞くや否や、レイは扉のノブを掴む。だが本当に熱かったのか、すぐに手を離した。

 

「――皆、離れていろ。私がこじ開ける」

「開けるって、どうやって――」

 

 シルベが言い終えるより早くレイの刀が振り抜かれ、固く閉ざされていた扉が真っ二つに切り開かれた。扉だったものが力なく倒れていく。

 すると、そこからゴウッと激しい炎が吹き出した。悲鳴が上がる。

 

「くっ……これが原因か!」

「燃えてる!? どうして……」

 

 アヤフミが叫ぶ。そこでふと、2階ホールにあったものを思い出し、血の気が引くのが分かった。

 

「……【シャンデリア】だ」

「なんだって?」

「【シャンデリア】っすよ! シャンデリアは魔法で……【消えない炎】で明かりを灯していたんです……!」

「おい、じゃあ、この炎もそうだって言いてぇのか!?」

 

 ペティの叫びでますます混乱が大きくなる。炎は、屋敷を燃料に更に燃え広がっているように見える。このままだと、全焼の可能性もあるだろう。

 

(どうしよう……消せない炎を消すなんて、魔法でも無いと……)

 

「……仕方ない。私がなんとかする」

 

 絶望的な空気の中、レイが一歩前に出る。

 

「なんとかって……どうする気だよ?」

「……このフロアごと、【切断】する」

「何言ってんだ!? あんたの刀でそんなこと、できるわけ無いだろ!」

「……」

 

 レイが静かに刀を構えようとしたその時だった。

 

「――おい!!!!! やめろ! 屋敷をぶっ壊す気か!?」

 

 何者かの叫び声に皆の視線が集まる。

 

「ツカイマ!」

「今何時だと思ってんだ!? 屋敷を不用意に荒らすなって、前にも言ったよな!?」

 

 風が吹くようにふっと現れた宙に浮く小さな猫ツカイマは、怒り心頭といった様子で声を荒らげている。

 

「まったく、本気で屋敷ぶっ壊すつもりかよ! 末恐ろしいな、オマエら!!」

 

 言いながら、尻尾をひゅっと振って見せる。すると、どこからともなく突風が吹き荒れ、思わず顔を伏せた。そして顔を上げると、先程まで燃え盛っていた炎が嘘のように消え去っていた。

 

「はぁ……オレっちが寝てたらどうする気だったんだよ。許せねぇよな」

 

 ぷりぷりとツカイマは腰に手を当てて怒っている。

 そんな様子を気にも留めず、シルベが1人、スマホのライトを使ってホールの中を覗いていた。

 

「な、何をしているんですか、シルベさん……?」

「アヤフミさんも見てみてよ。さっきの音、シャンデリアが落ちた音だよね? 火元もそれだって話だし……」

「それで、中を確認しているんですか……」

「……そうだな、事故であれば、被害状況を確認しておかなくては」

「レイさんまで……」

 

 アヤフミは、レイとシルベの少し後ろからホールの中の様子を見ている。前の2人は、スマホのライトで真っ暗なホールの中を照らしていた。

 

「なぁおい……あれ……」

 

 更に後ろから見ていたペティが、ホールの中を指差す。その先には、少しだけ炎が残っている箇所があった。そこに黒い大きな影が見える。

 

「……嘘」

 

 シルベが呟くと同時に、隣のレイが膝から崩れ落ちた。

 レイの持っていたスマホが床に転がる。

 

「な、なんすか。何が――」

 

 状況が分からず、たまらず前に出てシルベがライトで照らす先を見る。

 

「――え……?」

 

 そこにあったのは、床に落ちた大きなシャンデリア。

 

 

 

 

 

 

 ――――そして、それの下敷きになっている、クオレの変わり果てた姿だった。

 

 

 

 

 

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