異誕少女ノ魔女裁判   作:異誕少女ノ魔女裁判制作チーム

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※この作品は魔法少女ノ魔女裁判をリスペクトして作られています。
 原作の内容とは一切関係ありません。


1章
1-1「異誕少女たち」


「――」

 

 私は小さな部屋の窓辺に寄りかかっていた。カーテンの隙間から差し込む光が、柔らかく私たちを包んで、床に淡い影を落としている。

 あの子のベッドはこの白い部屋の端にあり、白いシーツが少しだけ乱れていて、そのすぐ側が私の居場所だった。

 外では風が木の葉を揺らしている。ガラス越しに聞こえるその音は遠く感じられた。

 

 私は、手に持っていた小さな花束――どこかの野原で摘んできた名も知らない花を、そっとベッド脇のテーブルに置く。

 花の色はぼんやりとしか分からない。白だったか、薄紫だったか。

 

 視界に映るあの子の顔は、眠っている時もどこか穏やかで、でも少しだけ寂しそうだった。

 その白い肌に触れようとして、やめた。

 代わりに私はベッドの側の椅子に腰を下ろし、ただじっと見つめた。あの子の胸が小さく上下するのを見ていると、時間がゆっくりと溶けていくようだった。

 

「――――」

 

 しばらくすると目を覚ましたのか、あの子の唇が動いた。

 なぜだか声が聞き取れないけれど、穏やかな声だ。

 私は微笑んだのかもしれない。感覚は曖昧で、夢の端っこがほつれるように輪郭がぼやけていく。

 

 窓の外では雲がゆっくりと流れていた。

 私は目を閉じた。

 あの日の匂い――消毒液と、どこか甘い花の香り――

 

 その記憶が――段々と黒く、赤く、醜く――穢れていく。

 

***

 

「――!」

 

 嫌な感覚に慌てて飛び起きると、身体中がびっしょりと汗で濡れていた。

 

【挿絵表示】

 

 先程まで目の前に広がっていた光景は消え去り、暗がりが広がっていた。

 

(さっきのは……夢?)

 

 それが現実でなかったことには安堵したものの、胸の中で警笛が鳴り続けている。

 当たり前だ。この簡素なベッドも、すぐ横にある古びた岩のような石レンガの壁も、私の部屋には存在しなかったものなのだから。

 見慣れない光景に困惑していると、右方から軋む音がしてそちらに目を向ける。

 そこには青緑色の髪に眼帯を身に着けた少女が椅子に座っており、心配そうにこちらを見ていた。

 

「あの……大丈夫……?」

「…………あっ、私っすか……!?」

 

 声を掛けられたが、呆然としていたために間抜けな返答をしてしまった。

 

(……って、私しか居ないのか)

 

 さっと目だけで周りを見てみるが目の前の少女の他には誰も居ない。

 声の主はこくりと頷くと、立ち上がってこちらに近付いてきた。

 

「少し、うなされたみたいだから……」

 

 そう言って少女は心配そうな顔で私を見つめてくる。

 水色の大きな瞳に吸い込まれそうになり、私は慌てて手を振った。

 

「だ、大丈夫っす!」

 

 そして布団を剥いで立ち上がって見せた。

 

「ほら!」

「……なら、いいんだけど」

 

 反応は薄く表情も読めないが、伝わったと思うことにした。

 

「えっと、ここって……」

 

 何か知ってるかと思い疑問を口にしてみるが、少女は静かに首を振った。

 

「……きみが期待しているような回答はできないかも。ぼくも一緒で、さっき目覚めたばかりだから……」

「そう……っすよね……」

 

 改めて部屋を見回すと、鉄格子の扉が見つかった。触って開くかどうか試してはみたものの、そのような気配は感じられなかった。

 部屋の外からも、私たちと同じ状況であろう人の声が複数聞こえてくる。少し状況が掴めてきた。

 

「なるほど……。それで、あなたは――」

 

 会話を切り出そうとした瞬間、監房の雰囲気に似つかわしくないモニターが起動する音がした。

 そちらを見ると、画面には不気味な猫のようなものが映っていた。

 

「オイ、聞こえるかオマエらー? ……ま、モニター越しに返事なんてできるワケねーだろーが」

 

 不気味な見た目とは裏腹に、愛らしいような、憎たらしいような声が聞こえてきて、それが余計に不気味さを醸し出す。

 

「オレっちはツカイマ! ……どうせオマエら、いきなりこんな場所に連れてこられて、『な、なんで私がこんなところに……!』なんて、ムダなコトを考えてんだろ? とりま説明すっからラウンジへ来な。監房の鍵は開けておく。後はそこの看守に従ってついてけ。……あ、一応言っとくけど、そいつに抵抗してもムダだかんな? そんじゃ!」

 

 ツカイマと名乗る異様な生き物(?)が言葉を切ると同時に、モニターは黒一色に染められた。

 異様な状況と、異様な生き物の嬉々とした一方的な説明に、少しの間理解が及ばず2人で立ち尽くしていた。

 が、鍵が外れる音が鳴り、ハッとして扉を見る。

 

「さっきのアレの言葉通りならこの部屋から出られるみたいだけど……」

「そ、そうっすね! とりあえず出てみま――」

 

 そう言いながら扉の前に行き手をかけようとするが、突如影がかかり手が止まる。思わず顔を上げると、そこには2メートルを優に超える異形が居た。虚ろな白い仮面がこちらを覗いている。

 

「ひっ……」

 

 明らかに人間とはかけ離れたソレに驚き後ずさりすると、側に居た先程の少女が庇うように前に出てソレを睨みつけた。

 すると、何も言わない異形はしばらくこちらをじっと見つめた後に、その場を離れて行った。

 

「……た、助かったっす……」

 

 緊張が解けてホッと息を吐く。

 滲む汗を拭っていると、扉越しにしばらく様子を見ていた先程の少女がこちらに向き直る。

 

「今のうちに外に出よう」

「ありがとうございます……えっと――」

「――碧上(あおがみ)イト……」

「イトさんっすね……! あ、イトさんって呼んで大丈夫っすか……?」

「好きなように呼んでくれていいよ。それで君は……」

「私は八重沢(やえさわ)スミレっす、よろしくお願いします」

「うん。よろしく、八重沢さん」

 

 緊張しているのか、イトは微笑むことなく頷いた。私も上手く笑えていなかったかもしれない。

 

「……は? なんなんですかあなたは――」

「ちょっ、急に腕引っ張るなって――分かった、分かったって!」

 

 外から声がして監房を出てみると、既に他の房からも人が出てきているようだった。その中には背が高い人も居るが、雰囲気的に同い年くらいに見える子が多い印象を受けた。

 

「人がこんなに……。流石に学校……とかじゃ、無いっすよね……」

 

 通路の奥の方には、先程こちらを覗いていた異形が居る。まるで私たちについてこいと言いたげに時折振り返りながら進んでいた。

 

(あれが、ツカイマの言っていた看守……?)

 

 まさかと思い周りを見渡すと、いわゆる牢屋のような閉鎖的な空間が広がっていた。

 他の人たちもそんな景色を見ながら、看守の後を追って歩いているようだ。

 

(あの人たちについていかなくても、隠れれば逃げ出せたりとか……)

 

 そんな考えがふと(よぎ)ってしまい反対側へ足が動き出しそうになるが、体の動く方向とは逆の力が腕にかかって足が止まる。

 

「八重沢さん」

 

 いつの間にかイトが私の腕を掴んでいた。思わず顔を見ると、先程まで話していた時の無表情からは想像できないほど青ざめていた。

 

「そっち、行かない方がいい……」

「え、あ……あぁ! すみません……! 説明を聞きに行かなきゃいけないんでしたね」

「うん。……それに、今1人で行動するのは……何があるか分からない、し……」

「ですよね……。じゃあ、ついていきますかね」

 

 そう言って、看守が進んでいく方へと歩く。

 イトの顔を見ると、再び無表情に戻っていた。先程の青ざめた顔が気になったものの、今は聞いている場合では無いとすぐに頭の片隅へと追いやった。

 

 

 

 イトと共に看守の後に続いていくと、大きなモニターと暖炉のある間に通された。

 先程の監房があった通路とは一変して、上品な雰囲気の漂う空間だ。

 しかし、どちらとも異質な空間であることには変わりない。

 

(ここが、ツカイマの言っていたラウンジ……?)

 

 他の人たちについて奥へ入っていく。どうやら私たちが最後だったようだ。看守が扉を閉めてモニターの前に移動し、まるで私たちを監視するかのように静止した。

 

「(ここで待機しろ……ってことなのかな……?)」

 

 小声で隣のイトが問いかけてくる。自然と私の声も小さくなった。

 

「(……そう、みたいっすね……)」

 

 閉鎖空間に、14人と1体の異形……この中に見知った顔は一切無い。

 そこに力で抵抗できるとは到底思えない異形が佇む異様な状況に、さらに空気が張り詰めていく。

 先程の廊下での喧騒と真逆の状況に、今にも息が詰まりそうだった。

 とても自分から口を開けられるような空気ではなく途方に暮れていると、どこからともなく声が上がる。

 

「……すまない、少し良いだろうか」

 

 声のした方を見ると、軍服のような装いの人物が1歩前へ出ていた。

 

「私たちがここに集められた理由も、そもそも互いに誰なのかも分からない。だから、この後に何が起きても良いように、先に自己紹介をして互いのことを知っておくというのはどうだろう」

 

 その提案を受け、辺りを見回しているとイトと目が合った。

 イトも私と同じで、どう反応すべきか迷っているようだ。

 他の人たちも同様でお互いを探り合うような視線が交錯するも、反論は特に上がらなかった。

 

「……そうだな、まずは私から始めようか」

 

 提案してきた人物は各々の反応を確認し、看守の方を一瞥してから話し始めた。

 

「私は叢雲(むらくも)レイ。呼びやすいように呼んでくれれば良い。よろしく」

 

  レイと名乗った人物は私よりもかなり背が高く、170㎝ぐらいありそうだ。その容姿と話し方からクールな印象を受けるが、男性か女性なのかはっきりとしない。

 少し視線を下げると、レイの腰に携えた武器が目に付いた。

 

(か、刀……? なんでそんなものを……)

 

 その視線に気付いたのか、レイは再び口を開いた。

 

「……この刀が気になるか? 虚刀残穢月影(きょとうざんえつきかげ)――私のお守りのようなものだ。キミたちに危害を加えるつもりなんて無いことは、予め言っておくよ」

 

 レイは刀に手をやり、そう言った。

 

(きょ……きょとう、なんて……?)

 

 武器の名についていまいち聞き取れず内容が入ってこなかったが、今は気にしないことにした。

 ただ、凛とした声と洗練されたような立ち振る舞いに、つい見とれてしまう。

 

(かっこいい……)

 

 思わず口にしかけたが、ギリギリで踏みとどまった。

 

「次はお姉さんの番だね」

 

 レイの隣に居たピンクの髪の少女が、名乗りを上げて話し始めた。

 

「えーっと、彩りに果実の果で彩果(さいか)、新たに奈良の奈で新奈(ニーナ)だよー! めんどくさいからニーナって呼んでね! スマホ見たら分かるとか冷たいツッコミは無しだよ~」

 

 レイとは一変して明るく優しそうな雰囲気の自己紹介に、少しだけ緊張が和らいだ感じがした。

 だが手を振るニーナに反応できた人は居なかった。慣れているのか分かっていたのか、それでもニーナは表情を崩さず笑顔のまま下がった。

 

(ニーナさん……この人なら仲良くなれるかも。……というか、スマホ?)

 

 ポケットを探ると、スマホが入っていることに気付く。後で確認しておこう。

 

 その次にまた、ニーナの隣の赤い髪の少女が静かに1歩前へ出た。

 

「ワタシは純霓(しげつ)クオレと言います。先日までとある国の軍に所属していた奴隷です。短剣による近接格闘、ケガをした際の応急処置などができます。何かあれば道具であるワタシにお申し付けください」

 

(奴隷……!? なんかすごい過去を持ってる人だ……)

 

 明るい自己紹介とは一転し、またもや物騒……というか重そうな話に思わずギョッとしたが、気を取り直して容姿を観察してみることにした。

 レイは紺色っぽい軍服だったが、クオレは白を基調としたデザインになっており、帽子のデザインもどこか衛生兵を連想させるものになっていた。

 2人に関連性は無さそうだが、クオレもまた、腰に短剣のような武器を携えていた。

 クオレは特にそれには触れず、小さく丁寧にお辞儀をして下がった。

 

(それにしても……今の時点で3人中2人が武器を持ってるって……物騒だな)

 

 なんとも非日常な光景に唖然としていると、次の自己紹介が始まった。

 

「次は私ですね。私は柳谷(やなぎや)アヤフミ。皆も突然の状況にパニックになってるかもしれないけれど、不安になったら私に相談してくださいね。おこがましいかもしれないけれど、私が皆の心の拠り所になれたらいいなって思ってますから」

 

 ニーナと同様に、優しく明るい雰囲気を纏った少女だ。声を聴いているだけでなんとなく……安心するような、そんな感じがしてくる。

 ただ、片目を常に瞑っているのが少し気になった、ケガでもしているのだろうか。

 

「アタシは(かつら)ペティ。得意なのは料理全般! 美味いモン食いたきゃアタシに……と、言いたいトコだったけど。こんな場所でどうすりゃいいんだろうな」

 

 コックのような装いの明るい少女はペティというらしい。ペティは苦笑いを浮かべて肩をすくめた。気さくな姉御って感じでとても話しかけやすそうだ。

 料理、という単語を聞いて、少しお腹が空いていることに気が付いた。ここは食事なんて出してくれるのだろうか。

 

「次は僕の番かな……? 僕の名前は忽那(くつな) シルべっていいます。好きなことは……本を読んだり、 人と会話したりすることかな……。だから、皆とも仲良くなりたいと思ってます。これから、 どうぞよろしく」

 

 白いショートカットに黒のメッシュが入った髪を持つシルベからは、爽やかな子という印象を受けた。そんなボーイッシュな出で立ちとその声に、男の子と間違えてしまいそうだった。よく見るとちゃんと女の子だと分かる。

 

(こんな子がドレスを着たら可愛いんだろうな…)

 

 場違いだとは思いつつもそんなことを考えていたが、シルベが私の右隣だったことを思い出して慌てて呼吸を整えた。

 

「えーっと、次は私っすか……」

 

 最初が肝心だと、自分の中で言い聞かせながら話し続ける。

 

「私は八重沢(やえさわ)スミレっていいます。好きなものは……」

 

 そこまで言うと、なぜか言葉に詰まってしまった。

 

(……あれ、私ってどんなことが好きなんだっけ……)

 

 好きなものを言うだけなのに、それがなぜか浮かんでこない。

 無言でそのままなのも怪しまれてしまうと思い、ありきたりでもとりあえず何か挙げることにした。

 

「……漫画とかアニメとか……ですかね。よろしくお願いします」

 

 少なくともこれで大丈夫だろうとは思うが、少しだけ不安になった。

 

(でも、なんで浮かんでこなかったんだろう……)

 

「……あ、次はイトさんっすよ」

 

  少しふけってしまってからハッとして隣のイトに促す。

 

「うん、ぼくは碧上(あおがみ)イト……よろしく。……特技はパルクール。……これでいい?」

 

 パルクール……確か、壁を登ったり飛び移ったりする競技だった気がする。

 大人しそうな印象に見えていた彼女の、シルベとはまた違うギャップに驚かされる。

 そんな私の顔を見てか、イトが怪訝そうに呟いた。

 

「……えっと、そこまで驚かれるものじゃ無いとは思う……けど……」

「……声、出てました……?」

「そんな顔してたから……」

 

(……気を付けなければ)

 

 そんな会話をしているうちに、イトの隣から声が聞こえてきた。

 

「……私は、摩多音(またね)テミです。

 皆さん、以後お見知りおきを」

 

 テミと名乗る水色のロングヘアの少女は、なぜか終始目を閉じたまま自己紹介をしていた。微笑を浮かべながら話すその姿は、謎めいた雰囲気でつかみどころのないように見える。

 片目が前髪で隠れているため、両目とも閉じているかは分からない。

 

(不思議な子……)

 

 圧倒された……とはまた違う妙な感覚を覚えつつ、次の少女へ目を向けた。

 

「では、次はキミの番だ」

「……」

 

 レイが緑髪の少女へ声をかけるが、どこ吹く風と言った感じで独り言を呟いていた。

 

(あの子、大丈夫かな……?)

 

「すまない、ちょっといいかな」

「……ん~? 私に何か用?」

 

 それでも話を聞いていなかったようで、何をするべきか理解していないらしい。

 

「自己紹介をお願いしても良いかな?」

 

 緑髪の少女はそう言われると、ばつの悪そうに笑いながら向き直った。

 

「ごめんなさい。少しお話が盛り上がっちゃって……自己紹介よね? 私はリチ……茅島(かやしま)リチって言うの、よろしくね」

 

 リチと名乗った緑髪の少女は、光の灯らない瞳でにこりと笑った。

『話が盛り上がる』と言っていたが、明らかに1人で何もない方へ呟いていた。彼女には何かが見えているのだろうかと思ったが、それ以上は考えない方が良さそうな気がしたので、リチの隣の少女へと目を向けた。

 

「自己紹介……みなさんのを聞いていて飽きそうなので、私のはさっさと終わらせますね。私の名前は大家(おおや)ウメ。基本的なことならある程度こなせるし、1人で居る方が気楽なので、あまり関わらないでくれると嬉しいです」

 

 ウメと名乗るマフラーが特徴的なポニーテールの少女は気だるげにそう言うと、後ろに下がっていった。

 確かに、14人も居ればあまり探られたくない子が居てもおかしくない。自分以外に見知ったものがない状況なのだから、そう思うのも仕方のないことだろう。

 改めて、自分が置かれている状況がどういうものか実感した。

 

 ウメの自己紹介から少し間が空いたが、次の話が始まらない。

 不思議に思ってウメの隣へ目を向けると、頭から赤い布を被った少女が少し肩を震わせているのが見えた。

 

「え、えっと……次、あなたの番っすよ」

「……っ!」

 

 私が声をかけると、布を被った少女は一瞬驚き、慌てて話し始めた。

 

「あ、え、えと、こ、ここ駒木(こまき)ユウノです! よろ、よろしくお願いします!」

 

 ユウノは自己紹介を終えると、また深く布を被ってしまった。おどおどした様子を見るに、このような場には慣れていないのかもしれない。

 

「次、の方……ど、どうぞ……」

 

 ユウノは俯いたまま、消え入りそうな声で呟く。

 その声が届いたのかは分からないが、壁に寄りかかったままの青いツインテールの少女が口を開いた。

 

冬川(ふゆかわ)ルナ」

 

 名を名乗ったものの、その後に言葉が続いてこない。

 そのまま数秒の沈黙が続くが、それでも続きは返ってこない。

 

「……随分とあっさりした自己紹介じゃない?」

 

 彼女の言葉に物足りなさを感じたのか、比較的近くに居たニーナが声を掛けた。

 

「うるさいですよ。だいたい、他人の名前なんて知って何になります? 覚えるだけ無駄ですよ」

 

 その冷たい言葉に、場が凍りつく。しかし、1人だけ態度を崩さない少女がいた。

 

「そんな冷たくすることないんじゃな~い? これからどうなるか分からないんだから、仲良くしようよ、ね?」

 

 それはニーナだった。まるで小さな子供を相手にするような優しい口調でルナに話しかけていた。

 

「少なくとも、あなたとは仲良くしたくないです」

「つめた~い! でも、あなたとは仲良くなれそうねっ♡」

「…………チッ」

 

(うわぁ…………)

 

 ルナと名乗った少女は、敵意を剝き出しにしてわざとらしく舌打ちをしていたが、私は何も言わずに放っておいた。

 

「……とりあえず、これで全員自己紹介を終えたか?」

 

 そう言って、レイは周囲を見ながら人数を数えた。

 

「1、2、3……おかしいな。最初に数えた時は14人居た筈だが」

 

 すると、隣のイトから声が上がった。

 

「あの……あそこにもう1人……」

 

 そう言われ、イトが指をさした方向に全員の視線が集まる。その先には、少女が1人立ち尽くしていた。

 

「ああ、すまない。キミも自己紹介をしてもらえるか?」

「ひぇっ!? ……せ、せ、せせ、清條(せいじょう)ユリです! よ、よ、よろしくお願いします……」

 

 かなり吃音気味なのか、言葉を詰まらせながら清條ユリは自己紹介をした。

 

「えっと……キミの名前はユリで間違いなかったかな?」

 

 ユリと名乗ったモノクルをかけた灰色の髪を持つ少女は、コクコクと首を縦に振った。

 レイやニーナと比べると余計に小柄に見える少女は、まるで小動物のような反応を見せている。

 

「ありがとう。……これで、全員の自己紹介が終わったか」

 

(これから、何が起きるんだろう……)

 

 漠然とした不安で頭が埋もれかかっていたところに、14人とはまた別の、軽薄そうな声が天井の方からあがった。

 

「そろそろ話は終わったか? 終わったよな?」

 

 声の主は天井の通気口からスッと降りてきて、中央のテーブル上に着地した。

 

 私の視線は自然とテーブルに向けられる。

 それは、推定2、30センチほどの……猫のような生き物だった。

 

「あーー! お前、さっきモニターで見たやつ!」

 

 その姿を見るや否や、真っ先にペティがツカイマにツッコんだ。

 

「オレっちはツカイマ! オマエら囚人共を管理するのが役目だ。ま、よろしくなっ!」

 

 ペティの言葉を無視し、場の空気にそぐわない妙に明るい口調でツカイマが話を始めた。

 

(ツカイマって、魔女か何かの手下みたいなものかな……)

 

 不安と困惑が入り混じった雰囲気を察したのか、ツカイマが話を続ける。

 

「ちょっ、無視すん――」

「――お? 何が何だか分からないって感じか? まあムリもねえ。拉致みたいなもんだからな」

 

 『拉致』という言葉を聞いて背筋が凍る。こんな場所は見たことも聞いたこともない。そうであれば、連れ去られたということに納得せざるを得ない。

 そんな中、レイが1歩前に出て質問をした。

 

「ツカイマ……と言ったか? 私たちをここに集めた理由を聞いてもいいか?」

 

 それを聞いて、ツカイマはレイの方に視線を向けた。

 

「いい質問だな。ちょうどオレッちも話そうと思っていたところだ」

 

 少し間をおいて、ツカイマは話し出した。

 

「オマエらは、世界に仇なす【魔女】になる可能性があると判断された【魔女候補】なんだよ。そんな世界の敵を野放しにしたらマズイよなあ……というワケで!」

 

 ツカイマは尻尾を立てながら、嬉々として告げる。

 

「囚人として牢屋に閉じ込めちゃいましたーー!! ……ってコト」

 

 一方的に突き付けられた言葉に、私は脳が追いつかなかった。

 

(世界の敵……? 魔女候補……?)

 

 何が何だか分からない。ツカイマは一体何を言っているのだろうか。

 その場が沈黙に支配される。周囲からも、ツカイマに対する言葉は一切出てこなかった。

 

「……予想通りの反応どうも。まあそういうコトだから、これから余生をここで楽しく過ごすんだな。どうせオマエら、しょうもない人生送ってきたんだし、別にいいだろ?」

「勝手に拉致してきたくせに何様なんですか?」

「カワイイ子猫様」

 

 ケラケラと笑うツカイマに、ルナはチッと舌打ちをした。

 

 そこで、耐えかねたペティが声を上げた。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ! それよりも、『世界の敵』? 『魔女候補』? もうちっと分かるように説明してくれよ……!」

「【魔法】」

 

 ツカイマは一言、そう発した。魔法(?)がどうしたのだろうか。

 

「普通の奴には使えない、常識を超えた特別な力。オマエら、心当たりがあるんじゃねえか?」

 

 それを言われ、ペティは何かを察したように息を呑む。

 

(特別な力……? なんだろう、それ……)

 

 何のことか分からず周りを見渡すと、他の子たちは何か心当たりがあるような素振りを見せていた。

 

「なんだ、分かんねえのか? しゃーねーな、オレっちが1から説明してやるよ」

 

 ツカイマは、なぜか私をチラッと見た後、やれやれと肩をすくめて話し始めた。

 

「オマエらは【魔女因子】っていうのを持っている人間なんだ。その魔女因子を持ってる人間は1つだけ【魔法】を使えるようになる。手から火を出したり、傷を治したりと、普通の人間にはできない芸当を可能にする力さ。

 そんでもって、魔法を使える魔女候補たちは、ストレスを受けると魔女化が進み、殺人衝動が高まるんだ。仕舞いには、殺人を犯しちまう。そんな危険人物を野放しにはできないだろ? 世界の敵と言っても過言ではない」

 

(さ、殺!?)

 

「さ、さささ、殺人……!?」

「そんなんある訳ーー」

「――あるんだよ」

 

 口々に言う少女たちの言葉を遮り、ツカイマは一言発した。

 口を開いていた少女たちはその言葉に気圧され、皆一斉に押し黙った。

 

「いやぁ〜ね? みーんな口ではそう言うけどな、結局は憎み合って殺し合いを始めちまうんだよ」

 

 ツカイマは、首を横に振りながら『困っちまうよなあ〜』とぼやく。

   

「で、殺人事件が実際に起きた場合、【魔女裁判】を執り行うんだ」

 

 そこで、今まで黙っていたウメが口を開いた。

 

「……その魔女裁判って、一体何?」

「魔女裁判ってのは、囚人たちで話し合ってオマエらの中に潜む魔女を特定してもらう。そして、ソイツを処刑するんだ」

 

(処刑……!?)

 

「平気で人を殺すような危険人物と一緒に生活なんてできないもんな? ありがたいシステムだよな!」

 

(た、確かに、殺人を犯すような人物が居たら安心して生活できないけど……)

 

 しかし、殺人事件も裁判も、馴染みがなさすぎて理解が追いつかない。他の少女たちも同じような反応をしていた。

 

「『犯人』ではなく、『魔女』なのか?」

 

 ツカイマの言葉に引っかかりを覚えたのか、レイがそう発言した。

 

「さっきも言っただろ? ストレスを受けると魔女化が進んで殺人衝動が高まるってな」

「……つまり、魔女が犯人になるから、魔女を特定する。と?」

「そーゆーコトだ。まあ、詳しいコトはオマエらに配ったスマホの『魔女図鑑』を見てくれ。そこに規則とかいろいろ載ってるからな。……あ、ちなみに規則破ったりここから脱出したりしようもんなら、懲罰房行きだから気をつけろよ。度が過ぎると、そこの看守がお前らの首をサクッと刈り取っちゃうかもしれないぜ?」

 

 サラッと恐ろしいことを言われ、冷や汗が出てきた。改めて看守に目を向けると、手に鎌が握られていた。

 

(『刈り取る』って、あれで……?)

 

「これで一通りの説明は終わったんだが、他に質問はあるか?」

 

 ツカイマが少女たちをくるりと見回す。

 

「あの……食事は出るのでしょうか?」

 

 するとおずおずと手をあげてアヤフミがツカイマに尋ねた。

 

「はぁ呆れた。最初にする質問がそれなんて、状況を受け入れるのが早すぎません? とんだ食いしん坊さんか能天気さんが居たものですね」

 

 ルナがやれやれと首を振る。

 少し困ったように微笑むアヤフミを庇うようにウメが前に出た。

 

「……私たちはここでの生活を受け入れるしかない。今の質問に何もおかしいところは無いよ」

「は?」

「何?」

 

 ルナとウメが睨み合っている。今にも2人は掴みかかりそうだ。

 だがそんな2人にはあまり興味が無いのか、ツカイマは淡々と質問に答えた。

 

「あー、食事は看守が作って食堂に置いてくれっからそれを食べてくれ。味は保証しないが、一応食えるモノだぜ」

 

(『味は保証しない』……嫌な予感がする)

 

 そう思っていたら、ペティが口を挟んだ。

 

「……それなら、アタシに作らせてくれねえか? 料理には自信があるんだ」

 

(そういえば、さっき自己紹介で料理が得意って言ってたな……)

 

 あの看守が作る料理は得体が知れない。そのため、この申し出はありがたいかもしれない。

 

「ほーん? まあ、別にいいが……」

 

 意外にもあっさりとツカイマは了承した。それを聞いたペティは「よしっ!」とガッツポーズをとる。

 しかし、ここには14人もの少女が居る。そんな大人数の料理を作るとなるとかなり大変そうだが、大丈夫なのだろうか。

 

「……ってなワケで、オレっちからのありがたい説明は以上だ。これからの共同生活、頑張ってネ〜〜!」

 

 

 

 ――こうして、私たちの牢屋敷生活が始まった。

 

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