私は、純霓さんを殺しました。
純霓さんは、私からシルベちゃんを取ろうとしました。それが、どうしても許せなかったんです。
どうしても……シルベちゃんを取られたくなかったんです……
どうしても……
今日、シルベちゃんと喧嘩をしてしまって……顔を合わせるのが気まずくて……1人で時間を潰そうと思って、図書室で本を借りました。
その帰り道、廊下を歩いていると純霓さんに声をかけられたんです。
「シルベ様がユウノ様をひどく心配しています。話し合いをして頂けませんか」
その言葉を聞いた瞬間、強い憎しみが込み上げました。
私からシルベちゃんを奪っておいて、どうしてそんな風に言えるのかって……
そして何よりも、また私を置いて2人で話している事実が、耐えられませんでした。
カッとなった私は、ちょうど手に持っていた本で、衝動的に純霓さんに殴りかかりました。
ですが、私の拙い攻撃では純霓さんに傷ひとつ付けられず、片手で腕を掴まれて止められてしまいました。そして、その時に持っていた本を床に落としてしまったんです。
純霓さんの顔を見て私は我に返りました。同時に、純霓さんに嫉妬している自分がひどく惨めに思えて……
だけど私の魔法が、私に代わって、純霓さんを殴りました。
私の魔法は【影分身】。自分の影から分身を作って、目に見える範囲であればどこの影へでも移動させることができます。
ある程度は制御できますが、私の感情が強く反映されるので、強い感情に引きずられると、勝手に動くことがあります。
でも、こうやって布を被っている時は、あまり勝手に動かないんです。私の影がぼやけるからなのか、なんなのか……理由は分からないですけど……
私の憎悪に反応した影分身が床に落ちた本を拾い、純霓さんの後頭部を強打しました。
多分、魔女化が進んだせいで、布を被っていても勝手に動いてしまったのだと思います。
でも、一度殴っただけでは致命傷に至りませんでした。純霓さんはすぐに血を操る魔法で、反撃しました。
けれど、影分身には実体がありません。攻撃はすり抜けました。
……今思えば、ここで止めることもできたんだと思います。
ですが私は沈黙を貫きました。
そのまま影分身はさらに2度、3度と本で殴り、純霓さんを気絶させました。
すべてが一瞬の出来事で、私は頭が真っ白になりました。ただ、隠さなければと、それだけを考えていました。
そして、私は気絶した純霓さんを近くのホールへ運びました。
以前、ツカイマさんが「シャンデリアの炎は魔法の炎だから消えない」と言っていたのを思い出したので、シャンデリアを落として、凶器の本と純霓さんを燃やして、証拠を隠そうと考えたんです。
シャンデリアの底面は影になっていたんです。初めてシャンデリアを見た時に、それが気になって覚えていました。だから、そこから影分身の腕だけを出して鎖を叩き切らせれば、シャンデリアは落とせるとすぐに思いつきました。
純霓さんが腰に
鎖はすぐには切れませんでしたが、影分身に続けさせました。私はホールの入口から、その様子を見ていました。
まさか短剣が壊れちゃうなんて、思ってもいませんでした。
その後、シャンデリアが落ちる前に一階のトイレに駆け込み、ずっとそこに居たふりをしました。
大きな音が聞こえた時、もうすぐ何もかもが燃え尽きてなかったことになると、そう確信したのを覚えています。
ですが、シャンデリアの炎はすぐにツカイマさんに消されてしまったんですね。
予想外ではありましたが、冷静に考えれば、ツカイマさんならできてもおかしくなかったですね……
結局、すべてが明るみに出てしまって、私は動揺していて……まともなアリバイを作る余裕もありませんでした。
裁判中にも失言をしてしまいました。
……私は、やっぱりバカで……
自分のことが……嫌いで……
こんな、自分は……
***
駒木ユウノが、純霓クオレを殺したことを認めた。
当然、ユウノが最多票を集め、魔女に選ばれた。
「なんで……なんでだよ……」
重い空気の中、ペティが唇を噛み締めながら声を発する。
「クオレは……ユウノの演奏だって、褒めてたじゃねえか……」
数人が頷くが、それをルナが鼻で笑う。
「分かりきっていることでしょう? ……つくづく、嫉妬というのは恐ろしいものです。さすがメンヘラ女ですね」
「けど、けどよ……! だからって、殺さなくたって……」
拳を震わせるペティに、ルナはやれやれと肩をすくめた。
「私もメンヘラ女の思考なんて理解できません。お気持ちは察しますよ、料理バカさん」
「……っ」
ペティは、それ以上何も言わなかった。今はルナの毒舌に反論する気力が無いようだ。
「ユウノちゃん」
「……っ」
静まり返った裁判所にユウノを呼ぶシルベの声が響く。
ユウノがパッと顔を上げる。
「……僕のことをそこまで想ってくれたのは嬉しいよ。ありがとう。気付かなくてごめんね」
シルベは笑顔でそう言った。
「シルベちゃ――」
だが、すぐにその表情は消え失せる。
「――処刑される前に、それだけは伝えておくよ」
冷たくそう言って、シルベは口を閉じた。
ユウノは何か言いかけたが、言葉にしないまま目を伏せてしまった。
また沈黙が訪れる。
ルナはああ言っていたが、毎朝ユウノの演奏を聴いて様子を見ていたこともあり、クオレに嫉妬をしてしまうユウノの気持ちが分かってしまった。
加えて、その嫉妬でストレスが溜まっていたとしたら、魔女の殺人衝動もかなり高まっていたことも想像に容易い。
でも、だからといって、クオレを殺したことを許すつもりはない。
嫉妬したから殺すなんて、そんなことが許されるはずがない。
「……もう良いか? 時間押してんだケド」
裁判所の静寂をツカイマが破る。
誰もが視線を逸らして沈黙する中、ユウノが、静かに頷いた。
「……じゃ、前回と同じようにスマホの処刑ボタンをぐーっと押してくれ」
各々がポケットからスマホを取り出す。画面中央には、前回と同じように【処刑】と書かれたボタンがあった。
(また、このボタンを押さなきゃいけないんだ……)
イトが殺され、ニーナが処刑された時のことを思い出す。これを押せば、またあんな凄惨な姿を見せつけられることになる。
だが、押さなければならない。私は目を瞑ってボタンを押した。
「よーし全員押したな。そんじゃ、今から魔女の処刑を執行する」
いつの間にか近くに居た看守によって、ユウノが処刑台へと連行されていく。
ユウノの肩は震えているが、叫ぶことも逃げることもせず、黙って下を向きながら歩いていた。
音を立てながら裁判所の中央から姿を現した処刑台は、ニーナの時とは打って変わって豪華なものだった。
中を隠していたカーテンのような大きな布がゆっくりと開いていくと、コンサートホールのような舞台が出現した。中央にはグランドピアノと椅子があり、舞台の横には大きな歯車があった。まるで人形劇に使われるような、大掛かりな装置のように見える。
ユウノは舞台上に連れていかれ、看守によって椅子に座らされた。それと同時に、舞台にスポットライトが当たる。
だが、ピアノの前に座らされたユウノは動かない。布の端をきゅっと握ったまま、小さく震えている。
すると、看守はユウノの被っている布を無理やり取ろうとした。
「――っ! や、やめて……!」
ユウノは必死に抵抗するが、看守に力で敵う訳がなかった。やがてユウノは布を剥ぎ取られてしまう。
(……! あんな姿、だったんだ……)
初めて見たユウノの素顔に、思わず驚いてしまう。まるで晴れ舞台に着ていくようなドレスが目に留まる。舞台のせいか、否が応でもピアノのコンサートを連想させる。
ますます震えてしまったユウノを気にも止めず、看守はユウノを縄で縛り付けていった。
(……また処刑が始まるんだ……。でも、今度は何をするつもりなんだろう)
今回は前回と違い、看守は処刑台から離れていく。サーベルも持っていない。
ただピアノの前にユウノが座らされただけだ。これから何が起こるのか見当もつかない。
(……よく見たら、ピアノにロープが括り付けられてる……どうして……)
そう思っていると、急にガラガラと音を鳴らしながら歯車が回り始め、中央のピアノが宙に浮いた。ロープで持ち上げられているのだ。
「……ま、まさか、あれを落とすつもりかよ……!?」
ペティの言葉にゾッとする。あんなに重い物の下敷きになったらケガでは済まないだろう。
思わずユウノの方へ視線を戻す。
だが、震えるユウノはなぜか、持ち上げられていくピアノではなく、後ろを気にしている様子だった。
「……あの子に殺されるあの子に殺されるあの子に殺される……」
小さい声で何かをぶつぶつと呟いている。
「な、何を言って――」
――――バッ!!
私の呟きを掻き消すように大きな音がして、さらにスポットライトが点灯した。それらが舞台のユウノを照らす。
「――っ!! やめて、やめてください……!! これ以上はあの子に殺され――――」
ユウノはそこまで言うと、ピタリと言葉を止めた。
いつの間にか歯車は止まっていたらしく、一瞬の静寂が訪れる。
「――――あれ……。なん、で……。なんで、出てこないの……」
ユウノは誰かを探すように、ゆっくりと周囲を見回す。
「どうして……? いつも出てくるくせに、なんで、今は、出てこないの……?」
困惑にも聞こえる声が虚空に消える。
「……あの女は何を言ってるんです?」
ルナが首を傾げている。
私も一瞬、何を言っているのか分からなかったが、すぐに理解した。
「……ユウノさんはきっと……【影分身がまた誰かを殺してしまうんじゃないか】って怖がってるんすね……」
ユウノは裁判の時に、【レイを殺してしまうかもしれないから】と証言を控えていた。
彼女はクオレを殺した犯人だ。だが、【これ以上誰かを殺したくない】という思いは確かにあるはずだ。だからこそ、最後に武器を受け取らなかったはずなのだから。
「……それは、違うぞ」
冷たく鋭い声が静寂を切り裂く。
「……え?」
私の視線は自然とレイの方に向く。
レイは既に、舞台の方へ歩き出していた。
靴音がいやに響く。
「……駒木ユウノ。キミに1つ、聞きたいことがある」
「な、なんですかっ……」
眩しいほどの光に照らされたユウノと、闇に紛れて消えてしまいそうなレイが対峙する。
レイが短く息を吸う音がした。
「――【少女不可解殺人事件】」
「……!」
レイの発した言葉に、ユウノの目が見開かれる。
「駒木家の次女が殺害された事件だ。結局あの事件は未解決のまま迷宮入りになったが……キミが事件の犯人だったんじゃないか? キミが【魔法】を使って……殺したんじゃないのか?」
(ユウノさんに妹が……? いや、それより、妹を殺したって……)
「ち、ちが……そんなつもりじゃ――」
「――『そんなつもりじゃなかった』だと? ……
(…………)
レイがここまで感情をあらわにするのを初めて見た。
いや、怒りの感情を初めて見た、と言うべきかもしれない。クオレの死体を見た時ですら、レイは感情を出さなかった。
そんなレイが、明確に、怒りを向けている。
「クオレはキミの身勝手な感情で殺されたんだ。クオレは誰よりも優しかった。キミのことも心配していた。なのに……」
ユウノの肩がびくりと跳ねた。
拳を振るわせるレイの表情は見えないが、想像できてしまう。
「……キミは妹のことも、そうやって身勝手な感情で殺したんだろう……?」
強まっていた語気を無理やり押し殺すように、レイは静かに問いかける。
「違う!」
ユウノは言い淀むことなく否定する。
深呼吸するように、レイが長く息を吐く音がした。
「……そう言うなら教えてくれ……。……何故嫉妬したからと、クオレを殺す必要があった?」
「…………」
ユウノは答えない。
代わりに、レイのため息が聞こえた。
「……【邪魔だった】んだろう? 【居なくなれば良い】と、そう思ったんじゃないのか?」
「そ、それはっ……!」
「キミは真っ先に、証拠隠滅を試みた。【無かったことにしよう】とした。それがキミの本質なんだ」
「…………!」
「キミの妹へも同じ感情を抱いたはずだ。そしてその感情が、キミの【魔法】を動かした」
「や、やめて……!」
「だが、動かしたのはキミだ。キミの【魔法】が殺したんじゃない。クオレも、キミの妹も、駒木ユウノ……キミが殺したんだ。いい加減、罪を認めろ。罪を認めて……処刑されてくれ」
「……っ!!」
レイの言葉は、ユウノの心を壊すのに十分だった。
心の中に閉じ込められた禁忌が暴かれていく――
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私は音楽一家に生まれた。
優しい母と少し気難しい父、姉の私と自由奔放な妹。
母はオペラ歌手、父は作曲家、そんな家庭で生まれた。
私はピアノが大好きだった。
幼い頃から鍵盤に触れるのが楽しくて、練習も苦にならなかった。
努力の成果もあって、コンクールではいつも賞をとっていた。
「百年に一度の天才」と呼ばれ、学校でも人気者だった。
拍手と称賛に囲まれるのはとても心地が良かったと思う。
妹は――
妹はずっと「ピアノなんて絶対やりたくない」と言っていた。
私の背中を見ながら、いつも不機嫌そうに、どこか拗ねた顔をしていた。
それなのに、ある日突然、妹は言った。
「わたしもピアノやりたい」
その言葉に、私はただ笑って頷いた。
妹は驚くほどの才能を持っていた。
指先が踊るように鍵盤を走り、音楽そのものに愛されているかのようだった。
私を追い越すまでに、そう時間はかからなかった。
両親は妹を褒めちぎって、私には冷たい視線を向けるようになった。
妹は「千年に一度の天才」と呼ばれるようになった。
コンクールがあった。
私への拍手と称賛はいつしか妹へ向けられるようになった。
主役は妹だった。
アナウンスが流れる。
貧血になりそうなほどの強い光。
緊張で拍手がうるさかった。
初めて手汗を握った。
ピアノに触れる。
鍵盤の押し方は体が覚えている。
耳からは何も入ってこなかった。
全身に響く硬い音。
ひどい演奏だったと思う。
人生の中で、一番。
もちろん良い結果は妹にとられてしまった。
「お前には才能がない」
その日を境に、私は学校でも居場所を失った。有名だからと私に近付いてきた友達は、音楽の華やかな妹の方へ流れていった。
私には誰もいなくなった。
友達も、家族も。
何もかも妹に奪われ、心はぐちゃぐちゃだった。
圧倒的な才能にはどうしようにも勝てなかった。
吐き出す場所が欲しかった。こんなにも辛い思いをしているのだから、せめて誰かに私を認めてほしかった。
そう、願った時だった。
床に伸びた自分の影から、黒い手がゆっくりと現れた。
その手は冷たくも温かくもなく、ただ静かに私の頭を撫でた。
――次の日、その影分身は妹を殺した。
私は呆然と立ち尽くした。
罪悪感に押し潰されそうだった。
全部妹のせいなのに。私を追い詰めたあの子のせいなのに。
なのに心は壊れそうなほどに苦しく、影がまた誰かを殺すんじゃないかと、恐ろしくてたまらなかった。
だから、私は人前に出るのをやめた。
光のある場所に出れば、また影が生まれる。
また、誰かを殺してしまうかもしれない。
暗闇の中でだけ、影分身はおとなしく、私の足元に沈んでいた。
死んだ妹を見た時から、すべて分かっていた。
影分身は、私の外に居る誰かじゃない。
あれは、私自身、奥底の本当の私。
努力で繕った「天才の姉」としての仮面。
笑顔を浮かべながら、心の底では妹を憎んでいた。
そうだ、妹がピアノを始めた時からだった。
拍手が奪われ、視線が奪われ、愛情が奪われるたびに、私の影は、濃く、濃く、深くなっていった。
そして、耐えきれなくなった私の心が、自分の手を汚す代わりに影を産んだ。
影が妹を殺したんじゃない。
私が妹を殺したんだ。
魔法なんてものじゃない。これは、私の罪なんだ。
きっと私は、この魔法に目覚めた時点で処刑されるべきだったんだね。
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「あは、あははは……あぁ…………」
まるで諦めたように上を向くユウノの顔が、音を立ててひび割れていく。
ニーナの時にも見た、魔女化だ。
心が壊れ、身体ですらも、人でなくなっていく。
「そっか……私は、あなたにも見捨てられたんだ……」
ユウノの見つめる先には、宙に浮いたグランドピアノがあった。
それを視線で追った、次の瞬間――
「――っ!!」
ピアノはユウノの頭上に落下し、雷鳴のような不協和音が鳴り響いた。見ていた少女たちの悲鳴を掻き消すほどの轟音と衝撃に、思わず耳を塞ぐ。
耳鳴りのような反響音が段々と遠のいていく。そっとユウノが居た場所に視線を戻すと、ピアノの下から血がドクドクと流れているのが見えた。静かに血の海が広がり続けている。
「駒木ユウノは無事、なれはてとなった。今から、駒木ユウノを永遠の牢獄へ閉じ込める」
ツカイマがそう宣言すると、音を立てて舞台装置が地下へ沈んでいった。
「……さぁ、終わりだ終わりだ。さっさと帰ってねんねしな!」
静寂が戻った裁判所に、ツカイマの軽口がこだまする。
返事をする人は居なかったが、ツカイマは私たちが同意したと思ったのか、あくびをしながらどこかへ消えていってしまった。
「私も寝ます。まったく……」
耳の辺りを押さえながら、しかめっ面のルナが私たちに背を向けた。疲れたのか、小さなあくびがルナの足音に混ざる。
(……よく、あれを見た後に寝れるな……)
「……八重沢スミレ」
ルナの背中を見送った後も動く気になれず、かと言って周りを気にする余裕もなく、少し俯いてぼーっとしてると、背中から声をかけられた。思わずその声に振り向く。
「レイさん……と、シルベさん」
相変わらずの仏頂面のレイと、心配そうにこちらを見ているシルベが並んでいた。
シルベの腰に提げられたままの刀に視線が行く。てっきり、もう返したものだと思っていた。
「えっと……どうしたんすか?」
レイの方に視線を戻すと、レイは小さくため息をついた。
「……八重沢スミレ、私は怒っている。何故だか分かるか?」
「え……?」
予想外過ぎる問いかけに思わず聞き返す。
『怒っている』と言う割には、先程ユウノと対峙していた時ほどの圧は感じない。
「いや……」
思い当たることもないため、否定することしかできない。
首を振る私にレイは再びため息をついた。
「……裁判で、最後にキミが提案した仮説の証明方法」
「あ……」
あの時レイは『何を意味しているのか理解して言っているのか?』と言っていた。正直、あまり意味については考えきれていなかった。魔法の看破に必死だったから。
「確かに、ある意味ではあれが正しい判断だったのかもしれない。現に、駒木ユウノは魔女として処刑された」
「…………」
「だがあの状況、下手をすれば皆殺しにされていたかもしれなかったんだ」
「……!」
「レイさん……」
シルベが呟くが、レイは構わずに続ける。
「手詰まりだったのは認める。キミの判断がなければ、殺されていたのは私たちだったかもしれない。だが、分の悪い賭けをするのはもうやめろ」
「……」
「彼女は嘘をつき過ぎた。嘘の証言をするなんてあり得ないことだ。そんな彼女が【殺したくない】なんて言って、それを誰が信じられた?」
(だから、信じるな。信じるなんておかしい。きっと、レイさんはそう言いたいんだと思う。けど……)
「……それでも、私は信じたかったんです。ユウノさんは本当は、そんな子じゃないって」
誤魔化そうとか、そんなものじゃない。根拠の無い【信頼】。そうであって欲しいと思うことが、願うことが、いけないことな訳がない。
「……」
今度はレイが黙る番だった。シルベはオロオロと視線を彷徨わせている。
「……確かに全部嘘だったのかもしれないっすけど。……けど、ユウノさんの想いは【嘘じゃない】。そう思ったんです」
確かめる術はもう無い。もしかしたら勘違いかもしれない。
それでも、この思いは嘘じゃない。そう断言できた。
「…………分かった。キミの行動の根拠が聞けて良かった」
レイはふっと息を吐いて、私の横を抜けて裁判所の外へ向かって歩き出した。
「レイさん……」
どこか遠いところへ行ってしまいそうな背中に思わず声をかける。
レイは立ち止まり、半分だけ振り向いた。
「誰かを信じる気持ち。
それだけ言って、レイは裁判所を後にした。
***
[レイview]
寝る前に手記を残す。私のルーティンのひとつ。
誰に見せるわけでもない、自己満足のための儀式。
いつか来るだろう
そんな小さな希望を託すための記録。
今日はもうとっくに消灯時間を迎えているが、【起きていること】は規則で縛られていない。スマホの灯りを頼りに文字を綴ろうと、引き出しからノートを取り出す。
(ん……?)
小さな何かがひらひらと床に落ちたのが見えた。引き出しのどこかに挟まっていたのだろうか。
しゃがんでそれを摘み上げる。
「(なんだ、まだ起きてたのか?)」
裁判所から帰ってきたらしいペティが小声で話しかけてくる。消灯後の私語は規則で禁止されている。今日は良いだろうと思うものの、自然と声が小さくなるのも頷ける。
「(……見てみろ。花弁が落ちてきたんだ。憶えているか? あの花畑で2人で寝た時、持って帰ったらしい)」
薄暗い監房には似つかわしくない可愛らしいそれをペティに見せる。おそらく、懲罰房に入れられる前に付けたものが残っていたのだろう。
「(んだそりゃ。花畑で寝たって……そんなことあったか?)」
「…………」
だが、ペティは怪訝そうな目で首を傾げた。
出かけた声をなんとか飲み込む。
言い方が良くなかっただろうか。
「(……熊から逃げた時、花畑で転がっただろう?)」
「(…………? くまぁ? ……あー、森に入った時の話だっけか。悪ぃ、あんま憶えてねぇや)」
誤魔化されてる感じでもない。嫌な汗が吹き出るのを感じる。血の気が引くように身体から温度が抜けていくのが分かる。鼓動が激しく荒れる。
「(……まぁなんでも良いけどよ、早く寝ろよ)」
ペティは欠伸混じりに「(おやすみ)」と言うとベッドに入ってしまった。
私は何も言えなかった。
(…………【魔法】、か)
深く、深くため息をつく。
汗が頬を伝う。浅くなっていく呼吸を無理やり繰り返す。
(だから、もう【抜かない】と決めていたんだが……)
こんな思いはもう二度としないようにと、自らを縛ったはずなのに。
(……【無かったことにしよう】などと、よく考えられるものだ。【無かったことにされた】側の気持ちを、考えたことも無いのだろうな)
嫌でも脳裏に
これまでのことなど、どうでも良いのかも知れない。
世界は思っているよりも独りよがりで、自分勝手なのかも知れない。
(だが、そんなことが……【無かったことになる】なんてことが、許される筈が無い)
首を振り、そっと椅子を引く。
机にノートを広げ、スマホのライトを灯す。
(これもまた、自分勝手な願いだとしても……。……残すことに意味があるはずなんだ)
ペンを取り、起こったことを、見たものを、感じたことを、ありのままに書き記す。
(例え、世界の誰からも存在を【忘れられた】としてもだ……)
勢いに任せてペンを走らせる。
静まり返った監房に紙の擦れる音が響くが、構わずに書き続けた。
書けることを全て、もう何も欠けることの無いように。