異誕少女ノ魔女裁判   作:異誕少女ノ魔女裁判制作チーム

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2-10「【わたし】として」

第2章10話

 

[レイview]

 

 監房の鍵が開く音で目が覚める。

 習慣というのは怖いものだ。いつ眠ってしまったかも分からないのに、時間通りに起きられてしまう。

 どうやら、机に突っ伏したまま寝てしまっていたらしい。痛む首や背中を伸ばして、深呼吸をする。

 

(ペティは……まだ寝てるか)

 

 起こしてしまわないように、そっと椅子を引いて立ち上がる。足が少し痺れるが、腰を回して軽くストレッチをすれば、すぐに楽になった。

 

(……夜通し勉強した以来か、机で寝るなど)

 

 記録するために昨晩、色々なことを思い出したからか、少し感傷的になっているのかもしれない。寒気を覚える体温の低さに、どこか寂しさすらも感じる。

 

(風邪を引く前に対処しなければ……)

 

 まだ静まり返っている監房の廊下へ出て、そっと扉を閉める。

 そして、なるべく足音を殺しながら階段の方へ向かった。

 

***

 

 もう何度訪れたか分からない。最早安心感すらある消毒液の匂いに包まれた、静かな部屋に辿り着く。

 八重沢スミレにとっては辛い場所かもしれない。けれど、ここは私にとって無くてはならない場所だ。引き出しを開けて包帯を取り出す。

 

(クオレは……まだ来ていないか)

 

 上着を脱いで、シャツのボタンを外す。軽く畳んでそれらをベッドの上に投げる。

 そして、近くの椅子を持ってきて座り、体に巻き付けていた包帯を解く。

 ルーティンのひとつ。これも元々は、傷を負ってすぐに下着をダメにしてしまうからと始めたことだった。

 いつかクオレに、このことを話す機会があるだろうと思っていた。だが、いつまで経っても切り出すことができなかった。『不器用』だとか、『頭が固い』だとか、そんなもののせいでは無い。嫌でもかつて感じた喪失感を思い出すことになるのを、私はどこかで恐れていたのだろう。

 

——ガラッ

 

 扉が開く音に反射的に振り返る。

 

「クオレ……」

 

 姿も見ずに名前を呼ぶ。

 

「……は? 軍人女はもう死んだじゃないですか。頭大丈夫ですか?」

 

 そこには、長い青髪を2つにまとめた少女が怪訝そうな顔で立っていた。どう見てもルナだ。

 ルナはため息をついて薬棚の方へ歩くと、棚戸を開けて中を漁り始めた。

 何の薬を探しているのか気になって、なんとなくその様子を眺めてしまう。すると、少しだけ振り返ったルナが鋭い視線を向けた。

 

「…………いつまでその傷だらけの醜い体を晒しているつもりです? さっさとしまってください」

「……ああ……すまない」

 

 まだ作業の途中だったことを思い出す。視線を戻して、新しい包帯を体に巻き付けていく。ピンで留めて、シャツと上着を着直す。

 その間にルナは目的のものを見つけたのか、医務室を出ようとしていた。

 

「……具合でも悪いのか」

 

 思わず声をかけると、ジトッとしたルナの目が私を見る。

 

「放っておいてください。貴方には関係ありません」

 

 扉が勢いよく閉まる。

 

(……そう怒ることもないだろうに)

 

 念のため、戸を開けて薬品棚の中を(あらた)めることにした。見れば何が欠けているか分かるはずだ。

 

(毒薬は……見つかっていないか。睡眠薬も減ってない。ならば、傷薬か風邪薬か……)

 

 かと言って、全部調べていては日が暮れてしまう。あたりをつけて見ていく。

 

(……鎮痛剤が減っている)

 

 するとすぐにそれは見つかった。汎用性の高い万能の痛み止めが数本消えている。

 思えばルナはあの時、具合が悪いことについて否定していなかった。昨晩は元気そうだったが、何かあったのだろうか。

 

(殺人に転用されなければ良い。これ以上の詮索はやめておこう)

 

 用の済んだ医務室から出る準備をする。

 ふと気配を感じて振り返る。

 

「く——…………」

 

 一瞬、赤い髪の少女が見えてその名を呼びかけたが、そこには誰も居なかった。

 

(……そろそろ、朝食を準備しなければ。ペティはもう起きただろうか)

 

 伸ばしかけた手を下ろし、ため息をつく。

 首を振って、私は医務室を後にした。

 

 

***

 

 

 昨晩は遅くまで裁判だったこともあり、今朝の食堂は人が少ない。まだみんな寝ているのかもしれない。

 私は腕を組んで、食堂の入口で皆が来るのを待つ。生存確認の意味もあるが、どちらかと言えば朝食の時間を後ろ倒しにさせないための、ペティへの配慮の意味が大きい。いつまでも待たせるのは誰の得にもならない。この屋敷に来てすぐに始めた新しいルーティンのひとつだ。

 

「おはようございます」

「ああ、おはよう」

 

 まだ眠そうだが、八重沢スミレが今回はちゃんと朝食を食べに来ていた。前回の裁判後の様子が印象的だったために少し心配していたが、杞憂だったようだ。

 

(だが、これでまた独りか……)

 

 落ち込んでいたスミレの様子を見るためにもと、これまではクオレを遣わせていた。だが、これからは代わりを務める人を充てなくてはならない。

 

(……『代わり』か。我ながら、らしくもない……)

 

 代わりなど、居るはずがない。

 誰にもクオレの代わりなど務まる訳がない。

 そう、理解しているはずなのに。

 

(理解していながら、理解していないフリをしようとしている。私はいつまで、過去に囚われているんだ)

 

 言いながら、自身の発言の矛盾に気付く。

 囚われているなんて、まるで誰かに強要されているような言い方は間違っている。

 

(……違う。誰かから【忘れられる】ことは、最も許されないことだ。こんな思い、他の人にされてたまるか。だからせめて、私だけでも、憶えておかなくては)

 

「――おい、レイ」

 

 その声に、反射的に顔を上げる。

 

「ペティ……」

「何やってんだよ。飯、食わねぇのか?」

 

 心配そうにこちらを覗き込むペティの目と目が合う。

 

(……クソ。何をしてるんだ、私は)

 

 自分が朝食に遅れては本末転倒だ。思わず額を押さえる。

 

「今日は休んでも良いんだぜ? ほとんど寝れて無ぇんだろ」

「いいや、良いんだ。私は、平気だ」

「そ、そうか? あんま無理すんなよ」

 

 ペティはまだ心配そうにしているが、私が頷くと背を向けて厨房に戻っていった。

 

(考えはまとまらないが、今は朝食を取らなくては)

 

 ようやく入口から離れ、食堂の中を抜ける。

 いつの間にか、ほとんどの人が食堂に集まっていた。会話はあまりないが、いつものグループごとに分かれて朝食を取っているようだ。

 

「ほらよ。食べれるだけで良いぞ」

「平気だと言っている」

「良いからさっさと食べな」

「……ああ」

 

 ペティから朝食のトレーを受け取る。トレーには色とりどりの食材が挟まれた、一口サイズのサンドイッチが皿に並んでいる。いつもより量が少ないように見えるが、気のせいということにした。

 

(……そう言えば、シルベも独りになったのか)

 

 シルベはユウノとよく一緒に居た。2人で食事を取っている姿は何度も見てきた。

 だが、今日は1人でサンドイッチをつまんでいる。

 

(美味しそうに食べるな……。相変わらず、マイペースと言うべきか)

 

 少し寂しそうだったスミレとは対照的に、シルベはユウノが居ない朝食を気にも留めていないように見える。まるで、最初からずっと1人で朝食を食べてきたような、そんな姿に少し心がざわつく。

 

(【忘れた】訳では……無い、か)

 

 そんな様子を見ていると、私に気付いたのかシルベが軽く手を振る。

 少しため息が漏れる。周りを見る余裕もあるとなれば、心配する方が無粋というものかも知れない。私は何も言わずにシルベの向かいに座る。

 

「……シルベ、みんなの様子はどうか」

「うん? あー、そうだな……」

 

 シルベは頬に指を当てて考える素振りを見せる。

 そして、ちらっと私の方を見た。

 

「…………やっぱり、顔色が一番悪いのはレイさんかな」

「何……?」

「ねぇ、眠れて無いんだよね? 今日くらい、休んでも良いんじゃないかな」

「……そういう訳にはいかない。ただでさえ私は——」

 

——ピロン♪

 

 スマホから通知音が鳴る。

 話の腰を折られてため息が出るが、シルベがスマホを取り出したのを見て私もスマホを取り出した。

 

『よぉ、オマエらよく眠れたか? 魔女を処刑できて気分良いだろ(^^)』

 

 またセンスの無いツカイマからのチャットだ。前回の流れが嫌でも思い返される。

 次に続くセリフも。

 

『今回も【例のヤツ】があるから、9時にラウンジに集合な! 遅れたら看守を向かわせるからそのつもりで、じゃ!』

 

 わざわざ言われなくても分かってしまう。あの趣味の悪いビデオのことだ。

 

(前回は被害者の碧上イトのビデオを見せられた。ならば、今回は……)

 

「……レイさん」

 

 シルベの声にハッとして顔を上げる。悲しそうな顔でこちらを見ているシルベが小さく首を傾げる。

 

「大丈夫だ。……まだ時間はあるが、さっさと朝食を済ませてしまおう」

「うん……」

 

 私は努めていつも通りに振る舞う。だが、不思議なくらいサンドイッチを掴む手が重い。

 頭でいくら理屈をこねても、どうにもならないものがあるということなのかも知れない。

 

(……認めない。私は、平気だ)

 

 それでも、なんとかサンドイッチを口で千切る。咀嚼して、飲み込む。

 簡単な作業だ。何も苦しむことは無い。

 

 淡々と私は作業を続ける。

 サンドイッチを手に取り、口元へ運び、噛み千切り、咀嚼して、飲み込む。

 

「……ごちそうさまでした」

 

 手を合わせて儀式を終える。

 早く片付けに行かなくては、ペティが集合に遅れる可能性が増してしまう。

 

「あ……」

 

 立ち上がると、シルベが小さく声を漏らした。

 

「……キミも早くした方が良い。また後で会おう」

 

 返事を待たずに私はトレーを持って厨房へ向かった。

 

 

***

 

 

 9時。ラウンジに少女たちが集められている。

 もう何が始まるのかを察しているのか、皆は何も話さずに、その時が来るのを静かに待っている。

 

「お、集まってるな」

 

 ふっと現れたツカイマの声に視線が集まる。

 

「……あ? ひとり足りねぇぞ」

 

 だが、続けてツカイマがそう言って首を傾げるので、皆が顔を見合わせあった。

 さっと周囲を確認してみると、どうやらルナが居ないらしい。

 

――ドサッ

 

 ラウンジの入口で、何かが置かれる音がした。

 振り向くと、床に膝を抱えたまま横たわっているルナが転がっていた。

 

「……はぁ。オイオイ、看守は便利なタクシーじゃねぇぞ?」

 

 ツカイマがため息をつくと、ルナが小さく顔を上げた。

 

「うるさいですね……。どうせまたくだらないビデオを見せるんでしょう? それ、今日じゃなきゃダメなんですか?」

「ダメだぜ。オマエらは何も反省してない。懲りずに殺人を繰り返して……。……すぐに更生が必要だ」

 

 淡々とそう告げると、ツカイマは前回と同じようにビデオテープをどこからともなく取り出し、機材にセットし始めた。

 それでも動かないルナを、看守は鎌の峰でつついている。唸るルナはなんとか体を起こし、近くの椅子に座った。

 

「……さっさとしてください。感想でもなんでも書いてあげますので」

 

 机に体を預けて、ルナは苦しそうにそう言った。

 そこで今朝、ルナが鎮痛剤を持っていっていたことを思い出す。

 

(……昨日の反動か? いや、やめておこう)

 

 詮索しないと決めたことも思い出す。無意味な憶測は何も産まない。触れないのが一番だ。

 

「じゃあ、始めるぜ。見終わったらそこの紙とペンで感想を書いてから部屋を出るコト。書き終わるまでは出るんじゃねぇぞ」

 

 誰も返事はしない。ツカイマもそれ以上何も言わず、部屋の灯りを落とした。

 薄暗くなった部屋に、ぼんやりと映像が映し出される。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「こんな役立たず産まなきゃよかったわ!」

 

 【わたし】の最初の記憶は、ワタシを産んだ女の罵声と、ワタシを産んだ男に殴られた痛みでした。

 何をしても怒鳴り、殴りつけてくる2人でした。

 ワタシの日常は、食事すらまともに食べられない中、ひたすら2人を刺激しないようにする日々でした。

 

 ある日、初めて2人が喜んでいるのを見ました。

 こちらを見ると駆け寄ってきて、初めてパンを貰いました。

 空腹を感じないのは初めてで、いつの間にか眠っていました。

 

「ようやく新しいオモチャが届きましたわ〜♪」

 

 目を覚ますと、椅子に拘束されていました。

 後から知ったのは、ワタシを産んだ2人から███お嬢様に売り払われたということでした。

 

「――――……――!」

 

 声を出そうとして、口を塞がれていることに気が付きます。

 恐怖が込み上げて来た頃、突然、左手の甲を大きな針で突き刺され、激痛が走ります。

 

「――――!?!?」

 

 右手の甲、右足、左足の腿と激痛が続きます。

 

「アハハ♪」

「――――!!――――!――――――!!!!」

 

――ガシャガシャ

 

 痛みから逃れるために藻掻いていると、身体に鋭い痛みが走りました。

 

「ちょっと!暴れないでくださる!!」

 

――バチン!バチン!

 

【挿絵表示】

 

 鞭で打たれ、何もできない……

 少し落ち着いたところで、指を曲げる事すらできないほど、拘束がキツくなります。

 

「アハ♪ アハハハ♪」

 

 爪を剥がされ、激痛に耐えられなくても、叫ぶ事もできず、藻掻(もが)く事すら許されない……

 絶望の中、【わたし】は悟ってしまいました。

 ワタシは、人間じゃないんだ……

 人間たちに使われる玩具……

 道具でしかないんだ……と。

 

 

 それからの███お嬢様との生活はあまり覚えていません。

 繰り返される拷問で、精神が耐えられなかったのだと思います。

 気付けば軍に売られ、軍人になっていました。

 軍での生活では、いつの間にか使える様になっていた魔法はとても役に立ちました。

 大変な事も多くありましたが、【わたし】が初めて忘れたくないと思える人達に出会いました。

 

 【わたし】を大切にしてくれた親友。

 

「クオレちゃん無理し過ぎだよ?」

「いえ、ワタシは……」

「もっと自身を大切にして欲しいな〜」

 

 ワタシを心配してくれた軍医のお姉さん。

 

「大丈夫!? またこんなに無茶して……」

「ワタシにはこのくらいしかできないので」

「まったく……後で上に文句でも言ってやるわ」

 

 【わたし】を守ろうとしてくれた小隊長。

 

「クオレ、あまり自身を下げ過ぎるな」

「小隊長、それは命令ですか?」

「ああ! お前は命令しないと聞かないからな!」

 

 皆、大切な人達でした……

 でも、あの小隊で生き残れたのはワタシだけ……

 親友だったあの子も……

 

「ずっと……一緒に……いて……あげ……られな……くて……ごめ……ん……ね……」

 

 最後まで残って……守ってくれた小隊長も……

 

「クオレ……1人……残して……すまん……」

 

 皆……居なくなって……しまいました……

 なんで、皆を守れなかったんだ……とずっと後悔していました。

 

 

 この牢屋敷で目覚めて、初めてツカイマから魔女因子の話を聞いた時、自身を不完全な道具だと考えていたワタシは、なぜ不完全なのか悩んでいたワタシは、妙に納得してしまいました。

 

(きっと、この魔女因子を持って生まれたが故に、変に力を持ってしまったが故に、道具に成りきれず、不完全なままなんだ)

 

 そして、ワタシはそう考える様になりました。

 

 皆様は、悲しんでいたり、戸惑っていたり、反応は様々でしたが、ワタシと違い、外の世界に未練があると思いました。

 だからこそ、不完全でも、できる限り、皆様のために行動しようと……決めた……はず……でした……

 

 イト様が殺された時、またワタシは守れなかったのか……と後悔しました。

 せめて、傷が治るまで側に居れば……防げたのではないかと……

 

 ニーナ様が処刑された時、なぜワタシは止められなかったのか……と後悔しました。

 皆様は同室の方同士で仲良くなられていました。

 【わたし】が、何かできれば……止められたのではないかと……

 

 【わたし】は、ずっと後悔してばかりでした。

 それでも……

 

 

 初めてペティ様の料理を食べた時、とても美味しくて、感動して、ワタシなんかが食べてもいいのか? と困惑してしまいました。

 

 初めてユウノ様の演奏を聴いた時、音楽に触れるのは初めてで、とても心安らぐ感覚で素晴らしいものなんだな……と思いました。

 

 時々、凄い勢いで迫って来るシルベ様には、少し困ってしまいますが、ワタシが何をしても、とても楽しそうに喜んでくださるのが嬉しくて、期待に応えたいと思ってしまいます。

 

 レイ様は、小隊長の様に仕切る上で、皆様の様子をよく見て気遣われているのが見て取れました。

 模擬戦を申し込まれた時、ワタシはすぐには気付けませんでしたが、きっと【わたし】を気遣ってくださったのだと思います。

 

 スミレ様はとても優しくて、記憶を失って自身も大変な中、皆様を気遣っていて、親友だったあの子と同じ様に、根っからの善人なんだろうな……と思います。

 自身の気持ちをもっと出して、もう少しわがままになってもいいのではないでしょうか……と思うくらいです。

 

 

 皆様との今の生活は、ワタシを【わたし】として受け入れてくれる皆様に囲まれた、この牢屋敷での今の生活は、とても幸せなんだと思います。

 だからこそワタシは、皆様の為に……

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 部屋が徐々に明るくなる。

 それは、ビデオが終わったことを示している。

 

 誰も、何も、言わない。

 

 感想は文字にして残す。

 それが、今の私たちに課された罰。

 

 静かなラウンジに紙とペンが擦れる音がする。皆、口から出そうになった言葉を綴っているのだろう。誰かが啜り泣く声がそれに混ざる。

 

(……私も、書かなくては)

 

 そう思ってペンを握るが、手が動かない。

 言いたいことは沢山ある。思いが、考えが、これまでのクオレの姿が、頭の中をぐるぐると回る。

 

「はぁ……料理バカさん、昼食は結構ですので、お構いなく」

「え? あ、おい!」

 

 一足先に感想文を提出し終えたらしいルナが、ペティに手をひらひらと振ってラウンジから出て行った。

 ペティの伸びた腕が力なく下ろされていく。

 

「……相変わらず自由なやつ」

 

 ペティが呟く。それに続く人は居なかった。

 今は構っている場合ではない。皆の意見の一致を証明するように、再び沈黙が訪れる。

 

(『一流は場所を選ばない』……どんな状況でも自分らしく居ることがどれだけ難しいか、こうも思い知らされるとはな)

 

 息が浅くなる。胸の鼓動がうるさい。考えがまとまらない。

 だが、それでも、なんとかクオレへの思いを綴る。もう届かない想いを、せめて残すために。

 

(…………限界、か)

 

 私は席を立ち、感想文を提出する。

 そして誰とも目を合わせないまま、ラウンジを後にする。

 

 

***

 

 

 この屋敷に来てから、ひとりになりたいと思ったことは無かった。

 いつの間にか、誰かと一緒に居ることの心地よさを思い出して、それに縋って過ごしていた。

 その結果がこれだ。最初から、ルナのように皆を突き放していれば、こうはならなかった。

 人と人との繋がり。

 それはやがて切れてしまうものだ。過程はどうであれ、永遠には続かない。

 それが長く続くか、すぐに終わってしまうか、それだけの違いしかない。

 

 人との繋がりを失うことの苦しさを、寂しさを、誰よりも理解しているつもりでいた。

 それでも、私は誰かと繋がらずにはいられない。

 いつか来る喪失感に怯えて何もしないことを、どうしても選べなかった。

 【誰かのためにありたい】……クオレもそう思ってくれていたように、誰かに尽くすことでしか生きられない。

 

(だが、その思いは否定された。身勝手な一時的な感情によって。クオレは何も、悪くないのに……)

 

 そして何よりも――

 

「……レイ。ここに居たのかよ」

 

 ペティの声がする。

 顔をあげられない。返事もできない。

 

「らしくねぇな。そんな隅で小さくなっちまって」

 

 1歩、ペティが近付く音がする。

 

「――来るな」

 

 小さな、拒絶の言葉が私の口から飛び出す。

 足音が止まる。

 

「……今は、顔を見られたくない。すまない」

 

 言い訳する小さな子供のように、膝をさらに引き寄せて、そこに顔を埋める。

 すぐに罪悪感が押し寄せてくる。『らしくない』とペティが言うことは最もだ。こんな姿を晒すつもりはなかった。

 ペティは呆れてどこかへ行ってしまうだろう。

 再び、足音がする。

 

「……分かった」

 

 ぐいっと腕を引き寄せられ、私は半ば無理やり立ち上がらせられる。バランスを失った私を、何かが優しく受け止めた。

 

「こうすりゃ、顔は見えねぇだろ。だからさ、こんなでも良ければ、貸してやる」

 

 頭の上からペティの声がする。何かがそっと私の頭を撫でる。

 

「アンタは頑張った。よくやったよ。アンタは何も悪くない」

 

 ペティの声色は優しい。

 胸が熱くなるのを感じる。まるで何かを溶かされてしまったように、何かがこみ上げてくる。

 

「アンタは強い。いつも冷静で、弱みを見せないようにしてる。けどさ――」

 

 優しく背中に腕が回される。

 

「――今だけは、弱くても良い。全部吐き出して良い。アタシが受け止めるから」

 

 感情の波はもう止めようが無かった。

 溢れ出す衝動のままに、ペティの体に縋り付く。

 

「……すまない。今だけ、だから――」

 

 もう言葉もまともに紡げない。声は嗚咽に変わり、情動はペティの服を濡らす。

 

 一度外に出てしまった感情には歯止めが効かない。

 私はいつまでも、いつまでも、ペティの胸の中で泣いた。

 泣きじゃくる子供のように、いつまでも……

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




<レイの感想文>

クオレ。キミ程の戦士を失ったこと、心より残念に思う。
私もキミと同じ気持ちだ。
私は私が許せない。
キミを守れたはずだった。
誰も守れない私が、許せない。

キミが誰よりも優しいことは知っていた。皆のために行動してくれていたことも。
私とキミはどこか似ていると思っていた。誰かのために尽くす人生を歩んでいたから。

だから、キミが死んだなんて受け入れられない。
その人生を否定されるなんて、あってはならない。

誰かのために行動することを、もう否定させたりしない。
それが私にできる、せめてもの手向けになると信じている。

キミのような心の優しい戦士が居たこと、私は今後、忘れることはない。





<テミの感想文>

私は、彼女と話すことがありませんでした。
単純に、話す機会がなかっただけかもしれませんが……心のどこかで、
私が話すことをためらっていたんだと思います。
彼女が悪い人ではないことくらい、とっくに分かっていたはずなのに。

ごめんなさい

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