3-1「慣れてしまった」
■■、来たよ
「■■……来て―――、ありがとう」
うん、――来るよ。毎日――――――したじゃん。
「今日は……ちょっと、――――んだ。―――ね、いつもみたいに――じゃないの。」
■■、いいよ。――しなくていい。――――でいいから、話したいことあったら話して。
「うん……ありがとう。ねえ、■■、覚えてる? この前、クリンソウの話したよね。あの花、最近また本で―――の。やっぱり、―――だなって思って。」
クリンソウ……階段――――――んだよね? おぼえてるよ。私、■■の話を――――――たら、花のことが少しだけ好きに―――――よ。
「ほんと? それなら――――――があったよ。じゃあ、次は……うーん、秋の花の話しようか。コスモスとか、好き? ピンクとか―――、いろいろあるんだけど、形も―――あってね。最近知ったんだけど、ダブルクリックっていうのがすごく可愛いの。花弁の数が―――――多くて、花の先がなんか――――してて……――――――――なあ」
……ねえ、■■。
「ん?」
お願い……ずっと一緒にいて。―――――。
「あはは、―――――……私に――――――しれない。でも……■■が―――――できるなら……――――――――」
……
「■■、――――でよ。ほら、私、―――でも――――――んだから。ね、じゃあ【銀の結晶花】の話、しようよ。あの花、――――――あるって、私、――てるから」
うん、―――よ。【銀の結晶花】、――――なの? また話して。
「【銀の結晶花】はね、――――の下で――――光るの。花びらは、まるで銀の――みたいで、触ると――――、でも―――――――なるんだって。物語では、――――――花って言われてるの。もし見つけられたら、きっと……――――――――起こるよ」
■■、もしその花を―――――――に―――ね。私も、ちょっと―――――よ。
「うん、――だよ。■■と一緒なら、きっと――――――気がする」
寒気を感じ、ゆっくりと目を開ける。いつの間にか布団がはだけていたようだ。
布団をひっぱり、寒さを凌ぐためにもう一度頭からそれを被る。
少しはっきりしない頭で考える。
(たまに見るあの夢は一体なんなんだろう……?)
多分私と、知らない誰かと、知らない場所でのひと時。
もしかしたら忘れてしまった記憶に何か関係があるのかもしれない。
しかし、そう思うだけで深い事は今は考えられない。
二度寝の気持ちよさに抗うのはとても難しいのである。
『――さん。八重沢さん! 早くしないと桂さんの美味しい朝食が冷めちゃうよ』
唐突にそんな声が聞こえた気がして飛び起きる。
目をこすりながら周りを見渡すが誰もいない。
時計を見ると、いつもより明らかに起きるのが遅い時間だった。
また夢を見ていたのだろうか。私を起こそうとする声はイトの声にも聞こえた。
(そういえば私がいつまでも寝ていると、こんなふうに起こしてくれたっけ……)
軽く伸びをし、ベッドから降りて上段に目をやる。
かつて、イトが使っていた場所。
もちろん今は誰もいない、空っぽの空間がそこにある。
「おはよう、イトさん……」
あれから一週間以上経つが、未だに友達を亡くしたショックから完全には立ち直れてはいなかった。そして、追い打ちをかけるように、昨日の裁判と処刑があった。
もう4人も居なくなってしまった。
その事実に、胸が押しつぶされそうになる。
「それじゃ……行ってきます」
着替えも終わり、誰も居ない監房に向かってあいさつをして外へ出た。
自分の監房を出て少し歩くと、他と違う様子の監房が目に入り、思わず立ち止まった。
気になって中を覗き込むとリチがおり、複数の人形らしきものを並べていた。
「あ、スミレちゃん……おはよう」
私の気配に気づいたのか、リチが振り向く。
「おはようございます、リチさん。それは……人形?」
「うん……いなくなっちゃった子達の……人形を作ってるの…………。イトちゃん……ニーナちゃん……クオレちゃん……そしてユウノちゃん……みんないなくなっちゃった…………」
まだ作り途中のようだが、やはり人形だったらしい。
視線をリチに戻すと、彼女はユウノの人形をそっと握っていた。いつもより元気が無いように見える。
「でもこれなら……みんな居るもんね……寂しくないよね…………」
そう言ってリチが顔を上げると、その瞳にはうっすらと涙が浮かんでいた。
「リチさん……」
私はその先の言葉を紡ごうとして、でも何を言ったら良いか分からなかった。
リチはいつも明るくマイペースで、こういった表情を見せる子では無いと思っていた。だから、心が強い子なんだと勝手に思っていた。
でも、それは思い込みだったらしい。
少しの沈黙の後、私は再度口を開いた。
「……とりあえず朝食に行きましょう。きっと何か食べれば少しは元気も出てくるはずっすよ」
リチは小さく頷いたが、視線を人形に戻した。
「うん……分かった。心配してくれてありがとね〜スミレちゃん。もう少ししたら行くね」
***
食堂へ行くと、既にほぼ全員が揃っていた。
私だけではない。他の少女たちも少なからず心にダメージを受けているのが見て分かる。
全体的に、重苦しい空気が広がっていた。
「おはようございます」
「おっす、おはよう。朝食はもうできてるから、好きに取って食べてくれ」
ペティは、そんな中でも気丈に振る舞っていた。
彼女だって多少なりとも堪えているはずなのに、それでもいつも通りに接してくれる。
そのペティの作る朝食は、いつものように美味しかった。
今日は、スープやお粥など比較的軽いものが多い。
皆昨日のことで食欲が湧かないだろう、というペティの心遣いが本当にありがたかった。
「……ペティ、冬川ルナは来ているか?」
「いんや。別に、アンタは見逃してないと思うぜ」
食堂の入り口付近からそんな会話が聞こえてくる。
そういえば、昨日のルナは随分と具合が悪そうだった。今日は朝食にすら来ていないようだ。
「すまないが、一人分トレーに載せてもらえるか」
「なんだ、持ってくのか? 後で行こうと思ってたけど、それなら任せちまうかな」
(……レイさんなら、きっと大丈夫だ)
ルナのことは任せて、私は自分の食事に戻ることにした。
***
朝食後、いつものように向かったのは音楽室。
扉を開け、中に入るがもちろん誰もいない。
ほんの1日前まで、ユウノが居た場所。
薄暗い部屋に、布が被せてあるピアノが1台。もう弾いてくれる人はいない。
あのちょっと気弱で、おどおどしていた少女が、殺人を犯し、魔女として処刑された。
その場面を思い出して、胸が痛んだ。
「スミレさんも……ここに来ていたんだね……」
ふと後ろから声をかけられる。
振り向くと、そこにはシルベがいた。
「シルベさん……」
力無く返事をすると、シルベがそっと隣に立った。
シルベは何も言わずにピアノを見ていた。
お互い、それ以上何も話さず、部屋の中をただ茫然と眺めていた。
「……静かだね」
昨日までなら、今の時間はユウノの弾くピアノの旋律を堪能していたであろう。
私は何も答えることができず、ただただ俯くことしかできなかった。
もし、これが夢だったならばどんなに良かっただろう。
イトもクオレも殺されず、当然犯人も存在せず、ただのんびりと屋敷での生活を送っていたに違いない。
そんなことを考えると涙がこぼれた。小さく嗚咽が漏れてしまう。
「うっ……うぅっ……」
あまり人前で泣き顔を見せるようなことはしたくなかった。
こんな顔を見られるのが恥ずかしいと思い、目元をこすってなんとか冷静を装う。
「……大丈夫かい?」
シルベが心配そうにこちらの顔を覗き込んできた。
「だ、大丈夫っす……」
「そう、ならいいんだけど」
シルベの優しさに感謝をしつつ彼女の方を向くと、部屋の中を見つめながら少しだけ悲しそうだった。 けれどその悲しみはどこか静か過ぎて、泣くことを忘れてしまったみたいに見えた。
『ユウノちゃん』と呼ぶくらい仲の良かったであろう子が、魔女として処刑された。
もし同じ立場だったら、イトが人殺しの犯人で魔女として処刑されたのなら、とてもじゃないけどここまで冷静ではいられなかっただろう。
「シルベさん……ありがとうございます」
小さくお礼だけ言って、その場を立ち去ろうとした私をシルベが呼び止めた。
「……みんなの所に戻る前に、顔を洗ってきた方がいいよ。すごい顔になってるから」
その言葉にはっとして目元に触れ、涙の痕をなでる。
スマホを取り出し自分の顔を確認するが、確かにあまり人前に出ていいような状態では無かった。
「――っ……顔を……洗ってきます」
顔を隠すように手で覆いながら、そう言って小走りに洗面所へ向かった。
***
顔を洗ってスッキリした私は、外へ出ることにした。
夢で見た【銀の結晶花】のことがやはり気になっていた。
見つかる可能性は低いかもしれないけれど、もしかしたら偶然見つかるかもしれない。
淡い期待を胸に、外へ続く扉を開けた。
外へ出ると、柔らかな日差しと優しい風が顔をなでていく。絶好のお散歩日和だ。
(そういえば、一人であまり遠くには行かないように言われてたっけ……)
数日前、レイたちと4人で外を出歩いていた日に、ペティが熊に襲われそうになったという話を聞いた。
幸い、レイが一緒に居て対処してくれたらしいのだが、危険なことに変わりはない。
『遠くに行きたい時は、私か純霓クオレが一緒に同行できるときにするように』ときつく言われていた。
「クオレさん……」
【銀の結晶花】を探すために来たはずなのに、またしても思い浮かぶのはいなくなってしまった仲間のことだった。
あの時の光景を思い出し、気分が沈んでくる。
(【銀の結晶花】を探すために外へ出てきたのに……また落ち込んじゃう)
足を止め、空を見上げながらクオレとの思い出を振り返る。
思えば不思議な子だった。明らかに、私の体験したことの無い世界の住人だったように思う。
常識なども皆とは違った。でも、絶対に悪い子ではな 無かった。
だからこそ、そんな人が被害者となってこの世を去ってしまったことが未だに信じられない。
殺人事件が2回。裁判が行われ処刑も2回。
『魔女因子による殺人衝動』
いつしかツカイマが言っていた言葉を思い出す。
そのせいにできたら楽なのかもしれない。しかし実際、イトは、ニーナとのすれ違いによって殺され、クオレも、ユウノとシルベのすれ違いによって殺された。
確かに、魔女因子による殺人衝動が与えた影響もあるだろう。でも、それだけで片付けられる話ではないように思えてしまう。
(いつまで続くんだろう……こんなこと)
考えた所でわかるはずもなく、大きくため息をついた。
ふと時計を見ると、もうすぐ監房に戻らなければいけない時間だった。
「……帰ろう」
監房に居る時間が終われば、その後は昼食の時間。
いつだったか雑談中に、ペティが『生き残りたければ少しでも食っときな』と言っていた。
いろいろやりたいことはあるが、その前に倒れてしまっては元も子もない。
何をするにも、まずは生き残らなくては。
よし、と軽く気合を入れて、私は監房へと戻っていった。
***
「みんな、少しいいだろうか?」
昼食もそろそろ終わるというところで、レイが皆に声を掛けた。
(なんだろう? 急に改まって、何かあったかな?)
と思いつつ、言葉の続きを待つ。
「この後の時間に、お茶会を開こうと思っている。こんな状況だからこそ、改めてみんなとの結束を固めたい。もちろんそんな硬いものじゃなく、ただの気分転換で参加してくれてもいい」
(お茶会……気分転換には確かにいいかもしれない。気分が沈んでいたのはみんな一緒なんだ)
「私は不参加で」
真っ先に声を出したのはルナだった。
「別に強制参加という訳でもないのでしょう?」
「それはそうなのだが……できれば参加して欲しい」
「なら私も不参加で」
続けて声をあげたのはウメだった。
ルナが不参加を表明したことで、続く人が出てくるのは想定内だった。
それがウメであることも。
「そうか……残念だが仕方ない。もし途中で参加したくなったらいつでも歓迎する」
「あ、あの……ごめんなさい。わ、私たちも……」
おずおずと手をあげたのは、意外にもユリだった。
「先約があるので……私と……テミさんで……」
「まあ……その、図書室でどうしてもすぐに読みたい本が見つかったので」
「そうか……。まあ、予定が決まっていたのなら仕方ない」
申し訳なさそうに縮こまっているユリを見て気の毒になったのか、レイが苦笑いする。
「さっきも言ったように、途中参加は大歓迎だから気が変われば来て欲しい。それに、もし上手く行くようなら第2回も考えている。その時でも構わない」
「は……はい!」
ユリの返事を聞いて安心したのか、レイが軽く頷く。
「それ以外の人たちは参加という事で良いか?」
それ以上の声はあがらなかった。
「ではこの後の午後2時から、応接室に集合で」
「ごめんなさい、ちょっと良いですか?」
「柳谷アヤフミか、どうかしたか」
「お茶会ってことはレイさんが紅茶を淹れてくれるのでしょう? とすると、もう1つ必要なものがあるんじゃないでしょうか?」
「……茶請けの事を言っているのか?」
(ちゃうけ……?)
「ちゃうけ……? って何~?」
リチが、私の思ったことと同じ疑問をレイにぶつけた。
「簡単に言うと、お菓子の事だ」
「へぇ~そうなんだ~……」
頷くリチの横でアヤフミが軽く手を叩く。
「そうです、お菓子です! 用意してみるのはどうでしょうか」
「ああ……そうだな。確かに必要かもしれない」
「そこで提案なんですが、私がつく――」
アヤフミの言葉を遮って、ウメが口を開いた。
「――そういうのは、桂さんが得意なんじゃない?」
その言葉を聞き、ちょっとの間を置いて全員の視線が一点に注がれる。
厨房の方で片付けをしているペティである。
ちょうどそのタイミングで、奥から出てきたペティと目が合った。
「うわっ! なんだなんだ、みんなしてこっち見て。料理に何かあったか?」
「ああ。この後お茶会を開くのは言ったと思うが、その時にお茶菓子が要る……という話になったんだ。良かったら作ってくれないか?」
皆の代表としてレイがお願いをする形になった。
「びっくりした……気付かずに何かミスったのかと思ったぜ。けど……それもそうだな。お茶会なら当然お茶菓子が出てくるよな」
美味しい紅茶に、美味しいお茶菓子。そして皆とのおしゃべり。
最近読んだ本の中に書いてあった光景を思い浮かべ、少し笑みがこぼれてしまう。
「となると……ここは定番のシンプルなクッキーが良さそうかな。じゃ、お茶会が始まるまでには用意しておくからな」
「すまないペティ。もう1つお願いがあるんだが」
厨房に戻ろうとするペティをレイが呼び止めた。
「ん? もしかしてクッキーじゃないのが良かったか?」
「いや、そうじゃなくてだな。その……私にクッキーの作り方を教えてくれないだろうか」
思いがけない提案だったのかペティは一瞬驚いたが、ぱあっと笑顔になる。
「どうしたんだ? まさかレイからそんなお願いされるとは思わなかったぞ」
疑問を口にしつつも、ペティは嬉しくてしょうがない様子を隠しきれていなかった。
心なしか、嬉しいを通り越して興奮しているようにすら見える。
「この先、お茶会を定期的に開催しようと思っている。ただ、その度にペティにお願いするのも迷惑かと思って、自分でも作れるようになりたいんだ」
「そうかそうか! そういうことならキッチリ教えてあげないとな!」
興奮するペティと、妙に冷静なレイ。対照的な2人を見ていると微笑ましく思えてくる。
(イトさんが居たら今頃こんな風に笑いあえたのかな……)
いつまでも引きずってはいけないと分かっていても、どうしてもことあるごとに思い出してしまう。
(いけないいけない。切り替えていかなきゃ)
昼食の最後の一口を飲み込み、手を合わせる。
「ごちそうさまでした。食器片付けてくるっす」
「おう、お粗末様。他に一緒にクッキーの作り方教わりたい奴はいるか? とは言っても、スペース的にあと1人くらいしか入れないが」
(お菓子作りかぁ……)
裁縫では意外にも体が覚えていてくれたようで上手くいったが、お菓子作りはまだ手を出していなかった。
確証は全く無いけれど、もしかしたらこれがきっかけで記憶が戻るかもしれない。
そう思い、手をあげようとしたのだが一瞬早く横で声があがった。
「ハイ! 私も教わりたいです!」
声のする方を見ると手をあげたのはアヤフミだった。
仕方なく、あげようとした手を引っ込めて、アヤフミに譲ることにした。
「私も料理はする方だけど、プロに教えてもらえることなんてめったに無いことですからね」
「え? アヤフミさん料理できるんすか?」
「できますよ。さすがにペティさんには敵わないですけどね」
「へぇ~意外っす……ね?」
ふとアヤフミの後ろの方に座っていたウメと目が合った。
よく見ると、小さく首を横に振っていたり、手で小さくバツを作っている。
頭にハテナを浮かべていると、その様子に気づいたアヤフミが後ろを振り返った。
とたんにウメは何事も無かったかのように明後日の方向を見つめる。
ますます訳が分からない。
アヤフミも不思議そうにしていたが、特に気にも留めずこちらへ向き直る。
「ペティさんが良ければ、今度私が作った料理も出しますから、楽しみにしててくださいね」
「そうだな。みんなもたまにはアタシ以外の料理も食べてみたいだろうからな」
アヤフミがそう言いながらピースサインする後ろで、ウメがテーブルに突っ伏して頭を抱えていた。
(……? ウメさんどうしたんだろう?)
***
午後2時にはちょっと早いが、応接室に入る。
そこには既に、レイがティーポットやカップを準備し、参加者を迎え入れる準備をしていた。
「……来たか。時間になったらすぐ始められるようにしておいた。ペティのクッキーも焼きたてが届くようになってるはずだ」
「楽しみっす……! あ、リチさんも来ました」
おそらく、お茶会を誰よりも楽しみにしているかもしれないリチが、ウキウキ気分を隠せない様子で入ってきた。
リチにとって皆とのおしゃべりは、何よりも楽しいことなのだから当然かもしれない。
「おじゃましま~す……まだみんな揃ってないんだね。……お茶会楽しみだね~」
リチは持っている人形に「ね~」と話しかけながらソファに腰かけた。
そんなリチの様子を眺めつつ、開始の時間を待つことにした。
待つこと10分ほど、応接室の時計が2回重厚な音を響かせる。
「全員は揃ってないようだが……時間だな。始めようか」
レイの宣言と同時に扉が開き、お湯の入ったポットと、焼きたてのクッキーを乗せたお皿をペティが運び込んできた。
「できたてクッキーのお届けだぜ!」
そのままペティはテーブルの上にそれらを乗せ、レイに頷いてみせる。
レイも頷き返し、目の前の器材で丁寧に紅茶を淹れ始めた。
(葉っぱにお湯を入れて終わりじゃないんだ……。よく分からないけど、これが本場の淹れ方……なのかな)
静かに淹れる様子を見ていると、やがて部屋中に香ばしい匂いが広がっていく。
「ごめん、ちょっと遅れちゃった。あ、いい香り!」
「紅茶の良し悪しはわからないけど、これは間違いなく上質な物ですよね?」
シルベとアヤフミが応接室に入るなり、感嘆の声を漏らす。
「分かるか? 棚に入っていた紅茶葉なんだが、この屋敷の持ち主は紅茶派だったのかもしれない」
紅茶派と言われたら、対になるのは珈琲派ということになるのだろうか。
犬と猫、そばとうどん、チョコレート菓子など人気を二分するものはいくつもある。
どちらにも良い所はあるので争う必要なんて無さそうな感じだけど、世間はそうもいかないらしい。
(……って、前にユリさんとテミさんが言い争ってたっけ)
「ここってチョコレートってあるんすか? あ、いや急に頭に浮かんできて食べたいなーなんて」
「チョコならあるぞ。似たものならココアパウダーもあるな」
クッキーを個々のお皿に並べながらペティが答える。
「次におやつを作るときはチョコを使ったものにしようか。チョコクッキー、チョコケーキ、寝る前にホットチョコなんてのもいいな」
きれいに並べられたクッキーを眺めながら、準備が終わるのを待つ。
「そういえば、このクッキーってレイさんとアヤフミさんが作ったんすか?」
「いや、今日は時間も無かったから、材料の場所とか、オーブンの使い方を軽く教えただけだな。実際に作るのは明日にしようと思ってる」
「明日のおやつは私とレイさんの特製クッキーですからね。お昼は食べすぎないでくださいね」
「いいですね~。楽しみにしてるっす」
横からシルベが唐突に疑問を口にする。
「クッキーをレイさんが作るのなら、逆に紅茶をペティさんが淹れることはできないのかな?」
(確かに、ペティさんなら魔法で紅茶を淹れることくらいできそうだけど……)
「うーん……できないことは無いんだが……」
だが妙に歯切れの悪い返事が返ってきた。
「レイは紅茶を淹れることに関してまさにプロ級だ。いつだったか『一家言ある』みたいなこと言ってたし。それに比べてアタシの魔法は、料理の知識を謎の力でブーストしてるに過ぎない。紅茶に関する知識や技術では、レイの方が圧倒的に上なんだ」
(ペティさんにそこまで言わせるなんて……レイさんって実は凄い人……?)
「だから、アタシが魔法を使って淹れたとしても、レイが淹れた物とは大きく差が出るだろうな。アタシの魔法は、料理に関して完全無欠ってわけじゃねえんだ」
「そうなんだ……ペティさんは90点の料理を常に出せるけど、本職の人が出す100点の料理には届かない。……ってこと?」
「まあそんなところだな。だから修行の意味も込めて、時々魔法に頼らずに料理を作って出していたんだが……気付いてたやついるか?」
まさに驚愕の事実というものだった。
(魔法無しでもあれだけの料理を作れるなんて……凄い才能があったか、よっぽど努力したか、その両方か……)
驚いていたのは皆同じだったようで、同時にそれだけの紅茶を淹れられるレイにも称賛の声が相次いだ。
「……ってことは、ペティさんはこの本格的な方を飲んだことがあるんすか?」
その言葉に、レイとペティが一瞬動きを止めたような気がした。
「いやまあ……1回だけ……うん」
「……ああ、この前一度だけようやく飲んでもらえた」
「そう! お試しで! 1回だけだからな!」
(なんでペティさんはこんなに慌ててるんだろう? ……隠れて飲んでたのがバレて気まずかったとか?)
そのような感じで雑談は進んでいき、やがてユウノやクオレの話題に移った。
気分転換のためのお茶会とはいえ、避けて通れない話題でもあった。
皆がそれぞれ2人との思い出を語っていく。
私も少ないながらに、彼女らとの思い出を語っていった。
そんな中、シルベだけ様子が少し違った。
思い出語りはするが、ケロっとしているようにも思える。
「シルベさん、その……どうしてそんなにあっけらかんとしていられるんですか……? 『ユウノちゃん』と呼ぶくらいには仲が良かったように見えましたけど……」
アヤフミが心配そうに疑問を投げかける。
無理して明るく振る舞っているように思ったのかもしれない。
「悲しんでいたって彼女らが戻ってくるわけじゃない。なら前向きにいかなきゃ、ね?」
(確かに、いつまでも引きずっているのはダメなのかもしれないけど、私はそんな簡単に割り切れないな……。シルベさんはえらいな)
ぬるくなった紅茶をぐいっと飲み干し、なんとか自分の心に区切りをつける。
「――そう、それでね~」
「――だよね、だよね~」
「――この前ねこんなことがあって~」
残りの時間はリチの独壇場だった。
リチは常にしゃべり続け、皆が「うんうん」と相槌を打ち、たまにツッコミを入れていく。
伊達に『おしゃべり妖怪』だなんて、ルナに呼ばれていないなとも思う。
だが、不思議と不快感は全く感じなかった。話術とでも言うのだろうか。聞いていて引き込まれる感覚があった。
そんな楽しい時間もあっという間に過ぎていき、お開きの時間となった。
「ヤバイヤバイ、早く片付けないと監房が閉まっちゃうぞ!」
ペティがお皿を重ねながら全員を急かし、厨房へと走っていった。
私たちも慌てて小走りで監房へと戻っていく。
(ふぅ~、危なかった……)
なんとか間に合ったようで、ようやく一息つくことができた。
「おーい! お茶会に出られなかった組はクッキー取り置きしてあるから、後で食堂行ってくれよな!」
その声と同時に、カチャンとカギのかかる音がした。
どうやらペティも間に合ったらしく、これで全員が戻ってこれたようだった。
ここからしばらくの間、監房で大人しくしていなければいけない。
(そうだ、暇だし服でも作ろうかな)
この間見つけた服の本の存在を思い出す。この前作ったワンピースよりも少し難しいものに挑戦してみよう。
これから監房の時間は、読書だけでなく服を作っても良いかもしれない。
(裁縫道具と布はどこにあったかな……)
***
「テミさん」
「……」
「……もう、自由時間は終わっちゃいましたよ?」
「…………」
監房の中、2段ベッドの上で壁際に座り込んだまま、俯いているテミへユリが声をかける。
しかし、その声が届いていないのか、テミは反応しない。
「テミさんっ!」
「……っ! あ……えっと、ごめんなさい」
再度の呼びかけでようやく気付いたのか、テミは肩をビクッと震わせてユリへ視線を向ける。
「いえ……私の方こそ、大声ですみません。
ただ、呼んでも中々気付いてもらえなかったので……」
無視している訳ではないのだろうが、テミからいつものような反応が見られない。
何かを塞ぎ込んでいるように、虚ろな目でユリを見ていた。
「その……また事件が起きて、裁判をして魔女が処刑されて……嫌な気持ちになるのは分かります。
でも……それでも、生き残った私たちは、進んでいかないといけないんです……!」
「……違う」
「え?」
テミの予想外の返答に、ユリは目を丸くしている。
「そうじゃ……ないの」
「もちろん……事件が起きるのも嫌だし、処刑だって見たくない。でも、それとは違う。
上手く言えないけど……怖い。私が、私でなくなってしまいそうだから」
『怖い』
彼女のその言葉を、ユリが直接聞いたのは初めてだった。
「心が読める魔法……だったっけ。使って欲しいな、その魔法」
「私の魔法を……ですか?」
唐突な頼みに困惑しているのか、ユリは思わず聞き返す。
「今は……直接話したくない。けど、あなたに隠し事もしたくないから。お願い」
「…………分かりました」
少し間を空けてからユリは頷き、テミに近寄ってそっと手を握る。
(……私が思っていること、読めてるの?)
「はい……読めてます」
(すごいね、何も話してないのに。……不思議)
「私の魔法なんて……別に」
ユリが力を緩めた手を、テミが握り返す。
(私のために魔法を使ってくれた、それだけで十分だから)
「………………はい」
(……私が裁判で疑われて、皆がこっちを見ている時に、何も考えられなくなるの。何か言わなきゃいけないのに、「違う」って否定しなきゃいけないのに。いつもみたいに話せなくて、それで……)
「大丈夫です。私が側に……居ますから。もし、また事件が起きて、裁判が始まってしまったとしても、私がテミさんの代わりになります。そうすれば……安心できますよね?」
(……なんで、そこまでしてくれるの? 私は、何もできてないのに)
「いいえ、そんなことはないんです。……少なくとも、私はテミさんに何度も助けられてきました。
私が懲罰房に連れていかれた時だって、真っ先に駆けつけてくれたのはテミさんでした」
(それは……1人が嫌だったから)
「……どうか、自分を責めないでください。苦しみを、1人で背負う必要はないんです」
ユリは、テミに握られた手を顔の前へ持ち上げる。すると、俯いていたテミの顔も少しだけ上を向いた。
「次は、私がテミさんを助ける番ですから。……これでおあいこ、ですよ」
「うん…………うん……!!」
***
一方、アヤフミとウメの監房ではある種の緊張感が漂っていた。
「ねぇ、ウメちゃん! アヤさん、明日クッキー作りするんだ!」
「……柳谷さん、私の聞き間違いだったかもしれないからもう1回ゆっくり言って?」
アヤフミが両手を振って抗議する。
「だ か ら! クッキーを作るの!」
「……誰が?」
「アヤさんが! ……アヤさん、クッキー作ったことがないから楽しみ!」
どんどんとウメの顔色が悪くなっていく。
そして慌てた様子でウメが手をあげた。
「……私も行く。柳谷さん1人で行かせられない」
「えっ? ウメちゃんも来るの!? やったー!」
喜ぶアヤフミは何か思いついたように指を振る。
「あ、でも人数いっぱいだったような……後でペティさんに参加できるか聞いてみるね」
そんなアヤフミの様子とは対照的に、ウメの顔はどんどん険しくなっていく。
「当日は柳谷さんを上手くコントロールしないと……でないと大変なことになる……!」
「……ん? 何か言った?」
「なんでもない」
ウメは努めて冷静に頷いた。
何も気付かないアヤフミはただ、小さく首を傾げただけだった。
***
[シルベview]
就寝時間も近い頃。そろそろ監房に戻らなければならない。
(分かってるけど、これは早く済ませないと)
ソワソワしながら、玄関ホールでその時を待つ。いつもなら、そろそろ来る時間だった。
(見逃したはずはない。きっと来る……)
視界の端に、黒い影を捉える。
間違いないと確信し、階段を塞ぐように一歩前へ出る。
「……何を、しているんだ? もうすぐ就寝時間だろう」
意表を突かれたのか足を止めたその影が、困惑の表情で少し首を傾げる。
「レイさん、この刀、そろそろ引き取る気になった?」
肩にかけていた刀を前に出す。レイの刀、
「……言っているだろう。それはキミに持っていて欲しいんだ」
「どうしてなの? これは大事な刀なんでしょ?」
裁判の後も、ビデオを見た日も、刀を返すことを断られていた。『持っていろ』と言ってレイは引き下がらなかった。
「確かにそれは私の祖父から受け継いだ大事な刀だ」
「だったら——」
「——だからこそ、キミに預ける」
そこが理解できなかった。何度も繰り返したやり取り。変わらない答え。
「どうしてなの……?」
「言っただろう。大切だからだ」
今日もダメかと、俯きそうになる。拳に力が入る。刀の鞘が少し音を立てる。
「…………最近、爪が伸びるのが早くなったことは?」
「え……?」
思わずレイの顔を見る。
冗談を言うような表情じゃない。静かに視線を下ろして自分の指先を見る。何も変わらない。
「眠れなかったり、食欲が減ってきたりはどうだ」
「いや……無い、と、思うけど」
意図が汲めず、曖昧な返事になってしまう。
何か関係があるのだろうか。『爪が伸びる』ことと、刀を受け取らないことに。
レイの指先はそんなに異常には見えない。視線に気付いたのか、レイは手で指先を握るようにして隠してしまった。
「……キミなら、忘れないだろう」
「えっと……」
「いいんだ。とにかく、それはキミが持っていてくれ。私が持つより、きっとその方が良い」
「あ……!」
レイはするりと横を抜けると、階段を降りていってしまった。伸ばした手は、行く宛を失って静かに下がっていく。
『キミなら、忘れないだろう』
その言葉が残る。
忘れない。
この【魔法】がある限り、そうなのかもしれない。
(でも、本当にそうなのかな……)
「オイ」
「……っ」
慌てて振り返ると、眠そうな顔のツカイマが居た。思わず後退りそうになって踏みとどまる。すぐ後ろは階段だ。
「あ、就寝時間!」
「なんだよ、分かってんならさっさと帰ってネンネしな!」
ふいっと宙を舞ったツカイマはそのままどこかへ消えてしまった。
今はもう寝るしか無い。
刀を握りしめながら階段を降りて行った。