異誕少女ノ魔女裁判   作:異誕少女ノ魔女裁判制作チーム

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3-2「ドタバタお料理教室」

「おはようございます」

 

「おはよう~」「おはようございます」「おっすおはよう」

 

 朝が来て、また1日が始まる。皆それぞれ返事を返してくれた。

 昨日よりは、幾分か空気が明るくなっているようだ。

 

「おはよう、スミレさん」

「おはようございます……」

 

 シルベが明るく挨拶をしてくれる。見ると、その隣に見慣れないものが置いてあるのが目に入った。

 

(あれは……レイさんの刀?)

 

 そう言えば、前回の裁判終わりからシルベはレイの刀を預かっていたことを思い出す。

 まだ返していなかったのだろうか。

 

 そんなことを考えながら、朝食のトレーを手に取る。

 

「ああそうだ、スミレは今日の予定は決まってたりするか?」

 

 朝食を運びながらペティが話しかけてきた。

 

「え? ああ……この後ちょっと図書室に行こうかと」

「図書室なら、そんなに時間はかからないか?」

「そうっすね、どんなに長くても午前中には終わるっすけど……何かあったんすか?」

 

 ペティの意図が読めず、疑問を口にする。

 

「ああいや、クッキー作り、スミレもどうかなって思ってさ」

「あれ? 人数いっぱいだったんじゃ……」

 

 するとペティは「ああ」と呟いて頷いてみせた。

 

「昨日まではそうだったんだが、空きができたんだ」

「そうなんすか? でも、どうして急に……」

「食堂でやることにしたんだよ。よくよく考えたら、クッキーの生地とか作るのは厨房でやる必要も無いし、食堂なら人数が多くても大丈夫だと思ってな」

「八重沢さん、昨日手をあげようとして引っ込めたでしょ?」

 

 横から声をかけてきたのはウメだった。

 

「ウメさん……気付いてたんすね。実はそうなんすよ。アヤフミさんに先を越されちゃって……」

「えー? 言ってくれれば代わってあげられたのに……」

 

 アヤフミがやや残念そうに言った。

 そうは言うが、あそこで『代わって!』とはとても言えない。

 笑って誤魔化すことしかできなかった。

 

「まあまあ。そんなわけで、参加者はレイ、アヤフミ、スミレ、ウメ。以上だな!」

 

 あまりにも意外な人の名前が聞こえてきて、聞き間違えたのかと思った。思わず聞き返す。

 

「ウメさんも参加するんすか!?」

「はい! ウメさんは昨日から参加したいって言ってましたからね」

 

(そうだっけ……)

 

 当然のように言うアヤフミ。その隣に居るウメの方を見ると、ウメは気まずそうに目を逸らした。

 

「……まあ、そういうことで……」

 

 ウメは複雑な表情をしているように見える。昨日も似たような表情をしていた気がする。

 思えば、ウメと一緒に何かするというのは初めてかもしれない。

 

(これを機に仲良くなれたらいいな……)

 

***

 

 朝食も終わり、ルーティンとなっていた調べもののために図書室へ足を踏み入れる。

 そこには既にユリとテミがいた。小さな話し声が聞こえてくる。

 

(そういえば読みたい本がある、みたいなこと言ってたな)

 

 邪魔をしないようにそっと奥の方へ行き、探索の続きに入る。何度見ても膨大な量の本に圧倒されそうになるが、少しでも進めなければいつまで経っても終わらない。

 

(確か、この辺だったはず……)

 

 どこまで調べたかを思い出しながら、分厚い本を手に取りパラパラとめくる。

 相変わらず何が書いてあるのかまったく分からない本もあるが、たまに理解できる言語で書かれていることもある。

 それを当たり(・・・)として探すのも楽しみになっていた。

 しかし、今日は一向にその当たり(・・・)が出てこない。

 

(今日は調子悪いな……。こうなってくるとやる気が……)

 

 そう思いながら次の本を手に取る。しかし、残念ながらその本も当たり(・・・)ではなかった。

 

(疲れてきたな……一旦あの本を読もうかな)

 

 例の絵日記のある場所に行き、取り出してページを開いた。

 

~~~

 

【挿絵表示】

 

むかしむかし、あるところに、とっても可愛くて、とっても強い少女がいました。

 

ある日訪れた村に、いつもいじめられている弱い男の子がいました。

泣き虫で、臆病で、でも、どこか守ってあげたくなる子でした。

 

少女は、その子を助けてあげました。

そして、強くしてあげることにしました。

剣の使い方を教えました。

魔法の使い方も教えました。

 

「君は特別よ」

「君は英雄になるわ」

 

男の子は、信じました。

頑張りました。

何度も、何度も、立ち上がりました。

 

やがて、本当に、英雄になりました。

人々に褒められ、慕われ、大切な人もできました。

 

その日少女は、英雄の目の前で、

その英雄が、いちばん大切にしていた人を殺しました。

英雄は、何も言えませんでした。

顔は、ぐちゃぐちゃになっていました。

とても、きれいな顔でした。

 

それから英雄は、世界を恨むようになりました。

誰も信じなくなりました。

誰も、守らなくなりました。

 

少女は、少しだけ眺めてからこう思いました。

 

――うーん。なんだか飽きちゃったわ。

 

英雄は、そのまま捨てられました。

 

~~~

 

 相変わらず、内容は少し胸糞悪くなるようなものだった。

 人の大切なものを壊して、悲しんでいる所を見て愉しむ。私には到底理解できない。

 

(まあ、子供向けの絵本みたいなものだし、『こんな人になってはいけませんよ』という教育の本なのかもしれない)

 

 そう考えて本を閉じた。

 けれど、英雄を育てた時間までも全てが嘘だったのだろうか。

 そのことだけが、妙に引っかかった。

 

 

 

 その後もしばらく探索をしたが、特に有益な情報は得られなかった。

 

(今日もダメか……)

 

 軽くため息をつく。あの植物図鑑を見つけた後からあまり進展が無い。

 

(……ユリさんから借りていた本も読み終わってなかったし、今日はそれを読もうかな)

 

 今日の探索は切り上げ、監房へ戻ることにした。

 

***

 

 昼食はビュッフェ形式になっていた。クッキー作りに参加する人としない人がそれぞれで量の調整ができるように、ペティが気を利かせてくれたのだろう。

 だから私は、この後のクッキー作りのことも踏まえて、昼食は少なめにしておいた。

 

 昼食の片付けも皆で協力し、いよいよクッキー作り教室の開幕である。

 先生はもちろんペティ。生徒は私、レイ、アヤフミ、ウメの4人。

 

「これで全員か?」

「一応、みんなにまた声をかけてみたんだが……参加者はこれで全員だな。そんじゃさっそく始めるとするか!」

 

 皆楽しみにしていたようで、自然と笑顔がこぼれ出ている。ただ1人を除いて。

 

(なんで、ウメさんだけあんな険しい表情をしてるんだろう?)

 

「ウメさん、気分でも悪いんすか?」

「ん? ああ……いや、心配事がちょっと……。うん大丈夫、なんとかするから」

「……? 大丈夫なら、良いっすけど……」

 

 心配事、というのが少し気になったが、本人が『なんとかする』と言っている以上、あまり突っ込むのも良くないと感じ、それ以上は聞かないようにした。

 

「今日作るのは、極めてシンプルなクッキーだ。初心者もいることだし、基本をしっかりしておかないと、その後のアレンジも何もあったもんじゃねえからな。アヤフミは経験ありそうだからその辺は安心して良さそうだな」

「はい! でもお菓子作りはやったこと無いから、しっかり学ばせてもらいますね」

 

 アヤフミのやる気に満ち溢れている様子がうかがえた。

 どうしてそんなに張り切っているのかと疑問に思い、なんとなく周りを見ると、レイもアヤフミの様子を見ながら首を傾げていた。

 

「それじゃまずは材料からだな。小麦粉、砂糖、卵……」

 

 ペティのレッスンが始まり、レイもアヤフミも頷きながらそれを見ていた。

 

「そしたら小麦粉をふるいにかけて……この牢屋敷、道具なら大体のものは揃ってるな……。作ってるこちらからしたらありがたいが」

 

 一通り生地の作り方を教わり、いよいよ私たちが作る番になる。

 

 その時、ウメが意を決したように腕まくりをしながら作業に取り掛かった。

 その表情はどこか、戦場にでも赴くようなものであり、見ているこちらにも緊張が走る。

 

(クッキー作りにそんなに気合を入れなくても……。そんなにクッキー作りが楽しみだったのかな?)

 

「柳谷さん!」

 

 早速作業に向かうアヤフミをウメが呼び止める。ウメがここまで声を張り上げるのは珍しかったので、少し驚く。

 

「そっちに置いてある砂糖の容器そのままこっちに!」

「はーい! こちらに!」

「柳谷さん、この空いたボウル洗っておいて!」

「はーい! 洗ってきます!」

 

 ウメの指示通りにアヤフミが右往左往する。アヤフミは生地作りに手をつけられず、雑用のようなことばかりやらされていた。

 

(これはちょっと……アヤフミさん、何も手が付けられてない……)

 

 見ていられず、ウメにちょっと苦言を呈そうとしたその時だった。

 

「おい、ウメ! アヤフミを使い走りにして、アヤフミが何もできねえじゃねえか! 自分の分は自分でやれ!」

「八重沢スミレ、柳谷アヤフミと一緒に作業しててくれないか? 大家ウメには少しおはなし(・・・・)しなければならないようだ」

 

 ペティとレイが怒っているのは明らかである。

 それはそうだ。せっかく参加してくれたのに作業が全くできないのでは意味が無い。

 レイは提案者なこともあるし、ペティは教えている側なので平等に接したいのだろう。

 

「ウメ、ちょっとこっち来い!」

「あ、いや……これには訳が……」

「そうか。ならばどのような訳があるのかあっちでじっくり聞かせてもらおう」

 

 ウメが2人に連行されていく。ウメは若干困ったような、焦ったような表情を浮かべていた。

 

「皆さん、行ってしまいましたね……」

「そ、そうっすね……。ウメさん大丈夫かな……」

 

 少しの間呆気(あっけ)に取られていたが、今はクッキー作りの最中であることを思い出した。

 

「……あーえっと、一緒に生地作りやりましょうか。アヤフミさん」

「は、はい!」

 

 そうして、私とアヤフミはクッキー作りを再開した。

 

「アヤフミさん、ちょっと小麦粉多くないっすか!?」

「そりゃいっぱい食べたいですし、食べさせたいですから。多く作らないといけませんよね」

「アヤフミさん!? 砂糖が明らかに多くないっすか!?」

「え? 知らないんですか? 砂糖は多ければ多いほどおいしくなるんですよ!」

「いやいや、それにしても多すぎですって。その辺で止めておいた方が……」

「そう……。じゃあ、もうちょっとだけ」

「わー! だからもうストップですってば!」

 

 その後も、アヤフミの突拍子もない動きに翻弄されっぱなしだった。

 

(もしかして、ウメさんはこれを知ってて止めようとしたのでは?)

 

 頭に浮かぶ【料理音痴】の4文字を、首をブンブンと振って消そうとする。

 そんなものは小説の中でしか存在していない。まさかそんなはずはないだろう。

 

 ちょうどその時、3人が戻ってきた。

 完成した生地を見て、ウメは顔を覆い、ペティとレイは顔を見合わせている。

 向こうでどのような話をしてきたのだろうか。

 

「ま、まあ……あとは形を整えて焼くだけだからな。レイも生地作りを最後までやっちゃってくれ」

「ああ、少し待っててくれ」

 

 その後、全員の生地作りが終わり、あとは焼くだけの段階になった。

 

「おっし! それじゃオーブンに入れて焼いていくぞ」

 

 ペティの指示のもと、私、アヤフミ、レイの3人で厨房に生地の乗ったトレーを運び込む。

 今まであまり気にしてはいなかったが、厨房にあるオーブンはかなり大きい。

 全員の料理を一度に作るには、それだけの大きさのオーブンが必要だということなのだろう。

 

「それじゃトレーをここにセットして……蓋を閉めて、あとは焼き上がりを待つだけだな」

「ペティさん、ここは【魔法】を使わないんすか?」

「使ってもいいが、それじゃ味気ないだろ? 待つ時間も料理の醍醐味ってやつよ」

「そもそも、教わっている我々が使えないのだから、ここでペティが【魔法】を使ってしまったら火加減や焼く時間が分からなくなってしまうだろう」

「それもそうっすね」

 

(『待つ時間も料理の醍醐味』……か)

 

 言われてみれば、完成を待っている間のワクワク感というのを一瞬で終わらせるのは少し寂しい気にもなる。

 自分で作った物じゃなくても、テーブルで料理が出てくるのを待っている感覚もまた似たようなものなのだろう。

 

「さってと、待ってる間に片付けできるものはやっちゃわないとな」

「そうだな。私も手伝おう」

「レイ、いつもわりぃな。たまには休んでくれてもいいんだぞ?」

「……私がやりたくてやっていることだ。キミは気にしなくていい」

「……そうか。ありがとうな」

 

 2人はテキパキと厨房へ空いたボウルやまな板などを運び込んでいく。

 もうお互いに慣れているのだろう。息がぴったりだ。

 

「おい、ウメ! オメェも片付け班だ。ほら一緒に厨房行くぞ」

「先ほどの『おはなし』もまだ終わって無いからな」

 

 ウメは何も口答えせず、しぶしぶ厨房へと歩いていく。

 

「……あ! 私も手伝うっす!」

「わ、私も!」

 

 皆が手伝っている中、少しぼーっとしていたことに気づき、慌てて声をあげる。

 アヤフミも同じく声を上げた。

 

「うーん、厨房に全員は入れないから、2人でおしゃべりでもしてて待っててくれ」

「あ、そうでしたか……分かったっす」

「はい……」

 

 少し肩を落としながら、私たちは素直に頷いた。

 

***

[レイview]

 

 

 ペティが食器などを洗い、私が乾いた布で水分を拭き取り、重ねて置いておく。

 今まで何度もしてきた流れだ。今回はそれにウメが加わっている。

 

 先ほどは『おはなし』がある、などと言ってウメを連れてきたが、意図は別にあった。

 

「昨日のお茶会を開いた時にも思ったのだが、八重沢スミレは……大丈夫なのだろうか」

「……どういう意味?」

「1回目の裁判の後、かなり塞ぎ込んでいただろう。今回は一見問題が無いように見えるが……。大家ウメ、キミから見てどう思う?」

 

 我ながら分かりづらい質問をしたと思う。

 しかし、以前ウメの助言に助けられたことがある。だからこそ意見を聞いてみたかった。

 ウメは少し考えるように間をおいてから、口を開いた。

 

「……最初は元気が無いように見えたけど、お茶会とクッキー作りでだいぶ気は紛れたと思うよ。少なくとも、前よりは大丈夫そうだけど」

「なら、良いんだが……。……八重沢スミレだけでなく、全体的に空気が悪い方へと流れているのが気がかりなんだ」

「……まあ、否定はできないな。とは言え、アタシらにできることなんてたかが知れてるしな……」

 

 3人とも黙り込んでしまう。食器を洗う水の音と、食器を重ねる音だけが小さく響く。

 

 自分から話題を振っておいて、このような空気にしてしまったのは素直に反省すべきところではある。

 

「相談……というか意見を聞きたいのだが、我々に何かできることは無いだろうか?」

「さっきも言ったが、アタシは料理作ること以外はからっきしだからな……」

 

 いつだったかルナがペティのことを『料理バカ』と呼んでいると知った。

 最初はペティの努力をよく見ているのだなと勘違いしていたが、どうやらとんでもない皮肉だったようだ。だが、意外にも本人はそれを肯定的に受け取っているらしい。

 『事実なんだから仕方ないし、逆に言えば料理に関しては誰にも負けてねえってことだからな』とは本人の談だ。

 だからペティは冗談のつもりで言っているのだろう。自虐気味に笑っているが、そこまで重く考えなくても良いはずだ。

 

「……なら、逆に桂さんにしかできない料理スキルを、思いきり開放するのは?」

「どういうことだ?」

「大きいパーティみたいなのを開けばいいんじゃない? 全員参加の大きなお茶会のようなものを開くとか」

 

 ウメからの、想像もしていなかった提案に呆気(あっけ)にとられた私の横で、ペティが指を鳴らす 。

 

「大きいパーティ……アリだな。うまいもん食って、大騒ぎして、少しでも悪い空気を吹っ飛ばせるなら、やる価値はあるんじゃねえか?」

「ペティが乗り気なら……私もまた紅茶を淹れるとしようか。まだ飲んでもらってない者も居る事だからな」

 

 思わずウメの方を向いて言ってしまったが、嫌味に取られていないだろうか。

 

「……提案しておいてなんだけど、こんなにあっさり受け入れられるとは思ってなかった」

「もちろんウメには言い出しっぺの法則に基づいて、料理とか手伝ってもらうからな。クッキー作りの様子を見る限り、できないわけじゃないんだろう?」

「……分かったよ。やれることはする」

 

 詳細は後で詰めるとして、まずはパーティの開催が決まったことを全員に共有しておかなければいけない。

 全員参加が必須なので、もちろんルナにも出席してもらう。ウメとの関係も気になるが、流石にパーティ中に、全員の見ている前で険悪な雰囲気にはならないだろう。

 

 パーティの大成功を祈りつつ、やる事が少し増えたかなと思わず笑みをこぼしてしまった。

 

***

[スミレview]

 

 

 アヤフミと話していると、厨房の方から甘い匂いが漂ってきた。

 

「うわぁ良い匂い。もうすぐ焼き上がりですね」

「そうっすね。これがペティさんの言っていた『醍醐味』ってやつなんすね」

 

 そわそわしながら待っていると、レイがティーポットとカップを運んできた。

 

「昨日のように本格的な淹れ方は時間が無いからできないが、それでもお茶は必要だろう?」

「いいですね! お茶とお茶菓子はセットですからね」

 

 レイの淹れる紅茶の香りを堪能しながら、クッキーの焼き上がりを待つ。

 

「おーい! 1人じゃ運べないから誰か手伝ってくれー!」

「あ、じゃあ――」

「――はーい! 行きまーす!」

 

 アヤフミがほぼ同時に口を開いたことにより、その後に続く言葉は行き場を失ってしまう。

 開いたままの口は、ゆっくりと閉じることになった。

 

(……いや、やっぱり『私が!』は言えないよ)

 

 

 

 少し待っていると、ペティとアヤフミが両手に1皿ずつ焼き上がったクッキーを運んできた。

 

「分かりやすいように、それぞれが作ったクッキーを分けて持ってきたぜ。誰がどれを作ったのかは後でな。……1つだけ分かりやすいのがあるが……」

 

 見ると、3皿は綺麗な焼き目が付いてとてもおいしそうに見える。

 だが残りの1皿は、明らかに焦げているような濃い茶色をしている。

 

「え? どうしてこれだけこんなに焦げて……?」

 

 アヤフミが信じられないものを見たかのように、口元を手で覆っている。

 ペティが軽くため息をついて、残酷な事実を告げる。

 

「これな、アヤフミが作ったやつだ。結論から言っちまうと、原因は砂糖の入れすぎだ。生地が薄く広がっちまったんだよ」

「えぇ? そんなぁ……。砂糖いっぱい入れたらおいしくなると思ったのに……」

「おいしい物を作りたいっていう気持ちは大事だがな、何事にも限度ってもんがあるんだぜ」

 

 失敗作ができてしまったという負い目からか、アヤフミは明らかに元気を失くしてしまっている。

 

「アヤフミ、1つだけアドバイスな。初めて作る料理はまずは【レシピ通りに作る】のがいいぜ。料理の経験があるならなおさらだな。何事もまずは基本からってワケよ」

「はい……分かりました」

「作る過程は経験者らしく、しっかりできていたからその辺は大丈夫だろう」

 

 しかし、アヤフミの表情は暗いままで、今にも泣きだしそうになっている。

 ならば、少しでも元気付けるためにやる事は1つしかないと覚悟を決める。

 

「アヤフミさん、1ついただくっすね」

「私も1つ貰おう」

 

 ほぼ同時に、レイもアヤフミのクッキーに手を伸ばした。彼女も同じことを考えていたのだろう。

 2人揃ってボリボリと音を立てて咀嚼する。確かに焦げ特有の苦みもあるが、食べられないほどじゃない。

 

「ほら、見た目は焦げていて確かに少し苦い所もあるっすけど、ちゃんとクッキーとして完成されてますから」

「八重沢スミレの言う通りだ。少々大人向け、という物なのかな」

 

 私たちの様子に、ペティがうんうんと頷いている。

 

「先につまみ食いさせてもらってたが、言いたいこと先に言われちまったな。まあ『失敗は成功の母』って言うだろ? 次に作る時にまた頑張ればいいさ。その時はアヤフミが思う最高なものを出してくれ。な?」

 

 その言葉を聞いて、アヤフミの表情も明るく変わっていく。料理に関してのアドバイスなら、私たちよりもペティの方が圧倒的に説得力がある。

 

「はい! 次こそは文句なしに『おいしい!』と言わせてみせます。第2回があったら絶対に誘ってくださいね」

「そうだな、近いうちに第2回もやろうか。次はもうちょっと手の込んだものにしような」

 

 その後、多少の雑談をしながらお茶会は進んでいき、【第1回ペティのお料理教室】は幕を閉じた。

 

***

 

 片付けも終わり、そろそろ解散というタイミングでウメが声をあげた。

 

「そういえばさっきの話、八重沢さんと柳谷さんに話さなくていいの?」

「あっ! 忘れてた……解散はもうちょい待ってくれ」

「さっきの話? って、なんすか?」

 

 ペティの声に、食堂から出ようとした足を止め、戻って再び椅子に腰かける。

 

「クッキー焼いている間に決まったことでな、全員を集めてパーティを開こう、という話になったんだ」

「少しでも明るい空気にできれば、と。これは大家ウメの提案でもあるんだ」

「「えっ? ウメさんの?」」

 

 思わず出てしまった言葉がアヤフミと重なり、少し笑ってしまう。 

 

(あのウメさんがパーティを提案? 意外というかなんと言うか……)

 

 そう思いながらウメの方を見ると、気まずいのか恥ずかしさからかそっぽを向いてしまった。

 

「もう~ウメさんたら、そんなこと考えていたなんて~」

 

 アヤフミがウメに駆け寄って笑顔を浮かべる。頬をアヤフミに突かれているウメはなんとも言えない表情をしていた。

 やはり、私が気付いていなかっただけでこの2人はかなり仲が良いんだと実感させられる。

 

「もちろん当日はアタシが腕によりをかけて、いっぱい料理作るからな! 楽しみに待っておけよ~」

「パーティなら、ケーキなんかも出るんですか?」

 

 手を止めたアヤフミが首を傾げる。

 

「おっ、いいな。豪華なケーキも作るか。準備期間に第2回もできそうだしな」

 

 そのような話をしていると、レイがおもむろに立ち上がった。

 

「伝達も済んだようだし、私は見回りに行ってくる」

「あいよ、お疲れさん。また後でな」

 

 それなら私も戻ろうと思い、立ち上がろうとするが、ペティに手を抑えられる。

 びっくりしてペティを見ると、口パクで『ちょっと待って』と言われてしまった。

 再び椅子に座り直し、レイを見送った。

 

 

 

「すまねえな、引き止めちまって。パーティの話だが、実は続きがある」

「え? 何かあったっけ?」

 

 ウメが何も聞いてないと言いたげに、首を軽く横に振る。

 

「実はな、この提案を言い始めたのはレイなんだ。この沈んでしまった空気をどうにかしたい、ってな。それにウメのパーティの案が出てきたってわけだ」

 

(なるほど。確かにレイさんなら何とかしたいと思っていても不思議じゃないかも)

 

「だがな、本人は気付いてないかもしれないが、一番へこんでいるのはレイ自身だと思うんだ。……1回目の事件では自分が原因だと思っていたし、2回目ではライバル……と言っていいのか分からねえが、全力で当たれる相手を失っちまった」

 

 あの日の光景はいやでもすぐに思い出せる。思わず手に力が入ってしまうが、すぐに首を振った。

 

「……それで、私たちはどうすればいいんすか?」

「ああ、アタシも何かできないか考えたんだけどな、実はレイの誕生日が近いことに気付いたんだ。だから、パーティは表向きの理由で、真の目的は【レイの誕生日会】を開くこと……ってのはどうだ?」

 

 確かに、レイなら弱っているところを他人に見せるようなことはしないだろう。そして、側にいるペティだからこそ気付けることもあったのだろう。

 ならば、反対する理由などあるはずがない。

 それに、イトが居なくなったときにレイは私を元気付けようとしてくれた。だから、今度は私もレイの役に立ちたい。

 

「いいっすね! そういうことなら協力するっす」

「そうですね……! レイさんにはいっぱいお世話になってますし、恩返しの意味でも盛り上げていきたいです」

「桂さん、そんなこと考えてたんだ……。パーティ自体は私が発案者だから、協力するよ」

「みんな、ありがとな。それで、この話をここにいないメンバーにも広めて欲しいんだ。もちろん、『誕生日会』のことはレイ本人には絶対秘密だということも忘れずにな」

 

 全員で顔を見合わせて頷く。レイには悪いが、秘密を共有してるみたいで少しだけ胸が躍る。

 改めて、パーティ及び誕生日会のために会議の予定を軽く立て、その場は解散となった。

 

***

[レイview]

 

 

 見回りの最中、ウメとの『おはなし』のことを思い出していた。

 

 

「それで? アヤフミを使いっ走りにしてた理由はなんなんだ?」

 

 ペティが腕を組んでウメに詰め寄る。私も1歩下がったところで、ウメの答えを待っていた。

 

「柳谷さんは……その……いわゆる【メシマズ】ってやつで……」

「【メシマズ】というのはつまり……料理が不得手である、ということか?」

「いやいや、真っ先に参加表明しておいて実は……なんてことあるか!?」

 

 ウメは静かに頷くと言葉を続けた。

 

「実はここに連れてこられる前に、彼女の作る料理を食べる機会があったんだ。その時の事を思い出すと……」

 

 ウメが口を塞ぐように押さえている。心なしか顔色も悪くなっているように見える。

 

「なるほど。牢屋敷に来るよりも前に、柳谷アヤフミとは交流があったからその事を知っていた、と」

「そういうこと。今回は単純な料理だからそこまで被害は大きくならないはずだけど、もし次に柳谷さんが料理を作ることがあったら気を付けたほうがいいよ。厄介なことに、彼女自身は料理が得意だと本気で思っているから」

 

 ウメの言っていることが本当なら、彼女の行動にも合点がいく。

 

「つまりウメは、大惨事を回避するためになるべくアヤフミに手を出させないよう動いてた、ってことか」

 

 ペティの言葉に、また小さく頷く。

 

「しかし、だからと言って一切やらせないというのも酷い話だと思うが」

「……まあ、アレ(・・)を知らないならそう思うよね。一度でもアレ(・・)を見たら、二度とそんなこと言えなくなるよ」

 

 ウメの声からは、恐怖のような形容のし難い感情が漏れ出ているように感じる。

 

 (そこまで彼女を怖がらせる料理というのは一体……)

 

 とはいえ、料理に関することなら残念ながら私にできることはかなり少ない。どうしたものかと悩んでいると、食堂の方から大きな声が聞こえてきた。

 

「わー! だからもうストップですってば!」

 

 これはスミレの声だ。何か異常事態でも起こったのかと慌てて戻ろうとしたが、ウメに引き留められる。

 

「まあ百聞は一見に如かずって言うでしょ。アレ(・・)には及ばなくても、一度は見ておくといいよ」

 

 

 敢えて失敗させる提案を飲む訳にもいかず、すぐに食堂に戻ったものの、既に手遅れな段階まで生地作成が進んでいた。

 ペティが『……しょうがねぇ。一度、どうなるか見てみるか』と続けさせたので止めなかったが、結果は言うまでもないだろう。

 

 昔だったら味の良し悪しなどあまり気にしなかったかもしれないが、ここでペティの料理を食べているうちに、いつの間にか舌が肥えてしまったのだろうか。

 実際、ペティの作る料理はどれも一級品なのは間違いない。ここの閉鎖された空間では、美味しい料理というのは何事にも代え難い重要な要素だ。【食事】という行為はそれだけで心の平穏を促す。ましてや上質な料理ならば、その効果は絶大だ。

 

「知らず知らずのうちに、我々はペティの料理に随分と助けられているのかもしれないな」

 

 思わず独り言が出てしまい、誰かに聞かれなかったかと周りを見回すが、幸い誰も居なかった。

 

(アヤフミに関しては……仕方ない。2人に任せるしかなさそうだ)

 

 ウメの言うアレ(・・)も気になるのだが、知らない方が良いことも世の中にはあるのだろう。

 

 いつの間にか、監房が閉まる時間が迫っていた。

 全部は回り切れていないが仕方ない。早足で監房へと戻ることにした。

 

***

[スミレview]

 

 

 夕食後、まだ全員が残っているタイミングでレイが声をあげる。

 

「皆、少しいいか。話がある」

「お茶会なら参加しませんよ」

 

 いきなりルナに出鼻をくじかれて、レイは言葉を詰まらせた。

 

「……ああいや、お茶会の話ではない。まだ詳細は決まっていないのだが、近々パーティを開くことにした」

「はぁ……それはお茶会と何が違うんですか?」

「目的は、改めて皆の結束を固めたいのと、たまには大騒ぎでもして、少しでも気分転換になればと思ったからだ」

「また面倒なことを……」

 

 ルナは相変わらずこのようなことには興味が無いようだ。

 

「まあそう言うな。パーティではアタシが全力を出して料理を作るからな。もちろんケーキもあるぜ」

 

 ペティのその声に、歓声が上がる。ペティが全力を出すとなれば、期待が高まるのは当然の話だ。

 ルナを見ると、何かを迷っているかのように眉をひそめて難しい表情をしていた。

 

「パーティで大騒ぎ……? みんなといーっぱいお話できるってこと……? やった~!」

 

 ルナとは対照的に、リチが人形を高く掲げ、クルクル回って小躍りしている。

 昨日のお茶会の様子を見ると、集まって話すのが楽しくて楽しくて仕方がないのがよく分かる。普段から廊下などで会えばおしゃべりなどすることはあったが、あそこまで楽しそうにしていたリチは見たことがなかった。

 美味しい食事に、楽しい会話。もしかしたらその中でリチのように、誰かの今まで見ることができなかった新たな一面を見ることができるかもしれない。

 

「ね? ね? ルナちゃんともーっとお話した~い!」

 

 リチがルナの方に駆け寄り、キラキラした目で見つめる。

 

「……監房でしてるじゃないですか。もっとも、一方的に話しかけられているだけですが」

 

 目を逸らしながらも、すぐに『断る』と言い出さないあたり、まだ迷っているのだろう。

 やがて、観念したように大きくため息をつき、リチの方に向き直る。 

 

「分かりました。そこまで言うなら参加してあげてもいいですよ」

「やったー!」

「ったく素直じゃねえな……」 

 

 2人の様子を見て、ペティがやれやれと肩をすくめる。

 それにしても、あのルナを説得してしまうとは、リチの押しの強さは見習うべきなのかもしれない。

 

(私もあれぐらい意見をはっきり言えたらな……)

 

 嬉しそうにルナの手を取り、上下にブンブン振っている様子を見ながらそう感じた。

 

「……話が途中になってしまったが、パーティの成功のためには準備が必要だ。みんなで協力しよう」

「そうっすよね。いくら【魔法】があるとは言っても、1人に全部お任せしちゃうのはさすがに……」

「料理もそうだが、パーティには部屋の飾り付けなども必要だ。ということでペティを中心とした【料理班】と、部屋の【飾り付け班】の2手に分かれたい」

 

(私は……料理班にしようかな……。でも飾り付け班の方も気になる。裁縫も意外とできたし……)

 

 どちらにしようか迷っていると、少し離れた所でユリが声をあげた。

 

「あ、あの……私たちは飾り付け班……で、いいでしょうか? 料理はちょっと……できそうにないので」

「ああ。それなら、清條ユリと摩多音テミの2人は飾り付け班にしようか」

「あっ! 私も飾り付け班がいいな~」

 

  先程からルナに一方的に話していたリチが、振り向いて元気よく手をあげる。

 

 そういえば、あの3人が一緒にいる所をよく見る気がする。

 しかし、ユリとテミは図書室で静かに本を読むことが多く、対照的にリチは楽しくおしゃべりすることが大好きである。

 相性は大丈夫なのかと思ったが、どうなのだろう。

 

(でも、今も3人で仲良くおしゃべりしているみたいだし、気にするようなことでもないのかな)

 

「……これで3人。希望者は他に居るか?」

「ルナちゃんも一緒にやらない……?」

「調子に乗らないでください。私はパスで」

 

 リチが提案するも、ルナにあっさり断られてしょぼんとしている。

 

「あとは料理班だが、他の全員でいいのか? ちょっと多すぎな気もするが……。よし! なら、そこから更に【ケーキ班】と【メイン料理班】に分けるとすっか!」

 

 ペティがそう言うと、勢いよくアヤフミが手を挙げた。

 

「それなら私はメイン料理班がいいです。今日はお菓子で失敗しちゃったけれど、慣れている料理なら大丈夫ですから」

「……私もメイン料理班の方に行く。私と柳谷さんでペアを組むよ」

 

 その横で小さくウメも手を挙げる。何故かその表情は固い。

 

(私はどうしよう……)

 

 飾り付け班も気になるし、料理をしてみたい気持ちもある。

 

(でも、今しか機会が無いとしたら……。決めた!)

 

「はい! 私はケーキ班に行きたいっす」

「私もケーキ班に行こう。ついでと言ってはなんだが、昨日に続いてお菓子作りを指南してもらえるとありがたい」 

 

(お菓子作りの続き……!)

 

 またお菓子作りを教わりたいと思っていたが、こんなにも早くその機会が訪れるとは思わなかった。今から楽しみだ。

 

「あとはシルベとルナだが、どうする? 迷ってるならこっちで決めちまうぞ?」

 

 シルベもどちらにするか迷っているようだ。

 しばらく考え込んでいたが、ようやく頷いた。

 

「決めた。僕も料理班……ケーキ班に行くことにするよ。正直言うと、ペティさんがどんなふうに料理しているのか見てみたい気持ちもあるんだけどね」

「……ならば私も料理班に行きましょう。ただし、毒見役で」

「……オマエは何を言ってるんだ。言い換えりゃただつまみ食いして終わりじゃねえか」

 

 ペティが呆れた顔をしてルナを見る。ルナはそんな視線もどこ吹く風でまったく気にしていないようだ。

 

「まあそう言うな。料理班がそんなに多くても混乱するだけだろう。毒見役も立派な役目だ」

「……レイがそういうなら……。だったら、ちゃんと役目を全うしろよ」

「はいはい」 

 

 釘を差すペティにルナは空返事で返す。

 

 とにかくこれで全員の役割分担が決まった。

 【ケーキ班】にレイ、シルベ、私。

 【メイン料理班】にアヤフミ、ウメ。

 【料理班】の統括としてペティ。

 【飾り付け班】にユリ、テミ、リチ。

 【毒見役?】にルナ。

 

「あとはそれぞれの班で何をするか決めて欲しい。必ずパーティを成功させよう!」

 

 レイの力強い宣言で、やる気も上がり、拳にぐっと力が入る。

 これを成功させれば外に出られるという訳でもない。それでも、成功を機に全てが好転するかもしれない。

 それこそ事件なんて起こらず、これ以上悲しい思いもしなくて済む。

 

(『能天気』って言われても仕方ないけど……。でも希望を持つくらい良いよね)

 

 豪華な料理に、大きなケーキ。みんな笑顔で大騒ぎ。想像するだけで楽しくなってきそうだ。

 

(絶対に、絶対に成功させるんだ)

 

「そういえば会場はどこにするんすか? 応接室はパーティ向きじゃ無さそうですし……」

「……実は2階のホールは既に復旧していた。だが、あの場所で騒ぐのはふさわしく無いと思う」

 

 『復旧』というのはあの事件のことを言っているのだろう。確かにあの場所でパーティをする気にはとてもなれない。

 

「ということは残っているのはここ、食堂くらいっすかね」

「そういうことになるな。食堂を使うならペティや、一応ツカイマにも話を付けておかないといけない」

 

 そう言いながらペティの元へと歩いていく。

 会場が決まったなら飾り付け班にもそのことを伝えておかないといけない。そう思いユリの所へ向かったのだが……。

 

「パーティすっごい楽しみ~。一緒にレイちゃんの誕じょ――「わ! わー!」」

 

【挿絵表示】

 

 油断してたのか忘れていたのかは分からないがリチの発言に体が一瞬硬直する。

 幸いすぐ隣に居たユリが必死に止めたようだ。必死に止めるユリのあんな大きい声は初めて聞いた気がする。

 ユリに心の中で感謝しつつ、レイの方をおそるおそる見る。どうやらペティとの会話に集中していて気づかれてはいないようだ。

 

「(リチさん……ダメっすよ。誕生日会のことは秘密ですってば)」

 

 リチに駆け寄り、小声で注意する。リチは、ユリに口を塞がれたままコクコクと首を振って応える。

 

(これは誰かが一緒に居ないとしゃべっちゃいそう……)

 

 心配になりつつも、ひとまずは危機を乗り越え、ホッと胸をなでおろす。

 もし、バレてしまうようなことがあれば、提案者でもあるペティの気遣いも無駄になってしまう。

 それに、レイが驚くところを見てみたいというイタズラ心が少しあるのも否定はできない。

 

「ユリさん、テミさん。リチさんのこと、よろしくお願いするっす……」

「はい……なんとか頑張ってみます。もしバレてしまったら……その時はごめんなさい」

 

 ユリのちょっと弱気な返事と、テミの小さな頷きを見届ける。

 2人が無事に秘密を守ってくれることを願いつつ、この場は解散となった。

 

***

[ユリview]

 

 

 パーティの開催が決まり、私たち3人は【飾り付け班】として行動することになった。

 同時に、リチの監視という役目も負ってしまったが、一緒に居れば大丈夫だろう。たぶん。おそらく。きっと。

 

 早速3人で打ち合わせ、とも思ったのだが、時間もあまり無いので明日から始めようということになった。

 

 夕食後の時間は、テミと一緒に図書室で本を読むのが日常となっている。

 しかし、今日からはリチも一緒だ。監視の意味合いも少しあるけど、何よりお勧めした本を読んでくれているのが何よりも嬉しい。

 てっきり『お話したーい!』と騒ぎ出すのかと思い込んでいたが、その辺りは弁えているらしい。おとなしく、いつも持ち歩いている人形を側に置いて本を読んでいる。

 

 時折、テミと本の内容について話したりすると、『チャンス!』と言わんばかりに話の輪に加わってくる。

 私も普段はあまり人と話すのが苦手な方だけど、好きなことに関してならばいくらでも話すことができる。

 楽しいひと時に時間の流れも忘れて没頭してしまう。

 

 今までテミと2人きりだったのが、1人加わっただけでこんなにも変わるなんて、少し前までは思ってもいなかった。

 

 きっかけは些細なもの。テミといつものように本を読んでいたら、リチがやってきて興味深そうに近付いてきた。ただそれだけ。

 あの時、思い切って本をお勧めして良かった。

 あれから時々、リチが図書室に来てくれては本を読んだり、お話をしたりする仲になった。

 そして、今日からは打ち合わせも兼ねて、一緒に居る時間も増えるだろう。

 そのことを思うと、自然と笑みがこぼれてきてしまう。

 

 そんな時、視界の隅で人影が動くのが見えた。

 

「あれ? ペティちゃんだ。おー……い……」

 

 リチがペティを見つけて呼ぼうとするが、大きな声を出しそうになって慌てて小さくする。

 その声に気づいて、ペティがこちらに向かってきた。

 

「おっ、早速飾りの打ち合わせか?」

「い、いえ……。詳しい話は明日からで……今日はいつもの読書の時間です」

「珍しいですね。ペティさんが図書室に来るなんて」

 

 テミの疑問ももっともだ。いつも厨房に居るイメージが強いので、図書室にいることに大きな違和感を感じる。

 

「ああ、パーティで作る料理でいつもとは違うものを作ろうと思ってな。何かヒントでもねぇかな~と探しに来たんだ」

「料理のヒントですか……。全部見た訳じゃないですが、レシピ本みたいなのは見たこと無いですね……」

「そうか……。まあ、レシピじゃなくても何かヒントがあればいいんだがな」

 

 少し考えていると、テミが何かに気付いたように声をあげた。

 

「あの、【植物図鑑】はどうでしょうか? 屋敷の周りに生えている香草やキノコなど、それを使った料理ならいつもと違ったものになるのでは?」

「……いいなそれ! キノコにはちょっと嫌な思い出もあるが……。一応言っておくけど、外でキノコとか木の実とか見つけても食べたりするなよ?」

「そ、そんなこと……しません!」

「え~……そんな食いしん坊じゃないよ……」

  

 リチと一緒に抗議の声を思わずあげてしまい、その様子を見たテミとペティに笑われてしまった。

 

「まあ、冗談は抜きにして、食べても大丈夫なやつかアタシにも分からねえからな。図鑑で知識はしっかり仕入れないとって」

「……【植物図鑑】は、確かこっちの方に……」

 

 ペティを奥の方に案内し、本を手に取る。パラパラとめくると色々な植物の情報が図解入りで載っていた。

 幸い、書いてある言語は私たちにも理解できるものだった。

 

「ありがとな。しばらくこれ、借りていくぜ」

「はい。読み終わったら元の場所に返しておいてくださいね」

「分かったぜ。とはいえ、全部読み終えるのにどれぐらいかかるんだこれ……図鑑なだけあってかなり分厚いぞ」

 

 ぶつぶつ言いながらペティが分厚い本を抱えて図書室から退室していった。

 

 ペティの特別な料理。どんなものが出てくるのか想像するだけで楽しくなってしまう。

 

(キノコたっぷりのシチューとか、チーズとろけるグラタンとか……。あ、ハーブが香ばしいステーキなんかも良いな……)

 

 いくつもの料理が頭に浮かんでは、消えていく。

 楽しみがまた1つ増えてしまった。パーティに向けてのやる気が上がるのを感じ、気合が入る。

 

 出てくる料理に見劣りしないようにするためにも、飾り付けもより豪華にしないといけない。

 明日からの打ち合わせがどのような内容になるかは分からないが、中途半端なことだけはしないようにしたい。

 ひとまず、今日のところは時間も遅いので本を片付け、監房に戻ることにした。

 

 

 

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