異誕少女ノ魔女裁判   作:異誕少女ノ魔女裁判制作チーム

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3-3「砂糖と塩と暴力と」

 

 起床、着替え、食堂での朝食、いつもの朝。

 少しだけ違うのは、パーティの準備が控えていることにより気分がわずかに上向きになっていること。

 

「朝食が終わったら、料理班は一旦集まってくれ。話したいことがあるからな」

「はーい」

「了解っす」

 

 ペティの呼びかけに、料理班がそれぞれ応える。

 いよいよ、今日からパーティに向けて本格始動となる。まずは作戦会議からだ。 

 

 軽めに朝食を終わらせ、ペティと協力して片付けをして食堂へ戻る。

 今日は皆で手伝ったので、かなり早めに終わった。

 

「みんなありがとな。ということで早速だが……料理班全員に知っておいて欲しいことがある」

 

 ペティの言葉に、思わずゴクリと喉を鳴らしてしまう。

 料理をする時の心構えとか、あるいは禁止事項とかがあるのだろうか。

 

「……悪い、そんな緊張しなくてもいいぜ。道具とか食材の場所について教えようと思っただけだから」

「確かに……。クッキーの時も道具類は既にペティが準備してくれていた。私はある程度知っているが、食材に関しても、皆はどこに何があるかは知らないだろう」

「まあそんなワケで、これから厨房に行ってひとつひとつ教えていくぜ。メモも忘れないようにな」

 

 こうしてメモを片手に、全員で厨房に行くことになった。

 

 牢屋敷に連れてこられた日に、少しだけ厨房を調べたこともあったが、それ以降片付けの手伝いくらいでしか入ることも無かった。

 たまにのどが渇いた時に水分補給で入ることはあったが、それでも棚のコップと水道くらいしか触らなかったので、実際はどこに何があるかあまりよく分かっていない。

 

「まずは、調理器具とかだな。あまり便利すぎるもの……電動の泡立て機とか、ミキサーとかは置いてねえが、それ以外のものは大体置いてある。中には使い道の分からない物もあるだろうから、分からなかったら聞いてくれ」

 

 確かに、見たことも無いような器具がいくつも見える。形状だけでは何に使うものなのか皆目見当もつかない。

 

「なんすかねこれ……。こんなのも調理器具なんすか?」

「……こんなのもあったな。バカでかいコルク抜き……みたいな見た目から想像はできるが、確かなことは言えねえな。アタシもまだまだだな……」

 

 謎の器具の正体は結局分からなかったが、それ以外の普段から使えそうなものの場所は大体把握できた。

 

 続いて、食材の方の説明に移る。やはり気になるのが、嫌でも目に入ってくる大きな冷蔵庫だ。

 驚いたことに、中に入っているものは決して腐らないらしい。

 補充される仕組みも、腐らないということも【魔法】がかかっているからだとツカイマは言っていた。

 【魔法】が関わっているなら私たちには考えたところで理解できるはずもない。『そういうものなんだな』で止めて、深く考えるのはやめておこう。

 

「こっちには肉類。こっちは魚介類。こっちは……」

 

 ペティが次々と場所の説明をしている。

 メモを取りながら中身の確認も一緒にするが、ちょっとした違和感を覚える。

 

「食材はここにあるものだけかい? 調理器具はあんなにいっぱいあるのに、食材はよく見かけるものばかりだ……」

 

 シルベが疑問を口にする。違和感を感じたのは私だけではないようだ。

 

「え? それじゃ普段の食事に出ている高級そうなお肉って……」

「まぁ、高級そうに見せてたのかもね。実際に使われた食材はこれなんだろうし」

 

 驚くアヤフミと、感心したように頷くウメ。

 つくづく、私たちはとんでもない人に料理を作ってもらっているのだと実感する。

 もし、ここに連れてこられるなんてことが無かったら、どれだけ名を轟かす人物になっていただろうかと想像せずにはいられない。

 

「す、すごい……。ちょっと自信無くなってきたっす……」

「私も……。料理はできる方だと思っていたけれど、あまりにも実力差が……」

 

 私の隣でアヤフミが肩を落としていた。

 アヤフミは料理に自信があるようだったので、ペティの想像以上の料理の腕に、萎縮してしまったのかもしれない。

 私も軽い気持ちで料理班に入ってしまったが、ちゃんと料理をできるか不安になってきた。

 

「ならば、上達する良い機会なのではないか? ペティという最高の先生が居るのだからな」

「そうだぜ。教えられることは全部教えるし、何より料理できる奴は男女問わずモテるらしいぞ? 多分な」

「……『胃袋を掴む』という言葉があるくらいだ。八重沢スミレも心当たりがあるのではないか?」

 

 レイの言う通り、私たちはもうペティさんの料理がないと生きてはいけない、というのは大げさな表現だけど、言い過ぎではないと思う。

 それに、『料理ができる人はモテる』も嘘ではないはずだ。

 現に、ペティのことを悪く言う人はいないだろうし、噂でも聞いたことが無い。

 

「そうっすよね……。このチャンス、しっかりモノにしたいっす! ……あっ! 決してモテたいからとかそういうことじゃなくて……」

 

 『モテたい』は嘘ではないが、恥ずかしくなって声が小さくなってしまう。

 

「ふふ……。でも、そうですね。私も教えてもらいたくてクッキー作りにも参加したんだし、ここで投げ出しちゃダメですよね」

 

 アヤフミが両拳を胸の前で握りながら、力強く言う。

 

「さて、これで一通り説明は終わったワケだが……。ところで、ケーキ以外に作りたい料理の案はあったりするのか?」

 

 アヤフミとウメがお互い顔を見合わせて首を横に振っている。

 どうやら、まだ詳細は決まっていないようだ。

 

「ならコイツを使ってくれ」

 

 そう言って、ペティが棚から取り出したのは数冊のノートだった。

 

「これは?」

 

 ウメが不思議そうにそのノートを見つめている。

 

「コイツはアタシがここに来てから書き留めていた、言わば『レシピノート』だな。中にはちょっと難しい料理もあるが、パーティに使えそうな料理も書いてあるはずだぜ」

 

 「おお~」と軽く歓声が上がる。

 ペティのレシピノートなら、信頼性はバツグンだ。

 

「もちろんパーティ用じゃなくても、その中に作りたい料理があれば挑戦してもいいしな。レイならお茶会用のお菓子なんかも載ってるぜ」

「ほう、それは有難い。参考にさせてもらおう」

 

 頷くレイの横で、アヤフミはノートを手に取りパラパラとめくる。

 すると早速めぼしいものを見つけたらしく、目を輝かせた。

 

「ペティさん、ありがとうございます。今度作ってみますね」

「昨日も言ったが、まずは『レシピ通り』だからな? アレンジは中、上級者向けだから、気を付けてくれよ」

「分かってますよ。昨日みたいな失敗はもうしませんから!」

 

 昨日の焦げたクッキーを思い出し少しだけ心配になるが、ウメが常に一緒に居るらしいので安心して良さそうだ。

 

「ひとまずはこんなところかな。あとの時間はノート見ながら何作るか決めてもいいし、早速何か作ってもいいし。あ、厨房使うなら片付けもちゃんとやってくれよ。片付けまでが料理だからな」

 

 数人が思い思いの返事をし、それを聞き届けたペティが部屋を出ようとする。

 

「ペティは参加しないのか?」

 

 レイがペティを呼び止める。

 私もてっきりペティが参加してくれるものだと思っていた。

 

「ああ。アタシはアタシで何か特別な料理を作ろうと思っててな。昨日借りた本を読んでヒントでも得ようかとね」

「監房にあったあの分厚い本はそういうことだったのか」

「というワケで、アタシは監房に一旦戻るぜ」

 

 ペティが退出し、私たちとノートが残された。

 早速、全員でノートを広げ、アレが良いコレが良いと意見を交わしていく。

 

「それにしてもこのノート、とても分かりやすいね。初心者にも理解できるように丁寧に書かれているよ」

「ペティの心遣いがこのような所でも見られるとはな……まったく、恐れ入る」

 

 ウメとレイが口々に賞賛の言葉を述べていく。

 私も読んでみたが、なるほど、確かに分かりやすい。 

 専門用語のようなものがほとんど無く、文字さえ読めれば誰にでも理解できそうなくらいだった。

 

「ほんとうっすね……あ、これなんかどうすか? パーティならコレは欠かせないでしょ!」

 

 それぞれが食べてみたい、作ってみたい料理をあげていく。

 

 肉料理、魚料理、サラダやスイーツ。ありとあらゆるものが候補にあがっていく。

 会議は大いに盛り上がり、監房の扉が閉まるその時まで時間も忘れて没頭してしまった。

 

***

[ユリview]

 

 

 監房に収容されている時間。

 読書の時間に充てようと今日もまた読みかけの本を開き、椅子に腰かけたところ、テミから飾り付けについて提案された。

 

「ユリさん、パーティに向けて飾りをどうするかある程度決めちゃいませんか? 後でリチさんとも話し合いますが、事前にいくつか案を決めるだけでもいいんじゃないかって」

 

 確かに、時間のあるうちに進めておかないと。直前になって慌てるようなことになっても遅いのだから。

 私は頷き、開いていた本を閉じる。

 

「そう……ですね。できるかできないかは置いておいて……今できることをやってしまいましょう」

 

 そう言うとテミは頷き、もう1つの椅子に腰かけた。

 

「パーティの飾り、と聞いてどんなのが思いつきますかね?」

 

 考えながら幼少期の頃の記憶を辿る。

 

 思いつくのは、友達の家で開催されたお誕生日パーティ。

 決して豪勢ではないが、色とりどりの装飾で見た目にも華やかだった印象がある。

 

 牢屋敷にどれぐらいの素材があるのか、またそれを使わせてくれるのかが分からない以上、あまり凝ったものは提案しにくいと考える。

 

「思いつくのは……紙を輪っかにして繋げた物や、垂れ幕など……でしょうか」

「私も、特に目新しいものは思いつかなかったですね。しかし……どうも情報が少なすぎます」

 

 テミも同じことを思っていたようだ。

 2人だけで出てくる案には、どうしても限界がすぐ来てしまう。

 

「後はリチさんの意見も聞いて、どうするか決めましょう」

「……ですね」

 

 監房にいる時間をいっぱいに使って話し合おうと思っていたが、あっさりと終わってしまった。

 

「そう言えば……リチさんって、裁縫ができましたよね?」

 

 もう一度、読書用の本を開こうとしたところに再びテミが思いついたように声を出す。

 

「リチさん、人形も作っていましたし、材料がある場所も分かるのでは?」

「確かに……。それに、飾り付けにも裁縫スキルが使えるかもしれませんね」

 

 そうは言うものの、裁縫でどのような飾りを作るのかは全く想像がつかない。

 これも、リチに聞けば良い案を出してくれるかもしれない。

 

「できることなら、リチさんに教えてもらいながら裁縫に挑戦してみるのも良いですね」

 

(裁縫……。私にできるのでしょうか……)

 

 テミの提案に不安になり、自分の手を見つめて閉じたり開いたりしてみる。

 忘れていたが、飾りを作るということはそれなりに器用さが必要になるということだ。

 

(でも、やるしかありませんよね……)

 

 今ここで悩んでいても仕方ない。

 実際に作り始めてから、その後のことは考えよう。

 

 

***

[スミレview]

 

 

「ペティ、昼食の片付けが終わったら厨房を使っても大丈夫だろうか?」

 

 昼食もそろそろ終わる頃、相変わらず少し離れた席で私たちの様子を眺めているペティにレイが声をかけた。

 

「おう、別にアタシに許可取らんでも自由に使って良いんだぞ。そりゃ、三食の料理の時間中は勘弁してもらいてえがな」

「そうか。それなら早速、片付けが終わったら料理班で集まることにしよう」

 

 午前中の会議では、多くのパーティ料理の候補があがっていた。その中から、いくつか試作をしてみようということなのだろう。

 私もいくつか提案したから、どれが採用されるかが楽しみである。簡単すぎず、パーティを彩るにふさわしい料理を提案できたと思う。

 

「そういや、作る料理はもう全部決まったのか?」

「ある程度は決まったが、この後の試作で絞っていくつもりだ。良ければリストがあるから意見が欲しい」

 

 そう言いつつ、レイはポケットからメモを取り出してペティに渡した。

 メモを受け取ったペティは内容に目を通す。会議中では色んな意見が出て、中には用意するのが難しそうな物もあったが、ペティはどう思うのだろうか

 

「……うん……ここに書いてあるものは大体できそうだけど……。『巻き寿司』は刺身用の魚か確認しなきゃいけないし、『ローストチキン』は鶏を丸々使ったやつだと厳しいな……。唐揚げで代用できそうか」

 

 メモにチェックを入れたり、書き足したりしているのを近くで見つつ、自分が提案したものがどこまで採用されるか気になっていた。

 

「とりあえず、確実にできそうなものと、無理なものにはチェックを入れておいた。難しそうなものはツカイマに頼んだら用意してくれるかもしれないから保留だな」

 

 メモを覗き込むと、私の提案した『ポテトフライ』と『果物を使ったジュース』にチェックが入っていた。どうやら採用されたようで、少し嬉しくなった。

 ただ、よく見ると他の所に大きくバツ印が付いている所もあった。

 

「ペティさん、このバツ印は……できないってことでいいんすかね?」

「ああ、これな……くくく……」

 

 なぜかメモを見ながら笑いを堪えているようにも見えたが、そんなに変なものでも書いてあったのだろうか。

 

「いやな、『ウニ丼』とか『ホッケの塩焼き』はねえだろ。パーティにそれらが並んでいる所を想像したら……」

「えぇ? そんなにおかしいですか? ウニもホッケもおいしいのに……」

 

 アヤフミが不満そうにこぼす。

 この反応から、アヤフミの提案だったのかと察する。

 

「おいしいのは分かるが、パーティにはちょっと向かないだろうな。『巻き寿司』はみんなでワイワイ言いながら作れるから、パーティ向きではあるんだが」

 

 アヤフミが提案を却下されたことで、下を向いてしまっている。最近はアヤフミのこんな姿を何度も見ているような気がする。少し可愛そうに思えてきた。

 

「……まあ、パーティには向かないが、夕飯のリクエストと受け取ってそのうち作ることにするか。ウニやホッケが調達できれば、になっちまうがな」

 

 それを聞いてアヤフミの顔が明るくなる。この沈んだ状態からの復帰も同じぐらい見ているような気がする。

 落ち込んだり、喜んだりとその表情がコロコロ変わっていく様子は、横で見ている分には楽しい。アヤフミには悪いけど。

 

「それではこの後、試作してみる事にしようか。一旦ペティには手を出さずにいてもらって、我々で出来るところまでやろうと思う」

「分かった、何かあったらすぐ呼んでくれ。アタシは監房に居るからな」

 

 ペティの方でもパーティ用の料理をしているようだ。何を作るのかは教えてもらえてないが、当日のお楽しみということなのだろう。

 本人も気合が入っているようだし、期待は膨らむ一方だ。なら、私たちの方もしっかりと期待に応えられるようにしなければならない。

 

***

 

 昼食後の片付けも終わり、いよいよ料理の試作に入る。

 ただ、全員が厨房に入ることはできないので、食堂で作業できることはこちらでやろうという話になった。

 ああは言っていたが、一応ペティも見守ってくれるらしい。腕を組んでペティが壁にもたれかかっているのが見える。

 

 今日作るのは、お菓子やジュース類などのデザート系ということになった。

 メイン料理を作るのは時間的に厳しいのと、昼食直後に作ったところで、お腹に入らないからということだった。

 昨日のクッキー作りのおさらいもしておきたかったので、そういう面でもちょうど良かった。

 

「今日はクッキーを焼いて、そこにアイシングでデコレーションしようと思っているんですよ」

「うわあ、良いっすね……! 華やかな見た目で、パーティにピッタリかも。……でも、アイシングの作り方なんて載ってましたっけ?」

「それくらいなら知ってますよ。卵白を泡立てて砂糖を混ぜるだけですからね」

「正確には粉砂糖だけどな。水で作る方法もあるが……まぁ大体そうだな」

 

 ペティの後押しもあり、アヤフミの提案でそれぞれがクッキーにデコレーションを施し、完成品を見せ合うことになった。

 

「クッキー作りなら、良いのがあったよ」

 

 そう言いながらシルベが持ってきたのは、クッキー用の抜き型だ。

 

「これがあれば、もっとバリエーションに富んだものが作れそうだし、どれを選ぶかでそれぞれ個性が出そうだね」

「かわいい……あ、このキリンさんの形とか良いですね」

 

 アヤフミが楽しそうな声を漏らす。

 見れば、星やハート、動物など色々な形があった。昨日作ったのはシンプルな丸形だけだったので、形が変わるだけでも華やかな見た目になりそうだ。

 1つだけ心配事があるとすれば、初めてのアイシングが上手くできるかどうかだけだ。

 

 個人的な心配をよそに、全員がそれぞれ作業を始めた。

 ペティのレシピノートや昨日のメモを見つつ、思い出しながら手を進める。

 まだ2回目ということもあり、手間取ることが多い横で、アヤフミとウメが手際よく手を進めている。

 

(さすがアヤフミさん、経験者は違うな。ウメさんもテキパキと動けて凄い。私ももっとがんばらなきゃ)

 

 2人の動きに感心しながら手を進め、型抜きも終わってようやく焼く段階に入った。

 オーブンの火力調整だけはペティに手伝ってもらい、クッキーをオーブンへ投入する。

 

 焼き上がりを待っている間に、アイシングの作成にも取り掛かる。

 アヤフミが言っていたように、作り方自体はとても簡単そうではあったが、やはり焼き上がったクッキーにデコレーションするにはかなりの器用さが必要だろう。

 

「アイシングならそんな手の込んだことはしなくても、表面にうっすら塗るだけでも大丈夫だぜ。動物なら目の辺りにチョンとするだけでも見栄えは良くなるもんだ」

「なるほど……それならできそうっす」

 

 ペティの料理に関するアドバイスはいつも的確だ。こちらが初心者であることも考慮してくれている。

 

(背伸びせずに、できることからやっていこうかな)

 

 そう考え、作業を続けていく。

 

「アイシングを使った飾りつけだと、白だけでは寂しいかな……。色を付けるには食紅とかあればいいけど、どこかにあったかな?」

 

 シルベの疑問に、ペティがいち早く反応した。

 

「色を付けたいなら着色料があったな。ちょっと取ってくるから待っていてくれ」

 

 そう言いながら棚を探っていたペティが、数本の小さな入れ物を手に戻ってきた。

 

「見りゃ分かると思うが、赤・青・黄・緑辺りだな。入れる時は必ず一滴ずつだぞ? ほんのちょっと入れ過ぎただけで見た目がとんでもないことになるからな」

「う、気を付けるっす……」

 

 色を付けたアイシングも完成したところで、クッキーも焼き上がったようだ。

 今回は前回と違って、焦げたような見た目の物も無く、様々な形の綺麗に焼けたクッキーが並んでいた。

 

「良かった。今日は失敗しなかったみたいですね」

 

 アヤフミも完成品を見てほっとしたようだ。

 

 次はいよいよアイシングを使って飾りつけだ。

 私は初心者らしく、表面にうっすらとコーティングするように塗るだけに留めておく。 アヤフミやウメは何色も使い、器用に絵のようなものを描いていた。

 

 鮮やかに彩られるクッキーを見ながら驚いていると、後ろでドアの開く音がした。

 

 思わず反応して後ろを振り返ると、立っていたのはルナとリチだった。

 

「【毒見】に来ました」

「私は~……良い匂いにつられて来ちゃいました」

 

(いつもと口調が違うけど……ルナさんの真似してるのかな)

 

 リチはともかく、堂々と『毒見』しにきたと言い切ってしまうルナにはこちらも苦笑いするしかなかった。

 

「せっかく来てくれたんだから、少しくらい手伝ってくれてもいいんすよ?」

「お断りします。私は【毒見役】ですからね」

 

 即答で断られてしまい、これ以上言葉を続けることができなかった。

 

「では、早速1ついただきましょうか」

「私も1つ、いただきまーす」

「あっ、待って! まだアイシングが固まって……ない……」

 

 アヤフミが止めるよりも少しだけ早く、2人は目の前にあったクッキーを口に入れた。

 

「うーん、甘くておいしい~」

「…………――!?!?!?!?!?」

 

【挿絵表示】

 

 満面の笑顔になるリチ。

 対照的に、無表情のまま動きが完全に止まるルナ。

 

 2人の様子を見て困惑していると、ルナがゆっくりとこちらを振り向いた。

 その表情は目を見開き、涙をうっすら浮かべている。

 

(なんか大変なことになっている!?)

 

 と思った矢先。

 

「……み……水を……」

 

 ルナが苦しそうに手を伸ばす。

 慌ててコップに水を汲み、ルナに差し出した。

 ルナはそれを受け取るや否や、一気に飲み干して大きく息を吐いた。

 

「――な、なんなんですかこれは……。【毒見役】とは言いましたが、本当に毒を盛られたのかと思いましたよ……」

 

 ルナが食べたクッキーはアヤフミが作ったものだった。

 

「これを作った人は絶望的にセンスが無いですね。どうしてこんなものを作れるのか……」

「えー? 私が食べたのはおいしかったよ?」

 

 リチが食べたクッキーを作ったのはウメであった。

 でもおかしい。2人とも同じ材料を使ってほぼ同時に作っていたはず。なら、なぜ差が付いてしまったのか。

 

「ならこっちも食べてみましょうか……」

 

 ルナがウメの作った方を手に取り、口に入れる。

 数回口の中で音を立て、味わっているとみるみる表情が戻っていく。

 

「うん、こちらのは確かにおいしいですね。先程のより数千倍はマシです」

「…………しろよ……」

 

 突如後ろから低い声が聞こえてきた。後ろを振り向くと、ウメが拳を震わせながらルナを睨みつけていた。

 

「いい加減にしろよ。手伝いもせずに食うだけ食って、好き勝手言いやがって……」

 

 ウメのただならぬ様子に、ルナは一瞬怯んだかに見えたが、負けじと言い返す。

 

「まずいならはっきりと言ってあげるのも【毒見役】の仕事ですよ」

「ならそれだけ言えばいいだろうが! いちいち貶める必要なんか無いだろ!」

 

 ウメがルナに掴みかかる。このままでは殴り合いのケンカになってしまう。そうなれば、看守が何をするか分からない。それだけは何がなんでも防がなければ。

 

「ちょ、2人とも、やめるっす!」

 

 レイがルナを、シルベがウメを後ろから抱きかかえ引き離す。私は2人の間に入り、お互い近付かないようにするのが精いっぱいだった。

 

「ぎゃっ!」

 

 揉めている途中に弾き出された私は、勢い余ってテーブルにぶつかってしまう。

 その衝撃で皿が1枚落ちてしまった。大きな音を立てて破片が飛び散る。

 

「2人とも落ち着け! 懲罰房に入りたいのか!?」

 

 レイの切羽詰まった叫びに、全員が体を硬直させる。

 

(え? 懲罰房?)

 

 そう思っていた矢先に、部屋の入り口から身の毛もよだつような気配が漂ってきた。見ると、看守が静かに立っている。

 

 看守が現れたことで、より一層緊張感が辺りを支配する。

 今にも殴り合いをしそうな2人。その2人をじっと見つめる看守。その先はもう最悪の未来しか想像できない。

 

「待ってくれ! これは乱闘等ではない。少しだけ、意見の食い違いがあって頭に血が上っているだけだ!」

 

 レイの必死の訴えを聞き、ルナとウメも落ち着いた様子で、両手をあげて無害をアピールする。

 

 しばらく2人を見つめていた看守だが、やがて視線を外し食堂の奥へ入っていった。

 

 最悪の事態だけは回避したようで、大きく息を吐き出す。背中は冷や汗で少し濡れてしまっていた。

 それは皆も同じだったようで、張り詰めた空気が緩むのが分かる。

 

「2人ともこれで分かっただろう? ここでの乱闘騒ぎはご法度だ。私や清條ユリのように、懲罰房に入りたくなければ、大人しくすることだ」

 さすがに看守が出てくる事態になってしまっては、2人とも反省せざるを得ないと思ったのだろう。

 

「……ごめん、熱くなり過ぎた」

「……チッ……反省してまーす」

「ルナ、お前なぁ……」

 

 ペティが呆れた感じで言うとルナはそっぽを向いてしまった。

 その指先がわずかに震えているのが見えてしまう。

 

 ほどなくして看守が戻ってきた。

 再び緊張感が走る。皆に見守られる中で看守は床に落ちた皿の破片を拾い上げて、それをじっと見つめた。何を思ったのか、そのまま残りの破片も丁寧に集めると、部屋を出て行ってしまった。

 今度こそ危機は去ったようで、全員に安堵の表情が浮かぶ。

 

「ところで、アヤフミさんのクッキーだけど本当に毒が入っているわけじゃないよね?」

「そんな訳ないじゃないですか。ここにある材料しか使っていませんよ」

 

 シルベが思い出したかのようにクッキーについて言及し、アヤフミが抗議の声をあげる。 確かに、それを食べたルナの状態は毒が入っていると言われても不思議ではない。

 

「……なら食べてみてください。はぁ……思い出したら気分が悪くなってきました。私はこれで退散します」

 

 ルナは逃げるように部屋から走り去り、クッキーを目の前にした私たちには看守が来た時とはまた違った緊張感が走った。

 

「……とにかく食べてみよう」

 

 そう言いながらシルベが1つ手に取り、端っこを少しだけかじる。

 

 その途端、シルベの目は信じられないものでも見たかのように見開かれ、ゲホゲホと大きく咳き込み始めた。

 私が慌てて水を差し出すと、シルベはコップをひったくるようにして一気に飲み干した。

 

「……ふう……ありがとう。これは……塩味が強すぎるね。いや、甘みも残ってるか……うん、よく分かんないや」

「あ? しょっぱい? 塩が入っているのか? でも、塩を使う工程なんて無かったぞ!?」

 

 全員の視線がアヤフミに注がれる。

 

「アヤフミ、説明してくれるよな?」

 

 ペティが軽く詰め寄り、アヤフミが笑顔でごまかそうと必死になっているのが分かる。

 

「あはは……ほら、スイカとか食べる時に塩をちょっとかけると甘みが増すって言いますよね? クッキーでも同じことになると知っていましたから。それでちょっとだけ入れたつもりなんですけど……。入れすぎちゃいましたかね?」

 

 その答えに、ペティとウメががっくりと肩を落とす。

 

「これで分かった。アヤフミは料理の知識は豊富かもしれないが、腕前が追い付いてねぇんだ」

「柳谷さん……あれだけ『レシピ通り』って言われてたのに……」

「いえ、作るの2回目ですし、見なくても大丈夫かな……なんて」

 

 ルナとシルベの反応を見て、怖いもの見たさで1つ手に取ろうとするが、咄嗟に手を掴まれて阻止されてしまった。

 見ると、シルベが無言で首を横に振っている。暗に『これは人が触っていいものじゃない』とでも言いたそうな真剣な表情だ。

 

「シルベさん、その反応はちょっとひどくないですか?」

「ならアヤフミさん、自分で食べてみなよ」

 

 そう言われては食べない訳にもいかなかったのか、アヤフミも1つ手に取り口にする。

 

 次の瞬間、アヤフミは脱兎のごとく厨房へと走って行ってしまった。

 

『ほら見たことか』と言いたそうな表情のシルベと、慌てて追いかけて厨房へ走っていくウメ。もう収集がつかない状況になっている。

 

「まあ、原因は分かったとして、このクッキーどうするかな……。捨てちまうのは楽だがそれはしたくねぇな」

「捨てないとなると再利用か? これをどうやって……」

 

 ペティとレイがクッキーを前にして何やら相談しているが、それよりもアヤフミのことが気にかかる。どうしたものかと考えていると、ウメに背中をさすられながらアヤフミが戻ってきた。しかし、その表情は暗く、今にも泣きだしそうだ。

 

「皆さん……ごめんなさい!」

 

 アヤフミが深々と頭を下げる。その姿を見たらこれ以上責めることもできないのか、シルベが苦々しい表情で腕を組んでいる。

 

「はあ……私って料理の才能が無いのでしょうか……。昨日に続いて今日も……」

 

 昨日と似たような状況になり、どう声をかけようか迷っているとペティが前に出てきてアヤフミの肩を掴む。

 正面に立ち、しっかりと目を見て諭すようにして話し始めた。

 

「アヤフミ、昨日も言ったが作る時の手順などはしっかりできているんだ。あとは本当に慣れるまで繰り返し経験を重ねることだな。大丈夫だって、アヤフミも料理を作るのは好きなんだろう? だったら、へこんでる暇なんて無いぞ? もしアタシが風邪を引いたとかで料理できなくなったら代わりにお願いしようと思ってるからな」

 

 ペティの言葉をひとつひとつ噛みしめて、アヤフミは何度も頷く。

 ペティに『代わりをお願いするかもしれない』と言われ、期待されていると思ったのだろう。みるみる表情が変わっていき、いつもの明るい雰囲気へと戻っていく。

 

「はい! 今度こそ……今度こそ失敗しないようにしますね。そうですね……私が皆の食事を……」

 

 その様子を見て皆安心したのだろう。まだ作りかけのアイシングをクッキーに飾りつける作業に戻る。

 色々あったが、ようやく完成まで持っていけそうだ。

 

「ペティ、ここまで来ればもう大丈夫そうだ。後片付けは我々に任せてくれ」

「そうか、ならアタシも監房に戻って続きをやることにしようかな」

「ペティさん、色々とありがとうございました」

 

 深々と頭を下げるアヤフミを見てペティも軽く手をあげて応答し、監房へと戻っていった。

 

 

 オーブンの予熱を使ってアイシングを乾燥させて、いよいよ完成となる。

 色とりどりのクッキーを目の前にして、否が応でもテンションは上がっていく。今日はクッキーだけだったが、次回からは本格的にパーティ用の料理に手を付けていくことになるだろう。

 

 そして、クッキーができたとなれば、そのあとに待っているのはレイの淹れた紅茶でプチお茶会だ。

 

 感想や反省を交え、軽く雑談をしながらお茶会は進んでいく。

 この後の片付けの時間もあるのでそろそろお開きとなろうとしていた時だった。

 

「レイさん、その包み紙は?」

「ああ、折角だからペティにも持っていってあげようと思ったんだ」

 

 そう言いながら包み紙を持つレイの表情は、どことなく嬉しそうだ。

 

(レイさんもあんな顔するんだ……。ペティさん相手だと、少し雰囲気が違う……)

 

 そんなことを思いつつ、レイの背中を見送った。

 ペティに食べてもらって感想をもらうチャンスだったのに、残念ながら自分で焼いたものは全部お茶会で食べられてしまった。

 

(仕方ない。次は私のも持って行こう)

 

***

[レイview]

 

 自分の焼いたクッキーの包み紙を持ち、ペティの待つ監房へと向かう。

 

(……ペティは喜んでくれるだろうか)

 

 紅茶を淹れる時はこのような思いはしないのに、クッキーの場合はなぜこんなにも不安になってしまうのか。どちらも手作りであることは変わらないのに。

 

 色々な考えが頭に浮かび、消えていく。

 

 そうこうしているうちに、監房に着いてしまった。中に入ると、ペティが厚い本とにらめっこしながらノートに色々書き込んでいる所だった。

 

「ペティ」

「おう、おかえり、お疲れさん。……ん? それは?」

 

 こちらに振り向いて挨拶を返してくれたペティが、私の手にある包み紙に気が付いた。

 

「ああ、さっき焼いたクッキーだ。……ペティにも食べてもらいたい」

 

 その言葉に心底驚いたのか、ペティが目を見開いてこちらを凝視している。

 

「レイが焼いたクッキー……。開けてみても?」

 

 当然だとペティに頷いてみせる。

 

 包みを開くと、ペティの表情がパッと明るくなったように見えた。

 中から小さなクッキーがいくつか顔を覗かせる。

 そこからハート型の物を手に取り、物珍しそうに眺めている。

 

「ハートがあるってことは愛情(・・)もたっぷり入っているってことでいいのか?」

 

 ペティが悪戯っぽく問いかけてきた。またこちらを揶揄う気でいるらしい。

 

「ああそうだな。少なくとも、感謝の気持ちは込めたつもりだ。……それを『愛情』と呼ぶかはキミに任せる」

 

 この前のやり取りをすぐに思い出し、ここは反撃の機会だと思い、こちらも悪戯っぽく返してみた。

 

「えっ? いや待て待て、そこは『何言ってるんだ』みたいにツッコミを入れる所じゃないのか!?」

 

 思ってもいなかったのか、ペティは顔を赤くして慌てている。

 どうやら反撃は上手くいったらしい。思わず笑みがこぼれてしまう。

 

「まあでも、(あなが)ち嘘でも無いかもしれない。普段からキミには世話になっている。この気持ち、受け取ってほしい」

「ちょっ……オマエ、そういうことをよく恥ずかしげもなく言えるな……」

 

 もちろんこれは冗談ではなく本心だ。普段の食事もそうだが、それ以外の所でもペティの気遣いに助けられている所は多くある。たまにはこういうのも良いだろう。

 

 

「……ペティ、どうだろうか。感想を聞きたい」

「これを……今か?」

 

 黙って頷く。ペティに食べてもらうために持ってきたのだから。

 

 ペティは、少しの間クッキーを見つめていたがやがて意を決したように口に入れた。

 軽い音を立てて口を動かす。私はペティがどのような感想を言ってくれるのか不安な気持ちで待っていた。

 

 だが、現れたのは全く予想もしていなかった出来事だった。

 

 ペティが突然大粒の涙を流し始めた。

 

「ペティ!? まさか何かとんでもない失敗をしてしまったのか?」

 

 いや、それは無いはずだ。自分でも食べてみたし、スミレ達に食べてもらった時も不満は一切出てこなかった。

 

「そうじゃねえんだ……。嬉しくてつい……な」

 

 それにしても、ここまで泣くなんて普通では考えられないことだ。狼狽える私を見てペティも悪いと思ったのか、途切れ途切れに言葉を紡ぎだした。

 

「レイがアタシのために作ってくれたってことが、あまりにも嬉しくてな……思わず、涙腺が……」

 

 その言葉を聞いてふと思い至る。

 普段、ペティは我々のために毎食作ってくれている。だが、ペティ本人はどうだろう。

 『誰かに作ってもらい、それを食べる』そのことに飢えているのだとしたら。

 先程のアヤフミに対する『代わりをお願いするかもしれない』という言葉がその願望の表れだとしたら。

 

 私はポケットからハンカチを取り出し、ペティに手渡す。

 

「ペティ……そういう事だったのか……。なら、明日も何か作って持ってこよう。難しいものはできないが、幸い私には、ペティから受け取ったノートがある」

「いや……それはさすがに悪い。レイにだって予定とかやりたいこととかあるだろう?」

「そんなところで遠慮しないでくれ。私がやりたくてやっているのだから」

 

 ペティがハンカチで涙を拭いながらこちらを見つめ、唇を軽く震わせている。

 恐らくは、こちらの時間を奪いたくないという気遣いからだろう。迷っている様子が手に取るように分かる。

 

 今でこそ、片付けや準備などの手伝いを受け入れてくれているが、最初の頃はなんでも1人でこなそうとしていた。我々のことがまだ信じられなかったのもあるかもしれない。

 だが、今では我々に迷惑をかけたくなかったという気遣い、優しさが根底にあると確信している。

 

「……分かった、ありがとうな。でも、あくまで自分のことを優先してくれよ」

 

 ペティの優しさは長所でもあり、短所でもある。

 もう少し我々を頼ってくれても良いのだが、と思わずにはいられない。しかし、言ったところで変わるようなことでもないのだろう。

 

「ああ、楽しみに待っててくれ。もしかしたら、八重沢スミレや大家ウメにも手伝ってもらうかもしれない」

 

 何も私だけでなくても良いのだ。数人で持ち回りで作って持ってきても問題ないはずだ。

 

「あっ……いや……できればその……レイだけに作って欲しいかな……なんてな」

 

 その言葉に思わず絶句して固まってしまった。これはどういった意味が含まれているのだろうか。

 いくつもの可能性が頭を駆け巡る。これに答えを出してしまっていいのだろうかという疑問も浮かんでくる。

 ペティを見てみるが下を向いてしまっていて、その表情を見ることはできなかった。

 

「ペティ、それは一体どういう――」

「ああ、深い意味は無いんだ。ただ純粋に、レイの料理が食べたいな……って」

 

 私の方からも言いたいことはいくつかあったが、今はペティの言葉をそのまま受け取る方が良さそうだ。

 

「分かった。そういう事ならばその役目は私だけで行うことにしよう」

「ああ、頼んだぜ」

 

 ペティがこちらを振り向き、はにかみながら親指を立てる。

 こちらも何か返さなければと思い、同じように親指を立てて見せる。

 

「あっ、あともう1つ。アタシが泣いてたのはみんなにはナイショな」

 

 確かに、泣いている姿なんて人に見せるようなものでもないだろう。私からすれば、ペティの珍しい姿を見られたので少し嬉しかったというのもあるのだが。

 

「さて、もうすぐ監房の閉まる時間だし、このまま残るとしよう」

「だな、アタシもこのまま作業を続けるとするか。クッキーは後でゆっくり楽しむとするぜ」

 

 再び机に向かうペティを見届け、私もベッドの上へあがる。

 クッキーで少し腹が膨れているのもあるが、その他にも色々とあったせいで急激に眠気が襲ってきた。

 

 たまには昼寝もいいだろうと思い、上着を脱いでベッドに横になる。

 

 パーティの準備は順調に進んでいるのだろうか。後で飾り付け班にも話を聞く必要がありそうだ。

 目を瞑り、考えを巡らせているうちにいつの間にか眠りに落ちていた。

 

***

[ウメview]

 

 

 監房での時間、私はベッドの上でアヤフミと向かい合って座っていた。

 

「急でごめんね。アヤさんのカウンセリングに付き合ってもらって。……今……ストレスの方は大丈夫そう?」

「……大丈夫、だいぶ落ち着いているから」

 

 時々、こうやってアヤフミとのカウンセリングとして話すことがあった。カウンセリングというくらいだから心を落ち着け、場合によっては相談事などを話すこともある。

 

「良かった……ルナさんがあんなこと言うからどうしようかと思ったよ……」

「……別に。柳谷さんを馬鹿にするような冬川さんの言いぐさが気に食わなかっただけ」

 

 ここに来て以来、顔を合わせるたびに対立を繰り返してきたから、いつかこうなることは予想がついていた。

 今回は、今までなんとか我慢してきたものが遂に爆発してしまった、といった感じだ。

 

「アヤさんのために怒ってくれたんだね……。嬉しいけど、ルナさんを掴むのはやりすぎ」

「それは……あれくらいしないと」

「……アヤさんが前に言ったこと覚えてるかな?」

「……『どんなに怒っても暴力だけはダメ』」

 

 そう『暴力だけはダメ』。アヤフミとのこの約束があったから、今まで耐えられていたのもあった。

 しかし、あの時はそのことを忘れてしまうほどに怒りに支配されていたと思う。

 

「そうだよね。暴力はどんな時もダメ! 人を殴ったりしても何の得にもならないからね」

「ごめん……」

「特に牢屋敷(ここ)ではなおさらダメ! 禁止事項として書かれてるから守らないと……ウメちゃんが看守に殺されちゃうんだよ……」

「…………」

 

 もし、あの時皆に止められていなかったら、今頃は2人揃って懲罰房に入れられていたか、最悪あの鎌で粛清されていたのかもしれない。

 いや、ルナはズル賢いから一方的に殴られて被害者として罰を回避し、私だけに罪を着せるようなこともできたかもしれない。

 どの道、あの場では私は周りに助けられていた状況という訳だ。

 

「だから、アヤさんからの2つのお願いを聞いて! 1つは『しばらくはルナさんと距離をとること』! ルナさんに怒りたくなる気持ちは分かるけど、自由時間の間はぐっと堪えて! 監房時間の時にアヤさんがゆっくり聴いてあげるから。もう1つは――」

「――『皆にごめんなさいしてくること』……とか」

「そう! 謝るのも、大事なことだよ」

「分かった。この後、皆に謝ってくる」

「ありがとう。よろしくね」

 

 騒ぎを起こしたのは事実だし、何より止めてくれたことに感謝しなければならない。

 大げさかもしれないが、命の恩人には誠意を見せるのは当然の話である。

 

 アヤフミとの話を一旦切り上げ、ベッドに潜り込む。

 

 ふと、【魔女化による殺人衝動】のことが頭をよぎった。

 今回の騒動に、魔女化の影響が関係しているとしたら。

 

 処刑されていく魔女たちの姿が思い返される。

 両手を広げ、爪の様子を見てみるが特に普段と変わっているようには見えない。

 ひとまずは安心だと軽くため息をこぼす。

 

 しかし、まだ安心はできない。

 ルナと顔を合わせるたびに少しずつ魔女化が進行しているとしたら。

 アヤフミの言う通り、ルナとは意識して距離を置く必要がありそうだ。

 

 ここに連れてこられてから、もう半月以上経っている。

 今までの事件を思い出し、魔女化の恐ろしさに身を震わせる。

 

(もし自分もああなってしまったら……。柳谷さんを手にかけるようなことになってしまったら……。柳谷さんだけじゃない、冬川さんや周りの全ての人を……)

 

 そんな恐ろしい想像を頭から消そうとして、頭から布団を被る。

 今はただ、寝てしまうに限る。起きたら皆のところを回ろう。

 

***

[スミレview] 

 

 

 夕食後、空いた時間に何をしようか考えていたところ、今日はまだ図書室に行っていないことを思い出した。

 

 ほぼ毎日のルーティンとなっていた情報収集だが、最近は進展が無く、少し焦っているところはあった。

 かといって捜索を止めたり、諦めたりなんてことは絶対にしたくない。

 

 謎を全て解き明かす、だなんて思い上がった考えは無いのだが、少しでも疑問が解消されるならやる価値はあると思っている。

 

 それに、あの絵日記も気になる。

 内容だけ見れば、あまり気持ちの良いものではないが、不思議と続きや結末が気になってしまう魅力があった。

 

 

 

 図書室に着くと、飾り付け班の3人が既に集まって会議をしている様子だった。

 飾り付け班の進捗は分からなかったが、あの様子を見る限り順調に仲良くやってるようだ。

 

 3人の邪魔をしないように、こっそりと絵日記の場所へと移動する。

 私以外の誰も手に取っていないのか、定位置から一切動いていない絵日記を手に取りパラパラとページをめくる。

 

~~~

 

【挿絵表示】

 

むかしむかし、あるところに、とっても可愛くて、とっても強い少女がいました。

 

少女はある日、「痛い」という言葉を、たくさん聞きたくなりました。

だから、2つの小さな国を、少しだけつつきました。

魔法を使って、負の感情を高めてみました。

後は、何もしませんでした。

 

国と国は、勝手に疑い合いました。

勝手に、怒りました。

勝手に、殺し合いました。

 

戦場には、毎日同じ声が響きました。

 

「痛い」

「助けて」

「死にたくない」

 

少女は、空の上からそれを聞いていました。

 

――きれいな音。

 

人々は、同じような顔で、同じように壊れていきました。

少し退屈ですが、とても心地良い子守唄です。

 

ときどき、

とても、良い声で、泣く人がいました。

少女は、そういう声が特に大好きでした。

 

~~~

 

 相変わらず、内容は酷いと言わざるを得ない。

 ただ、これを『酷い』と感じる感性を持っている自分自身に少しだけ安心する。

 

 この話に結末があるのかは分からないけど、本の厚さから見るにあと数回分だろう。2冊目が発見されたら分からないが。

 

(……でも、どうしてこんなに続きが読みたくなるんだろ)

 

 答えの出ない疑問だと、頭を振って消し去る。

 今日のところはここまでにし、残った時間は情報収集に使うことにした。

 絵日記を元の所へ戻し、図書室の更に奥の方へと向かう。まだまだ調べていない本棚はいっぱいある。

 

(これを調べ切るにはあと何日かかるのやら……。先は長いな……)

 

 

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