[テミview]
朝食も終わり、今日は午前中から飾り付け班の会議の予定。
会場はもちろん、いつもの図書室。静かで集中したい時にうってつけの場所だ。
会議に参加できるほど持ち直せたのも、ユリのおかげだ。なんとか進めている気がする。
私とユリ、リチの3人で揃って食堂を出て、他愛のない話をしながら横に並んで図書室へ向かう。
数日前からリチが私たちの輪の中に入ったことで、なんだか賑やかになった気がする。 実際、リチのトークスキルは牢屋敷の少女たちの中でも高いように思える。
私もユリもあまり話すタイプではなかったが、おかげで3人で居る時は普段より話が弾んでいる気がした。
今日は飾り付けの内容を決定し、時間があれば作成にも入ろうかと思っていた。
さっそく飾り付けの内容を話し合ってみたが、案として出たのは定番中の定番だけ。
定番しか選択肢が無かったのには理由がある。そう、圧倒的な材料不足だ。
「正直な話、屋敷内にあるものだけではできることが限られますよね……」
私の呟きを聞いた2人は黙り込んでしまう。
「……お人形を作る時も、古いカーテンとか、綺麗な雑巾とか、そういうのを拾ってるの~……。あんまり、自由に使えるものってないよね……」
だが、すぐにリチはそう言って肩を落とした。
実際、今すぐ使えそうな材料と言えば、捨てなくちゃいけない私たちの服くらいだ。捨てずにこっそり持っておいても、洗濯しなくてはなんだか使いにくい。それに、多少のリスクがあるのも事実だ。
また3人で唸って時間が過ぎていく。
「……あの、でしたらツカイマさんに頼んでみる……というのはどうでしょう?」
中々いい案が出てこない中、おずおずと手を挙げたユリが控えめに提案する。
「え~? ネコちゃんが頼みを聞いてくれるとは思えないけど……」
リチは首を傾げている。
でも、ツカイマに頼むというのは案外アリなのかもしれない。
一見敵対しているように見えるが、割と柔軟な対応をしてくれているところもある。実際、ペティが料理をすることを許可してくれたのはツカイマだ。
もちろん、規則を破ってしまったら懲罰房行きになってしまうのだが。
「確かにそうですが、他に方法もありませんし、ダメ元でツカイマに頼んでみるのは良いかもしれませんね。……とは言え、どうやってツカイマにコンタクトを取りましょうか?」
「わーわー騒ぐとか~……暴れてみるとか……?」
「やめろやめろ。そんなことしなくたって、呼べば出てきてやるぞ」
突然背後から声がしたので振り向くと、ツカイマは既に後ろの机の上に座っていた。
「あ、ネコちゃん! やっほ~!」
「い、いつの間に……」
「はいはい、図書室では静かにしろよ。規則には書いて無いがそれくらい常識だろ」
リチが笑顔で手を振るのを、ツカイマは軽くたしなめた。
「で? 飾り付けの材料が欲しいだって? 面倒だから断って良いか?」
「話は聞いてたんだね……。なら、お願いしたいな~……」
「あ……あの! お願いします! 材料だけで良いので!」
「私からもお願いします。今、ここにあるものだけでは限界がありますので」
3人それぞれの言葉でツカイマに説得を試みる。
ツカイマは眉ひとつ動かさず、こちらの様子を伺っているようだ。
「……はぁ……分かったよ。希望したもの全部ってワケにはいかないが、ある程度は用意してやるよ」
「やった〜!」
「やかましい! ……だから図書室では静かにって言ってるだろ」
「……ごめんなさい」
リチが怒られてしょぼんとしている。少し可愛そうだった。
「言っとくが、オレっちが用意したいから用意するんだ。お前らのお願いを聞いてるわけじゃねえ。勘違いすんなよ」
そう言いながらツカイマは消えてしまった。
しばらく場が静まり返った。
このまま黙っていても話が進まないので、私は口を開いた。
「……えっと、材料の確保はなんとかなりそうですし、改めて何を作るか決めましょうか?」
「あ、はい……そうですね……」
再び何を作るかの会議に戻る。先程と違うのは、いろいろな提案ができるようになったこと。
制限がほぼ無くなった状態なら、3人で様々な提案が出てくる。
「ねえねえ、お誕生日会なら『本日の主役』って書いてあるタスキなんかも良いよね〜」
(確かにそういうのもあるとは言え、そんなタスキをレイさんが……?)
想像してみるとあまりにもシュールで、思わず笑いが漏れ出てきそうである。
「まあ、それも案のひとつということで……メモに書いておきましょう」
メモを埋めていたら、ふと手が止まった。
「そう言えば……ツカイマにどんな材料を頼むかって話は、まだしてませんでしたよね?」
「「あっ」」
お願いを聞いてもらったことに浮かれてしまい、肝心なことを忘れていたようだ。
(3人揃って忘れていましたね……これはどうしましょうか)
「少し申し訳ないですが、またツカイマを呼ばないといけませんね」
「それなら……。ツカイマ〜! 聞こえる〜?」
「リチさん、またそんな大声出すと――」
「――オイ、これ以上うるさくしたら懲罰房にブチ込むぞ」
姿を見せるなり、ツカイマは語気を強めてリチに言い放った。
それを聞いたリチは慌てて両手で口を塞ぐ。さすがのリチも、懲罰房とまで言われては静かにするしかなかったようだ。
「すみません……。リチさんには私の方から言っておきますので……」
私が素直に謝ると、ツカイマは興味なさげにそれを鼻で笑った。
「ったく……で? またオレっちを呼んだ理由は?」
「あの……材料をお願いしたのは良いんですけど……。どんなものをお願いすれば良いのかを……その、伝え忘れてしまって……」
ユリが心底申し訳なさそうな様子でツカイマに申し出る。何度も呼び出して不機嫌になっている可能性を思ってのことだろうか。
「あ〜そういや聞いてなかったな。メモとかあれば良いさ」
その反応を見て、ユリはツカイマの機嫌がそこまで悪くなっていないことを察したのか、軽く息をついた。
『メモがあれば良い』と言っていたので、その場で急いで欲しい材料をメモし、それをツカイマに渡した。
ツカイマは受け取ったメモを軽く眺める。
「さっきも言ったが、全部はムリだからな」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
感謝の気持ちと共に軽く一礼する。ユリも続いて一礼する。
「ほら、リチさんも……」
隣に居るリチの背を軽く押して感謝するよう促す。
リチは、先程怒られた時に口を手で塞いだままの状態で、コクコクと頷いていた。
「……別に喋るなとは言ってねえぞ」
ツカイマが半ば呆れたように言うと、口を覆っていた手を外し、ぷはっと息を吐き出す。まさか息まで止めていたとは。
「ふぅ~……。ありがとう~ツカイマ~」
抱きつこうとでも思ったのか、両手を広げてツカイマに駆け寄るリチ。
触れる寸前にツカイマはポンと姿を消し、リチの両手は大きく空を切った。
「えっ? そんなぁ……」
リチは寸前で避けられたのが不満だったようで、頬を膨らませている。
「――ったく、油断も隙もありゃしねえ……」
別のところに再び姿を現したツカイマが、リチを軽く睨みつけながらぼやいている。
口ではああ言っているが、どこか楽しそうな雰囲気が見え隠れする。そういえば、ツカイマと話す機会は今まであまり無かった。
ああ見えて、ツカイマは意外と寂しがり屋なのかもしれない。
そんなことを考えていると、リチがとんでもないことを言い出した。
「ねえ、ツカイマって呼んだらおしゃべりとかしてくれるの? ツカイマともっとおしゃべりしたい!」
あまりに突拍子もない提案に、思わず面食らってしまう。
ツカイマも『何言ってんだコイツ』と言わんばかりの表情で固まっている。
以前から思っていたことだが、リチのおしゃべり力はやはり底知れない。
まさか、ツカイマまでその輪に入れようと考えていたとは思わなかった。
もはや、恐怖心が無いのではないかとすら思える。相手に臆せず踏み込むことができるのも、その力の一部なのだろうか。
「……まあ、暇な時くらいなら良いぞ」
「ほんとに? やっ――――」
そこまで言いかけて、慌てて口を両手で塞ぐ。さすがに何度も同じ失敗はしないということなのだろう。
「話はもう良いか? オレっちもやるコトがあるんでな」
そう言いながら、ツカイマは再び姿を消してしまった。
とりあえず、私たちの要望は大方通りそうで、3人で顔を見合わせて思わず笑顔になる。
中でもリチは、ツカイマとのおしゃべりが楽しみで仕方ないのか、とびきりの笑顔をしている。
少しの休憩を挟み、いよいよ今用意してある材料で飾りを作る段階に移る。
とはいえ、手持ちの材料で作れるものは限られる。どこかで補充をしないと作業をあまり進められなさそうだ。
「そう言えば、応接室や音楽室に使えそうなものはありましたっけ?」
ふと思い出して口に出してみると、ユリが首を傾げながら口を開いた。
「た、確かに……。特に音楽室はあれ以来……入っていませんから……」
「まだ時間もありますし、ちょっと探しに行きましょうか」
私とユリで探索に出ようと立ち上がるが、会議のメモや材料などをそのままにして離れるのは良くないと思い、作業をしようとしているリチに話しかける。
「リチさん……すみません。今から少し離れますので、戻ってくるまでの間、留守番をお願いできませんか?」
「……えー、みんなで行くのはダメなの? 私も行きたかったけど……」
「そうしたいのは山々なのですが……色々と散らかっているここを無人にする訳にはいきませんので」
「……分かった。ここでお留守番してるね……」
リチは笑ってそう言ったが、その指は人形の腕をぎゅっと握っていた。
「あ……ありがとうございます。すぐ戻ってきますから……」
2人で図書室を後にして、音楽室へと向かう。
扉を開けて中に入ると、薄暗い部屋の中に数多くの楽器が並んでいる。
ただ、もう誰も触っていないはずなのに、それらは妙に綺麗だった。ツカイマや看守が手入れでもしているのだろうか。
「こんなところに材料になりそうなもの、ありますかね?」
「ど、どうでしょう……? 音楽室に楽器以外に……何があるのでしょう……?」
手分けして室内をくまなく探索する。
棚や引き出しを開けてみるが、五線譜や調律に使うと思われる機器などしか見つからない。
「これは……何に使う布でしょうか……?」
そんな中、少量ではあるがユリが布の束を見つけたようだ。
「楽器の手入れをするため……ですかね? 自信はありませんが」
よく見れば、束の中に見覚えのある布が見えた。ユウノが被っていた布によく似ている。
本人が使っていた布とは違うと思うが、ユウノのことを思い出し、少し沈んだ気分になってしまう。
「とりあえず、この布を持っていきましょうか。……比較的キレイですが念のため、一度水洗いなどをしておきましょうか」
「そうですね……。次は……応接室にも行きましょう」
以降、各部屋を回り材料になりそうなものを探していたが、結果としては2人で軽く運べる程度の量のものしか見つからなかった。
探索中のおまけとして、娯楽室のクローゼットから綺麗な服が見つかったのには驚いた。
以前にリチがスミレに裁縫を教えているという話を聞いていたため、これがそうなのかと納得する。そこにあった布には手を付けずに扉を閉じた。
探索に思っていたよりも時間がかかってしまい、急いで図書室へと戻る。
「リチさん、ただいま戻りました」
「その……あまり大きな成果はありませんでした……」
布などを抱え、リチの座っているところへ向かう。
作業がどこまで進んだのか確認しようと手元を覗き込もうとするが、どこかリチの様子がおかしい。
リチはお手製の人形を抱いたまま、ぼそぼそと小さな声で何かを話していた。内容は聞き取れないが、異常事態であることは明らかだ。
「リチさん!? どうしたんですか!」
私の声にビクッと身体を震わせ、こちらをゆっくり見る。
私の姿を確認した途端に立ち上がり、こちらに抱きついてきた。
顔は見えなかったが、グスグスと声を漏らし、泣いている様子だった。
「あ、良かった……帰ってきてくれて良かった~……」
その言葉を聞き、周辺を見回す。
今までは必ずユリが一緒に居たから気付かなかったが、この静かな広い部屋にひとりぼっちで長時間待たされていたことを想像したら、こうなるのも頷ける。
見ると、リチの人形はシワが残ってしまうほどに抱きしめられていた。腕の中で少しだけ苦しそうにしている。胸がキュッと締め付けられる感覚が襲う。
「リチさん……ごめんなさい。ひとりで寂しかったですよね」
抱きつくリチの頭を撫でながら、泣き止むのを待つ。
それにしても、今のリチの様子はただ『寂しかった』というだけでは説明が付かない。
抱きついてくる力も、泣き声も弱まる気配が無い。
しかし、解決策などが見つかるはずもなく、ただリチの気を静めるためにされるがままになるしかなかった。
数分後、リチはようやく落ち着いたのか、抱きついていた手を離し椅子に腰かける。
顔は涙で少し乱れていたが、笑顔が戻ってきていた。
***
[スミレview]
昼食も食べ終わり、午後からは一時的に止まっていた洋服の制作の続きをすることにした。
例の図書室で見つけた服の本を持って娯楽室へと向かい、クローゼットを開ける。
中には、以前作った洋服がハンガーにかかっている。完璧とは言いにくいが、初めて作った服なので思い入れも強い。
ふと見ると、見たことも無い新しい布がそれなりの量補充されている。
(あれ? こんな布あったっけ?)
「おう、何やら頑張ってるみたいだからな。特別に布類を持ってきてやったぞ」
不意に声をかけられ、思わず振り返る。
「ツカイマ!?」
そこには相変わらずのニヤケ面で浮いているツカイマがいた。
全く想像すらしていなかった方向からの支援に、驚きを通り越して怪しさすら感じる。
警戒しているこちらの様子を感じ取ったのか、ツカイマがヤレヤレといった様子で話し始めた。
「勘違いすんなよ? 図書室に居る……飾り付け班だっけか? あいつらが材料が欲しいって言うもんだから持ってきてやったんだ。そこの布はついでだよ、ついで」
(ユリさんたちがツカイマにお願いしたってこと? 思い切ったことをするもんだな……)
3人の勇気に関心しつつ、思わぬところから降ってきた幸運に感謝する。だが、飾り付け班に頼まれたついで、というには量が多すぎる。
まるで、私たち全員に何かを作らせようとしているみたいだった。
「ツカイマ……さん、ありがとうございます。これでいろいろと作れるっす」
「まあ、それでせいぜい良いもの作れよな」
「えっ? ツカイマさんの着る服を作れってことっすか!?」
「どうしてそうなんだ。いや、作ってくれても良いがな」
口を開けてポカーンとしていると、ツカイマは何も言わずその場で消えてしまった。
(ツカイマの服……そういうのもあるのか。……いやいや、どうやって作るんだよ!)
心の中でツッコミを入れる。おそらく向こうは冗談で言っているのだろうけど、いずれは挑戦してみるのも良いかもしれない。
ツカイマが持ってきてくれた布をテーブルの上に広げ、内容を確認する。
様々な色の布がある中、明らかに手触りがスベスベで高級感あふれる物や、半透明の物まである。
初心者が扱うにはあまりにも上質過ぎて、逆にどう扱ったら良いのかわからない。
(こういう時のために図書室で服の本を借りてたんだった。これを見れば使い方が分かるかも)
本のページをいくつか捲ると、それらしい生地を使った可愛らしい服たちが見えた。
それらを眺めながら、次に作る服を考え始める。
1着目がシンプルなワンピースだったから、次は動きやすそうな服にしようか。
あるいはワンピースをもっとグレードアップさせようか。
さっきの上質な布を使えば、豪華なドレスのようなものも作れるかもしれない。
目に留まったものを片っ端からメモし、その中からいくつかに絞ってチェックを入れる。
そこから型紙を作り、布を裁断して一手一手丁寧に縫い付けていく。
時間の流れも忘れ、ひたすら集中して作業を進めていく。
記憶には無いが、もしかしたら私には服飾に関するすごい才能があったのかもしれない。
(……なんて、ちょっと調子に乗りすぎたかな。でも、この才能に気付かせてくれたリチさんには感謝しなくちゃ)
集中して作業をする中、不意に娯楽室の扉が開いた。
「八重沢スミレ。ここに居たのか」
扉の開いた方を見ると、レイがそこに立っていた。
「あれ? レイさん、どうしたんすか?」
「……もうすぐ監房が閉まる時間だ」
その言葉にハッとして時計を見ると、確かにもうそんな時間だった。
懲罰房に入れられてはまずいと思い片付けに入るが、ここで止めてしまってはあまりにも中途半端になってしまう。
(そうだ! 監房で作業すれば良いんだ!)
以前から考えていたことだが、少し間が空いたことで完全に頭から抜けていた。
基本的に、決められた時間に監房に居ればとやかく言われることは今まで無かった。
中で黙々と作業する分には何も咎められることも無いだろう。
「そうと決まれば……。よいしょっと」
布の束や裁縫道具を抱えて歩こうとするが、いかんせん量が多すぎた。いくつかは抱えきれずにポロポロと落ちてしまう。
慌てて拾おうとすると、レイはそれを拾い上げた。
「これらを監房に運べば良いのか?」
「え、良いんすか? ……ありがとうございます、レイさん」
両手で荷物を抱え、2人で並んで監房へと向かう。
「ところで、この布で服を作っているのか?」
「そうっす。リチさんに裁縫を教えてもらってから服を作り始めて、1着目が良い感じにできたのでその後も作ってみようかと」
「なるほど。……これがそうなのか。良い趣味ができたな」
拾ってくれた布を広げてレイがそう言う。服を褒められ、少し得意げになる。
「そうだ、今度レイさんにも服を作ってあげるっすよ」
「……いや、私は遠慮しておこう……。あまりその……私にはそういうヒラヒラした服は似合わないと思うんだ」
「えぇ? そんなこと無いと思うんすけどね……」
そんな会話をしていると監房の前に着いた。
監房内のベッドに抱えていた荷物を降ろし、レイにお礼を言って別れる。
「さて、作業の続き、やっちゃいますかね!」
軽く気合を入れ、机に向かった。
***
監房に居る時間。そして、夕飯ができるまでの時間。大体4時間くらいだろうか。
時間も忘れて作業に没頭した結果、新たに1着の服を作ることができた。
とはいえ、よく見たら糸の並びがずれていたり、縫い付けが甘かったりするところはあるのだが。
新しく完成した服を保管するため、娯楽室へと向かう。
向かう途中は誰とも会わなかった。おそらくもう全員が食堂へと集まっているのだろう。
私も急ぎ足で娯楽室のクローゼットを開け、そこに服をしまった。
***
夕飯もそろそろ終わるかという頃、ペティが厨房から出てきて全員に聞こえるように声を出した。
「明日の話になっちまうんだが、夕飯の後にケーキの試食会やるからな。みんな楽しみにしとけよ!」
そこかしこで歓声が上がる。ケーキと聞いて喜ばない人はいない。あのルナでさえ口角が少し上がっているように見える。
「それはまた……突然っすね?」
思わず疑問を口にすると、ペティに聞こえたのか、ニヤリと笑って指を立てた。
「いやな、突然ツカイマが食材をいろいろと補充してくれてな、『オマエはメシ作るのガンバレよな』なんて言うもんだから」
「え、ペティさんのところにもツカイマが!?」
「ん? てことは他にもツカイマが何かしてくれたのか?」
「私のところには服を作る用の布を補充してくれたっす」
驚くペティの横から、おずおずとユリが手を上げた。
「あ……あの、私たちには……飾り用の材料を……」
最近のツカイマの動向は嬉しい反面、不気味なところもあるのが事実だ。
後からとんでもない要求をされるのではないか、と心配になってしまう。
「どういう風の吹き回しか知らんが、せっかくだから受け取っておこうぜ。……そんなワケでパーティ当日の料理も、予定していたものよりグレードが上がるのも間違いなしだ」
(ツカイマは何を考えてるんだろう……でもまあ、ペティさんの言う通りかも)
深く考えていたって仕方ない。とりあえずはツカイマの厚意を素直に受け取っておこう。
***
夕食後、食堂でくつろぎながら考え事をする。
服を作り始めたは良いが、やはり手縫いだと1着あたりの時間がかかりすぎてしまう。
(自動で布を切ったり、縫ったりするような道具があればかなり時間を短縮できるんだけどな……)
そんなことを考えていると、ふいに声をかけられた。
「スミレさん、何か考え事?」
顔に出てしまっていたのだろうか、シルベが心配そうな表情で目の前に座り話しかけてきた。
「シルベさん……そうっすね、悩みというかなんというか……」
「悩みなら話を聞くよ? 吐き出すことで楽になるかもしれないし」
悩み、と聞いて深刻な何かを想像してしまったのだろう。いつになく真剣な表情でシルベが私の顔を覗き込む。
「あ、いや、そんな真面目な話じゃないんです。服を作るのにもっと便利なもの無いかな、と考えていたところっす」
「便利……例えば、縫う時間を短縮したいとか? だとすると、手元を補助する道具か、縫う工程そのものを機械化する道具……ミシンとかかな?」
(ミシン……布を縫うための機械だっけ?)
使い方はイマイチ覚えていないが、そんな物だったはずだ。
確かにミシンを使えば、縫う時間を大幅に短縮できるかもしれない。
「でも、そんな便利なもの、ここにあるんすかね?」
「いや、残念ながら見たことは無いかな……」
無い物をどうするかなんて、考えるだけ時間の無駄なのは分かっている。
しかし、思わずそのことを考えてしまい、ため息をつく。
その時、背後から声が聞こえてきた。
「なんだ、ミシンが欲しいのか?」
「その声は、ツカイマ!」
後ろを振り返ると、ツカイマがニヤけた表情でこちらを見ていた。
「ミシンがあるんすか? あればすごい便利なんすけど」
「おお、あるぜ。もっとも、オマエラに使いこなせるかどうかは知らんがな。娯楽室にでも運んでおけば良いか?」
話がトントン拍子で進み過ぎて、さすがにこれは警戒せざるを得ない。
「ツカイマ……さん、最近どうしたんすか? 親切すぎて怖いっすよ」
「良いじゃねえか、オマエらがガンバってんだ。少しぐらい応援する気持ちになってもおかしくねえだろ?」
「いや、それが怖いんですってば」
「ひでえな。人の親切は素直に受け取っておくもんだぜ」
「人じゃなくて猫っすよね」
そんな漫才みたいな会話を繰り広げている横で、シルベが目を白黒させている。この突然の展開についてこられないのも仕方ない。
「えっと……これはどういう……?」
「後で説明するっす」
「あ、うん……」
いつの間にかツカイマの姿は消えていた。本人の言うことが本気ならば、娯楽室にミシンが用意されるということだが『使いこなせるかどうかは知らん』というのはどういうことか。
ともあれ、シルベには最近のツカイマの妙な親切心のことを説明し、シルベと2人で首を傾げたところでその場は解散となった。
***
「……本当にある」
娯楽室へ入ると、そこには確かにミシンらしきものがあった。
しかし、想像していたものとは少し違う。もう少し工業製品のようなものを想像していたのだが、少々アンティークな雰囲気の機械だった。牢屋敷の雰囲気に合ってはいる。
近くで見ると歯車のようなものや針が見える。そして下の方にはペダルのようなものがついている。
(それで、えーっと……どうやって使うんだろう?)
どうやら、使い方までは覚えていないらしい。もしかすると使ったことが無いのかもしれないが。
何かきっかけがあれば使えそうな気もするのだが、何からやれば良いのかが分からない。
しかし、これの使い方を調べようにもまた図書室の大量の本の中から探し出さないといけないのかと思うと、それも現実的じゃない。
となれば、使い方を知っている人に聞くのが最適解と思われる。
(そうだ! リチさんなら知っているかもしれない!)
さっそく、図書室へと向かった。
***
図書室では飾り付け班の3人が作業をしていた。
机の上を見ると、様々な飾りが既にいくつか完成していた。
ツカイマに材料をねだったというのは本当らしい。
「作業中にごめんなさい。リチさん、ミシンの使い方って分かるっすか?」
「ミシン? ミシンってあのミシン? もちろん分かるけど……」
「良かった! その、使い方を教えて欲しいんです。すみません、リチさん借りてくっす」
ユリとテミに断りを入れ、突然のことで困惑してるであろうリチの手を引っ張り、娯楽室へと向かう。
***
「これは……もしかして足踏みミシン!?」
「……なんすか? 足踏み?」
リチの反応から察するに、ただのミシンではないらしい。
「うんうん、ペダルを漕いで縫う珍しいタイプだよ……!」
リチが少し興奮気味にまくしたてる。私には分からなかったがすごいお宝らしい。
「こ、これが……足踏みミシン……。実物を見たのは初めて……です」
「私も写真でしか見たことが無かったです。こんな見た目をしているんですね」
後から来たユリとテミも、珍しい物を見るように眺めている。やはり一般的なミシンとは違うようだ。
「で、使い方だったよね? 説明するね……」
そう言いながらリチは目の前に座り、小さな収納からいくつかの糸を取り出した。
私は慌ててポケットからメモを取り出し、急いで書き込んでいく。
「ここに糸を通して……ペダルを踏んでこれを回して……」
構造はかなり複雑そうではあったが、ひとつひとつ丁寧に教えてくれた。
しばらくしてようやく準備ができたようで、2枚の布を重ねて実際に縫って見せてくれた。
「ね? これなら手でやるよりも圧倒的に早いし、頑丈にできるよ〜」
「すごいっす……。これなら服を作るスピードが一気に上がるっすね!」
リチと顔を見合わせ、お互いに笑顔になる。やはり、裁縫に関してはリチに聞くに限る。
「慣れるまでペダルの踏み方が難しいと思うから、頑張ってね~」
「リチさん、ありがとうございます!」
「あ、そうそう。今度私にも使わせてね。飾りにも使えそうだし……」
「分かりました。さすがに図書室までこれを運ぶのは難しいので、ここですることになっちゃいますけど」
その言葉を聞いたリチは笑顔で頷いた後、手を振って3人で退出していった。
***
3人を見送り、さっそくミシンを使ってみる。
メモを見ながら糸を通し、布を当ててペダルを漕ぐ。
「くっ……これは……確かに難しい……」
リチは軽々と操作していたが、自分で動かすとなかなか思うように進んでくれない。
「これがツカイマの言っていた『使いこなせるかは知らん』ってことか……」
軽くぼやきながらも苦戦すること15分ほど。
ようやくある程度はスムーズに動かせるようになってきた。
そうなると、縫う作業が面白いほど楽しくなってくる。
「すごい! すっごい早い!」
何か脳内物質が分泌されているのか、ひたすら集中して服作りに没頭する。
「なんだよ、結構使いこなしてるじゃねえか」
背後から何かそんな声が聞こえてきたような気がしたが、そんなものに構っている暇はない。
目の前の作業よりも重要で楽しいことなどありはしないのだ。
「……聞こえちゃいねえや。まあ、時間までには切り上げて戻れよ」
もう自分の耳に聞こえているのは、ミシンのカタカタする音だけ。
ひたすら集中して作業を続けた。
***
[レイview]
夜9時になる少し前くらいだろうか、突然ペティに呼び出された。
『1人で厨房に来て欲しい』とのことなのだが、何かあったのだろうか。
呼び出されるような心当たりは無いものの、ともかく厨房へと向かう。
「ペティ、居るか?」
食堂を通り抜け、厨房の扉をそっと開ける。
中ではペティが椅子に腰かけ、目を閉じてじっとしていた。
「ペティ?」
私の問いかけにペティが反応し、こちらを見てニコッと笑う。
「おっ、来てくれたな」
「……それで、用件は?」
そう問いかけるが、ペティは何も言わず冷蔵庫の方へと歩き出す。
そして冷蔵庫から小さな何かを取り出した。
「これは……?」
ペティのもとに歩み寄り、手に持つ何かを確認する。
見たところ、どうやら小さなケーキのようだ。
「レイ、そこに座ってちょっと待っててくれ」
「……ああ」
おそらく、そのケーキを振る舞おうということだろう。
ならば、大人しく待つのが得策だと思い椅子に腰かける。
待つこと数分、先程のケーキと一緒に紅茶のセットも運ばれてきた。
「まさか、これは?」
「昨日のお礼、ってワケじゃねえが……まあレイに食べてもらいたくてな、特別製だ。見た目も結構可愛くできてるだろう?」
確かに、ケーキというと苺などが乗った物を思い浮かべるが、これは砂糖で作ったであろう人形のようなものが乗っていて可愛らしい印象を受ける。
ペティが魔法を持っているからと言っても、このケーキがいつも以上に手間がかかっていることは想像に難くない。
ペティが『特別製』と言ったのもそういうことなのだろう。
そしてこの紅茶だ。この流れから、間違いなくペティが淹れてくれたものだろう。
「レイが淹れてくれたものには敵わないが、アタシが淹れたのも捨てたもんじゃねえぞ」
そう言われて気付いたが、この屋敷で誰かに紅茶を淹れてもらったことは一度も無かった。
本来、自分が得意としていて他の誰にもやらせなかったことを、誰かがしてくれる。
このようなことが自分の思っていた以上に嬉しいとは今まで気づかなかった。
私がペティにクッキーを持っていった時も、彼女はこんな気持ちだったのだろう。
「これは、食べても良いのだろうか?」
「当たり前だ」
ペティが少し笑いながら答える。我ながら少々頭の悪い質問をしてしまった。
「それでは、いただきます……とその前に」
ふと思い当たることがあり、私はスマホを取り出す。
このような料理は食べる前に写真を撮り、思い出として残すものだと誰かが言っていたような気がする。
今がその時なのだろう、と思い写真を1枚だけ撮る。
何枚も撮っているとせっかくの紅茶が冷めてしまう。
「改めて、いただきます」
手を合わせ、フォークを手に取り、ケーキを口に運ぶ。
中身は定番の苺を始め、果物の酸味が口の中に広がる。
クリームの甘さも控えめになっており、今の時間に食べる分としてはちょうど良い。
ケーキもさることながら、紅茶との相性も良い。ふわりと香りが鼻を抜けていく。
私がケーキを食べる様子をペティは何も言わずただ眺めていた。
以前からそうだったが、食堂での食事中もペティは同じようにただ眺めているだけだった。
『食べている人の笑顔を見るのが好きだ』というのは本人が言っていたことだ。今の私も笑顔になっているのだろうか。
「……ごちそうさまでした」
「お粗末様でした。どうだった? と聞くのは野暮だな。その顔見りゃ言わなくても分かるわな」
ペティのその言葉を聞いて思わず口を覆う。
改めて指摘されると恥ずかしいことこの上ない。
「……今更になってしまうが、何故このケーキを?」
話の流れから、昨日のクッキーのお礼の意味も含まれていそうだが、本当にそれだけだろうか。
「言ったろ? レイに食べて欲しかった。それだけだよ」
そっけない返答に、おそらくこれ以上の答えは望めないであろうと察する。
「……私も多くを言う必要は無いな。ありがとう」
「おう」
私はその場で立ち上がり、就寝前の見回りへと向かおうとする。
いつもならここで片付けのことだったり、この後のことだったりを話すのだろう。
だが、今はその話をする必要が無いことをお互い分かっている。
お互いの役目を理解しているからこそ、だろう。
「それでは、私は見回りしてから監房に戻る」
「ああ、アタシも片付けしてから戻るよ」
腹ごなしも兼ねて、屋敷内の見回りをする。ほぼ毎日の習慣となっているが、今のところは大きな問題が見つかったことは無い。
おそらく今は誰も立ち入っていないであろう音楽室や、2階のホール周辺も欠かさず見回るが、やはり大きな問題は起こっていない。
見回りの途中で、娯楽室にも当然寄ることになるのだが、中ではスミレが服作りに集中しているようで、私が部屋に入っても全く気付いて無い様子だった。
だが、あの分では下手をすれば消灯の時間に気付かずにいる可能性もある。
(邪魔するようで少々心苦しいが、懲罰房に入れられるよりは良いだろう)
「……八重沢スミレ、そろそろ戻らないと消灯の時間になるぞ」
反応が無い。やはり多少強引な方法を取らないと駄目なようだ。
「八重沢スミレ! 作業を切り上げて戻るんだ!」
スミレの手が止まるタイミングを見極め、体を揺すってこちらに気付かせる。
「ひゃぅあ! レイさん!? どうしたんすか!?」
「やはり気付いていなかったか。もうすぐ消灯の時間だ」
「えっ? あっ! ホントだ……ごめんなさい。すぐ戻るっす」
急いでいたのか、片付けもほどほどに済ませ小走りで監房へと戻っていった。
片付けが中途半端なのを注意したかったが、時間が無いのは仕方ない。
明日以降は余裕をもって片付けができるよう進言しておこう。
見回りもこれで全部、ということで私も監房に戻り休むことにした。