「今日の昼飯は料理班が作る、ってことで良いのか?」
「はい、そろそろ本番に向けて色々作ってみようっていう話になったんすよ」
朝食ができるのを待っている間に、料理班で相談した結果をペティに報告する。
「なるほど、そういうことなら全員にそれを伝えないとな」
「そうっすね。昼食の時間がいつもより遅くなりますから」
今回作る料理はまだ決めていないが、どんなに早くしても1時間はかかるだろうというのが料理班の見解だ。
「昼食の時間が遅くなるのを心配してるんなら、午前中にある程度準備しちまうのがいいんじゃねえか?」
そう言われて思い出した。ここの冷蔵庫には魔法がかけられており、中に入っている物は腐ったりしない、ということを。
冷蔵庫の中では時間が止まっている、ということなのだろうか。
「……もしかして、完成品を中に入れておいたら、取り出して温めればすぐ食べられる……?」
「そこに気付くとは、やるなスミレ」
「えっ? えへへ……」
突然褒められて、思わず照れ笑いが出てしまう。
「スミレの言う通り、温めて食べられるものなら午前中に作っちまうのがいいぞ。ただまぁ、腐らねえだけで、出来立ての味がそのまま残るワケじゃねえ。揚げ物は油が回るし、煮物は味が入りすぎる。作り置きできる料理とできない料理があることは覚えておいてくれ」
「分かったっす! 料理班にその話してくるっす」
早速皆のところへ戻り、情報を共有する。
「それならばこの後、朝食後から監房に戻るまでは調理に時間を割けるということだな」
「そうですね。片付けが終わったら早速準備しましょう」
レイとアヤフミがそのような会話をする横で、ウメが相変わらず難しそうな顔をしている。
やはりアヤフミのことだろう。アヤフミに作業をさせたら、まあまあ惨事になることは私も理解している。
「あの……ウメさん、いざとなったら私も手伝いますから……」
ウメに近付き、そっと耳打ちをする。
ウメは少し驚いた様子だったが、こちらを見て頷き返した。
ここ最近の料理を通して、ウメとは少なからず絆が芽生えているような気がする。
ここに来たばかりの頃は、そっけない態度で近寄りづらい印象を持っていたが、何が原因で交流を深められることになるか分からないものだ。
***
朝食の片付けも終わり、いよいよパーティ料理の練習と昼食を兼ねて皆での作業に入る。
服作りもしたかったのだが、さすがに優先順位を間違えるようなことはしない。娯楽室が昨日のまま散らかってるのを思うと、少々心が痛むが仕方ないと思うしかない。
「スミレさん、ちょっといいかな?」
後ろから話しかけられ、振り向くとそこにはシルベがいた。
「シルベさん、どうしたんすか?」
「うん、アヤフミさんのことなんだけど……」
話し声の小ささから察するに、やはりアヤフミの作る料理の話なのだろう。
言い方は悪いが、シルベはアヤフミの料理の被害者だ。慎重になるのも仕方のないことだと思う。
「気付いたんだけど、アヤフミさんって味付けがその……アレなんだよね? てことは、それよりも手前の作業をやってもらえばいいんじゃないかな。材料を切ったりする辺りとか」
「……そう言えば食材を切るのは丁寧で綺麗でしたし、良いかもしれないっすね。分かったっす。ウメさんやレイさんにもそれとなく伝えてみるっす」
そうは言ったものの、アヤフミを除け者にしているような気がしてならない。
(まさかここに来て人間関係に悩む日が来るとは……。誰に相談すればいいんだろう……?)
料理のことならペティに相談するのが一番だろう。だが、人間関係のこととなると全く以て見当がつかない。
悩んだところで解決策が思いつくはずもなく、一旦先送りにしてひとまずは料理の準備に取り掛かることにした。
「……という訳で今日は役割分担をして、手分けして作業をしようと思う」
レイにアヤフミのことを伝えた結果、あくまでレイの提案という体で役割分担することになった。
全員で厨房には入れないし、分担することで自分の作業に集中できるだろうというのがレイの考えらしい。
そういう訳で誰がどこを担当するかを相談した結果、材料を切ったりなどの下ごしらえをレイとアヤフミ。
材料の調理などをウメとスミレ。
盛り付けなどはシルベをメインとして他全員、ということになった。
当のアヤフミはというと、俄然やる気に満ち溢れている様子だった。あまり会話を聞けていなかったが、レイは彼女に何を吹き込んだのだろう。
彼女が私たちの思惑に気付いているのか気付いていないのか、なんとなくモヤモヤしてしまう。
「それでは、私とレイさんで行ってきますね」
「少しの間、待っていてくれ」
レイとアヤフミが厨房へと入っていく。2人が材料の下ごしらえをしている間、残った人たちで今日作る料理の予習をしておく。
3人でレシピノートを覗き込み、必要ならばメモを取っていく。
「ペティさんって、これ全部頭の中に入っているんすかね」
「だろうね。でなきゃこんなびっしりノートにできないよ」
そんな話をしつつ待っていると、やがてアヤフミとレイの2人が厨房の奥から出てきた。
「お待たせしました。きっちり仕事をしてきましたよ」
アヤフミがピースサインをしながらこちらへ向かって来る。あの様子を見る限り、問題なくできたようだ。
その隣でレイが汗を拭っていたが、中での様子にはあまり触れないことにした。
「……では、我々は一旦休憩としようか」
「それじゃ次は、私とウメさんで行ってくるっす」
厨房に入ると目の前にはいくつものボウルに入った大量の食材たち。
それもそうだ。全員分の食事となればそれだけ使われる食材の量も多くなる。
「毎度毎度思うんすけど、ペティさんってやっぱ凄いっすね……これを毎日やってるなんて……」
「お試し料理でこれだからね。本番はこれの倍……いや、もっと必要かも」
「うへぇ……」
圧倒的な物量の前に思わず身を引いてしまうが、止まっていても仕方ない。
ひとつひとつ順番に作業を進めていく。
大きめのフライパンを振り、最後の仕上げを残した状態でボウルに移し替えて冷蔵庫へと入れていく。
大変な作業をウメに任せてしまったことだけが悔やまれるが、最終的には順調に全て終わらせることができた。
ペティの魔法があれば、こんな工程も全部楽になるのだろうか。
「やっと……終わった……っす」
「お疲れ様。これはさすがに疲れた……」
へとへとになりながらも皆の待つ食堂へと戻る。
アヤフミたち3人もこちらに気付いたようで、口々にねぎらいの言葉を投げかけてくれた。
「おかえりなさい。……2人とも大丈夫?」
心配そうに話しかけてくるアヤフミに、こちらも手をあげ、笑顔で応答する。
「ただいまっす。あとは仕上げと盛り付けをすれば完了っす」
「あれ? もしかして僕の出番はまだ先?」
シルベが拍子抜けしたような変な声をあげる。
言われてみればそうだ。盛り付けは食べる直前にするのが当たり前なのだから。
「まあそうだな。シルベ、キミの担当は昼食までお預けだ」
「シルベさん、ドンマイっす」
「いやドンマイの意味が分からないって」
思わず軽い笑みをこぼし、シルベがツッコミを入れてくる。
「なら、お皿の準備とかできることは今のうちにやっちゃおう。さすがにこのまま何もしないでお昼まで過ごすのは気分的な問題で納得いかないよ」
そう言いながらシルベが厨房へと入っていく。やがて、食器のカチャカチャという音がこちらにも聞こえてきた。
「さて
レイが全員を見回し、意見を募る。
が、特には無いのか誰も発言をする者はいない。
「……無さそうなら一旦解散しようか」
「了解っす。私はシルベさんが戻ってくるまではここで待ってるっす」
「あ、私も……」
アヤフミが小さく手を挙げる。隣でウメが目を閉じながら頷いた。
それを見たレイは静かに頷き、食堂を後にした。
残った3人で軽く雑談をしていると、やがてシルベが戻ってきた。
「人数分のお皿やコップの準備が終わったよ。……それにしても、人数分の食事を1カ所にまとめるとあんな量になるんだね。いや、冷蔵庫を覗いてみたんだけどさ」
「そうっすよね。人によっては作ってるだけでお腹いっぱいになりそう……」
「揚げ物……フライとか天ぷらを大量に揚げていると、油の匂いとかが原因で食欲失くしちゃうって話も聞きますね。ちなみに、そういう現象のことを油酔いって言うんですよ」
思わず「へぇ~」と声が出てしまった。料理好きを自称するだけあって、アヤフミは料理に関する知識が豊富らしい。
そのような話をしていると、唐突にあることを思い出した。
「あっ! 片付けしてない!」
「ん? ……片付けなら私と八重沢さんでやったでしょ」
「いや、そっちじゃなくて。昨日娯楽室で服を作ってたんすけど、散らかしてそのままにしてたの忘れてたっす!」
片付けができてないから懲罰房行き。そこまで厳しい対応がされるとは考えにくいが、なにせあのツカイマだ。気まぐれでどんなことを言われるか分かったもんじゃない。
「ごめんなさい! ちょっと行って来るっす」
「行ってらっしゃい。迷子にならないでね」
「さすがに迷子にはならないでしょ……」
背後でシルベの笑い声とウメの呆れた声が聞こえてくるのを尻目に、慌てて食堂を飛び出して娯楽室へと急ぎ足で向かった。
***
「結構作ったな……」
片付けもそこそこに終わらせ、クローゼットに詰めた様々な服を見ながら呟く。図書室であの本を見つけ、ミシンを手に入れてからさらに楽しくなり、いろいろ作ってしまった。
監房で作業をしていた分も含め、娯楽室のクローゼットに一旦全部しまった。
最初に作った白い簡素なワンピース、袖がひらひらしているベージュのブラウス、レース付きの黒いケープ。
そして、ついこの間作った紺色のドレス。その他複数。可愛い系だけではなく、カッコイイ系の服も作った。
我ながらこの短時間でよくこんなに作ったものだと思う。
(もしかして、私って自覚が無いだけで『服作りの魔法』とか持ってたりするのかな? ペティさんみたいにクリエイト系の魔法もある訳だし)
誰かに着てくれなんて頼めないが、着て欲しいという気持ちが捨てきれず、なんとなくサイズは大きめに作ってしまっている。大体の少女が私より身長が高いため、大きめに作っておけば良いはずだ。
服をひとつひとつハンガーにかけて、クローゼットに押し込んでいると、背後から声をかけられた。
「……片付けはもう終わったのか? 八重沢スミレ」
「あ、レイさん」
振り返ると、そこにはレイが立っていた。クローゼットの中身を見て一瞬だけ目が見開かれる。
「……この大量の服はどうしたんだ?」
「あ、いや、その……材料をツカイマに貰って……ミシンを手に入れて……。気付いたらこんなにいっぱい作っちゃいました。監房にも置いていたんすけど、置くところ無くなっちゃったんで、ここ空いてるならしまっても良いかなって思ったんですけど」
「なるほど」
レイは短く頷いた。
「このクローゼットは殆ど使われていないようだから、恐らく問題は無いだろう」
「良かったっす」
それだけ言うと、レイは特に興味無さそうに視線を逸らし、娯楽室の外へ行ってしまった。
(興味……無いのかな。レイさんが着たらきっと似合うと思うんだけどな……)
昨日も『私には似合わない』と本人が言っていたのを思い出し、少しだけ残念な気分になりつつ、私は最後の1着を押し込んでクローゼットを閉めた。
***
昼食の時間になり、いよいよ私たちの成果を披露する時が来た。
「はい! 今日の昼食は僕たち料理班の努力の結晶だ!」
「シルベさん、それ言い過ぎっす」
食堂内でひと笑いが起こった後、全員揃って食べようとしたが、どういう訳か1人足りない。
「あれ? ペティさんはどうしたんすか?」
「ああ、少々気分が優れないらしく監房で休んでいる。料理は後で食べさせてもらうから冷蔵庫に入れておいて欲しい、とのことだ」
「ありゃ、それは残念っす……ペティさんの評価が欲しかったところもあったんすけどね……」
「それについても伝言を預かっている。『アタシだけじゃなくてみんながどう思うかの方が重要だろう。アタシ1人の意見が重要視されちまうと、1人の為の料理になっちまうからな』とのことだ」
的確にこちらの思っていたことを見透かされ、思わず唸ってしまう。
「なんというか……勝てないっすね」
「全くだ。一体どんな生活をしていればこのような考えに至れるのか。その裏の苦労は計り知れないな」
ひとまず、言われた通りペティの食べる分を冷蔵庫に保管し、改めて席に着く。
「それではいただきます」
スプーンを使って料理を口に運ぶ。
(うん。ちゃんとできてる。……ペティさんのと比べると……って、今はそれは言っちゃいけない言葉っすね)
周りからも口々に「おいしい!」などの声が聞こえ、ほっと安心する。
そんな中、ルナが手をあげる。
「ちょっと良いですか?」
途端に緊張感が高まる。クッキーの件でのゴタゴタを思い出し、思わず渋い顔をしてしまう。
「……何、また何か文句でもあるの?」
「ちょっとウメさん……」
ウメがルナを睨みつけるが、アヤフミにすぐ止められて引き下がる。
「……単純に量が多すぎます。食べきれないか、食べきったらしばらく動けないでしょうね」
「うっ、やっぱりそう思うよね……」
ルナの指摘を受け、シルベが知ってたと言わんばかりの声を出す。
「盛り付けながら思ってたんだよ。できる限り全員同じ量になるようにして、できあがったら1人分でコレか……って」
「私やシルベなら問題なく食べ切れる量だが、茅島リチや清條ユリからしたら多すぎるだろうな」
「うーん、そうかも……」
「そうですね……あ、でも味はおいしいので……。残っちゃった分は夕飯に回そうかと……捨てるのは嫌ですし」
終わってみれば、きっちり食べきった人、食べきったけど苦しそうにしている人、残してしまった人がいた。
私はと言うと、残して後から食べるという発想が思いつかず、無理して食べてしまい少し後悔している。
「ごめんなさい……たぶん私のせいです」
声のする方を振り向くと、アヤフミがまた小さくなっている。
「張り切りすぎちゃったみたいで……材料を多く切りすぎました……」
「いや、これに関しては私にも責がある」
「え? どういうことっすか?」
アヤフミが張り切りすぎたのなら、レイはそれを止める側にいそうな気もするのだが、違う理由があるようだ。
「……私も料理の楽しさのようなものを感じていたらしい。少し張り切ってしまったようだ」
「えぇぇぇ!!!」
予想外の答えに大きな声を出してしまう。
「そんなに驚くことも無いだろう……」
「あ、えっと……すんません」
当のレイは恥ずかしさもあるのか、少し顔を背けてしまっている。
よく見れば耳が赤くなっているようにも見える。
(レイさんも意外とお茶目なところ、あったんすね……)
「ともかく、全員にちょうどいい量っすか……これも課題っすね」
***
昼食後、空いた時間で再び服作りに勤しむかと思っていたところ、シルベの声が聞こえてきた。
「ユリさん、今ちょっと良いかな?」
「ひゃい!」
突然話しかけられて驚いたのだろう。ユリの声が完全に裏返ってしまっていた。
「な、なんでしょうか……?」
「……ごめん、突然でびっくりさせちゃったね。飾り付け班がどんな感じで進んでいるのか、とかの意見交換会をしようと思ったんだけど……」
「あ、はい……えっと……」
飾り付け班の3人とシルベ、そしてたまたま傍に居た私とで意見交換会を行うことになった。
「……まずは、飾り付け班で作っている物……と、これから作る予定の物……」
「ふむふむ」
紙で作ったカラフルな鎖や、ツカイマからもらった布で誕生日プレゼントを用意していることなど、様々なものが進んでいることを教えてもらった。
また、こちら側からもこんなものを作ってみたらどうかなどの提案を持ちかける。
飾り付け班から料理班へ向けての意見も受け取った。先程の量の問題もそうだが、あまり重いものばかりなのは厳しいので、軽くつまめるものも欲しいなどの意見もあった。
「そう言えばリチさん、ミシンはいつ使うんすか?」
「あれね~、スミレちゃんが使ってるの邪魔しちゃ悪いかな~って……」
「いやいや、言ってくれればすぐどくっすよ!?」
「ほんと~? じゃあ、次使いたい時には声かけるね……」
お互いの進捗を聞くのはとても重要だということにも気付けたし、大成功に向けてまた1歩進むことができたと思う。
***
[レイview]
監房へと歩みを進めるが、何故か足取りが重い。
昼食を食べていないペティへ、お見舞いを兼ねてお粥を作って運んでいる最中だ。
はっきりと言ってしまうが『心配で仕方が無い』のである。
思えばここに来てからおよそ3週間。毎日休むことなく食事を作り続けてきたのだ。その溜まった疲れが今になって耐えられなくなったとしても不思議ではない。
それに、冷静に考えれば魔法が使えるとは言え、十数人分の料理をあの短時間で作ってしまうなんて、負担になっていない方がおかしい。
甘え過ぎていたと少し反省した。
お粥の入った鍋をひっくり返さないよう、丁寧に運んでいると背後からスミレの声がした。
「レイさん? どうしたんすかそれ」
「……これは……お粥だ。ペティは昼食がまだの筈だからな」
「レイさんの手作りっすか!?」
「……ああ、そうだが」
スミレが急に驚いたような声をあげたため、少し私も驚いてしまう。
「そんなに意外だったか?」
「いや、そうじゃなくて……レイさん優しいなと思って」
「優しくはないと思うが……」
私の場合は、優しさというよりただペティのことが心配で仕方が無いだけだ。
「あはは……でも、きっとペティさんも喜ぶっすよ」
「……そうだと良いな」
「……そうだ、私もついていって良いっすか? ちょっと様子が気になって」
「ああ、騒がなければ大丈夫だろう」
そうこう話しているうちに監房へとたどり着いた。
中に入るとペティはすでに起き上がっており、またあの分厚い本を広げていた。
「ペティ、起き上がってて大丈夫なのか?」
「ああ、心配かけちまったな。大丈夫、少し寝たら回復したよ」
「まったく……たまには丸1日休みを取ったって、文句を言う人など居ないだろうに」
「そうっすよペティさん。毎日の食事が心配なのは分かるっすけど……」
「……スミレもすまねえな。今日の昼全部任せたみたいになっちまって」
「気にしなくていいっすよ。元々ペティさんに頼りすぎていましたから」
ひとまずは安心していいだろう。
医者ではないので楽観視はできないが、現状を見る限り何も問題無いように思えた。
「お? 今日の差し入れはそれか?」
手に持っている鍋を見て、ペティが目を輝かせる。
「ああ。気分が悪いと言っていたからな、消化にも良いお粥を作ってきた」
「……さすがだな。これで後で食べると言っていた昼食の方持ってきてたら絶望するところだったぜ」
その返しに思わず顔が綻んでしまう。そんなことする訳無いじゃないかと思いながら、机に鍋を置く。
蓋を開けると湯気がモワッと立ち上がる。ここに歩いてくるまで多少時間は掛かっているものの、出来立てで熱いのは変わらない。
「……で、今日は『あーん』はしてくれねえのか?」
あまりにも突然すぎる不意打ちに吹き出しそうになる。それは後ろにいたスミレも同じだったようで、ゲホゲホと咳き込んでいる。
「ちょっ……2人でそんなことやってたんすか!? なら私はお邪魔なようなので……」
「待て! してない! ペティの悪い冗談だ!」
そそくさと監房を出ようとするスミレを呼び止める声が、思わず大きくなってしまう。
また、ペティも私たちの様子を見て大声で笑っている。
「まったく、昨日の仕返しの更に仕返しのつもりか」
ペティは相変わらず涙を流しながら笑い転げている。
「……この様子なら体調を心配する必要も無いな」
「いや悪い悪い。ここまでクリーンヒットするとは思わなかった」
涙を手で拭いながら、ペティは笑顔を崩さない。
その様子を見ていると、ここに来る途中の心配は何だったのだろうとすら思えてくる。
全てが杞憂に終わり、ようやく息を吐けた気がした。
「さて、それじゃこのお粥もありがたく頂こう……と思ったけどさすがにまだ熱いな。もうちょっと冷ましてからにするか」
「ああ、そうしてくれ」
とりあえず、やるべきことはやり終えた。ペティへの差し入れ、お見舞い。どちらも問題は無い。
「それでは、厨房を片付けてくる。お粥を作った時の分がまだ残っているからな」
「じゃあ、私もそろそろ失礼するっす」
「おう、2人ともありがとな」
スミレと揃って監房を出る。私は厨房へ、スミレは自分の監房に戻るとのことでその場で別れた。
(さて、明日は何を差し入れに作ろうか。お菓子、お米と来たから次はパンにでもしようか)
毎日の献立とは違うが、何を作ろうか考えているこの時間は思っていた以上に楽しいものだ。
何を作れば喜んでくれるだろうか。食べて美味しいと言ってくれるだろうか。
(なるほど。料理好きな人達の気持ちというのが少し分かってきた気がする)
これを機に、本格的に料理を学ぶのも良いかもしれない。パーティが無事終わった暁には、ペティに更に踏み込んだ部分を教えてもらおう。
***
[スミレview]
「予告通り、今日は夕飯後のデザートとしてケーキの試食会を開催するぞ!」
ところどころで歓声が上がる。
だが、やはり心配が勝ってしまった私は思わず声をかけた。
「ペティさん、本当に大丈夫なんすか? 今日くらい延期しても……」
「大丈夫だって。仕込みはほとんど終わってるし、今日は軽く仕上げるだけだ」
そう言われると、それ以上は強く止められなかった。大丈夫だと信じることにした。
「今日のケーキは定番のイチゴショートだぜ。イチゴはツカイマが持って来てくれた物を使うぞ。最上級ではないかもしれないが結構良い物だからその辺りも期待していいぞ」
ツカイマが持ってきたと聞いて少し騒がしくなったが、布をもらえた私や、材料を大量に貰えた飾り付け班はうんうんと頷いていた。
「それはそうと……ルナはやっぱり来てないのか……」
「ルナちゃんならご飯食べ終わってすぐ出て行っちゃったよ……」
「……そうか、仕方ねえな。ルナの分は別に取っておくから、後で好きな時に食べてくれと伝えてくれるか? 監房に戻った時でもいいや」
「は~い」
「ということで早速作ってくるから、ゆっくりしててくれ」
そう言うとペティが厨房へと入っていった。
残された私たちはそれぞれ話をしたり、パーティの準備の進捗確認だったりと時間を過ごす。
10分ほど経った頃、厨房からペティの声が聞こえてきた。
「おーい! 誰か運ぶの手伝ってくれー!」
「早っ! もうできたんすか?」
「魔法があると分かっていても、やはりこの早さは理解の範疇を超えているな……」
レイと共に驚きの声をあげ、周りにいる人たちもそれに賛同して頷いている。
正直、もう凄いを通り越して少し怖くなってしまう。これを毎日続けて、本当に平気なのだろうか。
「それでは私が行きますね。ウメさんも一緒に行こう?」
「分かった」
アヤフミとウメが連れ立って厨房へと入っていく。
残った私たちは、ケーキが運ばれてくるのを大人しく待っていた。
やがて、全員の目の前にできたてのケーキが並ぶ。
最初に聞いていた通り、上に大粒のイチゴが乗っているシンプルなショートケーキだ。
「早速、食べてみて感想聞かせてくれ。ちなみに、時間が時間だからかなり軽めに作ってある。もっと濃厚な方が良いとか、これで丁度良いとかも頼むぜ」
「それじゃ、いただきまーす!」
ペティの言い終わるのを待たないうちに、フォークですくい、一口食べてみる。
「……!!!」
まさに完璧という以外に感想が出てこない。
甘さがちょうど良く、スポンジはフワフワで舌触りも申し分ない。
スポンジの間に挟まっている、薄切りのイチゴの酸味が見事に合わさっている。
最後にてっぺんの大きなイチゴを一口で頬張る。
(ああ、なんて幸せな時間なんだろう……)
人それぞれ、幸せを感じる瞬間に違いはあれど、美味しいものを食べている時間が嫌いな人は絶対に居ないはずだ。
「ハハハ、スミレはほんと良い表情をするな」
「うっ、ちょっと恥ずかしいっす……」
皆が大絶賛しながら食べている様子を眺め、ペティは相変わらずニコニコ笑っている。
ペティにとって、その時間もまた幸せを感じる時間なのだろう。
「そう言えば……このイチゴをどのタイミングで食べるかで、その人の性格が分かる。なんて言いますよね」
「あ、それ……私も聞いたことがあります。楽しみを最初にするか……最後に取っておくか……みたいなものですよね」
唐突に投げ込まれたアヤフミとユリの会話をきっかけに、【最初派】と【最後派】で分かれて大討論会みたいになってしまった。
ちなみに私はそんなのは気にしておらず、なんとなく最後に食べてしまったが故に、いつの間にか【最後派】に入れられてしまっている。
(正直、どっちでも良いんじゃないかな。……なんて言ったら袋叩きにされそうだけど……)
みんなでワイワイやっている様子を一歩下がったところでうかがう私の側に、同じく大人しく見ていたレイが近寄ってきた。
「未だに理解できないが、そんなにイチゴを食べる順番というのが重要な事なのか……?」
「さあ……。私もそんなに重要だとは思わないっすけど、人によっては大事みたいっすよ」
「そういうものなのか……」
討論するグループと、それを眺めている私たち。
(そう言えばペティさんはどっちなんだろう?)
そう思い、ペティの方を見る。
「……ペティさん?」
少し様子がおかしい。椅子に寄りかかり、虚ろな目をしている。
何か只事じゃない予感がして、慌ててレイと一緒にペティのもとへと駆け寄る。
「ペティ? おい大丈夫か?」
レイが軽く体をゆすり、反応を確かめる。
「……! あっ……ちょっと、ボーっとしてた……」
「ペティ、やはり一度ゆっくり休むんだ。このままでは本当に取り返しのつかない事になってしまうぞ」
「そうっすよ、食事のことなら私たちで何とかしますから」
しばらくレイのことを見つめていたペティだったが、やがてゆっくりと頷く。
「……すまねえ、そうさせてもらう」
「ああ。片付けの方は我々でやっておくから、今日は早めに寝て、明日もしっかりと休息を取るんだ」
黙って頷くペティを立たせ、肩を貸してゆっくり監房へと戻っていく。
2人を見送りため息をつく。ペティのことが心配ではあるが、今はそれよりもやらなくてはいけないことがある。
「あの、皆さん、盛り上がってるところ悪いんすけど、ペティさんが体調不良でお休みすることになっちゃったっす」
「えっ? ペティちゃん大丈夫なの?」
「今レイさんが付き添いで送っているところっす」
皆それぞれに心配していることを口にする。何かの病気なのかとか、どれくらい重いのかなどを気にする人もいる。
「今日お見舞いに行った時の感じだと、おそらく疲れが溜まってたんじゃないかってことっす」
それを聞いて、何人かは少し安心したようで胸をなで下ろしていた。
「そう言えばペティさんは、毎日魔法を使っているんですよね。それが体調不良の原因になっているのでは?」
テミの指摘で、皆驚いた顔をする。
(やっぱり……そうなのかな)
言われて思い返すと、ペティは全員の中でも圧倒的に魔法の使用量が多いはずだ。
魔法を使うことで何かしら身体に負担がかかるとしたら、それが蓄積されていって今回のような事態を引き起こした、とも考えられる。
「……ペティさんに頼りすぎたんすかね」
「ペティさんが料理を担当することになって、本人の意思だからと、それに甘えていました……」
私もアヤフミもがっくりと肩を落とし、大きく息を吐き出す。
今更後悔したところで遅いのは分かっているが、それでも嘆かずにはいられない。
「……桂さんが休むってことは、明日の食事は私たちで用意する必要があるということで良いのかな?」
「そういうことになるっすね」
「……なら明日は、朝食の準備は私がするよ」
「えっ? ウメさん良いんすか?」
食事の準備を誰がするかということは頭の隅で考えていたことだが、率先してやってくれる人が居るのはとてもありがたい。
「じゃあ、お願いしちゃって良いっすか?」
「分かった。パーティ料理のリハーサルはその後で良いよね」
「了解っす」
ひとまず、明日の予定が一部決まったということでその場は解散となった。
***
後片付けも終わり、監房へ帰る途中、ちょっと様子を見にペティのもとへと立ち寄った。
監房の中では、ベッドで寝息を立てるペティと、側で見守っているレイがいた。
「……八重沢スミレか」
「ペティさん……大丈夫そうっすか?」
ペティを起こさないよう、ゆっくりと近付きレイに話しかける。
「ああ……。気になって体温計も取ってきて計ったが、問題無かった。本当に疲れているだけのようだ」
「そうっすか……良かった……」
少し遠目でペティの寝顔を眺める。すうすうと寝息を立てて眠るペティは、普段の活発なイメージとは程遠い印象を受けた。
「それじゃペティさんの様子も見れたし、私も戻って寝るっす。おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
なるべく足音を立てないように歩き、自分の監房へと戻る。
ベッドに潜る準備をしながら考えをめぐらす。
明日からはできるだけペティの負担を減らせるように、食事の準備もある程度持ち回りでやった方がいいのかもしれない。
(まあ、今考えたところでどうしようもないんだけど……。明日またみんなに相談してみよう)
ベッドに横になり目をつぶる。
そうしてあれこれ考えているうちに、やがて眠りに落ちた。