今日も今日とて夕飯が美味しい。
レイとシルベのお着替え撮影会以来、テンションが上がりっぱなしである。
(次は誰を着替えさせようかなー。レイさんとペティさんでお揃いのものを着せるのも良いし、テミさん、ユリさん、リチさんの3人のお揃いも良いかも)
いろいろな衣装を思い浮かべ、頭の中で着替えさせてはニヤニヤする。
「おや、随分と楽しそうだね」
先に夕飯を食べ終えたシルベが目の前に座る。
そういう彼女もまた、機嫌が良さそうに見える。
「あっ、シルベさん。さっきはありがとうございました」
「こちらこそだよ。レイさんのあんな姿、中々見れないと思うし」
その後は、自然と服の話で盛り上がる。
「次はどんな服を作ろうか考えてるんすけど、シルベさんは何か着てみたい系統とかありますか?」
「そうだね……今日はかわいい服が多かったから、今度はもっとカッコイイ服も着てみたいかな?」
「なるほど……シルベさんはどっちも似合いそうですし、考えてみます! あ、カタログ的な本もあるので、今度貸しましょうか?」
「ホント? 見たい見たい!」
シルベは目を輝かせ、私も興奮気味に口が回る。2回目の着せ替えパーティーが今から楽しみだ。
しかし、そんな気分もすぐに終わる時が来た。
箸を持った手を止め、空になった食器に目を落とす。
(……食べ過ぎたっす。この後ケーキの試食会もあるのに……)
後悔先に立たず。今更ながらに少し苦しくなってきたお腹を擦る。
(ケーキも食べたい……。だけどこれ以上は入らない……。でも、甘いものは別腹だし……)
甘いケーキ、増える体重、着れなくなる服。
頭の中で様々な考えがぐるぐると回る。
考えに考えた末に、なんとか結論を出す。
張るお腹を擦りながら、厨房で作業をしているペティの元へ向かう。
「ペティさん……ごめんなさい、今夜の試食会欠席させてもらうっす……」
「えっ!? そりゃまたどうして……」
私がいつもペティの料理を楽しみにしていることは伝わっているだろうから、当然の反応だ。
「単純に食べすぎちゃって、これ以上はちょっとお腹が……」
「あー、それじゃ仕方ねえな。作り置きしておいて後で食べることもできるがどうする?」
(ぐ……食べたい……食べたいけど…………)
「……明日が本番なこと考えると、食べるタイミング無さそうなので大丈夫っす」
「そうか……分かった。まあ、無理する必要はねえからな」
私の言葉を聞いたペティは少し残念そうだった。
おいしいケーキを食べられなくなるのは惜しいが、何も今回が最後のチャンスという訳でもない。
今日のところは泣く泣く我慢することにした。
「ごめん。僕も今回は遠慮させてもらっていいかな?」
苦渋の決断をした私の後ろで、シルベの声がした。
「なんだ、シルベも食べ過ぎか?」
「それもあるけど、スミレさんとちょっと話したいと思ってね。今日の衣装のこととか」
「分かった。まあ今日は食べられない分、明日に期待しててくれ」
食器を片付け、シルベと一緒に娯楽室へと向かった。
***
[レイview]
食堂に着くと、既にほぼ全員が集まっていた。
皆、試食用のケーキの登場を今か今かと待ち構えている。
「……何人か居ないようだが」
「スミレさんとシルベさんは、今回は欠席で娯楽室にいます。ウメさんも何か用事があるとかで来てないです。ルナさんは……いつも通りですね」
アヤフミの説明により、来てない人と理由も粗方把握できた。
別に強制参加という訳でもないので、とやかく言うつもりも無かった。
「おう、待たせたな! ペティ様お手製のスペシャルケーキのご登場だ!」
今回の試食のケーキはチョコレートを使った物だった。これは確か、ブッシュドノエルと呼ばれる、クリスマスの木を模した物だったはずだ。それが輪切りにされて運ばれてきた。こうなると、殆どロールケーキにも見えてくる。
チョコレートを使っている関係上、甘さ控えめというのは難しそうだ。そう思いながら一口食べてみると、想像よりもビターな仕上がりになっていた。
(このくらいの甘さなら、紅茶にも合うかも知れないな……)
「……どうだ、甘さ控えめだろ」
そのようなことを思っていると、ペティが話しかけてくる。
「見てたのか」
「顔に書いてたぜ。……ちょっとアタシの【魔法】で細工してやったのさ」
「細工?」
「チョコレートに含まれてる糖分を抜き取ったんだ。【成分分解】って言えば良いか?」
ペティの魔法は調理工程の短縮と聞いていたが、そんなことまでできるとは思わなかった。
だがそれも正規の手段を用いればできるのだろう。そう考えれば、短縮という意味では効果の範囲内なのかも知れない。
そんなやり取りをしていると、食堂の扉を開く音が聞こえた。
ふとそちらを見ると、ルナが覗き込むようにして中の様子をうかがっていた。
私が声をかけるよりも早く、リチが見つけて声をかけた。
「あっ、ルナちゃ~ん。こっちこっち……ペティちゃんのケーキできてるよ~」
そのような声をかけられるとは思っていなかったのだろう、ルナが驚いた様子でその場を立ち去ろうとする。
しかし、それをペティは見逃さなかった。
「待て待て、せっかく来たんだから1つくらい食べていけよ。ルナの感想も聞きたいからさ」
ペティに見つかって、そこまで言われてしまっては逃げられないと悟ったのだろう。
渋々といった感じでルナが席に着く。
「はぁ……仕方ないですね。1つなら食べてあげても良いですよ」
「よっし、今持ってくるから待っててくれ」
ルナは仏頂面で腕を組んで静かに待つ。
そう言えば、ここに来て以来ルナの笑っているところを見たことが無い気がする。せいぜい、人を鼻で笑っているくらいなものだ。
とは言え、このようなところに来て笑っていられる余裕が無い、という気持ちも理解できる。
「はいお待たせ! 今日はブッシュドノエルだぜ」
「ふんっ、今何月だと思ってるんです?」
「まぁまぁ、お試しケーキだし、別に良いだろ?」
「はぁ、まぁ良いですけど……。……いただきます」
食べている様子をペティが少し離れたところで眺めている。
私もそれとなく視界の隅に入れて様子を見ていたのだが、相変わらず表情が崩れることは無い。
(いつか、冬川ルナも我々に対して笑顔を向けてくれる日が来るのだろうか……。いつまでも暗い顔をしていては、限界が来るのも時間の問題だろう。このパーティがきっかけになってくれれば良いが)
「ごちそうさまでした」
考えを巡らせているうちにルナは食べ終わり、席を立とうとしていた。
「で、ケーキはどうだった?」
「……おいしかったですよ。それじゃ」
ペティの問いかけにも素っ気なく返し、そのまま食堂を出て行ってしまった。
(これは苦労しそうだな……)
辺りを見れば、それぞれが楽しそうに会話してる様子がうかがえる。
ケーキを食べながら談笑する様子に、思わずこちらも笑みがこぼれる。
概ね、狙い通りに事が運んでいるようで少し安心する。今回の催事を提案してみて良かったと、心からそう思った。いつしかルナもこの輪に加わってくれることを願うばかりだ。
談笑の輪に入りたい気持ちもあったが、今自分が入ったところで場を白けさせてしまうだろう。
見回りの時間や、その他雑務の時間も確保したいところだ。
「レイはこの後いつもの見回りか?」
「ああ、これをしないと1日が終わらない気がしてな」
「そうか、それじゃまた後でな」
ペティに手を振り、その場を後にする。
(そう言えば、娯楽室にスミレとシルベが居るんだったな。様子を見に行こう。……流石にもう着替えを要求される事もあるまい)
ペティが撮った写真を転送してくれてはいたが、とてもじゃないが恥ずかしくて直視できない。
貴重な体験ではあったが、この件に関してはこちらから話題にするのは止めておこうと決め、見回りへ行くことにした。
***
見回りの最中に娯楽室へと立ち寄り、2人が仲良さそうに会話しているのを見届け、そっとその場を後にする。さすがに盗み聞きする趣味は無い。上手く行っていればそれで良い。邪魔者になる前に退散するのが賢明だ。
そうこうしている内に屋敷を一周していた。だが、ウメには会えずじまいだった。
(どこかで入れ違ったのかもしれないな。そういう事もあるだろう。さて、そろそろ……)
そう思った時、不意に声をかけられた。
「あっ、レイちゃ~ん!」
声のする方を見ると、リチが手を振りながらこちらに向かって来るのが見える。
テミとユリとアヤフミが向こう側に去って行くのが見えた。ちょうど解散したところなのだろう。
明日のパーティの打ち合わせでも終わった直後なのか、異様なほど高いテンションで駆け寄ってきた。軽く手を振って迎える。
「明日……楽しみだね~」
「そうだな」
我ながら素っ気ない返事となってしまったが、リチ相手にはこれくらいでちょうど良い。
大体、リチはこちらが1言うと10返してくる上に、あのルナ相手でも物怖じせずに話しかけられるほどの子だ。
こちらは聞き役に回っても、何も問題は無いだろう。
「――でねでね、あの飾りがね……」
「――みんなの料理がとっても楽しみ!」
「――あの空いてるところにね『叢雲レイさんお誕生日おめでとう』って垂れ幕を……」
(……ん?)
危うく聞き流してしまいそうになったが、さらっととんでもないことが聞こえてきた。
「……待て。今、誰が『誕生日おめでとう』と?」
「…………あ」
リチの顔を見ると、明らかに焦っているような表情をしている。
お互いしばらく沈黙を保っていたが、リチが観念したかのように話し出した。
「やっちゃった……。レイちゃんには秘密ってことになってたのに……」
今にも泣き出しそうな表情を見ていると、聞き流せば良かったと少し後悔してしまう。
(まさか裏でそんなことを企画していたとは……)
リチは不安そうにこちらの様子をうかがっている。
しかし、この状況でなんと声をかければいいのだろう。
少し考えて、私はなんとか微笑んでみせた。
「茅島リチ、今の話は聞かなかった事にする。だからそんな顔をしないでくれ」
「……うん、ありがとうレイちゃん……」
リチがなんとか落ち着いたので、監房の前で別れた。監房に入っていくリチの背中を見送る。
(しかし、誕生日か……。そんなもの、今まで気にした事も無かったな)
ここに来る以前でも、誕生日を祝うなんてことは無かった。
そもそも、自分自身の誕生日すら忘れていたのだから。
(そう考えると、どうやって私の誕生日を知ったんだ……?)
まさかと思い、スマホを開いて魔女図鑑を見てみる。
すると、囚人一覧の中にプロフィール欄があることに気付く。
(……これか。ご丁寧に、身長体重まで……)
どこで調べて来ているのだろうか。ここまで書く必要も無かっただろうに。
とにかく、出処が掴めたので、一旦は良しとすることにした。
(それにしても……ここに来てから、色々な事を体験しているな。案外、ここでの生活も悪くないのかもしれない)
スマホを操作して、ようやくペティが送ってくれた写真を開く。そこに写る様々な衣装に身を包んだ自分の姿を眺めてみる。
恥ずかしがっている姿もあれば、笑顔で写っている姿のものもあった。
らしくもない。だが、ずっと陰鬱としているよりは良いだろうと思う。
数ある写真の最後には、4人で写った集合写真もあった。
「
独り言を呟き、踵を返す。
見回りの最後、残っていた食堂へ向かう。
この時間なら、試食会の片付けも終わって解散しているはずだ。
最後の一部屋を確認するべく、食堂へと向かった。
***
[スミレview]
目を擦りながら大きな欠伸をする。
昨日はシルベとの話が大きく盛り上がったのと、今日のパーティを楽しみにし過ぎたのも相まって、中々寝付けずにいた。
それでも不思議なことに、一度眠りに入ってしまえば後はぐっすりである。
時計を見ると、いつも通りの起きる時間だった。
この時間に起きられるように、体内時計が調整してくれているのだろう。慣れとは恐ろしいものだ。
着替えも終わり、朝食を食べるために監房を出る。
今日はいよいよパーティの当日。
皆で準備をしっかりしてきたのだから、きっと上手くいくはずだ。
監房を出て食堂へ向かおうとしていたところ、1つの監房から突然誰かが飛び出してきた。
「ペティさん!? えと……おはようございます。どうしたんすかそんなに慌てて」
その正体はペティだった。随分と慌てているように見える。
私の存在に気付いた彼女は、こちらを振り返った。
「――!? ……あぁスミレか、おはよう。いやー寝坊しちまって……今から急いで食堂へ向かうところだ」
「珍しいっすね、ペティさんが寝坊だなんて」
ここに来て以来、朝起きて食堂へ向かえば必ず朝食が用意されていた。
つまり、ペティは毎朝監房の開放と同時に食堂へ向かい、準備していたことに他ならない。
「いつもなら先に起きてたレイが起こしてくれるんだが、今日に限ってなんで……」
ということは、この監房で最も早起きなのはレイということになるらしい。
チラッと監房の中を見てみるが、レイの姿は見当たらなかった。
「あれじゃないっすか、まだ病み上がりだから寝かせてあげようっていう、レイさんの心遣いとか」
「あー……レイならやりそうだ。ともかく、今から朝食の用意だからいつもよりちょっと遅れるぞ」
急いだところでもう意味ないと思ったのか、ペティは私と一緒に歩いて向かうことにしたようだ。
移動中、昨日のお着替え撮影会や、今日のパーティのことなど他愛もない話をする。
大した距離ではないが話に花を咲かせていると、もう目の前に食堂が見えてきた。
その時――
「きゃああああぁぁぁ――――!!!!」
突然悲鳴が聞こえてきて、ペティと顔を見合わせる。
「今のは、アヤフミさんっすか!?」
「食堂の方からだな、行くぞ!」
2人で駆け出し、食堂の扉を開け、中を確認する。
まだ薄暗くてはっきりと見えないが、アヤフミの姿は確認できなかった。
「厨房だ!」
ペティのその声に咄嗟に反応し、すぐ側の厨房へ続く扉を開ける。
そこには、アヤフミが腰を抜かしたような体勢で座り込んでいた。
「アヤフミさん! どうしたんすか!?」
「……あ、あれ……」
アヤフミの指さす方を見ると、奥の小さな部屋に誰かが座っているのが見えた。
ゆっくりと近付き、その正体を確認する。
そこに座っていた人物は、まるで眠っているかのように微動だにしない。
そっと肩に触れ、揺り動かす。
その時、腕が力なくだらりと下がり、その勢いで体ごと倒れそうになる。
思わず、受け止めるような体勢になり、同時に顔が視界へと入ってくる。
「――――」
悲鳴すら出なかった。
倒れそうになったそれを支えるために触れた体は、おおよそ生きている者が持つはずの温もりを一切感じさせなかった。
(死……。そんな……なんで?)
「レイ! おい、どういうことだよ!!」
背後からペティの叫び声が聞こえる。
眠るように椅子に寄りかかっていたのは、【叢雲レイ】その人だった。
今日のパーティの主役でもあった彼女は、死んでしまっていた。
***
数分後、私たちはラウンジに集合させられていた。
ツカイマからの通知が飛び、まだ寝ていた人も慌てて飛び起きてきたようだ。
全員が集まったことを確認し、ツカイマが口を開く。
「あー、通知した通りだ。叢雲レイが死亡した。せっかく今日のパーティ楽しみにしていたのによぉ……。……やっぱり、お前らにここで平和に暮らせってのは無理な話だったのか?」
全員、何も反論することなく、ただじっと下を向いていた。
「はぁ……。……とにかく、また魔女裁判を開廷する。例によって捜査の時間を設けるから、せいぜい頑張れ。時間は1時間もありゃ十分だろ。あーあ、マジでアイツの言う通りになっちまったなあ」
「『アイツ』……って、なんすか?」
「ん? あー、まあ、気にしなくていいぜ。ほら、さっさと捜査しないと時間無くなるぞ」
そう言うと、ツカイマはさっと姿を消してしまった。
(気にしなくていいって言っても……。……いや、たったの1時間……前回と比べれば長いけど、それでも短過ぎる。そんなこと考えてる場合じゃない……けど)
動き出す気力もなく、ただ
「時間も少ないんだ、ここで立ち止まっていても何も解決しない。なら、少しでも捜査のために時間を使おう」
その言葉に身体がびくっと跳ねる。
(……そうだ。これが殺人事件なら犯人が……【魔女】が居るはずだ。どうしてレイさんが死ぬ必要があったのか、それを明らかにしないと……)
拳をギュッと握りしめ、なんとか前を向く。
「……そうっすね、1秒も時間は無駄にできないっす。早く行きましょう」
数人が頷いてくれる。
シルベも頷いてから指をさした。
「それじゃまた2人組で動こう。僕とスミレさん、アヤフミさんとウメさん、テミさんとユリさん、ペティさんとリチさんとルナさん。そこだけ3人になっちゃうけど、これでどうかな?」
「お断りします。面倒なので、もう言いませんよ」
ルナはそう言いながらさっさと部屋を出て行ってしまった。
嫌でも思い出してしまう。『仲良しごっこは他所でやってください』とルナが言っていたのを。
「相変わらずだね……。まぁ、邪魔さえしなければそれでいいか」
ルナの姿を見送りながら、シルベはやれやれといった様子で首を振る。
「それじゃあさっそく、捜査に移ろうか。1時間後に裁判所で」
シルベの合図と共に、それぞれが行動を開始する。
全員が部屋から出たのを確認して、私もシルベと一緒に捜査を始めることにした。
***
まずは現場を見ておきたい。言わずとも、私とシルベの考えは一致していた。足は自ずとそこへ向かう。
厨房の中に入ると、当然レイの遺体がそこにあった。
近付いて様子を確認する。
彼女の顔はとても安らかで、知らなければただ寝ているだけだと勘違いすらしてしまいそうだ。
外傷も見当たらず、見ただけでは死因は特定できそうにない。
本当に死んでいるのか疑いたくなった私は、思わずその首筋に触れてしまう。
「何やってるの?」
「……本当に、死んじゃったのかなって」
「残念だけど……」
「…………【冷たい】っすね」
少し離れ、遺体の写真を撮る。思わずため息が出てしまう。だが、そうしていても何も事態は進展しない。
他にも何か無いか見渡すと、【スマホ】が1台、机の上に置いてあるのを見つけた。
「このスマホは……カバーの色的に、レイさんの物っすね」
見ると、電源を切り忘れたのか、画面には可愛らしい【ケーキの画像】が映っていた。
カメラのプレビュー機能のように見える。きっとスワイプしてしまえば、カメラの画面に戻るはずだ。
(いつ撮ったんだろう……。それにこんなケーキ、見たこと無い。昨日の試食会のものなのかな)
一応、情報共有のためにシルベにも画像のことを伝えてみる。
「……あ、この写真、【昨日の夜】撮ったみたいだね」
「え、なんで分かるんすか?」
「撮影時間が表示されてるよ」
よく見ると、画面の上の方に日付と時間が表示されていた。
これを見落としていたとは、少し情けない気持ちになる。
「大丈夫だよ。こういう時、やっぱり視界が狭くなるものだと思う」
「……はい」
それ以上は何も言えなかった。
シルベは頷いて、近くの戸棚を開け始めている。
(落ち込んでる場合じゃない。他に見落としてるところが無いか、見ておこう)
念のため、机の下に何か落ちていないかと覗き込んだところ、奥の方に光るものが見えた。
膝と手をついて見てみると、それは【フォーク】のようだった。白っぽい何かが先端に付着している。【クリーム】だろうか。
(なんでこんなところに……。ケーキを食べたなら、机の上にあるはずだし……)
フォークがここにあった意味を考えていると、後ろからシルベが声をかけてきた。
「見てよ。ここ、大きな切れ込みがあるんだけど……なんだろうね、これ」
見ると、机の足の1本に【大きな傷】が入っている。
昔からあったようなものではなく、最近付けられたように真新しい感じだ。包丁で切ったにしては大きい気がする。
「うーん。……一応、撮っておきますか」
スマホで写真を撮り、再び周りを見回す。
ふと、ゴミ箱が視界に入った。
特に深い考えはなく、なんとなく中を見て、思わず顔をしかめてしまった。
中にはぐちゃぐちゃに【崩れたケーキ】が皿ごと放り込まれていた。一部は紫っぽい色だった。ひと目見て、食べられそうにないと分かる。
「うえっ……なんすかこれ……。誰かの失敗作っすか?」
「うわっ!? 何この……何?」
シルベも横からゴミ箱を覗き込み、驚きの声をあげる。
(このケーキは……見たこと無いし、新しく誰かが作った……? だとすると、それが可能なのは……)
「こんな色のケーキ、見たこと無いや。これも事件に関係してるのかな……。とりあえず、写真に残しておかない?」
シルベの提案に賛同し、写真を撮ってさっさとその場を離れる。
「後は一応、冷蔵庫も調べておこうかな」
シルベが大きな冷蔵庫の前に立ち、扉を開ける。
中からひんやりとした空気が溢れ、その辺一帯を冷やす。
「うーん、何も無さそうかな。今日使う予定だった材料がぎっしり詰まってるだけだね」
一応、自分でも中身の様子を確認して冷蔵庫の扉を閉める。
(レイさんの遺体の状況、明らかにおかしなケーキ、ケーキを食べるために使ったと思われるフォーク……)
「……ここで調べられそうなのはこんなもんすかね」
「だね、まだ時間あるから他の場所も調べてみよう」
「了解っす」
***
他の皆はどこを調べているのかが気になり、テミとユリは図書室に居るのかも知れないと思い、そこに向かった。
予想通り、2人は本を数冊取り、机で何か調べものをしているようだ。
「テミさん、ユリさん、何してるんすか?」
「あっ、スミレさん……と、シルベさん。ええ、その……少し気になることがありまして」
ユリが本から目を離さずにこちらの問いに答える。
テミは何も言わず、本のページをペラペラとめくっている。
「気になること?」
「レイさんの遺体ですが、外傷のようなものは全くありませんでした。もし本当に殺人事件なら、もしや毒殺されたのでは? と思いまして」
「なるほど……」
毒殺と図書室がどうつながるのか全く分からなかったが、2人には何か考えがあってのことなのだろう。
(もしかして、ケーキに毒が入っていた……? それを食べたレイさんが死んだ……とか)
そう考えれば現場の状況も納得できる。それならば、信じられないが毒入りケーキを食べて自殺したか、それとも――
「――毒か……。次は医務室に行ってみない? 毒に一番関係ありそうな場所だから」
考え込んでいると、シルベが口を開いた。私もその言葉に頷く。
「そうっすね、行きましょう」
***
中に入ると、アヤフミとウメが薬の入っているであろう瓶をいくつも並べていた。
「もしかして、2人とも毒の存在を調べているのかな?」
「よく分かりましたね。まさにそうなんですよ」
「意外とみんな、考えることは似ているもんなんすね」
4人で瓶を取り囲み、それぞれ手に取ってみる。
しかし、ラベルに書いてある文字を見ても、何が毒薬で、何が薬なのかは分からなかった。
「これじゃ、どれが何か分からないね。純霓さんなら分かったのかもしれないけど……」
ウメがため息混じりに呟く。
「そうですよね……。後は、どれも未開栓ってことですね。しっかり栓がされていて使われた形跡は無さそうです」
ここでは、これ以上の情報は期待できそうに無いようだ。
ふと、レイのスマホに映っていた写真を思い出し、2人に見せてみる。
「アヤフミさん、ウメさん、これって見たことあるっすか?」
「これは……ケーキ、ですよね? うーん、見たこと無いですね」
「同じく。そもそも、昨日の試食会は出てないし、それだったら分からないけど」
「昨日の試食会のケーキはチョコケーキだったんです。こんなピンクのケーキではありませんでした」
「そうっすか……」
呟きながら、背中に嫌な汗が流れるのを感じた。
2人は昨日の試食会に出ていたはずだ。その2人が見たこと無いと証言した。
それが指し示すのは、ひとつの可能性。
(……ペティさんはどこにいるのかな)
***
ペティとリチを探して少し歩きまわり、監房にて2人を発見した。
監房に近付くと、中からバタバタと激しい音が聞こえてくる。
扉の側では、リチが心配そうな顔をして中を見ていた。
「リチさん、ここで何を?」
「あっ、スミレちゃんとシルベちゃん……」
そう言うや否や、こちらに歩いてきて私の袖を摘んだ。
「ペティちゃんが……怖いよ……」
どういうことかと聞いてみると、探索が始まったと思ったら一直線に監房に来て、中を調べ始めたらしい。
「話しかけても何も答えてくれなくて……、中で何かを探しているみたいなんだけど……」
中からは布団を叩いている音や、椅子を動かしているような音が響いてくる。
どの音も、乱暴な感じを思い起こさせる激しい音だった。
このままそっとしておくべきかもしれないが、今は聞きたいことがある。勇気を出してペティに話しかけた。
「ペティさん! ちょっと聞きたいことが……」
そこまで言うとこちらに気付いたのか、手を止めて近付いてきた。
「ああ……スミレか……」
ペティの表情は泣いているとも、怒っているとも取れる様子だった。
その表情を見て一瞬怯んでしまうが、なんとか話しかける。
「ペティさん、昨日の試食会が終わった後、どうしてましたか?」
「……アリバイ確認ってやつか。昨日は試食会やって、片付けた後そのままここに戻って来たぜ」
「レイさんには会ってないんすか?」
「ああ……。試食会以降、お互い顔は見てないはずだ」
「そうっすか……」
同室なのに見ていないということに疑問を持ったが、今はここまでにしておこうと思い、別のことを聞くことにした。
「そう言えば、ここで何してたんすか?」
「探しもの、とだけ……。特に何を探しているって訳じゃねえが、もしかしたら、と思ってな。もういいか?」
「は、はい……」
再びペティは中に戻り、探しものとやらのために動き出した。
手伝うことも考えたが、ペティにも思うところはあるのだろう。
この場は手を出さないことにした。
「レイさんが死んで、一番ショックを受けているのは間違いなくペティさんだろうからね……。今だけは思うようにさせよう」
「……そうっすね」
「うん……」
次はどこを捜査するかと思った矢先、スマホにメッセージが飛んできた。
「もう1時間経っちゃったんすか……」
「ペティちゃん……裁判所、行こう?」
リチが中にいるペティに話しかける。
ペティは作業の手を止め、監房から出てきた。
そのまま私たちの前を通り過ぎていく。
「僕たちも行こうか」
後に続いて歩き出す。
その時、ペティのポケットが少し膨らんでいるように見えた。
(探しもの……は見つかったんすかね?)
そのことを問いただそうとしたが、ペティは速足でどんどん先に進んでしまう。
仕方ないので後で聞こうと思い、その場では諦めた。
ついに始まる3回目の魔女裁判。
(証拠品と呼べる物はたったのこれだけ……。証拠品が少ないからこそ、そこから導き出される答えは……)
証拠品を確認しながら、裁判所へと向かう。
「…………」
今、私が思い浮かべている真相は、とてつもなく最悪なものだ。
信じたいのに、捜査すればするほど、信じたくないただひとつの可能性が大きくなってくる。
今までの裁判では、私は犯人を探し出そうと必死だった。でも――
(――一体、どうするのが正解なんだろう……)
《証拠品》
・死体写真(叢雲レイの遺体写真。外傷は見当たらず、その表情は安らかだ。厨房で発見した時、既に冷たくなっていた)
・クリームの付いたフォーク(レイの近くに落ちていたフォーク。先端にはクリームの跡がある)
・ゴミ箱のケーキ(なぜか皿ごと捨てられていたケーキだったもの。潰れて原型は無い。一部が変色している)
・机の深い切り傷(レイの座っている机にあった真新しい傷。包丁で切ったにしては深い)
・レイのスマホ(可愛いケーキの写真が表示されていた。カメラで撮った後、そのままにされていた。昨晩撮られたものだ)