異誕少女ノ魔女裁判   作:異誕少女ノ魔女裁判制作チーム

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3-10「過去は、消えない」

 食堂の扉を開けると、眼前に広がっていたのは華やかに飾り付けられた部屋と、テーブルの上に並べられた豪華な料理の数々。

 そうだ、今日はレイの誕生日会を兼ねたパーティだ。

 

 用意された自分の席に座り、その時を待つ。

 

「これで全員揃ったかな? それでは始めよう! ……テミさん、お願いね」

 

 シルベの開会宣言に合わせ、テミが立ち上がり、テーブル上の不自然な空間の前に立つ。

 

――パチンッ!

 

 テミが指を鳴らすのと同時に、目の前には豪華に飾り付けられたケーキが、壁には大きく『誕生日おめでとう』の垂れ幕が出現した。

 

 全員から拍手が巻き起こり、テミはニッコリと笑いながら一礼をして再び自分の席に戻っていった。

 

 次に待っているのは、今日のために準備された『スペシャルな料理』だ。

 料理の登場を今か今かと待っていると、アヤフミとウメが協力しながら厨房から大きなお皿を運んでくるのが見えた。

 倒したりしないよう、ゆっくりと慎重にテーブルの上に乗せる。

 

 無事に運び終わり、2人が軽く息をつくと、再び拍手が巻き起こる。

 

 全員が集まり、蓋が開けられるのを待ち構えている。

 

 アヤフミとウメが顔を見合わせ、軽く頷いた。

 2人が息を合わせ、大きな蓋が開けられ、遂に中身が披露される時。

 

 

 そこから現れたのは――

 

 

 ――真っ黒に澱(よど)んだ、霧や煙のようなもの。

 驚く間もなく、体にまとわりついてくる。 

 

 口や鼻からそれらが体内に入り込んでくる。

 息ができず、喉を押さえてその場にうずくまる。

 

 周りを見ると、皆がその場に倒れ、ぴくりとも動かない。

 

 私も限界が来てしまい、その場に倒れる。

 

(なんで……こんな……ことに……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――あぁっ!」

 

 バッと起き上がり、周辺を見渡す。

 

(……最……悪……な夢を見た……)

 

 こんな夢を見てしまった原因は分かりきっている。

 今朝の裁判と、処刑。それがパーティの当日に起きてしまったという現実。

 

 特に今回の裁判は、極めて後味の悪いものだった。

 ペティを救うなどという大それたことを考え、結果どうすることもできずに魔女は特定され、そのまま処刑されてしまった。

 

(私じゃあまりにも力不足……ってことだったのかな……)

 

 今さら考えたところで答えが出る訳でもない。

 結果はもう出てしまっているのだから。

 

 

 

「スミレさん……起きていますか?」

 

 声のする方を振り向くと、ユリが心配そうな顔で立っていた。

 

「ユリさん……何かあったっすか?」

「いえ、少し様子が気になったので……」

 

 裁判が終わった後、どうやって戻ってきたのか覚えていないが、そのまま寝てしまったようだ。

 その結果、あの最悪な夢を見てしまった訳だが。

 

「ごめんなさい……大丈夫っす」

 

 力無く笑いながら、ベッドから降りる。

 その時、お腹が小さく鳴った。

 

 こんな状況でも、こんな気分でも、お腹は空いてしまう。

 

(そう言えば、今日はまだ何も食べてなかったっけ……)

 

 ユリに付き添われ、一緒に食堂へと向かう。

 

「あの……スミレさんがいらっしゃいました……」

「ユリさん、ありがとうございます。今、食事を持ってきますね」

 

 そう言いながら、アヤフミが厨房から食事を運んできてくれた。

 食堂では既に何人かが昼食を取っていたが、会話は無く、空気が沈んでいるのが嫌でも分かる。

 

「はい、消化に良さそうなお粥を用意しました。ウメさんと一緒に作ったから、味は大丈夫なはずです」

「あ、ありがとうございます……」

 

 目の前に運ばれた食事を、特に気にすることも無く口に運ぶ。

 味なんて分からないが、今はとにかく食べることしかできない。

 

 ふと周辺を見回すと、事前に飾り付けられていたはずの飾りが全て撤去されている。

 確かにこの状況では、パーティを決行するなんてできないだろう。

 

 加えて、いつもなら居るはずの人物の姿が見当たらない。

 

「えっと……シルベさんは居ないんすか?」

 

 その問いにユリとアヤフミが顔を見合わせ、互いに首を横に振る。

 

「シルベさんは……『1人にしてくれ』と言って、その……監房から動こうとしませんでした……」

「シルベさんがあそこまで落ち込むなんて……。あとで食事を持っていくつもりです」

「そうっすか……」

 

 裁判所を出る時に見た様子も確かに少しおかしかった。本人が言うならしばらくは1人にしておくのが良いのかもしれない。

 

 

 その時、食堂の扉が開き、ルナが入ってきた。

 ルナは中を軽く見回し、チッと舌打ちしてから厨房へと向かっていった。

 

「ルナさん、昼食はどうし――」

「――いりません」

 

 アヤフミが話しかけたが、言い終わらないうちに拒否されてしまっていた。

 

「それなら、どうしてここに……」

 

 アヤフミの疑問ももっともだ。

 

「はぁ……言わないと伝わらないんでしたね。私は『あなた方が用意した食事はいらない』と言ったんです」

「えっ!? それってどういう……」

 

 つい口から出た疑問が聞こえたのか、ルナがため息をついた。

 

「……裁判で料理バカが言ったことを忘れたのですか。『毒を使って皆殺しにすることもできた』と。あなた方が殺意を増幅させ、同じことをしないと言い切れる根拠なんてありますか?」

 

 反論しようとしたが、思い留まる。

 ルナの言う通り、毒を盛られない確証なんて何も無いのだ。

 

 全員、それに気付いたのだろう。食事をする手が完全に止まっていた。

 

「今までが異常だったんですよ。誰ひとりとして料理バカの出す料理を全く疑わず、喜んで食べていたでしょう。ある意味、毒を盛られる前にそのことに気付かせてくれるきっかけをくれた2人には感謝しかありませんね」

「ルナさん!!!」

 

 思わず大声になり、ルナへと近付く。

 2人が死んで良かったというような言い草に、怒りが込み上げてくる。

 

【挿絵表示】

 

 ルナの胸ぐらを掴み、両手の拳をぐっと握り、睨みつける。

 だがルナは冷たい目で私を見下ろしながら、小さく鼻を鳴らした。

 

「……私を殴りますか? 良いですよ、懲罰房に入りたいのならね」

「くっ……」

 

 結局、殴るなんてできるはずもなく、唇を噛んだままその場に立ち尽くすしかなかった。

 ゆっくりとその手を離す。

 ルナはヨレてしまった胸元を軽く払ってため息をついた。

 

「……話はもう良いですか? 私だってお腹は空くんですよ」

 

 再び厨房へと向かうルナを、ただ見送る。

 しばらくした後、パンなどを乗せた皿を持って出てきた。

 

「一応言っておきますが、私の分は用意しなくて結構です。……せめてあの看守に作らせるでもない限りは」

 

 想像もしていなかった提案に、全員が絶句する。

 だが思い返すと、元々は看守が食事を用意すると言われていたのだから、私たちが用意している状況が異常と言われればそうかもしれない。それに、看守が食事に毒を盛る理由は思いつかない。

 しかし、そのまま信じてしまっても良いのかの判断もつかない。

 

 色々な考えを頭の中で巡らせていると、不意に声が聞こえてきた。

 

「なんか面白そうな話をしてるじゃねえか」

「ツカイマ……さん」

 

 突然、皆の輪の中心に姿を現したツカイマ。

 

「元々は看守が作る予定だったのを、アイツが名乗り出たから特別に作らせてやってただけだ。他にやりたいヤツが居なければ、予定通り看守を厨房に配置してやるよ」

「……まさか、この状況でまだ厨房に立ちたいと言うおバカさんは居ないでしょう。それに、何をするか分からないコイツらより、従順な看守の方が幾分マシです」

 

 近くから机を叩く音が響いた。

 集まる視線を追うと、ウメの鋭い視線が突き刺さる。

 

「あんたも、桂さんの料理を食べてたでしょ。自分のことは棚に上げてどうしてそんな風に言えるの?」

「……キャンキャン吠えてうるさいですね。私は事実を言ったまでです」

「うーん……でも、本当に看守ちゃんを信じても良いのかなぁ」

 

 リチの呟きで、再び沈黙が訪れる。

 安易に信用してはいけないと言うのはもっともだ。

 だけど、見た目だけで恐怖を感じてはいたが、歯向かったり、こちらから攻撃したりさえしなければ無害であったことも事実だ。

 

「…………」

 

 アヤフミは悲しそうに目を伏せている。

 いつかペティが『代わりを頼むかもしれない』と言っていたことを思い出す。

 そんな思いも、【不信感】の前では何もできない。

 誰も、『私がやる』と声をあげる人は居なかった。

 

「じゃ、そういうワケで、これからは看守が作るからそこんとこよろしくな! 味は保証しねえけど……」

 

 最後にボソッと小声で呟いたのを私は聞き逃さなかった。

 ここに来て以来毎日食べていた食事より、数段クオリティが下がることが想像ついた。

 ペティより美味しい料理を作れる人なんて、居るとは思えなかった。

 

「ああそうだ、ここに来たついでに通告だ。この後、14時からビデオの鑑賞会があるからな。全員必ず出席するように。以上!」

 

 それだけ言ってツカイマは姿を消してしまった。

 

(またあのビデオを見せられるのか……。この流れだとレイさんの過去を見ることになるのかな……)

 

 食事はまだ途中ではあったが、これ以上は手が進まない。

 決してアヤフミが作る料理を疑っている訳ではなかったが、ルナのあんな話を聞かされた後では、とても食事する気にはなれなかった。

 

「あの……皆さん、無理して食べなくても大丈夫ですからね」 

 

 アヤフミもそれを分かっていたのだろう。

 残されてしまった料理とお皿を集め、厨房へと運んでいった。

 

 ツカイマが言っていた鑑賞会までは、まだ少し時間がある。

 とは言え、何もする気力が湧かず一旦監房に戻ることにした。

 

(そうだ、シルベさんにも鑑賞会のことを教えておかないと)

 

***

 

「おっ、オマエで最後だ。時間までに全員集合できるってのは、実に優秀だな」

 

 まだ時間まで10分近くあったが、ラウンジに集まったのは私で最後だったらしい。

 なんとなくではあるが、早く終わらせてしまいたいという気持ちがあったのかもしれない。

 

「それじゃ、早速始めようかね。やるコトは前と一緒だ。ビデオを視聴した上で、感想文を書いて提出しろよ」

 

 こちらの返事を待たず、ツカイマがデッキにビデオテープを挿入した。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 私は居ないはずの人間だった。

 この世界から存在が消え、誰からも忘れ去られる。

 まるで最初から、そこに居なかったように。

 

 

 私にはかつて、守るべき存在が居た。

 彼女の名は……いや、お嬢様と呼ぶべきだろう。

 私はお嬢様の側に居る事を選び、彼女を守る事を誓った。

 例え何を引き換えにしても、絶対に守ると。

 

 

 先に、私の魔法――【切断】の魔法について話をしなくてはならない。

 【切断】の魔法は汎(あら)ゆるものを切る事ができる。

 そこに嘘はない。

 だが言えていなかったのは、その代償だ。

 

 この【切断】を使うと、私と関わりのあった人の記憶をその人から切り離してしまう。

 つまり、誰かから私に関する記憶が抜け落ちてしまうんだ。

 

 魔法はあらゆる状況に対応できる切り札であったが、同時に、私自身を世界から切り離す刃でもあった。

 使うたびに、私は孤独になっていく。

 

 

 もう分かっただろう。私は【切断】の魔法に、全てを奪われた。

 私の大切な人も、私の立場も、私の存在すらも。

 

 だが後悔はしていない。それで良いと思った。

 誓いは守った。お嬢様を守るために尽くした。

 

 危険も排除した。お嬢様を狙う輩はもう居ない。

 これからはもう、迫る影に怯える事無く、平和に暮らせるはずだ。

 

【挿絵表示】

 

「――貴方は?」

 

 今でも思い出す。

 月明かりが差す廃屋(はいおく)で、拘束されていたお嬢様を助け出した時の事を。

 まるでこれまで一緒に過ごしてきた日々が嘘だったように。

 何もかもを無かった事にされたように。

 全てを忘れ去られた時の事を。

 

「……名乗るほどの者でもない。キミを助けに来たんだ」

 

 私は繰り返さない事を選んだ。

 

 初めて会った日のように、側に居る事を選ぶ事もできたかも知れない。

 だが、【忘れられた】事実は消えない。

 これから歩み直すお嬢様との日々を想像するだけで、胸が苦しくなった。

 きっと新しく記憶を刻む度に、この苦痛を味わう事になる。

 それは耐えられない。

 

「どうして……泣いているの?」

 

 失う苦しみは言葉にできない。

 苦しみを背負いながら、隣を歩き続けたい気持ちも嘘じゃない。

 けれど、こんな気持ちになるのは、二度とご免だ。

 

「月が、綺麗だったから――」

 

 

 

 私は孤独な剣士。

 全てを失い、この世界からも忘れられた。

 

 もう同じ苦しみは味わわない。

 誰とも関わらなければ、繰り返される事もない。

 

 そう、思っていた。

 

 

 気付いた時には牢屋敷に居た。

 同室の少女は随分と無理をしているようだった。

 体の震えを無理やり抑え込んでいるのを隠そうとしていた。

 努めて笑顔で、まるでなんとも無いように振る舞っていた。

 

「ここで会ったのも何かの縁って事でさ、仲良くしようぜ」

 

 いきなり知らない檻に、知らない誰かと閉じ込められる。

 恐怖に支配された事は想像に容易い。

 だが、彼女はそれを見せる事はなかった。

 

(お嬢様もそうだった……)

 

 別に重ねていた訳ではなかった。

 もう決別する事を決めた相手だ。過去を引きずるのも未練がましい。

 

 けれど、その強がりの危なっかしさは放っておけなかった。

 きっといつまでも保つものでもない。壊れてしまうのも時間の問題だろう。

 そう思って、私はなるべく彼女の助けになるように動いた。

 

 今思えば、私はもう、誰かのためにしか生きていけなかったのかも知れない。

 独りになろうとして、結局、最後まで独りにはなれなかった。

 誰かのためであろうとした。

 

 

 だから、ペティが私に殺意を向けた時、真っ先に考えたのは、どうやってペティを救うかだった。

 このままだと裁かれるのはペティだ。彼女が逃げ切れるとも思えなかった。

 

(……悪いのは、私だ)

 

 咄嗟に【切断】の魔法を使い、ペティの記憶を切り離した。

 ここに居る間に魔法が強化されたらしい。代償として消える記憶を、意図的に狙ったものにできるようになっていた。

 思えば、クオレの血が瓶に戻らなかった時も、クオレと血の関係を魔法で絶っていたのかも知れない。想定以上に、私の魔法が及ぼす影響力は大きくなっていたようだ。

 

 結果的に机の足を傷付ける程度に【月光】を抜くだけで、ペティから【レイを殺すために準備した記憶】を切り離す事ができた。

 これで彼女は『知らない』と言えば助かるはずだ。

 

 魔法が上手く発動した事を確信したのは、厨房に入ってからずっと感じていたペティからの殺意が消えたのが分かったからだ。

 

「キミは監房に戻るんだ。もう就寝時間だろう」

「……え? あ、ああ……」

 

 きっとあの時のペティはいつの間にか厨房に居て、何がなんだか分からなかったのだろう。

 だが、それで良い。そうでなくては困る。

 

「……でも、アンタは?」

「私はもう少し、やる事がある」

 

 ペティは何かを言いかけたが、スマホの通知音が消灯時間を告げた。

 このままだと2人で懲罰房行きだ。ペティもそれは嫌だったのだろう。

 最後に少しだけ振り返ったが、ペティは何も言う事無く厨房を去った。

 

(……それで良い)

 

 ペティを見送ったあと、机の上に視線を戻す。

 机の上には可愛いケーキが置いてあった。

 ペティの殺意が込められた、私のためだけに作られたケーキ。

 その横には、撮ったばかりの写真が映るスマホ。

 それらがある限り、事実は残ってしまう。

 スマホを手に取って、消そうと指を伸ばす。

 

(私のためだけの、最後のケーキ……)

 

 そのまま、スマホを机に戻す。

 何も残らない方が、耐えられない。

 

(どこで、間違えてしまったのだろうな)

 

 何が彼女の逆鱗に触れてしまったのかは分からない。

 推測はできる。

 だが、それに意味はない。

 彼女を深く傷付けた事実が、こうして目の前に形となっているのだから。

 

「……もう就寝時間は過ぎてるぞ」

 

 ツカイマの声がした。

 

「考え直せって。【無かったコト】にすれば良いだろ」

 

 私はため息をつく。

 それができるなら、最初からペティと一緒に監房に戻っている。

 

 返事をする気にもなれず、私はフォークを手にとって、ケーキを一口大に切り分けた。

 そのまま、フォークで突き刺す。

 

「……ひとつだけ言っておく。過去は、消えない」

 

 これも、ただの悪あがきに過ぎない。

 記憶は消せても、事実は残る。

 

(だがせめて――――)

 

 せめて彼女の中の私は、良い友達のままであって欲しい。

 そう願う事は、傲慢だろうか。

 

 

 ケーキを口に入れる。咀嚼する。

 クリームの甘さが、スポンジの柔らかさが、溶けていくそれが、嫌でも彼女を思い出させる。これまでの思い出が、私の頬を濡らす。

 

 時はすぐに来た。

 まずフォークが持てなくなった。指をすり抜けたフォークが床に転がる音がする。

 次に呼吸ができなくなった。息を吸おうにも口すら上手く動かない。

 最後に胸が苦しくなった。血が引いていくのを感じる。心臓が止まったようだ。

 

 だがまだやる事がある。ケーキの処理だ。

 感覚の無い腕を無理やり制御して、なんとか皿ごとケーキをゴミ箱に投げ入れた。

 ケーキがゴミ箱の中へ消えた時、私はようやく息を吐けた気がした。

 

―――――――――――――――――――――――――――――

 

 ビデオを見終わった時、なぜか体の震えが止まらなかった。

 

 もちろん、レイの過去を知ることができたのもあったが、それ以上に今回の事件の真相が分かったのが大きかった。

 

(ペティさんが覚えてなかったのは、レイさんの魔法のせい。そして、レイさんはペティさんを守るために魔法を使った……自分が殺されることを分かった上で……)

 

「なんで……なんでこんなことになったんすか……」

 

 もしも、ペティが身体のことを相談してくれていたら。

 もしも、レイがペティの殺意を受け止めるという選択をしなかったら。

 もしも、もしも、もしも。

 

 いくつもの仮定が頭の中を駆け巡る。

 しかし、今更そんなことを考えたって無駄なことも分かっている。

 時間を戻すでもしない限り、全てはもう終わってしまったことなのだから。

 

 殺意に呑まれながらも、それを必死に抑えていたペティ。

 殺意を感じ取り、それを1人で受け止める決断をしたレイ。

 

 2人の気持ちと行動が、ほんの少しすれ違った結果がこれだとすると、やるせない気持ちになってくる。

 

 

 

 気付けば、私以外の全員が感想文を書き終わり、既に退出していた。

 

(書きたいこと、言いたいことはたくさんある。けど今は……)

 

 爆発しそうな感情を抑え、感想文は最低限の短い文で終わらせる。

 

 感想文を提出し、監房に戻るためにラウンジを出た。

 

***

 

 監房へと戻る途中、レイとペティの監房で、飾り付け班の3人が何やら話をしているのを発見した。

 

「皆さん……ここで何を?」

 

 私の声に反応して、3人がほぼ同時にこちらに振り向いた。

 よく見ると、リチの手には人形が握られていた。

 

「これをここに……」

 

 そう言いながらリチが見せてくれたのはレイを模した人形と、それとは別にペティを模した人形だった。

 

「リチさん、いつの間にペティさんの人形まで……」

「うん、どっちもレイちゃんに渡すつもりだったんだけど……こんなことになっちゃったから」

 

 リチは2つの人形を机の上に並べる。

 

【挿絵表示】

 

 2人の普段のやりとりなどを思い出し、つい涙が出てきてしまう。

 それは皆も同じだったようで、すすり泣く声が聞こえてくる。

 

「……すみません、私は先に戻ります」

 

 耐えきれなくなったのか、テミは顔を隠すようにしながら監房を出て行った。

 

「……私たちも戻りましょう」

「うん、それじゃまたね」

 

 ユリはテミを追いかけるように退出し、リチもまた涙を見せないようにか、笑顔を作りながら去っていった。

 

 1人で取り残されてしまった私は、いよいよ感情に歯止めが効かず、声を出して泣いてしまう。

 

「うぅ……うあああぁぁ……」

 

 ただただ、泣くことしかできなかった。

 後悔も、悲しみも、思い出も、何もかも洗い流すようにひたすら泣き続けた。

 

 

 

 数分はそうしていただろうか、ようやく落ち着き、目元を擦りながら歩き出す。

 

(私も、もう戻ろう……)

 

 監房を出る前に、もう一度振り返り、中を見渡す。

 

 机の上に、寄り添うように並ぶ2つの人形。

 もうここに入ることは2度と無いだろう。そこはもう2人だけの空間だ。

 

「……おやすみなさい。レイさん、ペティさん……」

 

 別れの挨拶を終え、自分の監房へと帰った。

 

 

 

 

 

 

 

 

***

[シルベview]

 

 

「……」

 

 何度目か分からないこの屋敷での朝。

 3度目の事件と処刑、昨日のビデオのことがあったにも関わらず不気味なほどに静かな雰囲気が、今までの出来事が全部無かったのではないかと錯覚させられる。

 恐る恐るベッドのはしごを降り、下段の様子を見る。

 

「……まあ、そうだよね」

 

 

 当然、2段ベッドの下段の主は既に居ない。

 スマホを手に取り時間を確認すると、いつも起きる時間よりも1時間も遅れていることに気付いた。

 静かなはずだ、いつもなら廊下の方から何人か起き抜けらしい少女たちの声が聞こえてきてもおかしくない。

 

(参ってるのかな、自分らしくもない……)

 

 今までならこんなことは無かったはずだった。あのことを忘れていた、あの時までの自分なら。

 あのことを忘れずにいたら、誰かの気持ちを汲み取れてる様にいたら、クオレも、ユウノも、誰も悲しまずに居られただろうか。

 裁判の日の夜から尽きない自問自答であり、どうしようもない独りよがりの言い訳だった。

 

 ふと視界の端にレイの刀が映る。

 いつか『持っていろ』と言われて、結局返せないままだったものだ。

 こうなることを予感していたのかは、もう聞けない。

 けど彼女なら、何もしないことを選ぶなんてしないだろう。 

 

(……考え込んでるばかりじゃ、どうしようもないな)

 

 両頬を二、三度軽く叩いてから監房の扉へ向かう。

 いくら迷おうが、自責を抱えようが、やることはもう決まっている。それが、居なくなってしまった人たちへの手向けになると信じて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




<リチの感想文>

 レイちゃん……いつもみんなの為に色々としてくれててとても頼もしかったの
 みんなのリーダーで頼られる存在で優しくてかっこよかったの
 だけどいなくなっちゃった……
 もっと色んなお話したかったな……

 それにまた人が減っちゃった……寂しいなぁ……

 
<シルべの感想文>
 
 彼女の献身的な行動は皆の支えになっていた。
 誰だってそう思えるぐらい、誰かの為に動いていたのを……知ってる。
 
 レイさんは……いつだって投げ出して良かった筈だ。
 責任からも、義務からも、何もかもね。
 それを実行出来る力だってあったんだから。
 
 でもレイさんはやり切った。
 文字通り、最期まで。
 
 ……馬鹿だよ、本当に馬鹿みたいだ。
 最期を見届けるまで、また二人の少女の苦悩に寄り添えやしなかった!最初も!!二度目もだ!!!!
 
 ……もう、どれだけ謝ろうがこれは自己満足でしかない。
 だからせめて、やれることはしなくちゃ。
 
 ……私は、ずっと覚えてる。
 
 絶対に忘れてやるもんか。
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