異誕少女ノ魔女裁判   作:異誕少女ノ魔女裁判制作チーム

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4-2「ここではない、どこかへ」

[シルベview]

 

 

「脱獄……ですか?」

「うん」

 

 朝食の後、ラウンジに集まってもらった皆に話を切り出す。

 ルナにも集まって欲しいと言ったが、『寝るのに忙しいです』と断られてしまった。

 

「ここから出るべきだと思うんだ。……確かにここに居れば、衣食住のどれかが欠けることも、尽きることも無いんだと思う。どこから補充してきてるのかは未だに分からないけど、そもそもツカイマは僕たちを積極的に殺そうってつもりは元々無いだろうし」

 

 ここに来た初日の、ラウンジでのツカイマの言葉を思い出しながら話す。

 

*

 

「……予想通りの反応どうも。まあそういうコトだから、これから余生をここで楽しく過ごすんだな。どうせオマエら、しょうもない人生送ってきたんだし、別にいいだろ?」

 

*

 

 

「……でも、ツカイマが言ったように、事件は起きてしまった。事件が解決したからもう起きる可能性は無いなんて、無責任なことも言えない。だから、ここから出るべきだと思うんだ」

 

 今更何を言い出すんだと思われるだろう。でも、また事件が起きて犠牲が出てしまえば、行動を起こす暇すら無くなるかもしれない。

 事件が過ぎ去ったこのタイミングしか無い。

 

「……そうだね。良いんじゃない?」

「外に出れば、帰れるかもしれないですもんね!」

 

 伝えたかったことを話してすぐ、ウメとアヤフミは好意的な反応を示してくれた。

 

「じゃあ、手伝ってもらえるってこと?」

「別に、そうは言ってない。面倒だし——」

「——はい!私もウメさんも賛成です」

「…………まぁ、柳谷さんがそう言うなら」

「うん、ありがとう! 残りの人たちはどうかな?」

 

 ウメとアヤフミに感謝をしつつ、残りの皆にも目を向ける。

 すると、テミが意を決したように小さく手を挙げた。

 

「ごめんなさい……。脱獄のことなんですが……私たちは、あまり……」

 

 脱獄に異を唱えるその声に、おずおずとユリ、リチも手を挙げる。

 記憶を失っているスミレ以外は基本的に帰りたいものだと思っていたので、「えっ」と思わず声が出てしまう。

 

「あっ…………その、すみません……」

 

 それにつられてか、ほとんどの人がテミの方へ注目してしまい、テミはそそくさと魔法を使って姿を消してしまった。

 遠ざかっていく足音の方をぽかんと眺めていると、慌てた声でユリが手を挙げた。

 

「あ、えっと、テミさんに代わって答えます……! 確かに、普通は帰りたいと思うのかもしれません……ですが今は、そういうことを考える余裕も無いと言うか、その……」

「…………分かったよ。僕も無理に協力しろなんて言わない。お願いしてるのはこっちだからね」

「は、はい......ありがとうございます……!」

 

 何度も頭を下げながらそう言うと、ユリはリチを連れて、テミを追いかけるように足早にその場を立ち去った。

 

 

「スミレさんはどうしたい?」

「そうっすね……」

 

 スミレは少し考える素振りをしてから、誰も居ない空間を見て頷いていた。

 そして再びこちらを向く。

 

「私も協力するっす! クオレさんもそう言ってますし……」

「あ……そ、そっか、うん……それは良かった」

 

 もう何回か見ているが、どうも反応に困ってしまう。当たり障りの無い反応になってしまった。

 だが、これで少なくとも4人で脱獄について色々考えることができるのだ。脱獄に協力してくれる人ができたことに内心とても安堵していた。

 そんなことを考えていると、スミレが立ち上がってラウンジの入口へ向かっていった。思わず呼び止める。

 

「スミレさん? どこ行くの?」

「イトさんが居ないんで、脱獄のことを確認してくるっす!」

 

 そう言ってそのまま出ていこうとしたため、慌てて襟を掴んで引き留める。

 

「ま、待って! 先にまず何をするか決めよう!」

「そそ、そうですよ。探しにいくのはそれからでも遅くないと思います!」

 

 

 アヤフミも私の意図を察してか、援護してくれる。

 すると、『そう言うなら……』という感じで、スミレは渋々元の場所に戻ってくれた。

 

「さて、脱獄……とは言ったものの、実はどうすれば良いかまでは決めてないんだよね」

「それを決めるために頭数を揃えたんでしょ? この人数が居ればすぐに決まると思うけど」

 

 ウメはそう言うが、そうパッと浮かんでくるわけでもない。今までの生活の中からヒントになるものはないだろうか。

 

「みんなは屋敷で生活していて、何か気付いたことは無いかな」

「何か、と言われても……」

「設備の一部に魔法が使われてるとか……ホールの消えない火みたいな」

 

 あまり良い思い出のあるものではなかったが、思い返してみる。思えば消えない火のシャンデリアだけでなく、それ以外にもいくつか魔法の痕跡のようなものがちらほらあった。

 ただ、それが脱獄に繋がるかと言うと、そういう訳ではなさそうだった。

 

(魔法の影響が残っているのなら、過去にも脱獄を考えて実行しようとしていた人の痕跡とかが分かれば役に立ったりするかな……)

 

 などと考えてはみるものの、ただでさえ普通にはお目にかかることの無い魔法の痕跡を探すのは、中々に骨が折れそうだ。

 しかも、脱獄に関わりがありそうなものに絞るとなるとさらに難しいのは想像に容易い。

 なかなか案が出てこないのにも納得だった。次の可能性を検討した方が良さそうだ。

 

 

「他には......あ、例えばだけど、屋敷の中じゃなくて外で何か見たとか......外に繋がりそうな道とか……ほら、魔法の影響とかあるんだったらワープ装置とかあったりして……」

「あったらもう見つかって、騒がれてそうだけどね」

「結構外を出歩かれている方も多いですし、見つかりそうなものですけど……」

 

 ウメとアヤフミにことごとく正論で潰されてしまい、ぐうの音も出ない。

 

 

「うーん……じゃあさ、そこで何か目につくものがあったりしなかった?」

「特に怪しいものは、無かった気がしますけど……」

 

 3人で頭を捻るが、中々出てこない。すると、隣のスミレが「あ!」と手を叩いた。

 

「その話で思い出したんすけど、イトさんと屋敷の周りを探索していた時に、とても大きな塀を見ました」

「大きな塀?」

「はい、塀……とは言ったんすけど、塀というか壁というか……ありえないぐらい高かったっす」

「そうなんだ……近くには何か変わったものは無かった?」

「いや、特には……。ただ、イトさんがその時に壁走りを見せてくれたんですけど、その音を聞いてか看守が現れて、しばらく追い回される羽目になったっす」

「なるほど……」

 

(イトさん、知らない間にそんなことしてたのか……)

 

 話を聞く限り、塀の近くで何かをしていると看守に咎められる可能性があると言うことだ。それはつまり、看守にとって都合が悪い何かがあるということだろう。

 

(看守か……それもまた考えないとだ……)

 

「何かあるのは間違いなさそうだし、また調査してみよう。対策は必要だと思うけど」

「分かったっす」

「……と言うか、『追いかけ回された』って……捕まらなかったの?」

「イトさんが私を抱えて走ってくれたおかげで、追いつかれることは無かったっす! とても速かったっすよイトさん」

「そ、そうなんだ……」

 

「……看守って、結局なんなのでしょうね」 

 

 ぽつりと、アヤフミがそう呟いた。

 

「そういえば考えたこともなかったかも……」

「あの手の感じとか、【なれはて】っぽくない?」

 

 ウメが冗談っぽく言う。

 看守の姿を思い返してみる。鎌を構えてどこを見てるかも分からない顔で立っているあの姿。

 その鎌を持つ腕や手は、これまで処刑されてきたみんなが【なれはて】となった時のものに似ているかも知れない。

 

 

「……もしかしたら、そうなのかも。看守って、【なれはて】なんじゃないかな」

「お、よく気づいたな」

 

 突然の声に皆が飛び退く。

 

「つ、ツカイマ!」

「あれは元々ここの囚人のひとりだったんだぜ」

「そ、そうなんですか……?」

「その中でも、御し易いやつにこの屋敷の管理を手伝ってもらってんだ。こき使うのはやめてやれよ」

 

 言いたいこと言い終えたのか、ツカイマはそのままどこかへ飛び去ってしまった。

 

「……何しに来たの?」

「さあ……」

 

 首を傾げるウメに返す言葉がない。

 

「……あの、ということは、看守って元々は……人間だったということでしょうか」

 

 アヤフミが控えめに手を挙げる。

 

「そうなんじゃないかな……。見る影もないけど」

「だったら、私の魔法で看守の過去を読み取ることができたら――」

「――そんなこと、する必要無い」

 

 アヤフミの提案を、ウメが間髪入れずに否定する。

 だが、それよりも――

 

「――ん? 過去を読み取る……? ごめん、なんの話?」

 

 思わず疑問を口にする。

 そんなことをできる人は当然居ないし、そんな魔法を持っている人も居ない。

 アヤフミの魔法は私と似たようなものだったはずだ。

 

「あ、えっと……」

 

 私の言葉に、アヤフミは目を泳がせる。

 

「……柳谷さん、嫌なら言わなくて良い」

「でも……」

 

 ウメはアヤフミの目を見て、静かに視線を外す。

 

「……まあ、忽那さんなら無理に使わせようとしてこないと思うし……話したいなら、良いとは思うけど」

「そう……ですね」

 

 アヤフミは大きく息を吐き、私に向き直った。

 私は自然と身構える。

 

「……実は、私の魔法は【他人の記憶を奪う】魔法なんです」

「記憶を……奪う……?」

「はい……。他人の記憶を覗くことができて、覗いた記憶は相手から消える……そんな魔法です。その、今まで嘘をついててごめんなさい……」

「いや、それは……良いんだけど……」

 

 魔法について嘘を言ったのはアヤフミだけじゃない。素直に言ってくれるだけ良い方とすら思える。。

 

「ああ……だから、看守の過去を読み取るって話をした訳か」

「はい。……そういうことです」

「分かったけど……看守に対して魔法を使うなんて、少し危なくないかな? 発動条件は?」

「いえ、相手の目と私の左目が合うこと……それで、過去を奪えます。……ある程度近付く必要はありますが」

 

 そう言ってアヤフミは自分の左目を指さす。

 そういえば、彼女はずっと左目を閉じて生活していた。目が合うと勝手に発動してしまうのだろうか。

 

「それなら、危険じゃない……のかな?」

 

 魔法を使うと言っても、相手と目を合わせるだけなら看守相手でもできそうだが、少し不安ではあった。

 だが、看守の過去を見ることができれば、何か新たな発見があるかもしれないという期待もある。

 

「いや、でもその方法はダメ。他の方法を考えよう」

 

 ウメが首を振って否定する。

 先程も間髪入れずに否定していたが、なぜそこまでダメだと言うのだろうか。

 私が感じている不安とは、また違うもののように見える。

 

「……ウメさん、私は大丈夫。きっと……耐えられるはず」

「でも……」

「お願い、私を信じて」

 

 アヤフミがウメの手を両手で包んで、真剣な表情で彼女を見つめる。

 ウメは少しの沈黙の後、ため息をついてから口を開いた。

 

「…………そこまで言うなら、分かった」

「ありがとう。ウメさん」

「じゃあさっそくやってみようよ、スミレさんも一緒に……」

 

 と横を見ると、既にそこに居たはずのスミレの姿は無かった。

 

「あ、あれ……?」

「今さっき飛び出していったけど」

「え……?」

 

 ウメが淡々と告げる。

 

「呼び止めなかったの?」

「いや、タイミングなかったし……」

「なら……しょうがないか。3人で行くしかないね」

 

***

 

 

「……ほんとに大丈夫なのかな……」

 

 

 廊下の角からウメと一緒に顔を出す。その先には、そろりそろりと歩くアヤフミと、看守の姿があった。

 幸運にも、看守は廊下を掃除することに夢中なのか、背に居るアヤフミには気付いていないようだった。

 

「柳谷さん……」

「だ、大丈夫だよ。今のところは……気付かれても、看守に敵意を向けてる訳じゃないし」

 

 今にも飛び出していきそうなウメを宥めながら、静かにアヤフミの様子を見守っていた。

 

***

[アヤフミview]

 

 

 

(……大丈夫。きっと大丈夫)

 

 うるさく鳴りやまない心臓の音を落ち着かせようとしながら、足音を立てないようにゆっくりと看守の後ろに迫る。

 一歩、また一歩近付くたびに看守の背が大きく感じられる。自分の発言を後悔しかけたが、頭を振って弱気な考えを捨て、また一歩看守に近付く。

 看守に十分近付いたことを確認してから、後ろを振り返る。

 心配そうにこちらを見つめている2人の姿が見えた。今にもこちらに走ってきそうなウメと、それを押さえながらこちらに目をやるシルベ。

 あまり長く心配させるのも申し訳ないと思い、再び看守の方に向き直って深呼吸をする。

 

(……えいっ!)

 

 覚悟を決めて、看守の前に回り込み、顔を覗き込みながら左目を開いた。瞬間、頭の中に看守の記憶が流れてくる。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「この花……もうダメみたい」

 

 隣に座る少女が、寂しげに呟いた。

 

「私の魔法のせいで、生き物はみんな変わっちゃう。あの湖のお魚さんだって、元は優しい子だったのに……」

 

 君のせいじゃないよと告げるが、彼女の表情は曇ったままだった。

 私は視線を戻し、その枯れた花に触れる。

 すると、枯れた花はたちまち息を吹き返し、元通りの綺麗な花になった。

 

「……ありがとう。いつも綺麗にしてくれて」

 

 私は笑顔で「気にしないで」と言った。彼女も少しだけ元気を取り戻す。

 

 ふと湖の方へ視線をやる。ここに来て間もない頃は、彼女に連れられてよく遊んでいた場所だ。

 

「……あの湖、奥に何かある気がする。ほらあれ……何か光ってる気がしない?」

 

 彼女の指さす方を、目を凝らして見てみると、確かに何かがキラリと光っている気が――

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

――キャハハ! これ以上は見ちゃダメよ?

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「……っ!?」

 

 驚いてすぐに左目を閉じる。幸いにも、看守はこちらには気も留めず掃除に戻った。

 膝の力が抜ける。廊下の奥から駆け足気味にこちらへ来ているウメとシルベが見えた。

 

「今の声は……?」

「柳谷さん大丈夫……!? 何とも無い?」

「え? あ、う、うん! なんとも無いよ!」

「とりあえず、場所を変えよう」

 

 ウメに支えられながら、シルベと共にラウンジに戻った。

 

「それで、どうだった……?」

 

 シルベにそう聞かれ、見えたものを共有した。

 

 

 

「……誰かの声?」

「はい。それ以上はダメだ、と言われてしまって……それ以外の記憶は見ることができませんでした」

 

 気持ちが顔に出てしまったのか、シルベは私を見て首を振りながら言った。

 

「ううん、少しでも情報が得られたなら十分凄いよ。勇気を出してくれてありがとう。些細な情報でも、それに意味があると思う」

「でも、『ダメ』って誰が言ったんだろ……」

 

 ウメが呟く。看守に拒否されたと言うには変な気もする。

 

「それは分からないけど……まずは分かったところから調べてみよう。湖を調査してみない?」

「そうですね! じゃあ、スミレさんを呼んで……あ、もうこんな時間」

 

 スマホを見ると、監房時間が近付いてきていた。

 

「じゃあ、湖はお昼を食べてからにしよう。何も準備せずに行っても徒労に終わりそうだし……」

「いくら湖の水が綺麗そうだとしても、そのまま泳いで奥の方を探したりするのは難しそうだし……奥に行く手段は必要じゃない?」

「奥に行く手段かあ……。ボート……は無さそうだし、聞いても出してくれないだろうしなあ……」

「命綱みたいなものがあれば良いんじゃないでしょうか……? 誰かに付けて泳いでもらって……」

「綱も出してくれるのかなあ……」

 

 もしかしたら出してくれるかもしれないが、計画を感づかれたら元も子もない。

 

「作れば良いんですよ。例えば服を結んだりとか……」

「着ている服を……ってこと? 流石に帰り裸で帰ってくるのは……」

「違いますよ!! 昨日来ていた服とか、焼却炉にいつも捨ててるじゃないですか。それを拾ってきて結べばいいんです」

「……確かに、それなら長く作れるし、わざわざ服を脱ぐ必要も無いね」

「なら決まりかな。昼食の後に、焼却炉から服を回収して湖に行って調査をしよう」

 

 

***

[シルベview]

 

 

 ベッドへ寝転ぶ。先程と一転して静かな監房の中は、頭の整理をするにはちょうど良かった。

 まだまだやることは多い。湖の奥を調べてそこで得たものを使ってまた調べることになるだろう。もし何も得られなかったとしても、またそこから考えて別の方法で脱獄の手段を確立させていくしかない。

 

(でも、もし……脱獄する方法が見つからなかったら?)

 

 ふと、そんな考えが浮かんでしまう。

 塀で囲まれた牢屋敷、その外側に何があるかなんて誰も確認できっこない。

 仮にその塀を抜けられたとして、その先には何があるのだろう。

 

(山? 森? それとも街があって、案外塀の外にいる人間にすぐ会うことができたり……? ……もしも外が海だったら?)

 

 前者のどれかならまだしも、海になっているのならその時点でほぼ振り出しに戻ってしまう。

 あれだけ船頭を買って出ておいて、そうなってしまったらと想像するだけで嫌な汗が出て来る。

 

(……駄目だ。弱気になってどうする)

 

 とにかく、やれることはやってみるしかない。

 監房時間が終わった後の計画を立てることにした。

 

***

 

 監房時間が終わって食堂へ向かった。

 ウメが食事の準備をするようになって数日が経ち、自然とウメを中心にスミレ、アヤフミと共に準備を行うようになっていた。

 

「ウメさん、キャベツ切れたよ」

「ありがとう、ここに置いておいて」

 

 野菜を切るといった簡単な作業は私とスミレ、アヤフミで行い、ウメに主な調理をしてもらうことになった。

 

(ペティさんの遺した手記があるとはいえ、凄いなウメさん)

 

 ペティに教えてもらっていた時期からしても上達しているのが分かる。料理自体もそうだが、フライパンのなどの手捌きにもキレの様なものを感じる。

 

 

(ペティさんが見たらなんて言うだろうな……)

 

 なんてセンチな気分に浸りかけていると、背中をツンツンとつつかれたので振り返る。そこにはリンゴを切っていたはずのスミレがいた。

 

「シルベさん! これ、どうっすか?」

 

 スミレの手にある皿には、ウサギの様にカットされた可愛らしいリンゴが乗っていた。

 

「可愛いね、上手く切れてる」

「そうっすか!? ありがとうございます! さっきもペティさんたちに褒められちゃったんすよ、私こういうのも得意なんすかね~」

「あー......うん、そうだね」

 

 スミレは料理の手伝いをしながらも、私たちには見えない幻覚が見えているままだった。たまにウメにペティの幻覚が重なって見えているのか、ウメに対して「ペティさん!」と話しかけそうになっているところも散見するぐらいには良くない状態になっている。

 この問題も脱獄の計画を進めながら解決しなければならないが、新しい考えは浮かんでこないまま止まっていた。

 ここからの脱獄と、スミレを正気に戻すこと。両方を抱えながら色々考えるのは正直思っていたよりも大変なことだった。

 だが、こちらとしても見ててあまり精神衛生上良いとは言えないものなので、早急に解決する必要があるのは明らかだ。

 

(お昼食べながら考えよう……)

 

 そう思いながら再び料理の準備に戻った。

 

***

 

 ウメが作った料理を食べ、片付けを行った後、私たちは湖へと向かった。

 スミレとアヤフミには焼却炉に服を取りに行ってもらっている。

 

 湖のほとりに着いて全体を見渡す。

 

「思ったより綺麗なんだね、ここ。水も透き通ってるし」

「うん、これなら奥の方も調べられそう」

 

 そんなことを話しながら脱獄のヒントになりそうなものが無いか探していると、スミレとアヤフミが大量の服を持ってこちらに歩いてきた。

 

「お待たせしました。これだけあれば良いっすかね?」

「ありがとう2人とも。じゃあ、これを皆で結んでいこう」

 

 2人が持ってきた服の腕や足の部分を結んでいき、1本の長い綱を作る。それを体に巻くことで何かあったときの命綱にするためだ。

 結び終える頃にはとても長い綱ができていた。これなら湖の端から端まで行ったって足りるだろう。

 

「完成ですね! それで……これは誰が?」

「私は泳ぐのはあまり……」

「私も……」

 

 スミレとアヤフミは泳ぎにあまり自信が無いといった感じだった。

 

(……仕方無いか)

 

「ウメさんは料理とかやってもらってるし、何かあったらマズいから私が泳いでいくよ」

「良いの?」

「任せて、泳ぎは得意なんだ」

 

 そう言い、綱の端をウメに渡す。

 

「……そのまま行く気?」

「え、うん」

「泳ぎにくいし、服くらい脱いだら?」

 

 そこまで気が回っていなかった。

 拭くものも無いので濡れて帰る気だったが、このままだと泳ぎにくいのも確かだ。

 

「……じゃあ、そうしようかな」

 

 最悪、持ってきてもらった服を使えばなんとかなるかもしれない。

 とりあえず、外套(がいとう)と靴を脱ぐことにした。

 そして、ウメに綱を私の体に巻いてもらった。

 

「……よし、巻いたよ」

「ありがとう、じゃあ早速始めよう」

 

 

***

 

 

「何かあったら引っ張るから、その時は引き上げてね」

「うん。気をつけて」

 

 ウメとアヤフミ、そしてスミレに見守られながら、水面に足をつける。

 

(……冷たい)

 

 引っ込めそうになった足をなんとか湖の中に沈め、そのまま歩を進める。

 思えば泳ぎなんていつぶりだろう。どんどんと沈んでいく身体に不安が募る。

 

(いいや、やらなきゃ)

 

 思い切り息を吸って、湖の中へ潜水する。

 水が透き通っているおかげか、ゴーグルが無くてもそれなりに水の中が見えた。

 

(うん……? あれは……)

 

 湖の底から何かが近付いてくる。

 魚が寄ってきているのかとそちらを見つめていると、黒くでかい影がこちらへ向かってきているのが見えた。

 

「――!?」

 

 明らかに魚ではないと直感で感じて綱を引くも、引いてもらうのを待っているだけじゃ間に合わないと思い、自分で綱を手繰って岸へ戻ろうとした。

 湖の様子もそれだけに留まらず、霧で包まれていき視界が遮られていった。

 

(マズい、このままじゃ……)

 

 手繰り寄せながら良くない考えが頭を過ると、綱が引っ張られている感覚がした。恐らく視界が遮られる直前に様子がおかしいのが見えていたのだろう。

 引っ張られるのに合わせて自分でも手繰り寄せてなんとか岸へ戻ろうとする。水面下の影は決して速くは無かったためこのまま行けば無事に岸に戻れるだろうと思った。

 その安堵が油断に変わるのも遅く無かった。突然、手に握っていた綱の感覚が変わる。緊張しているように張っていた感覚から突然、緩んだような、支えを失ったような頼りない感覚に変わる。

 霧で視界が遮られている中でよく見てみると数メートル先の水面に、元の姿に戻った状態で幾つかのヨレヨレの服が浮かんでいた。

 直ぐに察することができた。綱が解け始めたのだ。

 

(しっかり結んでいたはずなのに……!)

 

 綱が完全に崩壊してしまうのも時間の問題だった。しかも、綱はウメ側から引っ張るだけでなく自分でも手繰り寄せて綱引きに近い状態で両方から引っ張っている状態だった。片側から引っ張る以上に負担がかかっていたのだろう。

 だが、そんなことを分析している暇はなかった。離れていた影との距離が徐々に、徐々に迫っている。

 慌てて普通に泳ぎながら岸を目指そうとする。だが、引っ張られていた先程の状態よりも遥かに遅い。それだけじゃない。焦っていたせいで、体の方に巻かれていた綱だったものを剥がすことが頭から抜けていた。それが泳ぎの妨げになっている。

 

(やばいやばいやばい……! このままじゃ……)

 

 初めて、明確に自分の前に降り立った死。首元にその刃が突きつけられている感じがして水で濡れている体がさらに凍えた気がした。

 突きつけられている刃が振り上げられる。水面下の影が、自分のいる場所とほぼ重なる。

 もうダメかと思ったその時、霧の向こうから声が聞こえた。

 

「忽那さん!!」

 

 そう聞こえたと思ったら霧の向こうから解けたはずの綱が飛んでくる。死に物狂いでそれを掴みとり身を委ね目を瞑る。直ぐに力強く綱が伸びている方へ体が引っ張られ、綱を掴んでいる手に暖かい温もりが重なる。

 目を開けると、目の前に心配そうにこちらを見つめる3人の姿があった。

 

「大丈夫っすかシルベさん!?」

「う、うん……た、助かったよ、皆……」

 

 息絶え絶えになりながら、ウメたちに支えられながら立ち上がり、自らに巻かれた綱の残骸を解く。そして背を向けていた湖に目を向ける。

 先程まであれほど様相を変えていた湖は、何も無かったとでも言うように元の綺麗な湖に戻っていた。霧も、湖の影もどこかへ消えてしまっていた。

 

「途中から霧がかかってしまって、慌てている様子が最後に見えたっきりだったんです。何があったんですか……?」

「……湖の中に巨大な影がいたんだ」

「巨大な影……?」

「なんだったのかは直接見えなかったけど、探索中に見た魚のどれとも大きさも異様さも全然違ったよ」

「……」

 

 それを伝えた後、全員が沈黙する。あわや犠牲が出そうになってしまったこの作戦の脆さ、と言うより改めてこの箱庭がどういうものかを叩きつけられた。

 魔法やその残滓が残っていたり、看守のような存在が居るのだから、そういう存在が放たれていてもなんらおかしくはないだろうと。

 そんな沈黙を破ったのはスミレの上げた声だった。

 

「これ、なんすかね?」

 

 そう言われて全員がそちらへ目を向ける。スミレの手には1つの小さな瓶が握られていた。

 

「それ、どうしたの?」

「シルベさんに巻いていた綱に絡まってたっす」

 

 どうやら焦って岸に戻ってくる中で、湖の水面や中に浮かんでいたものが引っかかっていたようだった。

 そんなもの探しても見つからなかったのにと思いつつスミレから手渡されたそれを開けると、中には紙切れが入っていた。

 紙を開くとそれは地図だった。見たところこの屋敷の地図のようだ。地図の一点には赤いバツ印が付いていて、脇に【ここの土が柔らかい】というメモ書きが残されている。

 

「地図……ですか?」

「みたいだね、多分ここの……」

「外は結構歩いたっすけど、大体合ってると思いますよ」

「……書いてあることが本当なら、バツ印が付いてる所から脱獄できそうじゃない?」

 

 ウメにそう言われてよく見てみると、バツ印が付いているところは地図のほぼ外側、長い壁の近くにあるように書かれている。

 

「さっきの作戦も、湖に良く分からないのが居るのなら危なすぎる。一旦帰って監房の時間が終わったら話の続きをしよう」

 

 私を含め他の3人もそれに同意し、一度屋敷へ戻ることにした。

 

***

 

 監房の時間が終わり、部屋を出てラウンジへ向かう。幸いにも屋敷に戻って直ぐに着替えることができたため風邪を引くことは無かった。

 

「それにしても……」

 

 先程のことを思い返していた。初めて遭遇したここでの命の危機、その感覚が余計にあのことを思い出させる。

 妹の死と魔法。数日前に向き合い始めたそれが、より鮮明に脳内を巡る。

 

「……」

 

 それでも、歩みを止める訳にはいかない。妹も、ここで出会い死んでいってしまった人たちも、自分以上に苦しんでいたことは自分自身がよく分かっている。

 それを考えれば、命がまだある自分は幸運な方だ。そう思うことで一歩踏み出せる。

 弱気になんかなってられないと、地図を握った手に力を込めラウンジへ向かった。

 

***

 

「改めて、次の作戦の話をしよう」

 

 ラウンジにあるテーブルに地図を置いて話を始める。

 おそらく屋敷全体が映っているであろう地図、そして隅の壁があるらしい場所に記されたバツ印と【ここの土が柔らかい】というメッセージ。

 単刀直入に思うことから言うことにした。

 

「この地図のバツ印の場所や、メッセージから多分、ここを掘って壁の向こうに出ることができるんじゃないかな?」

「まあ、書いてあることに従うならそうっすね」

 

 書いた主が誰かは分からないが、ツカイマや看守など牢屋敷側の人間が書くとは到底考えられない。

 もしあるとすれば看守のように、かつてここに閉じ込められていた自分たちと同じような存在だろう。

 だとすればこれが罠やハッタリである可能性は、箱に入れられて湖に落とされていた手間を考えると無いのではないかと考えた。

 

「土が柔らかいなら掘って外へ出るって言うのも、そこまで夢物語ではない気がするんだ」

「でも……これって塀の近くっすよね?」

 

 スミレがバツ印を指しながら言う。屋敷の外郭に存在するように見える地図上の長い線。恐らく塀のはずだ。

 

「それがどうかしたの?」

「前話したっすよね。イトさんと一緒に塀の近くに行って、そこで看守に追いかけられたって......」

「そう言えば……そうだったね」

「なら、穴掘りは難しいんじゃないすかね。看守やツカイマに見つかったりしたらまた追いかけられるっすよ」

 

 看守がイトの行動に反応して追いかけたことが脱獄しようとしてると勘違いされたことに起因するなら、塀の傍で穴を掘っているのを見られてもそう受け取られてしまうのは容易に想像がつく。なんなら今回は真剣に脱獄しようとしている訳なので、そこはしっかり考えなければならない問題だ。

 

「なら、穴を掘っている間それ以外の人でツカイマを引き付けておこう」

「看守はどうするんすか?」

「忽那さんが看守の巡回ルートを覚えるのはどう?」

「僕?」

「覚えるの得意だろうし適任かと思って……。料理の手伝いしてもらった時に、私が指示したこともすぐ覚えてできるようになってたから」

「あー……」

 

 鋭いなと思いながらも、この中なら一番適しているという自負もあったため、そのまま役目を請け負うことにした。

 

「そうしたら、どういう風に巡回ルートを覚えるかっすね」

「毎日食堂を覗きに来ているので、ルートは決まってそうですよね」

 

 アヤフミの言う通り、看守は必ず食堂に顔を出していた。イレギュラーは無く、毎朝来ていたのを覚えている。

 

「なら、明日から僕は看守のルートを覚えるよ」

「1人で大丈夫ですか……? さっきもあんなことがあったのに……」

「心配してくれてありがとう、アヤフミさん。……でも、大人数だとバレそうだし大丈夫だよ」

 

 湖でのことを心配してくれたのだろう。確かに看守にこれがバレればどうなるかは分からないが、看守自身にちょっかいを出したり、明確に感づかれなければ大丈夫なはずだ。

 

「とりあえず、これだけ決めておけば次の作戦はできるかな」

 

 私の言葉にウメもアヤフミも頷く。

 しかし、スミレは既にラウンジの出口へと向かっていた。慌てて追いついて引き留める。

 

「ちょ、ちょっとスミレさん! どうしたの?」

「作戦は決まったのでイトさんに話して来ようと思って! 明日からなら早めに言っておいた方が良いっすよね? クオレさんやレイさんもそう言ってますし……」

「あぁ……でもさ、ほらもうすぐ夕食の時間になっちゃうし、それに場所も分からないでしょ?」

「それなら大丈夫っすよ! よく行くところも見当が付きますし、それに、レイさんたちが一緒に居ますから」

 

 その言葉に、もう我慢ならなかった。

 

「スミレさん……」

「……? なんすか? あ、シルベさんも一緒に――」

「――彼女たちは……。イトさんも、クオレさんもペティさんもレイさんも!! ……皆もう、ここには居ないんだよ」

「は……?」

 

 その発言に怪訝な顔をしながらスミレはこちらを見てくる。それが余計に神経を逆撫でるが、深呼吸を何回かして心を落ち着かせる。

 

「シルベさん……急に変なこと言わないでください!」

「変なのはスミレさんの方じゃないか。ここ最近ずっとずっと、死んだ人のことばかり!」

「ここにちゃんと居るっすよ! 死んだ!? ふざけないでください!!!」

「ちょ、ちょっと……2人とも!」

 

 アヤフミが間に入ってきてハッとする。感情にまかせてぶちまけてしまったことを後悔する。

 続いてウメがスミレの前に立つ。

 

「ここで言い合ったって仕方無いでしょ?」

「そうっすよ。まったく、急に変なこと言い出して……ここに3人居るっすよね? ウメさん」

「……」

 

 スミレにそう言われると、ウメは何も言えずにスミレの肩に置いていた手をゆっくり離し、目を逸らした。

 

「…………アヤフミさんは分かりますよね? 居るっすよね? ここに……」

「そ、それは……」

 

 

 アヤフミも言い淀み、目を逸らした。それを見たスミレは『ありえない』といった顔でこちらを見ながら2、3歩後ずさった。

 

「……なんなんすか……みんなして、なんなんすか……!」

「あ、スミレさん……!」

 

 それだけ言うと、スミレは廊下の向こうへ走り去っていった。追いかけようとしたがそんな気力も残っておらず、その背中だけをずっと目で追った。

 残った2人に目をやると、気まずそうに2人もこちらを見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

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