異誕少女ノ魔女裁判   作:異誕少女ノ魔女裁判制作チーム

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※この作品は魔法少女ノ魔女裁判をリスペクトして作られています。
 原作の内容とは一切関係ありません。


1-3「悪くない生活」

 娯楽室には予想通りの先客が居た。ニーナ、アヤフミ、シルベだ。

 3人は、部屋の壁面にあるスクリーンを眺めていた。どうやら映画を見ているようだ。

 スクリーンには、暗い森の中をさまようゾンビの姿が映っていた。その近くの影に、主人公らしき少女が、必死に息を殺して隠れている。

 画質が少し悪く、一昔前のB級ゾンビ映画といった感じだ。

 そんな映画をニーナはニコニコしながら、シルベは真剣に見ている。アヤフミは若干ぼーっと見ていた。

 

 イトに小声で声をかける。

 

「(なんか、映画見てるみたいっす。暇ですし一緒に見ていきませんか?)」

「(え……あ、うん。八重沢さんが見たいなら付き合うよ……)」

 

 若干の歯切れの悪さが気になったが、部屋は薄暗く、表情がよく見えない。

 とりあえず深く考えずに3人の近くへ歩いていく。

 

「(あのー……)」

「わぁ!」

 

 私が小声で話しかけると、アヤフミは驚いて声を上げた。

 

「(わ、驚かしてすみません。私たちも一緒に見ても良いっすか?)」

「(あ、うん。そういうことね。もちろん大丈夫)」

 

 そう言って、アヤフミは空いているソファーを指さした。

 結果、6人で映画を見ることになった。

 

 部屋の明かりはほとんど落とされ、スクリーンの光だけが私たちの顔を照らしている。

 映画の内容は、『突然変異した謎のウイルスによって、人類の多くがゾンビ化してしまった世界を舞台に、生き残った人々がゾンビに襲われながらも、食料や安全な場所を求めてサバイバルを繰り広げる』という、なんともありきたりなものだった。

 

 私はどうやら、こういったホラー系には強いらしい。見ている間、なんとも言えない虚無感があった。自然とあくびが出てくる。

 しかし、左隣のアヤフミが、ニーナに時折(おど)かされて小さく悲鳴を漏らすので、それがちょっと面白かった。

 

 映画の方に目をやると、主人公たちが一旦空き家に隠れ、一息ついている状況のようだ。

 外は雨が降っており、かなり暗い。

 その時――ソファーの後ろの方から、何かが軋むような音がした。

 

(え? ……いや、気のせいか)

 

 今、スクリーンからではなく、どこか別の場所から音が聞こえた気がしたが、気にしないことにした。

 

(――なんだろう、服の袖が引っ張られているような……)

 

 違和感を覚え横を見てみると、イトが私の服の袖を掴んでいた。その手は、若干小刻みに震えている。

 

「(え、あの、どうしたんすか、イトさん)」

 

 イトに小声で耳打ちする。

 

「(ご、ごめん、八重沢さん……な、なんでもない……)」

 

 私の声に、ビクッと肩を震わせて、イトは手を離した。

 

(……もしかして、イトさんってホラーとか苦手だったりするのかな……?)

 

 そう思った直後――

 

「わっ!」

「わ!……な――」

「きゃあああああっ!!」

 

 いつの間にか私たちの背後にニーナさんが移動していて、私たちを驚かせてきた。

私は少し驚く程度だったが、イトに至っては悲鳴を上げていた。

 

「あ、ごめんごめん! そこまで怖がるとは思わなかったよ~」

 

 ニーナは心底愉快そうな笑みを浮かべている。先程の軋む音の正体は彼女だったようだ。

 

「な、なんすかニーナさん……急に驚かさないでくださいよ……」

 

 不満を口にしながら右隣に目をやると、イトの顔が暗い部屋でも分かるぐらい青ざめていた。やはりホラーが苦手なようだ。

 

「ちょっと退屈だったから、イタズラしちゃった♡」

 

 相変わらずニコニコしているニーナを見て、私は思わず苦笑いを浮かべる。

 

 そんな話をしていると、シルベが腰に手を当てながら立っていた。その視線は、ニーナに向けられている。

 

「(今は上映中だよ、ニーナさん。静かにしないと)」

「(はーい)」

 

 シルベはニーナを注意していた。ニーナは笑顔のまま自分の席に戻っていった。

 

 私たちも、再び視線をスクリーンに戻す。

 

「(イトさん、怖かったら目を閉じてても大丈夫ですからね)」

「(ううん、付き合うって決めたんだから、最後まで見るよ……)」

 

(そんなこと、気にしなくていいんだけどな……)

 

 イトはなかなか義理堅い性格のようだ。

 

(そういえば……)

 

 気になってクオレに視線をやる。彼女はこちらの様子など意に介さず、無表情でスクリーンを見つめていた。

 

(映画、楽しめているのかな……)

 

 

 

 映画が終わり、シルベが部屋に明かりをつけ、最初に口を開いた。

 

「僕、こういう映画あまり見ないから新鮮だった!」

「お姉さんも、アヤフミちゃんの反応が面白かったな~」

「ニーナさん! ちょくちょく脅かしてくるのはやめてくださいよ……!」

 

 シルベ、ニーナ、アヤフミが、各々の感想を述べる。後半2人は映画の感想ではないが。

 

「なかなか興味深い映像でした。特に主人公は銃の扱いが初めてなのに、中々構えが様になっていました。

 おそらく、訓練を積めば一流の射手になるでしょう。敵にはしたくないですね」

 

 クオレは独特の感想を述べていた。思わずそこじゃないとツッコみたくなる。

 

「……」

 

 イトは先程と比べると、いくらかマシな様子だったが、まだ若干顔色が悪かった。

 

「私が見ようと言ったばかりに、付き合わせてごめんなさい……」

「八重沢さんが謝ることじゃないよ……ぼくこそ、最初に言えば良かったね……」

 

 また若干の気まずさを感じ、最初から居た3人に話題を移す。

 

「そういえば、お三方も魔法が使えるんすか? ……あ、言いたくなかったらいいんすけど……」

 

 3人は顔を見合わせていたので、「じゃあ、左から順に……」と言った。アヤフミが自身を指さす。

 

「私の魔法は、右目を瞬きすることで使えるんです。

 簡単に言うとカメラと似てるような仕組みで、【瞬きすることで即座に記憶して忘れられなくなる】って感じでしょうか……」

 

 どうやら、アヤフミの魔法は記憶に関係しているようだ。

 

「すごい実用的な魔法っすね。……見せてもらえたりとかってできますかね……?」

 

 私はアヤフミに頼んでみたが、「ごめんなさい」と、断られてしまった。

 

「この魔法、とても便利なんだけど、使う際に私の記憶の一部を消さないといけなくて……。ここぞという時にしか使わないんです……」

「あ、そうだったんすね……ごめんなさい。何の気遣いもなくこんなこと言っちゃって」

「大丈夫大丈夫! そこまで気にしなくていいですから」

 

 アヤフミはそう言って、次の人へと話を譲った。

 

(人によっては、簡単に魔法を使えない人も居るんだな……)

 

「次は私ね。私の魔法は、【感情を色で捉える魔法】よ。この魔法を使って誰かを見ると、その人が今どんな感情なのかを色で捉えることができるの。怒りだったら赤色〜とかね」

 

(だからさっき、イトさんが怖がってるのが分かってイタズラをしてきたんだ……)

 

 本当に良い性格をしているなと思った。

 

「……でも、これを使いながら誰かに触れると、感情が流れ込んできちゃうのが嫌なところね。例えば、触った相手が殺意を持っていたら、死んじゃうほど痛いの」

「……なるほど」

 

 良い面ばかりでも無いらしいが、コミュニケーション能力が高そうなニーナらしい魔法だった。

 

「最後はシルベちゃん、どうぞ〜」

 

 ニーナが右隣を見てそう言うと、シルベが口を開いた。

 

「僕の魔法は、簡単に言うなら【覚える魔法】だよ。 見たもの聞いたものをすぐに覚えることができる力。アヤフミさんの魔法とかなり似ているかも。

 例えば、そうだな……さっきの主人公と相棒の掛け合いを再現するね」

 

 シルベはそう言うと、スラスラと先程の映画の会話を再現しだした。

 私は映画の内容をそこまで覚えていた訳では無いが、おそらく合っていると思う。

 それに、即興でこんな芸当など普通はできないだろう。

 

「こういう風な力だよ、 見聞きしたことを瞬時に記憶する。これが僕の魔法」

「へ~すごい便利そうな魔法っすね……」

「そうだね、 便利だよ。 勉強すらしなくていい、 見たら覚えちゃうからね。

 ……でも、 記憶するのと理解するのは決してイコールじゃない。 上辺や外側だけを見たとしても、 それは知ったかぶりと同じなんだ。

 だから、 そういう面も含めると 『便利だけどそれだけじゃない』って感じかな」

 

 暗記系科目のテストとかで便利そうな魔法だ。少し羨ましい。

 

「なるほど……ありがとうございました」

「もう大丈夫なの……? そっか」

 

 シルベは少し驚いたように呟くと、突然目を輝かせてスミレの顔を覗き込んだ。

 

「そういえば、君の魔法ってどんな魔法なの? いや、 別にこちらが明かしたから不公平だなぁとか思っている訳ではなくて、君自身を僕が知りたいというそんな好奇心から来るものであって……」

「え、えぇ……?」

 

 シルベは、急な早口でまくし立てた。

 その圧に、私の身体が自然と後ろへ下がる。

 

「あ、そういえば、八重沢さんの魔法について聞いてなかったな。ぼくも気になる」

 

 イトにも詰め寄られてしまった。

 しかし、私は魔法なんてものは使えない。ここはどう答えればいいのだろうか。

 

「いや、実はその……私、魔法使えなくて」

「「え、そうなの?」」

 

 2人はなぜか同時に全く同じ反応をしていた。

 なんとなくだが、この2人は雰囲気が似ている気がする。

 

「はい……なんか、すみません、シルベさん、イトさん」

「僕の方こそごめんなさい。ちょっと好奇心に勝てなくて……」

「いえいえ、気にしないでください」

「でも、魔法が使えないなら魔女候補じゃなくない……? なんで連れてこられたの……?」

 

 確かにそうだ。魔女因子を持っている魔女候補は魔法を使える。という話だったはず。

 

(もしかして、昔は使えた……とか?)

 

「そういえば、私は牢屋敷に来る以前のことを全く覚えていないんすけど、皆さんはひょっとして覚えているんですか?」

 

 そう言うと、またもや驚かれてしまう。

 

「え、全然覚えてるけど……」

「僕も……」

「私も覚えてるよ」

「ワタシもです」

「お姉さんも覚えてるよ?」

 

(ど、どういうこと……? なんで私だけ記憶がないの……?)

 

 私は八重沢スミレ、15歳。趣味は……やはり、これ以上は覚えていない。

 何か、やらなくてはいけないことがあった気はするのだが。

 

「それって、記憶喪失……ってこと……?」

 

 イトが遠慮がちに尋ねる。

 信じられないのも無理はない。私自身も今分かったことなのだから。

 

「そう、なるんすか、ね……」

 

 当然、曖昧な返事しかできない。

 それっきり、私も他の皆も黙り込んでしまった。

 その空気に割って入ったのはニーナだ。

 

「まあ、覚えてないなら仕方ないじゃない。今、何を考えたって無駄でしょ?」

「それは、確かにそうっすけど……」

「……皆様、現在時刻は14時45分。そろそろ、戻らなければならない時間です」

「あ、本当っすね」

 

 いつの間にか、随分と時間が経っていた。

 

「じゃあ、みんなで監房に戻ろうか」

 

 そうして私たちは、娯楽室を後にした。

 

***

 

 私たちは再び、地下の薄暗い監房に戻っていた。

 時間ギリギリだったようで、扉が閉まると同時にロックが掛かった音がした。自動で鍵が開け閉めされる仕様らしい。

 時間を見ると15時ちょうどだった。

 

(このスマホといい、こういう部分だけハイテクなんだよな……)

 

 目覚めてからまだ3時間しか経っていないが、少し疲れてしまった。イトに断りを入れてベッドに横になることにした。

 とは言え眠れる感じでもない。そこでツカイマが言っていた魔女図鑑のことを思い出し、一度すべて目を通しておくべきだろうとスマホを取り出す。

 とりあえず、今日はこの後どうするのか知るために、時間割を見てみることにした。

 

15:00~17:00 監房にて過ごす

17:00~22:00 監房のロックが解錠され、自由時間のため出入り可能

22:00~翌6:00 外出禁止時間

 

 よく見ると、シャワールームの温水は17時からしか出ないらしい。ということは、シャワーは17時からの自由時間内で済ませる必要があるようだ。

 そんなことを考えていると、監房の外から元気な声が聞こえてきた。

 

「おーいみんなー! 聞こえるかー? ペティだー!」

 

 どうやらペティが皆を呼んでいるようだ。

 

「一番奥の監房に居るイトとスミレー! 聞こえるか分からんから、聞こえたら返事してくれー!」

「はーい! 聞こえてるっすよー!」

「聞こえてるよー!」

 

 私たち2人の返事が届いたようで、ペティは言葉を続けた。

 

「OK、ありがとう! 次の自由時間の時に夕食を作ろうと思うんだがー! みんな、アレルギーは無いかー? あったら今教えてくれー!」

 

(アレルギーは特にない……よね?)

 

 記憶がない故に思い当たることが無いだけな気はする。とりあえず黙っておくことにした。

 

「……返事がないってことは、アレルギーはないってことでいいなー?」

 

 他の監房からも声は上がらなかった。

 

「それじゃあ飯は18時半ぐらいに用意しておくから、自由に食べてくれー! 冷めるのがイヤなら時間ぴったりに来るのがオススメだぞー!

 あーそれと、20時までには食べ終わってくれー! 片付けもあるからなー!」

 

(そうだ。今日からペティさんの美味しいご飯が食べられるんだ……楽しみだな)

 

 監房は窮屈だが、美味しいごはんが食べられるなら、ここでの暮らしも案外悪くないかもしれない。……なんて、そんなことを思ってしまった。

 

 魔女図鑑を読むのを再開し、時間割以外も読み進めていく。

 体調不良時の対応や、就寝規則なんかも書いてある。

 どうやら、服は毎日ダストシュートに捨てなければならないらしい。まだ全然着れるのに、もったいない気がしてしまう。

 

 そこで、今更だが私は自分の服装をよく見ていなかったことに気付いた。ベッドから起き上がり、スマホのカメラを使って自分の姿を映してよく観察してみる。

 私が着ているのは、薄いピンク色のような黄色のような、いわゆるピンクゴールドと言われている色のワンピースだった。

 肩にはセーラー服の襟のようなものがついており、フリルがついている。

 その下にはポンチョのようなビラがついており、なぜか左右非対称だ。そして左肩に穴が空いている。

 

(微妙に寒かったのはこのせいか……)

 

 手前には謎の模様が入った前掛けがある。

 そして、髪にはトゲトゲ……黒いバラの飾りがついていた。そこから伸びている茨を触ると少し痛い。

 

 総評するなら、可愛くもあるが、妙なデザインだ。黒いバラのせいで悪女っぽくも見える。

 

(この服って誰が作ったんだろう……)

 

「可愛いよね、その服」

 

 そんなことを考えていると、椅子に座っていたイトが話しかけてきた。

 

「あ……見てたんすか?」

「そりゃあ、そんなじっくり見てたら気になるよ」

 

 なんだか気恥ずかしくなり、イトから目を逸らす。てっきり、イトもベッドに戻ったものだと思っていた。まさかそこに居たとは。

 

「そういえば八重沢さん。このスマホ、連絡先を交換することでメッセージを送ったり、通話をしたりできるみたい。

 それで、良かったら……なんだけど、交換しない……?」

 

 黙ってしまった私を気遣ってか、そんな提案をしてくれるイト。思わず振り向いてしまう。

 

(知らなかった。意外と色々な機能が付いてるんだな……)

 

「そんなこともできるんすね。ぜひ交換したいっす!」

 

 ホーム画面に戻り、おそらくメッセージアプリであろう、吹き出しのようなアイコンをタップする。

 アプリを開くと、見慣れない画面に少し戸惑ったが、案外直感的に操作することができた。イトと連絡先を交換することに成功する。

 

――ぽんっ

 

 軽い音とともにイトからスタンプが送られてくる。私もスタンプを送り返す。

 

「へへ……」

 

 少し嬉しくなり、若干気持ち悪い笑いが漏れてしまった。さっと口を押さえてイトを盗み見るが、イトも送られたスタンプを見て笑みをこぼしていた。こちらを見ていなかったようでひとまず安心する。

 

【挿絵表示】

 

 

「……そうだ。本当に通話できるか、試しにかけてもいいかな?」

 

 そういえば、メッセージ以外にも通話機能が使えるようになるとイトが言っていた。

 確かに、言われてみれば気になるし、断る理由もない。

 

「了解っす」

 

 返事をするとイトは頷いて、スマホを操作する。

 

……プルルルル、ピッ

 

 しっかりと電話がかかり、私は慌てて画面に映る緑のボタンを押す。

 

「お、できました!」

 

 すると、私の声がイトのスマホから鳴って二重に聞こえた。ちゃんと通話できているようだ。

 

「これでいつでも連絡取れるっすね」

「うん」

 

 イトがいつになく明るい顔をしている。私も釣られて笑顔になる。

 

「……イトさんが同室で良かったっす」

「え?」

「いやほら、私が最初起きたときも看守から守ってくれましたし、探索にも誘ってくれたおかげで楽しかったですし、中庭でも私がどうしようか悩んでいたときにも前に出てくれましたし……って、助けてもらってばっかりっすね、私」

 

 思い返すと、なんだかんだでイトの勇気ある行動に助けられていることに気付き、少し笑ってしまう。

 

「……そんなこと、ないよ。ぼくには、それしかできないから……。ただ、視えるから……」

 

 だが対照的に、イトはなぜか少し暗い顔をしている。『視える』という言葉が若干気になったが、私は言葉を続けた。

 

「そんなことないですって! 私、本当に助かってるんすよ!」

「……そうかな」

「そうっすそうっす!」

 

 私は妙に熱が入ってしまい、イトの両手を握ってブンブンと振る。

 ここに連れてこられたのが私だけではなくてよかった。もしも1人だったらとても心細かっただろう。だから、イトが居てくれて良かった。 その気持ちが本当だと分かってもらいたかった。今度は私が行動で示す番だ。

 すると、イトは少し目を見開いた後、穏やかな表情になった。

 

「……ふふ。なんだか、八重沢さんと居ると元気になれる気がするよ」

「――! ……やっぱり、イトさんには笑顔が似合うっすよ」

 

 ようやく少しだけ笑ってくれて、私は安堵した。

 

「えっ? ぼく今、笑ってた?」

「……? はい。素敵な笑顔でしたけど……」

 

 イトは自身の口元を触り、少し困惑している様子だった。

 だが、医務室での一件もあり、それ以上は特に追求しないことにした。

 

***

 

 それから他愛ない話をしているうちに食事の時間になったため、私とイトは食堂へと足を運んだ。

 食堂付近に来ると、既に良い匂いが廊下を漂っていた。美味しそうな空気に思わず深呼吸してしまう。

 

「おぉ~なんか良い匂いがするっす!」

「楽しみ……」

 

 食堂に着くと、様々な料理が並んでいた。どれを眺めても、まるで高級レストランで出てくるような美味しそうな料理ばかりで、思わずよだれが垂れそうになる。

 辺りを見回すと、まだ来ていない子もいたが、多くの少女たちが集まっていた。

 

「お、スミレたちも来たんだな」

 

 私たちに気付いたペティが声をかけてきた。

 

「これ、やっぱりペティさんが全部作ったんすか?」

「おうよ! 見ての通りいっぱい作ったから、好きなだけ食べてくれ!」

「さすがっす……」

 

 ペティは胸を張って答えた。そして、「バイキング形式だから、自由に皿に取って食べて良いぜ」と教えてくれた。さっそく、美味しそうな料理を盛るために皿を手に取ってみる。

 いろいろあってお腹がペコペコだったためか、気付けばたくさんの料理を皿によそっていた。

 

(ま、まあ今日ぐらいは……)

 

 と、心のなかで言い訳をしながら席に着く。イトも隣に座った。

 

「「いただきます」」

 

 自然と声が重なる。そして一口。

 

(おいしい……!)

 

 ペティの料理は予想通り、いや、予想以上に美味しかった。食べる手が止まらず、しばし無言で食べ続けていく。

 

 そして、気付けば皿には何も残っていなかった。

 

(――はっ!? いつの間に……)

 

「美味かったか?」

「どひゃっ――!?」

 

 無我夢中で食べていると、隣から屈んでこちらを覗き込むペティに気付かず、驚いて変な声が出てしまった。

 ペティはそんな私を見て、ガハハと愉快そうに笑っている。

 

「そんな笑わないでくださいよ……」

「いやあ、悪い悪い。すげえ美味そうに食べるから、ついな」

「八重沢さん、表情がコロコロ変わるから、見てて面白かったよ」

「イトさんまで……」

 

 少し恥ずかしかったが、悪い気はしなかった。

 

「……でも美味しそうに食べる顔を見ると、嬉しいんだよ。……だから、ありがとな」

 

 少し照れくさそうにペティは笑う。慌てて私は手を振った。

 

「いやいや、それはこっちのセリフっすよ。めちゃめちゃ美味しかったっす!」

「ハハ、料理人冥利(みょうり)に尽きるぜ」

 

 こんな場所に閉じ込められて、一時はどうなることかと思ったが、この料理を食べられるならなんでもできる気さえした。

 

「……そういえば、ペティさんはもう夕ご飯食べたんすか?」

「いや、アタシは後で食べるから大丈夫だぜ」

「ああ、なるほど」

 

 料理人は正午や夕方など、混む時間帯以外の合間に食事を済ませていると聞く。ペティもそういう感じなのだろう。

 

「あら……予想以上に美味しいわね」

「――!! このお肉最高だよ! ユウノさんも食べてみなよ!」

「へ!? わ、私? あ、でも……確かに美味しそう……」

 

 周りの音に耳を傾けると、様々な場所から歓喜の声が聞こえてくる。皆楽しそうだ。

 

 ふと時計を見ると、今は19時半だった。

 

「イトさん、もう食べ終わりました?」

「うん。食べ終わったよ。そろそろお暇しようか」

 

 2人で手を合わせ、「ごちそうさまでした」と言い、ペティに指示された場所に食器を置く。

 そうして、私たちは食堂を後にした。

 

***

 

 少し食べ過ぎたため、休憩してからシャワーへ行こうということになりラウンジの方へ向かっていたが、突然イトが立ち止まって後ろを向いた。

 

「……? イトさん、どうかしました?」

「あ……ごめん、八重沢さん……先にラウンジに行ってて、ちょっと用事思い出して」

「……分かりました?」

 

 返事を聞くや否や、走って行ったイトの背中を見届けながらラウンジの方へ向かった。

 

 

 

「…………来ないな……」

 

 ラウンジに着いて、ソファに座って休憩しながらイトを待っていたが、20分ほど経ってもなお、イトが来る気配はなかった。

 

(何か、トラブルに巻き込まれたりしてるんじゃ……)

 

 先日の中庭でも、ウメとルナの喧嘩を仲裁するために2人の間に割って入っていた。勇気があると思ったが、逆に言えばトラブルに巻き込まれやすいのではないかと思い、心配になる。

 再び時計を見ると、さらに10分ほど時間が進んでおり、余計に心配を煽られてしまった。

 探しに行こうかと立ち上がったところで、ラウンジの入口の方から入ってくる人影が見えた。

 

「イトさん……!」

「ごめん、遅くなっちゃって」

「心配したっすよ、何かトラブルにでも巻き込まれてるんじゃないかって……」

 

 胸をなでおろしながらそう言うと、イトが『あっ…』と一言漏らしかけたがすぐに取り繕った。

 

「イトさん……?」

「い、いやなんでもないよ、それより……もうシャワー行く? 八重沢さんも休憩はできたと思うし」

「私は大丈夫っすけど、イトさん用事終わったばかりですよね? もう少し休んでから行きましょうよ」

「なら、お言葉に甘えようかな」

 

 そう言うと、イトはソファの方へ歩いて行った。

 

(さっき何か言いかけてた気がするけど……)

 

「八重沢さん……?」

「あ、ごめんなさい! すぐ行くっす!」

 

 少し気になったが、イトから呼ばれたので私もソファの方へ行き再び休憩をすることにした。

 

 1時間ほど休憩した後、私たちはシャワールームへと向かった。

 

 

***

 

 

 その後、シャワーを浴びたりしていると就寝時間も近くなったので、ベッドに横になることにした。

 

「おやすみなさい、イトさん」

「うん、おやすみなさい、八重沢さん」

 

 梯子を登っていくイトを見送って、固い布団に体を滑り込ませる。

 視界に映るベッドの底板が揺れて、イトも布団に入ったのが分かった。

 思い返せば今日はいろいろなことがあった。いきなりここに連れてこられて、化け物がいて、世界の敵だと言われて。

 私以外の13人と一緒に過ごすことになって、いろんな人と話して、美味しい物を食べて……

 最初は不安だったものの、何事もなく一日を過ごせて、ここでも結構やっていけそうな気がした。

 

(とは言え……なぜか昔のことは思い出せないし、魔法も使えないのは気になるけど)

 

 しばらく考えを巡らせていると、少しずつ眠くなってきた。

 

(まあいいや……細かいことは明日考えよう)

 

 思わず漏れたあくびと共に、やってきた睡魔へ身を任せて瞳を閉じる。

 そのおかげか、ベッドの硬さを心配する暇もなく、私は深い眠りに落ちた。

 

 

 

 

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