「――さん、八重沢さん」
「うーん……」
「早くしないと桂さんの美味しい朝食が冷めちゃうよ」
「――それはまずい! ……あ」
慌てて飛び起きると、目の前にイトがいた。どうやら先に起きていたようで、心配そうにこちらを見ている。
急いでスマホを取り出し、時間を確認する。
今は朝の6時半。昨日夕食後にペティから聞いた話だと、朝食の時間は6時20分なのでそこまで寝坊している訳ではないようだ。
私はホッと息を吐いた。
「おはよう、八重沢さん」
「あ、おはようございます、イトさん」
「目は覚めた? それじゃあ、朝食を食べに行こうか」
「そっすね」
(ペティさんが作る朝食、楽しみだな……)
***
食堂に着くと、既に色とりどりの朝食がテーブルに並んでいた。
今朝はオムレツとサラダ、トースト、フルーツというシンプルなものだった。そして、フルーツがいくつか入ったバスケットがテーブルの中央に置いてある。これは自由に取って良いらしい。昨日食べ過ぎた身としてはちょうど良かった。
(オムレツうま……)
そんなことを考えながら、この後の予定をイトさんと相談する。
「今日はどうします?」
「そうだね……屋敷の外を見に行くのはどうかな。この前、医務室から見えた花畑とか」
「いいかもっすね。天気もいいし……っ――!?」
その時、食堂の入口付近に大きな化け物、看守が現れた。片腕で構えている大きな鎌が不気味に光る。緊張が走る。私は恐怖で食べる動きが止まってしまう。
看守はその場に立ち止まり、感情のない視線で食堂内を眺めている。大きな魔女帽の下に貼り付けたような白い仮面の目がゆっくりと動いていた。
「……」
「…………」
他の少女たちも口を閉じ、動きがぎこちなくなっていた。中には震えている少女もいる。
しばらくすると、まるで何事もなかったかのように看守は立ち去っていった。
それと同時に、全身からふっと力が抜ける。
「――っはぁ……怖かったっす……」
「……八重沢さん、大丈夫?」
「はい、なんとか……」
イトだって怖いだろうに、それでも私を先に心配してくれる。だからこそ、こういう時はとても心強かった。
「看守……昨日は見かけなかったけど、屋敷を巡回してるのかな……」
「なるべく出くわしたくないっすね……」
おそらく、囚人が変なことをしていないか監視しているのだろう。
昨日は浮かれてしまっていたが、私たちはここに捕まっている囚人。監視の目があって当然だ。
私たちは微妙な気持ちになりながらも残りの朝食を食べ、昨日の探索の続きを開始した。
***
玄関ホールの入口から外に出ると、見渡す限りの緑があった。遠くの方には木々が生い茂っている。
そしてそんな景色の前に居た猫のような謎の生物ツカイマは、さも当然のように空中で浮いていた。
「なんだオマエら、今から外に行くのか?」
ツカイマは妙にフレンドリーな態度で話しかけてきた。
「え、あ、はい。まあ……」
どういったテンションで返したらいいか分からず、曖昧な返事をしてしまった。
「ほーん? ……まさかとは思うが、『塀で囲まれたこの屋敷を脱出しよう』なんて、考えてないよな?」
まるで私の心を見透かされているような物言いは、どこか気味が悪かった。
「そ、そんなことしないっすよ……さっさと行きましょ、イトさん」
「う……うん。そうだね」
何を考えているのか分からないツカイマから逃げるように、私たちは玄関を後にした。
***
「わあ……綺麗だね……」
「ですね……」
私はイトと2人で、昨日見た花畑を訪れていた。
白い花や黄色い花、青い花や赤い花など、色とりどりの綺麗な花が咲き乱れている。
私はもっと近くで見ようと思い、近付いて屈む。
「綺麗なコスモス……確か、ダブルクリックって言うんだっけ……」
「へえ……そんなのがあるんだ。八重沢さん、詳しいね」
「え? ああ、まあ。花弁の数が普通のより多くて、花の先がなんかギザギザしているのがダブルクリックだったはずっす」
私は花が好きだったのかもしれない。他の花を見てみても、なぜか知っている花が多かった。
「じゃあ……これは何ていうの?」
イトが少し離れたところに移動しており、ピンク色の花を指さしていた。
「それは……クリンソウっすね。花弁が階段状に連なって咲くのが面白い花っす」
確か、湿った場所に咲く花だったと記憶している。ここはそこまで湿っている感じはしないが、もしかするとこれも魔法なのだろうか。
そんなこんなで、イトと花畑を見て回っていると、聞き慣れない人の声がした。
「私たち……ここに捕らえられたみたいだね」
『わたしは家にいたのにどうやって連れて来られたのかな?』
「私たちが持つ魔法や魔女……だったかしら? とかの存在がいるなら……普通じゃない方法で連れてこられたかもね……」
『そうね……それに看守やなれはて……? に裁判だったり処刑だったりと物騒なこともあるみたい……』
見たところ1人しかいないが、誰かと会話をしているようだ。
「けれど悪いことばかりじゃない……お話出来そうな子たちがたーくさんいるの……。あの子たちなら友達になってくれるかしら……?」
『わたしなら大丈夫だよ……きっと作れる……』
「楽しくお話できるように、あの子たちのこと……たくさん知らないとね……」
『ええ……そうね』
気になって近付いてみると、その少女は手に持った人形と会話をしているようだった。
「こ、こんにちは……」
とりあえず挨拶をしてみる。
すると人形を持った少女はこちらに気付いたらしく、ゆっくりと顔を上げた。
「……あら? 貴方たちは……」
その少女は私たちの存在に気付き、振り返る。
長い緑髪を持つその少女には見覚えがあった。
(――確かリチさん……だっけ)
「えっと、私は八重沢スミレっす」
「ぼくは碧上イトだよ。よろしくね」
「スミレちゃんに、イトちゃんね。よろしくね……」
まるで初めて名前を聞いたような反応だ。そういえば、彼女は自己紹介の時も1人の世界に入り込んでいた。あまり他の人の自己紹介を聞く余裕が無かったのかもしれない。
「リチさんはここで何をしてるんすか?」
せっかくの機会なので色々話してみようと思い、尋ねてみる。
「私は今、お友達とお話しているの……」
「お友達って、その子のことっすか?」
「うん、そうなの。可愛いでしょ~」
少々変わったデザインの人形だが、言われてみれば可愛らしいかも知れない。愛嬌があるというか。
イトは少し引き気味だが、人形遊びをしていると思えば微笑ましい光景だろう。
「……確かに可愛いっすね。その子、名前はあるんすか?」
私が尋ねると、リチは嬉しそうに微笑んだ。
「名前はないけど、私の一番のお友達なの……」
『よろしくね』
「よ、よろしくお願いします……」
リチの手の中で人形がお辞儀する。私とイトはつられて頭を少し下げた。
「ふふ、恥ずかしがり屋さんね……。この子はまだちょっと照れてるみたい。でも、慣れたらいっぱい話してくれるの……」
「そうなんすね……。仲良さそうで、ちょっと羨ましいっす」
「そう? 嬉しいなぁ。私たちはいつも一緒なの。朝も昼も夜も、ね……」
『うん。わたしたちはずっと一緒』
どうやら人形に喋らせる時は声を少し変えているようだ。
なんだか変わった雰囲気の子だなという感想を抱いた。
なんとなくリチのことが分かったところで、いつもの質問をしてみることにした。
「ところで、リチさんの魔法って何ですか?」
「ん~? 私の魔法……気になるの~?」
「はい、皆に聞いてるんです」
「うん、いいよ~。教えてあげる……」
リチは迷うことなく頷く。それを真似するように手元の人形も頷いていた。
「私の魔法は【複製】……物をそのままコピーすることができる魔法なの……。例えば~……これがいいかしら……」
リチはそう言うと、近くに咲いていた花を一輪取った。
そして「見ててね……」と言うと、急にパッともう片方の空いていた手に、全く同じ花が現れた。
「おぉ……」
まるでマジックでも見せられた気分だ。思わず声が漏れる。
「こんな感じで私の魔法は……触れた物を複製できるの……」
「なるほど……」
毎度みんなの魔法には驚かされる。私も魔法を使ってみたいな、なんてことを思ってしまう。
「ちなみに、複製は何個もできるの?」
小さく手を挙げてイトが質問した。
「ううん……複製できるのは3つまでなの……。新しく増やすなら複製したものを壊すか、消去しないといけないの……」
流石に無尽蔵に増やせたら大変なことになる。制限は一応あるようだ。
「あと、複製は複雑なものだったり……大きいものには時間制限があって……その時間を過ぎちゃうと、消滅しちゃうの……」
残念そうにリチは首を横に振る。
「もしかして、人も複製できたりしちゃうんすか……?」
怖い考えが頭によぎり、おそるおそる聞いてみる。
「ん~。一応できるけど……ただの人形と変わらないの……。話したり動いたりはできないの……。
それに1、2分くらいで消滅しちゃうから……」
「そうなんすね」
(良かった、できないのか……)
それを聞いて少し安心した。人を複製できるのは流石に怖い。
それから、しばらくリチと話したり、花畑を歩き回ったりして時間を過ごした。
「ねぇ八重沢さん」
「どうしました?」
リチと別れて花畑を去ろうとした矢先に、イトから話しかけられてそちらを向くと、イトは花畑の奥の方を見ていた。
「朝、屋敷を出る時に、ツカイマが『屋敷の周りは塀で囲まれてる』って言っていたよね」
「そうですね……それがどうかしたんすか?」
「……脱出なんてこと考えていたわけじゃないんだけどさ、あまり寄るところでもないし、折角近くまで来たから、一度見ておいた方が良いのかなって思って」
視線の先、花畑の奥には塀が見えていた。
「確かに……何があるかは確認したいですし、行ってみましょうか」
「結構高いですね……塀」
「そうだね、脱出なんて考えようとするなって言っていたけれど、これは普通に登ろうと思っても厳しそう……」
先程の会話の後、私たちは塀の傍まで来ていた。
塀と呼んではいるものの、人の身長を優に超えている。塀と言うよりはとても長い壁のように感じた。
「凹凸もレンガの隙間ぐらいしかないし、安全器具も無いとこれは……」
塀に触れながら呟いているイトを見ていると、1つの考えが浮かんだ。
「イトさん、そういえばパルクールが得意って言ってたっすよね」
「え?」
突然話題を振られたからか、こちらを向いたイトは目をまんまるにしていた。
「パルクールって、確かビルの屋上から屋上に飛び移ったり、壁を蹴って登ったりするんすよね?」
「ま、まあそうだけど……って、特技の話とかよく覚えていたね」
イトはため息交じりにそう言うと、再び壁……塀を見つめながら話を続けた。
「確かに、ぼくはパルクール……八重沢さんが今言ったようなこともできるけど、流石にここまで高いと登りきるのは厳しいかな……」
「なるほど……。あ、じゃあ!」
イトの方へ1歩詰め寄ると、何かを察したのかイトが1歩下がろうとした。が、後ろが塀だったせいで距離は結局縮まってしまう。
「壁走りとか、できたりしないっすか!?」
「か、壁走り……?」
「登りきるのが厳しいなら、少しの間走ったりすることは出来るのかな~って……」
完全に興味本位だったが、イトの特技を見たいという気持ちがあったためダメ元で聞いてしまった。
「ダメっすかね……?」
「……できなくは、無いんだけど……」
「おお、じゃあ――」
「――ただし」
お願いします、と言おうとしたところを遮られてしまう。
「誰かに言いふらしたりしないことだけ、約束してほしい……かな」
「わ、分かったっす」
(そういう顔もするんすね……)
恥ずかしそうに顔を背けるイトをまじまじと見ながらそう思った。
気を取り直してイトは壁走りのために、壁から離れて距離を取った。それを私はワクワクしながら眺める。
「危ないから、離れててね」
言われた通りに離れると、イトが塀と並行に向き直って少しの間息を整えた。そして僅かに姿勢を屈めてから走り出した。
(おぉ、結構足が速い……やっぱり、体動かせる人は違うな……)
そんなことを思っていると、イトが少し屈むような動きを見せた。
「……っ!」
そしてイトが地面を蹴った瞬間、私が思い描いていたものと寸分違わぬ姿で、壁を走るイトがそこに居た。
「おぉ……」
思わず感嘆が漏れてしまう。その姿を見続けていると、数秒壁を走った後に壁を蹴ってイトは地面に着地した。
「……ふう、えっと……どうだったかな?」
「……凄い! 凄いっす!! 本当に走れちゃうだなんて……!」
照れくさそうにはにかむイトの顔を見て、もっと褒めたくなっていると、今の今まではにかんでいたイトの顔が途端に青ざめていった。
――と思った時にはイトに肩を掴まれていた。
「……八重沢さん、今すぐ離れよう」
「え、どうしたんす――」
言い終わらない内に強引に手を引かれ走り始めると次の瞬間、私たちが元居た場所から衝撃音が響いた。
振り返ると、そこには鎌を振り下ろした看守が、走り出していた私たちを見ながら佇んでいた。
「ひっ……」
しかし、看守はすぐに地面に刺さった鎌を振り上げ、こちらに狙いを定めて走り始めた。
「な、なんで看守がこっちに向かって来てるんすか⁉︎」
「分かんない! もしかしたら、壁を走ってるぼくの姿を見て、脱出を企んでると思われたのかも……!」
イトに手を引かれ、走りながら看守の方を見る。手を繋いで走っているからか、距離がジリジリと詰まっていく。
(このままだと、私もイトさんもあの鎌で……!)
嫌な考えが頭に浮かんでしまい、どんどん血の気が引いていくのを感じる。
(せめて、イトさんだけでも……)
そう思い手を離そうとするが、逆にイトの掴んでいる手に力がこもった。
「八重沢さん、ごめん!」
「へっ……うわぁ!?」
ぐっと引っ張られたと思ったら、いつの間にかお姫様抱っこされている状態になっていた。
「イ、イトさん!? だ、大丈夫っすよ! そ、そんなことしなくても!」
「大丈夫、八重沢さんとても軽いから」
(そういう問題じゃないし! てかそっちは大丈夫でも、
心の中でそう叫びながらも、今はイトに身を任せるしかなかった。
しばらく看守から逃げていると、屋敷の玄関ホールまで辿り着くことができた。いつの間にか看守の姿は見えなくなっている。
そこでイトは私を降ろすと、壁にもたれて座り込んでしまった。
「大丈夫っすかイトさん!?」
「う、うん……しばらく休めば、大丈夫だと思う……」
「そ、そうっすか……」
とは言え、自由時間もそろそろ終わりそうだったため、イトに肩を貸してそのまま監房へと戻った。
***
――午前10時頃、牢屋敷内のある監房にて。
監房待機時間中の彩果ニーナと純霓クオレは、二段ベッドの下段に並んで座りながら話をしていた。
「ねえねえクオレちゃん」
「……何でしょうか、ニーナ様」
「その『ニーナ様』っていうのやめてよ〜。気軽に『ニーナお姉さん』って呼んで欲しいな♡」
「……ニーナ様、ワタシが誰かをそのように呼ぶ資格はありません」
「固いな〜。私が良いって言ってるんだから良いの!」
「ですが――」
頑ななクオレにニーナは指を向けて笑う。
「ニーナお姉さん! リピートアフターミー!」
「……ニーナお姉さん」
「よくできました♡」
ニーナはニコニコと笑っているが、クオレはあまり理解できていないようだ。首を傾げてニーナの顔を見ていた。
***
私とイトは監房に戻って正午になるまで過ごした後、昼食を取りに食堂へ向かった。
昼食は12時半からと伝えられていたため、少し早かったが監房にいても仕方がないので早めに行くことにした。
食堂に着くと、やはりまだ昼食はできていなかったようだ。テーブルの上は空っぽだった。
やることも無いので適当な席に座って待つことにした。イトと他愛の無い話をする。
「あれ、どうしたんだ? まだ昼食の時間じゃないぞ」
するとペティが私たちに気付いたらしく、厨房から顔を出した。
「あぁ、いえ、監房に居ても暇だったので……早めに来ちゃいました」
「あー、そうか。ま、ゆっくり待っといてくれ」
「はーい。……ちなみに、今日の献立はもう決まってるんすか?」
私が尋ねてみると、ペティは「よくぞ聞いてくれた」と、腰に手を当てて頷いた。
「決まってるぜ! 本日はなんと……カレーライスだっ!」
「おおー!! カレー!!」
「カレー……久しぶりに食べるかも……」
カレーと聞いて、私とイトは大いに盛り上がった。どんな味だったかは覚えていないが、きっと美味しいはずだ。身体が欲している。
――ぐぅぅ……
盛り上がっていると、隣で小さな音が聞こえた。振り向くと、イトが恥ずかしそうに目を逸らしていた。
おそらくお腹が鳴った音だろう。聞こえていないふりをしておくことにする。
――ぐぅぅ……
(……)
私も鳴ってしまった。
「「……」」
何も言えず、ただ明後日の方を向くことしかできない。
「可愛いなお前ら」
ペティは「ガハハ」と笑いながら厨房に戻っていった。
しばらくして昼食が出来上がる頃になると、食堂は少女たちでいっぱいになる。
レイは点呼を取っているらしい。食堂に入ってくる少女を見ては何かに書いていた。
周りの少女たちを見てみると、もう既にグループができているところもあり、2日目にしてこの生活に慣れてきている様子だった。
食事を受け取った私たちがカレーを食べ始めようとしていると、ニーナが声をかけてきた。アヤフミも一緒にいる。
「あら、イトちゃん、スミレちゃん。一緒に食べても良い~?」
「え? あぁ、私は全然大丈夫っすよ」
「ぼくも大丈夫」
ニーナに声をかけられるとは思っておらず少し驚いたが、頷いた。
「ルナちゃ〜ん。こっちに来て一緒に食べな~い?」
ニーナはルナも誘おうとしていた。が、
「結構です。特にあなたのように馴れ馴れしい人はキライです」
断られていた。
「私はルナちゃんのこと好きよ♡」
「……ごちそうさまでした」
ルナはさっさと食べて食堂を出ていってしまった。
「ニーナさん、あんまりルナさんを困らせたらダメですよ……」
ニーナはアヤフミに注意されていたが、当の本人は「はーい」と軽く流していた。
(前も思ったけど、ニーナさんってメンタル強いというかなんというか……すごいな……)
そう考えながらカレーを食べる。
(やっぱりおいしい!! 流石ペティさん!︎)
辛さと甘さのバランスが絶妙で、じゃがいもやお肉の食感も最高だ。お店を出せるレベルとはこのことだろう。
「スミレちゃんとイトちゃんって仲良しよね~」
「え、な、なんすか急に……」
「え~? だって、いつも一緒にいるじゃない?」
「それはそうっすけど……」
少し不安になってイトの方を見る。
「あ、あの……勝手に仲良いって思わせてもらっているんですが……い、イトさんは、ど、どう……なのかなと……」
イトは少し視線を泳がせながらも、目を合わせようとしてくれていた。
「う、うん……ぼくも、そう思ってる……よ……」
(なんでこんな恥ずかしいことを言っているんだろうか私たちは……)
「うふふ」
振り返ると、ニーナはものすごくニコニコしていた。完全にからかわれている。
「ちょっと羨ましいな〜。私、ルナちゃんにいっつも冷たくされるのよね~。まあ、そんなところも好きなんだけど♡」
うっとりとした表情で頬に手を当ててニーナは目を閉じる。恋する女の子を
(やっぱり、この人には敵わないなぁ……)
「そういえば彩果さんって、すごく身長が高くてスタイルも良いよね。何か
イトがニーナに質問をした。
それは私も気になっていたことだ。
「ん? そうね……楽しく生きることじゃないかな? ストレスがかかってたら伸びるものも伸びないよ」
「な、なるほど……」
イトは想定とは違う答えがきたのか、「うーん」と考え込んでいる。
適当に言われた感じもするが、ニーナの行動を見ているとそうかもしれないと思ってしまった。
ふと、他の子はどうしているのだろうかと思い、周りを見渡してみる。
真っ先に目に留まったのは、大きな赤い布を被っているユウノと、その同室のシルベだ。
「ユウノさんって手が綺麗だよね。羨ましいなあ……」
「えっ、そ、そうかなぁ……? ふ、ふへへ……」
初日に監房で会った時はずっと布を被り引きこもっていて少し心配だったが、どうやら仲の良い子ができたようだ。楽しそうに会話をしている。
「ユリさんはどの子が生きていてほしいと思いますか?」
「う、うーん、やっぱり、主人公とヒロインには生きていて欲しいなって……」
別の方角では、テミとユリが向かい合って座って話していた。
最初は物騒な話をしているかと思ったが、物語の中の話だと分かった。共通の趣味で仲良くなったという感じだろうか。
「純霓クオレ、君は戦闘経験が豊富だと聞いたのだが……良ければ今度手合わせ願えないだろうか」
「ワタシで良ければ、協力します」
こちらでは、既に食べ終わったレイとクオレが本当に物騒な話をしていた。流石に外でやるだろうが。
「ウメちゃんのマフラーあったかそうだね〜。私も巻いてみたい……」
「そう……」
ウメは、わざと皆から離れた位置に座り、黙々と食べている。途中からリチがやってきて、一方的にウメに話しかけていた。
ウメは若干困っているような、諦めているような感じだった。
***
食べ終わった後、少し休憩してから私たちはペティにお礼を言い、食堂を後にした。
そうして廊下を歩いていると偶然、レイと遭遇した。
「あれ、レイさん。何をしてるんすか?」
「……八重沢スミレに碧上イトか。ここで何か問題が起こっていないか見回りをしているんだ」
「なるほど……お疲れ様っす……」
「叢雲さん、ありがとう」
私たちがあまり問題に遭遇していないのは、もしかするとレイのおかげだったのかもしれない。
「礼はしなくていい。好きでやってることだ」
素っ気なく言い返すが、好きでやっていることだとしても、私は偉いと思った。
「そういえば、初日も仕切ってくれましたよね。あの時はすごく助かりました……。だから、それも含めてありがとうございます」
「あの時、心細かった子も多いと思う……助けられた子も多いと思うよ」
私とイトは感謝を告げた。
「……そうか」
レイは間を空けてからそれだけ言って、見回りに戻っていった。
***
監房に戻らなければならない時間になったため、私たちは地下に向かった。
その際、暇つぶしのために、娯楽室からトランプを拝借してきた。
そして今は、イトとババ抜きをしている最中だ。
「……」
私が、イトからカードを引く番になった。手をイトの前で左右に移動させ、イトの反応を伺う。
(表情が読めない……)
イトはポーカーフェイスが得意なようで、全く表情が変わる気配がない。
仕方がないので、勘で一番右のカードを引く。
(……! ジョーカーだ……)
なんということだろう。ジョーカーを引いてしまった。
「ちょ、ちょっと待ってもらっていいすか」
「うん、いいよ」
私は残りの手札を自分の後ろにやり、シャッフルをする。その間、イトは全く表情を崩さない。
私はシャッフルを終え、手札を身体の前に戻す。
「さあ、どうぞ!」
そうだ。まだチャンスはある。私もポーカーフェイスを意識する。
イトが手を出してきた。
(それはダメ……そこじゃない……そうそれ! それを取って……!)
ジョーカーの位置で手が止まった。これは勝った。
と、思ったその時、手をずらして別のカードを取られた。
「な……!」
私の手札に残ったカードはジョーカー1枚だけ。つまり……
「あがり」
「わ! 負けた! くっ……」
負けてしまった。私は、悔しさに頭を抱えて呻く。
すると、イトの笑い声が聞こえてきた。
「ぷっ……ふふふ……っ」
イトが、必死に笑いをこらえている。
「く、くそぉ……」
「ごめんごめんっ……だって八重沢さん、すごい顔に出るんだもん。ジョーカーの位置、バレバレだよ」
「うそ……」
完璧なポーカーフェイスのつもりだったのだが、完全に見破られていた。
私はそんなに顔に出やすいのだろうか。そういえば初日もイトにそんなことを言われた気がする。
「ポーカーフェイスって、なんかコツとかないんすか……?」
「コツ……? うーん、コツかあ……。……顔に力を入れない……とか?」
「な、なるほど……意識してみるっす!」
それから、何度かババ抜きをしたが、結局1回も勝てなかった。
(イトさん、強すぎる……)
***
監房に居る時間が終わり、自由時間になったところで、私たちは監房を出た。
夕食まで少し時間があったため、まだ行ったことのない図書室を訪れてみることにした。
図書室はかなり広く、様々なジャンルの本が置いてあるようだ。
中央のテーブルでテミとユリが向かい合って座り、読書をしているのが見えた。
話しかけようかと近付こうとしたその時、テミが本を閉じた。
「ユリさん、おすすめしてもらったこの本、とても面白かったです。特に――」
テミがユリに感想を言っているようだ。
「――! わ、分かります! 主人公が世界を滅ぼしたと思ったら、1日目に戻って別キャラ視点で始まるのは予想外でした……!!」
「……それに、この第二の主人公が、最初は主人公らしくないのも面白いんですよ」
「そう! そうなんです……!! それに、主人公らしくない主人公が、少しずつ成長していくのがまた良くて……!!」
ユリは語気に熱がこもり、若干前のめりになりながら喋っている。内容がとんでもなさそうだが、すごくその作品が好きなのだろう。
盛り上がっているところに割って入るのも悪いと思い、とりあえず邪魔をしないように本棚の方へ向かった。
「イトさんは本とか読むんすか?」
「ぼく? うーん、ぼくはあんまり本は読まないかな。身体を動かす方が好きだから。……八重沢さんは?」
「うーん、どうだろ。漫画とかは多少読んでたような気はするんですけど……」
「……あーそっか。八重沢さんは今までのことを覚えていなかったんだったね」
「そうっすね。……そういえば、ここって漫画とかもあるんすかね……?」
「――あ、あの!!」
そんな会話をしていると、不意に後ろから声がした。振り向いてみると、先程話していた2人が居た。
「あー……えっと、すみません、うるさくしてしまったかも……?」
私が謝ると、ユリはブンブンと首を横に振った。
「い、いえ! 全然そんなこと、ないです!! ……ってそうじゃなくて!」
「もしかしたら、本にご興味があるのではと思いまして、ユリさんが声をかけようと」
そこで、テミも口を開いた。
私とイトが視線を向けると、テミは少し視線を逸らした。
「ま、まあそんな感じです……ね」
(なるほど、私たちが迷っているように見えたのかも。……気を使わせちゃったな)
「あ、いえ、気にしなくて大丈夫っすよ」
そう言うと、ユリは明らかにしょんぼりとした表情になってしまった。確かに、これだと誤解させる言い方だったかもしれない。慌てて手を横に振る。
「い、いや、やっぱり興味あるっす!」
「――っ!! 本当ですか!?」
さっきの表情はどこへやら、ユリの表情はぱあっと輝いた。
「あー……そうだ! ユリさんのおすすめの本とかあります?」
「あ、あります!! 今持ってきますね!!」
そう言ってユリは飛び出すと、あっという間に本棚の奥へ消えていってしまった。
「えっと……こちらから話しかけておいて、なんかすみません」
残ったテミが頭を下げる。まるでユリの母親みたいに見えてくる。
「いえいえ、全然!」
「ぼくはむしろありがたいかも。ちょうど本を読んでみたいと思ってたから」
ユリはきっと、今まで色々な本を読んできただろうし、そんなユリがおすすめする本なら内容は期待できそうだ。
しばらく戻って来なさそうなユリを待っていると、私はあることを思い出す。
「あ、そうだ。これ、皆に聞いて回ってるんすけど……テミさんの魔法ってなんですか?」
「魔法……ですか? そうですね、 例えば……」
テミは辺りをキョロキョロと見回し、近くの本棚から一冊、本を取り出した。
「この本がちょうどいいですね。では、 これを手に持ってください」
彼女に促されるまま、 渡された本を両の手の平に乗せた。
「その本をよく見ていてくださいね。3……2……1……ほら、 これで見えなくなったでしょう?」
「わっ! 本当に見えなくなったっす! 今のはどうやったんすか!?」
彼女のカウントダウンに合わせて、 手の平に乗っていた本が突然視界から消えてしまった。
だが、 手の平の上にある本の感触は消えずにそのまま残っている。
「これが 私の魔法です。 【透過】と言えば分かりやすいでしょうか? 要は透過させた物体が視認できなくなります。ただ、 その物体は視認できないだけですから、 存在そのものが消えた訳ではありません。今も、本の重さを感じているでしょう?」
「確かに、 見えないのに手に乗っている感覚が不思議っすね……」
「まあ、 言わば手品みたいなものですから。……魔法については、 これで十分に伝わったでしょうか?」
「もちろんっす!……ちなみに、 この魔法ってもっと大きいものとかも消せるんすか?」
「ええ、 壁や柱のように物理的に繋がっているものでなければ、 人間ほどのサイズまで魔法の対象になりますね」
そこでふと思い至った可能性について聞いてみることにした。
「それって、透明人間にもなれる……ってことっす……よね?」
「はい、 おっしゃる通りです」
テミはさも当然のように頷いた。
「その……ここまで聞いておきながら言うのもなんですけど、 そんなに魔法を明かしてもいいんすか?」
「構いませんよ。皆さんが何かしらの魔法を持っているでしょうし、 隠したところでいつか暴かれてしまいますからね」
「まあ、 それはそうかもっすけど……」
「それに――今更この魔法を手放すなんて、 私にはできませんから」
「…………」
それはどういう意味だろうか。
気になったが、イトの件を思い出し、質問を飲み込んだ。
「すみません、 少々話が長くなってしまいました。その本は……元の位置に戻しておきますね。また時間がある時にでも。……あ、ユリさん」
テミはそう言って、本棚に本を戻す。視線を追うと、後ろの本棚から顔を出すユリが見えた。
もしかして、私たちが話し込んでいて入り辛かったのだろうか。少し申し訳ないことをしてしまった。
「あ、あの、あの、あの――」
本を大事そうに抱えながらユリが、
だが言葉がまとまらないのか、ユリは困ったようにテミを見た。
「……先程言っていたおすすめの本を、ユリさんが持ってきてくれたみたいです」
テミが翻訳してくれた。ユリは嬉しそうに頷いている。
「あ、わざわざありがとうございます! ユリさん!」
「ありがとう、清條さん」
「い、いえいえ! わ、私がただ、布教したかっただけなので……!!」
そして何冊かユリから本を受け取る。上・中・下の3冊で、中々分厚い。暇があったら読んでみよう。
「じゃ、じゃあ、私はこれで――」
ユリはそう言ってその場を去ろうとする。
「——あ、そういえば、ユリさん」
テミにも聞いたので、今度はユリにも魔法を聞いてみようとその背中に声をかけた。
「ひゃっ、ひゃい!」
すると、ユリはものすごくびっくりしてしまったらしい。軽く飛び跳ねていた。
「あ、すみません。……ユリさんはどんな魔法を持ってるのか、聞きたくて」
それを聞いたユリは顔を若干しかめ、深く考え込んでしまった。
それから少し間をおいて、口を開く。
「わ、私もみなさんみたいに不思議な力は使え……ます」
そして呟くように話し始めた。
「私の魔法は 【読心】。読んで字のごとく、人の心を読むことができます……」
喋っていくうちに少しずつ声量とトーンが落ちていってしまう。
「……すごいね。そんな魔法もあるんだ……」
イトが感心したようにそう言う。
だがユリはすぐに首を横に振った。
「全然すごくなんかない……ですよ。触れなきゃ使えない上に、仲の良い子にしか効かないんですから……」
ユリはそう言いながら、だんだんと涙目になってしまった。
私はどうしたらいいか分からず、目を泳がせることしかできない。隣のイトも困ったのか私の方を見ていた。
「ご、ごめんなさ、い……こんな雰囲気にしてしまって。……私の魔法については以上です。そ、それでは、失礼します……」
するとユリはそう言って、図書室から走り去ってしまった。
「あ、ユリさん!」
テミはこちらにお辞儀をしてから、慌ててユリの後を追っていった。
「……清條さん、大丈夫かな」
「ど、どうだろ……」
静かになってしまった図書館に、答えを返してくれる人は居なかった。
時間を見るともうすぐ夕食の時間だったので、本を監房に置いてから食堂に向かうことにした。
***
食堂に着くと、他の少女たちが全員揃って食べ始めていた。私たちが最後だったらしい。
夕食は相変わらず美味しかった。このままペティの料理を食べ続けていたら舌が肥えてしまいそうだ。
そうは思いながらもこの料理の美味しさには抗えず、今日もまたたくさん食べてしまっていた。
すると、急にイトがバッと立ち上がった。
「え、どうしたんすか、イトさ――」
――パリンッ
いきなり食堂に大きな音が響いた。
音のした方に目をやると、皿が落ちて割れていた。
「ご、ごめん! 後ろちゃんと見てなかった! 大丈夫……?」
どうやら、テミの前にいたシルベがテミの持っていた盆に当たり、乗っていた皿がバランスを崩して床に落ちてしまったようだ。
その場が静まり返り、全員の視線がテミたちに集まる。
「――っ! ……い……え、大丈夫、です。ペティさん、お皿、割ってしまってすみません……」
テミの顔は青ざめ、手が震えていた。そんなテミを見たシルベは、すごく申し訳なさそうにしている。
「全然気にしなくて大丈夫だぜ! それよりも怪我はねえか……?」
「……はい、大丈夫、です」
「なら良かった! ……他のやつは気にしなくて大丈夫だ。アタシが片付けとくから、皆は食事を続けてくれ」
ペティの一言でシーンとした空気は徐々に無くなっていった。皆が食事に戻ったようだ。
(大丈夫かな……)
そうは言っても安心できなかった。先程見えたテミの顔色は、尋常じゃないぐらい青白くなっていた。
皿を割ってしまった罪悪感もあるだろうが、それにしても激しく動揺しているように見えた。
けれど今は何もしてあげられることが無い。仕方なく、次の疑問に移ることにした。
「……イトさん、さっきは急に立ち上がってどうしたんすか?」
隣で立ったままだったイトに問いかける。少し目を泳がせながらイトは首を傾げた。
「あーいや、ずっと座ってたら脚が痺れてきちゃって」
「そ、そうっすか……」
微妙に引っかかりを覚えながらも、今はそれで納得することにした。
***
夕食の後、私たちはシャワーを浴び、新しい服に袖を通していた。
昨日もしたことだが、1回着ただけで服を捨てるなんて、もったいない気がする。
(何かに使っちゃダメなのかな……)
シャワーを終えた私たちは監房に戻ってきた。
時刻は21時半。22時まで少しだけ時間がある。
イトに「先に読んで良いよ」と言われたため、ユリからすすめられた本を読んでみることにする。
私はベッドに腰を下ろし、ユリから借りた本の表紙を指でなぞった。
タイトルは――『終わらない月の檻』。
厚みのある上巻の背表紙には、金色の文字が鈍く光っていた。
(結構分厚いけど……とりあえず最初だけでも読んでみようかな)
ページをめくると、すぐに独特な静けさのある文章が目に入ってくる。
『月が満ちるたびに、少女は檻の中で夢を見る。夢の中でだけ、彼女は誰かと会話ができた』
――静かで、けれどどこか不穏な始まりだった。
文体が柔らかくて読みやすいのに、底に何か冷たいものが潜んでいるような……そんな感覚。
「それ……どんな話?」
読んでいると、イトがベッドの上から私に聞いてきた。
「うーん、まだ最初っすけど……『夢の中でだけ話せる少女』が出てくる話っすね」
「なんか、八重沢さんっぽいね」
「え?」
「時々、頭の中で色々考えてそうだなって思う時があるから」
それはババ抜きの時に言っていた、表情に出るという話だろうか。
「……それ、褒めてるんすか」
「もちろん」
「はは……嘘っすね」
「嘘じゃないよ。そんな八重沢さんと一緒だと……楽しいから」
「……お褒めに預かり光栄です」
適当なことを言いながらも、私はページをめくって読み進める。
『夢の中で出会うもう1人の少女は、いつも私に宝物をくれた。しかし、それと同時に呪いもくれた』
(の、呪い……?)
急に怖い話になってきて、いまいちどういう話なのかが掴めない。しかし、独特な文章に魅力を感じる。
しばらく読んでいると、いつの間にか就寝時間間際になっていた。
(……今日はここまでにしようかな)
上からは寝息が聞こえる。イトは既に寝てしまったようだ。
私は部屋の明かりを消し、ベッドに寝転がって目を閉じた。