朝食の時間。
いつものように席に着き、朝食を食べる。
(そういえば、今日もここに看守が来るのかな……)
看守の姿を想像してしまい怖くなった。少しだけ食べるペースを早める。
「……どうしたの八重沢さん。そんなに急いで……」
「あーいや、また看守が来るかもしれないんで、早く食べて別の場所に行きたいなと……」
「待って、早く出たらダメだよ」
良い案だと思ったのだが、イトに止められてしまう。私は疑問に思い、イトに聞き返した。
「え? それは……なんでです?」
「えーっと、それはその……。……看守に1人で遭遇しちゃうかも……?」
イトは視線を彷徨わせ、自信無さげに言う。
「そ、それは確かに怖いかも……。まあイトさんがそう言うなら、やめておこうかな……」
イトの態度に少し疑問を感じたが、私は早食いをやめて、普通に食べることにした。
1人であの化け物に遭遇したらと思うと、確かに怖すぎて寒気がしてくる。
「朝食はやっぱり、シンプルなベーコンエッグトーストが一番だよね! 流石ペティさん!」
「わ、分かります! 良いですよね、ベーコンエッグトースト……!!」
声がした方を見ると、シルベが目を輝かせながらユウノと話していた。
「ユウノさんは醤油派? 塩コショウ派?」
「私は――」
楽しそうな声色に少し頬が緩む。
視線を戻し、無言で食事を続ける。相変わらずペティの料理は美味しい。
「……つ」
その直後、看守が食堂の入口に来た。こちらをじっと覗いてくる。
先程までしていた話し声はぴたりと止んだ。
その時だった。
――ガシャン!!
「――!?」
食堂内に、大きな音が響く。
私も驚いて音のした方を見ると、ユウノがコップを落としてしまったようだ。ユウノの足元にガラス片が散らばってしまっていた。
「ご、ごごごめんなさい……!」
ユウノが慌てて割れたコップの破片を拾おうとすると、割れた音に反応したのか看守がユウノの方へ動いていた。
「――ひっ!?」
それを見たユウノは悲鳴をあげる。
「……っ!? やめろ――!!」
看守がユウノを襲おうとしているように見えたのか、レイが腰の刀を抜いて看守へと斬りかかろうと立ち上がっていた。
「――! それはダメ――!!」
「い、イトさん!?」
レイが動き出した直後、急にイトが血相を変えて立ち上がり、イトもまた看守の方へと向かっていく。
レイが刀を引抜いたその時――
――イトが、看守とレイの間に飛び込んだ。
「ぐッ――!?」
「な――」
レイの刀が、イトを切り裂いた。
「え……」
赤い血が宙を舞う。
ぴしゃ、と小さな水音が耳に届く。
イトが力なく床に落ちる。
突然の出来事に、私の思考は停止する。
ただ、目の前の出来事を見せつけられていた。
「きゃあああああ――!!」
「ひゃああああ――っ!!」
食堂のあちこちから悲鳴が上がる。
『イトが斬られた』
ようやく、その事実が私の脳に浸透していく。
(イトさんが、イトさんが――――)
息ができない。身体がうまく動かず、いつの間にか伸ばしていた手も下ろせずにいる。
「――碧上イト!? 看守を庇うとは、どういうつもりだ!」
刀を構えてレイが叫ぶ。
「ぼ、ぼくは……っ!」
倒れ込んだイトは体を起こそうとするが、傷口を押さえてうずくまってしまう。
それ以上答えられないイトを庇うようにクオレが横から飛び出し、レイの前に立ち塞がった。
「レイ様、今はとにかく、イト様の手当をしなくてはなりません。一旦下がってください」
「くっ――」
(――そ、そうだ! 早く手当しないと……!)
ようやく身体が動き出す。勢いのまま、動かないイトの側へ駆け寄った。
「わ、私も手伝うっす!」
「助かります。今すぐに医務室へ運びましょう」
(今は動揺している場合じゃない。一刻も早く、イトさんの手当を――)
「――そいつ、助けない方が良いんじゃないですか?」
「え?」
突然聞こえた声に振り返ると、ルナが冷たい目でイトを見下ろしていた。
そして、私に視線を向けたルナは鼻で笑う。
「だってそいつ、あの看守を庇ったんですよ? どう考えても怪しいじゃないですか。
そいつが、私たちをここに閉じ込めた犯人なんじゃないですか?」
「そ、そんな訳ないじゃないですか! イトさんに限ってそんな――」
そう言いながら辺りを見回す。
心配の目もあったが、ルナの発言を受け、困惑、懐疑、不信――と、そんな目で食堂は重たい空気に包まれていく。
私は気圧され、言葉の続きが言えなかった。
「……そんなことを話している余裕はありません。今は一刻も早く医務室に運ばなくては」
そんな空気を振り払い、クオレは少し切羽詰まった様子で私に目配せをしてきた。
その通りだ。急がないといけない。
「は、はい! 行きましょう……!」
私とクオレは食堂の入口に向かってイトを運んで行く。
「……会って数日の人間をなんの根拠もなく信じられるその脳天気さ、見習いたいものですね」
食堂を出た直後、ルナの冷ややかな声が聞こえたが、私は構わずにその場を後にした。
***
「――幸い、傷は浅いようです。おそらく、レイ様はイト様が前に出た時にブレーキをかけたのでしょう。……スミレ様、そこの消毒液を持ってきてくださいませんか」
「は、はい!」
クオレと一緒にイトを医務室に運び、急いで手当をする。
「――っ! 純霓さんっ、八重沢さんっ、ごめ――」
「――今は安静にしていてください。傷が開きます。……それと、謝る必要はありません。ワタシはイト様が『皆様をここに閉じ込めた犯人』などとは思っていませんので」
「そうっすよ。私もそんなこと思ってないですから」
「……」
応急手当を終え、私はしばらくイトの側に居た。
クオレは「人が多いと疲れるでしょうから」とその場を離れた。
2人だけの医務室は静かで、消毒液の匂いが漂っている。
私はベッドの脇に置かれた簡素な椅子に腰かけ、イトの様子をそっと窺っていた。
「……イトさん、落ち着きましたか?」
「うん……まだ痛いけど大丈夫だよ。迷惑かけてごめん、八重沢さん……」
「迷惑だなんて思ってないですよ。とりあえず良かったっす」
時計のカチカチという音がいつもより鮮明に聞こえる。なんだか気まずくなって、私は口を開いた。
「……さっきはびっくりしたっすよ……いきなり立ち上がったと思ったら、看守さんに突っ込んで行くし……。イトさんのことだから、何か理由があるとは思うんすけど……」
「……それは――」
イトは何かを言いかけて、口を閉じる。言うか言うまいか迷っているようだった。
「……ああ、すみません。言いたくないこともありますよね。言わなくても――」
大丈夫。そう言おうとした瞬間、イトに手を握られた。
「……イトさん?」
「大丈夫……八重沢さんには、聞いて欲しい」
怯えているようにも覚悟を決めたようにも見えるイトの目に気圧され、無言で頷くと、そのままイトが話し始めた。
「ぼくは、その人が取る行動が良い結果になるか悪い結果になるかが分かる……端的に言えば、その人の【運命が視える】……そんな魔法を持ってるんだ」
「…………」
「だからあの時、ぼくは叢雲さんが看守に攻撃したら悪い結果をもたらすのが分かって、それで……」
私の手を握っているイトの手に若干力がこもる。よく見ると、その手は震えていた。
「……いきなりこんなこと話されても、信じてもらえないよね。でも、これがさっきの理由の全部……なんだ」
キュッと目を瞑り、イトは俯く。
私は、震えるイトの手を握り返した。
「……分かりました。イトさんのこと、信じます」
そう言うと、顔を伏せていたイトは目を丸くしてこちらを見た。
「……どうして信じてくれるの? ぼくが、嘘をついてるかもしれないんだよ……?」
「それは……」
看守を庇うなんて確かに怪しい行動だが、イトからそんな悪意は全く感じられない。当時は焦っていたように見えたが、悪意とか、そういう感じではなかったと思う。
「……正直に言うと、明確な根拠がある訳じゃないっす」
先程、ルナに言われた言葉を思い出す。
『会って数日の人間』
その通りだ。私も、イトのすべてを知っている訳ではない。それどころかきっと、ほんの少ししか知らないのだろう。
「……でも、私は勝手にイトさんのこと、友達って思ってるんです。だから、友達を信じるのは当たり前っていうか……。それに、少なくともイトさんが悪い人じゃないって知ってますから」
これは紛れもない本心だ。
ここで目覚めた時、イトのおかげで私は安心できた。それに、今までイトと過ごした時間はどれも大切な時間だ。
(そういえば……)
***
「そっち、行かない方がいい……」
「え、あ……あぁ! すみません……! 説明を聞きに行かなきゃいけないんでしたね」
「あ……ごめん、八重沢さん……先にラウンジに行ってて、ちょっと用事思い出して」
「……分かりました?」
「……八重沢さん、今すぐ離れよう」
「え、どうしたんす――」
「……イトさん、さっきは急に立ち上がってどうしたんすか?」
「あーいや、ずっと座ってたら脚が痺れてきちゃって」
「イトさんはどうします――あれ? イトさん?」
「イトちゃんなら、さっき外に出て行ったのを見たわよ? なんだか焦ってるみたいだったけれど……」
***
(あの時も、あの時も、あの時だって……)
今なら、イトの突拍子もない行動に合点がいく。きっとあれは、イトが私や他の子を助けようとしてたのだろう。
「……八重沢さんは優しいね。こんなぼくなんかのことを……」
「……前から思ってたんすけど、なんでそんなに自分を卑下するんすか」
「え?」
「私は、イトさんのこと好きだし、尊敬してるんです。……だから、そんな風に自分を卑下してほしく、無い」
「……」
「まずはその、『ぼくなんか』って言うのやめて欲しいっす……」
「……そう……だね。ぼくのことを信じてくれた八重沢さんに失礼、だったよね……。うん、分かった。今度からはそうするよ」
「はい! ……な、なんか偉そうなこと言ってすんません」
「ううん、気付かせてくれてありがとう」
気付けば、そこそこの時間が経っていた。時計を見ると、もう8時半になっている。
患者の側にずっと居るのもあまり良くないと思い、そろそろ出て行こうかと腰をあげる。
(……そういえば、クオレさんがここら辺にビタミン剤があるって言ってたような……あ、あった)
薬棚を開けて、記憶を頼りに一本の瓶を取り出す。ガラス瓶に入った黄色っぽい液体が揺れる。
「これ、ケガの治りを早くするビタミン剤らしいです。気分が落ち着いたら飲んでみてください。えーと……」
手渡して良いものか迷い、手が空中を彷徨う。
「ありがとう、そこの引き出しの上に置いてくれるかな?」
イトが指差す先には背の低い引き出しがあった。何かを置くには申し分なさそうだ。
「分かったっす」
言われた通り、引き出しの上にビタミン剤の瓶を置いておく。
少し離れているが、手を伸ばせば届く距離だから問題無いだろう。
「……じゃあ、また後で様子を見にきますから。お大事に」
私はベッドを離れ、入口に向かう。
「……八重沢――いや、スミレ、さん」
扉を開けようとしたところで、後ろからイトの声がして振り返る。
『スミレさん』――イトはやっと、私を名前で呼んでくれた。
イトは小さく笑って、
「ありがとう」
と、お礼を言った。
「……はい! いつでも頼ってくださいね、イトさん」
少し嬉しくなって、つい声が大きくなってしまった。イトを驚かせてしまったかもしれない。
「……『スミレさん』、かあ……なんか、照れるっすね」
「ごめん、嫌だった……?」
「全然! むしろ嬉しかったっす! これからはそう呼んでください!
次に苗字呼びしたら承知しないっすよ!」
「ふふ、わかったよ」
私はそっと扉を開け、医務室を後にした。
***
医務室を出ると、ちょうどアヤフミとニーナが歩いてきた。
2人とも、イトの様子が気になって見に来たのだろうか。ニーナの方は小さな紙袋を持っている。
「あ、スミレさん。イトさんのケガは大丈夫そう……?」
アヤフミが心配そうに聞いてくる。
「はい、とりあえずクオレさんと私で傷の手当をしたので、このまま安静にしていれば大丈夫だと思うっす」
「良かった……」
アヤフミはホッとしたように胸をなで下ろした。彼女は、イトのことを怪しんではいないようだ。
(なんか……嬉しいな)
自分のことではないが、イトを信じてくれている人がいることが嬉しかった。
隣に居るニーナの方を見る。
「ニーナさんも、様子を見に?」
「うん。お姉さんもイトちゃんが大ケガを負ってないか心配でね。でも、大丈夫そうなら良かった~」
ニーナも心配してくれているようだ。
「そうそう、イトちゃんは食事途中だったから、きっとお腹空いてるでしょ? 朝食を持ってきたんだけど、入っても大丈夫かな?」
ニーナは手に持った紙袋を見せてきた。
「おぉ~マジっすか! イトさんも助かると思うっす! どうぞどうぞ」
ニーナが医務室に入るのを見送り、私はアヤフミと一緒に食堂に戻った。
***
食堂の入口には、クオレがいた。
「スミレ様」
「あ、クオレさん。……もしかして、わざわざ待っていてくれたんすか……?」
「はい。スミレ様は朝食が途中だったかと思いまして。……ペティ様、スミレ様が戻られました」
「お、了解! すぐ温め直すから座って待ってな」
厨房の方からペティの声が聞こえる。
「え、そんな、悪いっすよ」
「……ペティ様から『無理やりにでも座らせてちゃんと朝食を食わせろ』という命を賜ったので」
「そうですよスミレさん。ちゃんと食べなきゃ」
クオレとアヤフミは私を捕まえ、食堂の中へと連行しようとしてくる。
「ちょ、力強っ! 分かったっす! 自分で歩けます!」
その後すぐに食事が運ばれてきて、申し訳ないと思いつつ食べ終えると、少し気分転換がしたくなってきた。
食器を片付け、中庭にでも行こうかと考えていたところで、
「スミレ様。どちらへ行かれるのですか?」
クオレに声をかけられた。
「えっと、ちょっと気分転換に中庭にでも行こうかと」
「そうでしたか。それなら、私も同行してよろしいでしょうか」
「え?」
「ダメでしょうか」
「いや全然。じゃあ一緒に行きますか」
予想外の申し出に少し驚いたが、断る理由もなかったため頷いた。
「……スミレ様、大丈夫ですか?」
「え? 何がっすか?」
中庭に行く途中、唐突にクオレから心配された。
「少々、疲れているように見えましたので」
「あー……」
朝からいろいろあったため、少し疲れているのは事実だ。やはり私は、いつも顔に出てしまうらしい。
「まあ、正直少し疲れましたね。だから中庭に行こうと思ったんです。でも実は、少し嬉しかったこともあるんです」
「嬉しかったこと……ですか?」
「そうっす! なんと、イトさんに『スミレさん』って、名前で呼んでもらえたんすよ!」
私は、少し得意げに話す。
「……なるほど」
しかし、クオレはピンと来ていない様子だ。
「あ、いえ、なんでもないっす……」
私はこれ以上喋らないことにした。
***
中庭に着いた。
淡い日の光が差し込んできて、気分が明るくなってくる。噴水付近のベンチにでも座ろうかと考えていると、そこに先客が居ることに気付いた。
「……」
「……」
ルナとウメだ。
気のせいかもしれないが、2人が居る場所の近くだけ、妙に空気がピリピリとしているように感じる。先程の一件もあり、私はルナに対して、なんとなく気まずさを感じてしまう。
しかし、こちらに気付いたらしいルナは遠慮のかけらも感じない態度で近づいて来ると、鼻で笑いながら話しかけてきた。
「頭の中空っぽの能天気さん。こんにちは」
(ひ、酷い挨拶……)
「……ど、どうも」
私は冷や汗を垂らしながらも、なんとか挨拶を返した。
「……ルナ様、その挨拶は少々失礼かと」
クオレが指摘すると、ルナは呆れた顔をする。
「あーあなたもそいつのお仲間でしたか。確かに何も考えてなさそうな顔してますもんね」
「……さっきからうるさいね。あなたが一番この場を害してるって、気付かない?」
ここまで黙っていたウメが口を挟んだ。
「あなたには話してないです。口を挟まないでもらえますか?」
「挟まれたくなかったら、もっと静かに喋れば?」
「……はあ、そんなことでいちいち反応するなんて、器が小さいですね」
「そういう言葉をわざわざ選んで言うあたり、あなたの方が余裕なさそうだけど?」
段々とヒートアップしているのは火を見るより明らかだ。
(こういう時、イトさんならきっと止めるよね……今は、私たちでなんとかしないと……!)
「お、おふたりとも、け、喧嘩は……」
「あなたはもういいです」
「ええっ!? さっきはウメさんに『口を挟むな』って言ってたのに!?」
勇気を出して喧嘩の仲裁に入ろうとしたが、ルナにぺしゃりと潰されてしまった。私もイトのように強く言えたらいいのだが、出端を挫かれてしまっては二の矢を継げない。
「冬川さん、少し前に自分が言ったことをもう忘れたの?」
「忘れてないですよ。今はあなたのせいで状況が変わっただけです」
「常に他責思考だね。めんどくさい」
もはや2人の喧嘩を見届けるしかなかった。隣のクオレがポンと手を叩く。
「……なるほど。これが言葉による攻防。ルナ様とウメ様は、精神攻撃で相手を無力化する作戦なのですね」
「変なこと言わないでくださいよ!」
思わずツッコミを入れてしまった。
今すぐ立ち去りたい気分だったが、ここから離れるのもそれはそれで気まずかったため、なるべく離れた位置にあるベンチへ座ることにした。クオレと並んで空を見上げる。
「あなた、本当に何をしにここに来たんです? 寝る場所でも探してるんですか?」
「そうだけど?」
「……はあ。言葉を失いました」
「言葉を失うぐらいなら、最初から黙ってればいいのに」
私が移動した後も、2人は絶えず喧嘩をしていた。
耳を両手で塞いで、聞こえないようにする。
「……あのお二方は、なぜいつも言い合いをしているのでしょうか」
「さぁ……。しかも、言い合ってる割に、一緒に見かけることが多い気もしますけどね……」
今までも、2人を見つけた時は決まって言い合いをしていた。
「もしやあれが、『喧嘩するほど仲が良い』ということでしょうか」
「うーん……そうは見えないっすけど、どうだろう……」
段々と2人の言い合う声にも慣れてきた頃。中庭にニーナが来た。
「あ! ルナちゃ~ん! やっほ~!」
満面の笑みでルナに向かって手を振っている。
「はあ……また面倒なやつが来ましたよ……。なんで中庭に5人も居るんですか」
「まあ、細かいことはいいじゃない。私、ルナちゃんとは仲良くしたいし、お話しましょ?」
「私はそうは思いませんし、話したくありません」
「え~? なになに?」
やはり、ニーナは強かった。ルナの突き放す態度に全く動じていない。ニコニコとルナに詰め寄っていた。
近くに居たウメは、その隙に木陰へ移動していた。あくびをして目を閉じているあたり、寝るつもりのようだ。
「どのような環境でも睡眠を怠らないあの精神、素晴らしいです。ワタシもまだまだですね」
こっちはこっちで、またよく分からないところに感心していた。一見皮肉にも聞こえるが、クオレの場合は本当に感心しているようだった。
(イトさん……助けて……)
心の中でそう思った瞬間――
――パリンッ
「ん?」
どこかから、何かが割れるような音が聞こえた。
「クオレさん、今……何か音がしませんでした?」
「……私も聞こえました。医務室の方から聞こえた気がします」
「えっ! 医務室!?」
医務室と聞いて、つい大きな声を出してしまった。
「……? 何かあったの?」
すると、私の声に反応したニーナが歩いてきた。
「えっと、今、医務室の方から音が聞こえて……」
「イト様が何か落としたのかもしれません。念のため、確認に向かいます。スミレ様も行かれますか?」
「は、はい! 行くっす」
「……心配ね。 お姉さんも一緒に行くわ」
そうして、私たちは中庭を後にし、医務室へ向かった。
***
――コンコン
「イトさーん、大丈夫ですかー?」
医務室の扉の前で声をかける。
返事はない。
「中で……物音がしませんね」
クオレが呟く。
「寝てるとか……?」
ニーナの声は明るいが、どこか不安を帯びた口調だった。
「イトさーん、入りますねー?」
念のためもう一度確認を入れる。返事は、やはりない。
ゆっくりとノブを回し、扉を押す。
扉の、その先に――
――赤いものが見えた。