正教新暦1750年8月22日の日記   作:koe1

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『汝、暗君を愛せよ』二次創作『下野した暗君』の『正教新暦1750年8月22日の日記』第2話です。



正教新暦1750年10月28日の集い

正教新暦1750年8月21日に改革派の首魁であり、私達『管理人』の同窓であったジュール・レスバンが死んだ。

過日葬儀もおこなわれたが、葬儀には改革派はもちろんのこと、裏で糸を引いていたのではないかと思われている王党派からもかなりの人数が参列し、さらには私達管理人一同以外のグロワス9世校の同窓達も参列していた。

もちろん市民達の参列は言うまではない。

ただ私達『管理人』一同は、改革派からは『王党派』、王党派からは『改革派』に属していると思われている上に、両派閥共に私達のことを快く思っていないので、私達はバラバラに葬儀にやって来たというのに、旧交を温めていたグロワス9世校の同窓達からも分離され、気がつけば管理人一同のみで寄り集う状況となっていたが、参列を拒否されることは全くなかった。

 

ちなみに意外に思われるかもしれないが、私達『管理人一同』が寄り集ったのは、1742年7月の動乱が終結して以来初めてのことだった。

理由は簡単で、私達は改革派と王党派の両派から共に『相手側派閥に属する優秀な実務能力を有する危険な集団』だとみなされていたので旧交を温めるようなことを自粛せざるを得なかったからだ。

ただ危険であるとみなされていたのと同時に、大変優秀な実務能力を有している集団としてもみなされていたので、両派閥から監視はされていたが、下手な手を出して相手側派閥に走られることがないように、職場でも私事でも特にこれといったことはされたことはなかった。

これは葬儀の際に、短い他の管理人達とのやりとりで、皆が同じような状況であったと知ることができた。

ただ両派からの冷たい視線が容赦なく突き刺さる現在の状況から、私達はすぐに葬儀の場から離れた方が良いという判断に至った。

もちろんジュール・レスバンが亡くなったことを機に旧交をしっかりと温めようではないかという声が誰ともなく上がったが、各人の予定や監視の目もあり、その日すぐにというわけにはいかず、私が取り纏め役となり、管理人一同と手紙をやりとりし、日程の調節をし、ジュール・レスバンの死の衝撃が幾分がやわらんできた今日という日になった。

 

場所はシュトロワの新市にある平民中流上位~上流下位階級向けの食堂で、他の管理人の伝手で格安で貸切で押さえることが出来た。

もちろん料理代や酒代は別だが。

そして肌寒くなりつつある正教新暦1750年10月28日の今日、管理人一同が『シュトロワ在勤グロワス9世校同窓の集い』という名目で集うことが出来た。

もちろんというか残念というか、名目は『シュトロワ在勤グロワス9世校同窓の集い』だが、流石に管理人になっていない他のシュトロワ在住の同窓達には、彼らに迷惑を掛けかねないので声を掛けることは出来なかった。

もちろん、ジュール・レスバン同様に私達の同窓である、最近は大組織者と呼ばれるようになったブルーノ・ボスカルにも声を掛けていない。

なにせ彼が新たなる『改革派の首魁』なのだから当然といえる。

続々と徒歩で、中には馬車でやってくる者もいたが、その者の家が有しているという馬車ではなく、勤めている官庁が有している馬車や借馬車だった。

悲しいことを言うが、私達の実家はそこそこ金を持っているといえるが、私達自身は家を継げずないうえに、そこそこの知性を持っていたいたが故にグロワス9世校に入学でき、官吏等の道を選んだ次男三男で、個人としては裕福であるというわけではないからだ。

つまり個人で馬車を持つことは不可能だが、生活に苦しんでいるという階層では全くないということだ。

続々とやって来る者達と挨拶を交わし、二ヶ月前にジュールレスバンの葬儀で会ったばかりだというのに、場が場だけにろくに旧交を温めることが出来なかったので、同窓の集いが始まる前だというのに、全員が揃うまでの間、皆と旧交を温めていた。

そして予定時間前に参加者全てが揃ったので、全員にワインを配り、乾杯のかけ声はどうしようかと、皆で冗談半分に語らっていると

『皆酷いな。同窓であり、あの動乱を一緒に潜り抜けた私に声を掛けないなんて』と言いながら、ブルーが・・・今や大組織者と呼ばれるようになったブルーノ・ボスカルが何気ない様子で入ってきた。

まるで遅刻してしまった参加者のように自然に。

 

私達管理人一同の反応はそれぞれだったが、私が観測できた範囲では大きく分けると2つだった。

呆然とする者と逃げようとする者で、幸いなことに武器を取り出す者はいなかった。

ただ2つの反応共に共通するものは『ブルノー・ボスカルの後ろに私達を・・・良くて逮捕、悪ければこの場でリンチし、神の元にすぐに送り込むべき役割をもった改革派の者達が付き従っている』という想像だった。

ちなみに私は自身の身をこれから襲うであろう不幸を想像し、せめて家族には被害が及ばないように、その様な物語が定められていないように神に願い、呆然としてしまった方だ。

しかし私達の想像は良い方向に外れた。

私達の反応にブルーノ・ボスカル・・・いやブルーは心底驚いたようだが、同時に同窓の中でジュール・レスバンに次ぐと言っても過言ではないその知性でもって私達がどうしてその様な反応を示したかにすぐに気がつき、『待ってくれ!待ってくれ!確かに客人をお連れしているが、君たちが想像するようなことはない!安心してくれ!』と心底慌てたような声で私達を制止した。

正直、もし同じ台詞を今は亡きジュール・レスバンが言ったとしても私達は誰1人として信じることはなかっただろう。

最も彼がこんな台詞を言うところが想像できないが。

しかしグロワス9世校時代、殆どの同窓と友人であったといっても過言ではないブルーの言葉に全員が、まだ安心しきっていないものの、落ち着きだけは取り戻した。

 

ブルーは軽く咳払いをすると短くも敬意溢れる声で『どうぞこちらへ』とだけ言うと、4人の男女が食堂に入ってきた。

そしてその姿を拝見した私達管理人一同はその場で一斉に片膝をついた。

それを見たブルーは『おいおい、私の時とは偉く反応が違うじゃないか』と、愉快そうに言った。

それは当然だと彼に言い返したかったが、流石にこの場でそれは不敬であるので我慢した。

なぜならば4人共に平民の服を着ていらっしゃるが、うち2名は間違いなくジェント大公ロベル閣下と救国の女神メアリ・アンヌ・ルロワ議員だ。

つまりこの場には改革派、王党派、中立派の首魁が勢揃いしている訳だ。

ちなみに4人のうち残った2人は大きめの籠を持った、おそらく侍女と思われる女性と、護衛と思われる、私達に見せつけるようにベルトに短銃を差し、短剣を吊している男・・・おそらく軍人だった。

おそらく武器を見せつけることによって私達の軽挙妄動を押さえると同時に、短銃は私達の命を奪うと言うよりも、その発射音によって回りに潜んでいるであろう護衛達がこの食堂へ突入する際の喇叭の役割を持っているのだろうと私は想像した。

『皆さん、お立ちください』

ロベル閣下が静かに言うと、私達は一斉に立ちあがった。

ブルーは相変わらず愉しそうなものを見ているような顔つきだった。

続いてロベル閣下は私達管理人一同の顔をゆっくりと見回してから『ここにいる皆さんのおかげでシュトロワ騒乱の際、市民の生命や財産が守られました。感謝を示さねばならなかったのに遅くなって申し訳ありませんでした』と畏れ多くも仰ってくださり、続いてメアリ・アンヌ・ルロワ議員が『諸君らの献身によって私が当時率いていた国家親衛軍近衛連隊は市民へ武器を向けることがなかった。もしシュトロワ市民達が飢え、食料や財産を奪い合うような状況だったのならば、私達は望まぬままに治安維持のためにシュトロワ市内へと進まざるを得なかった。感謝する』と仰ってくださった。

何人かの管理人が静かに涙を流していた。

もちろん私もだ。

報われた。

心の底からそう思った。

何という素晴らしい物語を神は用意してくださったのかと。

その様子を静かに見ていたブルーは『それでは順番は違うがそろそろ乾杯をしようか』といい、管理人の一人がブルーにもグラスを渡し、別の管理人がそのグラスにワインを注いだ。

ロベル閣下とメアリ・アンヌ・ルロワ議員にはグラスをお渡しするようなことはなく、侍女と思われる女性が持っていた籠からグラスを取り出してお二人に渡し、続いてワインも籠から取り出し、栓を開けてからお二人に注いだ。

立場が立場だけに当然といえる。

毒殺の危険性は0ではない。

侍女と護衛と思われる男はグラスを手にしなかった。

侍女と護衛を除く全員がクラスを手に取ったが、状況が状況だけに乾杯の音頭を誰が取るのかと思っていると、ブルーが私に向かって『幹事殿にお願いする』と短くいい、ロベル閣下とメアリ・アンヌ・ルロワ議員も頷いたので私が音頭を取らざるを得なくなってしまった。

私は何を言うべきかを悩んだが、この場でふさわしい言葉を思いつき、それを静かに口にした。

『グロワス14世陛下とジュール・レスバン。そして私達のことを《思想の王》であると称えてくださったグロワス13世陛下に』

そう言ってグラスを掲げた。

ロベル閣下とメアリ・アンヌ・ルロワ議員、ブルー、そして管理人一同も唱和し、グラスを掲げてくれた。

そしてワインを飲んだ。

ワインを飲み終えると侍女が店からでていき、すぐに大きめな木箱を持った別な男と共に戻ってきた。

男は箱をテーブルの上に置き、蓋を開けてからテーブルから離れ、護衛の男の側で控えた。

この男も軍人だと私は感じた。

侍女はロベル閣下とメアリ・アンヌ・ルロワ議員から空いたグラスを受け取って籠にしまってから木箱の中を確認し、お二人に向かって『問題ございません』と短くいった。

それからロベル閣下とメアリ・アンヌ・ルロワ議員が箱が置かれたテーブルに近づき、中から小さい木箱を取りだし、ロベル閣下が私達に向かって口を開いた。

『申し訳ないですが、皆さんに勲章を用意することは出来なかった。ですがグロワス14世陛下の親族として皆さんの献身には答えなければならないと思い、改革派共にこれを用意させて頂きました。どうぞお受け取りください』

その様なお言葉を賜っているにもかかわらず、私達管理人一同は畏れ多さのあまり誰もすぐに動くことが出来なかった。

しかしブルーに促された私がロベル閣下の元に行き、膝をつこうとすると『その様なことはなされないでください』と仰ってくださり、それ自体が大変美しい細工物といえる木箱を御自ら下賜してくださった。

私は感動のあまり立ち尽くしてしまった。

すぐにでも木箱を開けたい気持ちに駆られたが、流石にそれは不敬であり我慢し、再び動き出すことに成功すると、皆の元に戻った。

その後は他の管理人一同もロベル閣下やメアリ・アンヌ・ルロワ議員より木箱を賜った。

皆、感動しきりだった。

全員に木箱が行き渡るのを確認すると、ブルーが愉しそうに、それでいて少しすねているような声で『ではここで開けてみようか』といったが、当然のことながら開けるものは誰もいなかった。

しかしロベル閣下が『よろしければどうぞ』と仰ってくださると、管理人一同顔を見合わせた後、意を決して箱を開けた。

大変美しい腕時計がそこにはあった。

『流石に皆と私達の立場上、ロベル殿の言うとおり、勲章を用意することはできなかった。なので代わりにこれを改革派、王党派、中立派の有志達が資金を出しあい、前々から準備し、今日という日に用意させもらった。気がついている奴は気がついていると思うが、ブラーグ工房謹製のナンバー付きだ。さらに皆のは通しの番号になっている。私も欲しいぐらいだ』とブルーが言った。

 

ブラーグ工房。

偉大なるグロワス13世陛下が愛した時計工房。

天才時計職人であったアブラム・ブラーグは既に亡くなっているが、現在もなお我がサンテネリにおいてもっとも素晴らしい時計を作る時計工房。

私達の俸給ではナンバー入りではない、ブラーグ工房としては廉価品の価格のものですら手が出せない、サンテネリの誇りである時計工房。

さらにこの腕時計は、噂によればグロワス13世陛下が考案したとか。

勲章よりこれがいい。

グロワス13世陛下を未だに称えている私達《思想の王》はこれがいい。

私達は感激のあまり、再び静かに涙を流した。

私は再度、心の底から報われたと思った。

あの1ヶ月の艱難辛苦はこの日のためにあったのだと。

時には『根っからの改革派達』から命を狙われたかけたことすらあったあの1ヶ月は無駄ではなかったと

私の物語にもはや悔いはないとすら思った。

 

そんな感動に震えている私達を見たブルーは、一瞬悩んだそぶりを見せてから再び口を開き『ちなみに改革派の有志にはジューも名を連ねていたというか、発案者はジュー自身だ。立場上口には出せなかったが、皆にはジューも感謝していた。あんなことがなければこの場にはジューも来ていたと思う。皆、あのときは本当にありがとう。助かった。』

といった。

正直、私はジュール・レスバンが私達管理人…改革派からみれば『首魁であるジュール・レスバンの同窓という立場を利用して突然大きな顔をして入り込んできた王党派の密偵共』の事をしっかりと評価してくれていたことが嬉しくなった。

グロワス9世校時代はブルー以外の同窓とは付き合いが殆ど無い、孤高と言っても過言でない男だったのに。

 

その後すぐにロベル閣下やメアリ・アンヌ・ルロワ議員達は辞され、ブルーだけが残り、改めて『同窓の集い』を楽しみ、皆でグロワス9世校時代やシュトロワ騒乱時の色々な思い出を語り、愚痴をこぼし、賜った腕時計に改めて感動し、料理や酒を楽しんだ。

次は管理人一同だけではなく、他の同窓にも声をかけようということになった。

今日は、少なくとも私の物語にとっては最良の日であった。

神よ、感謝いたします。

 

 

 




以上、下野した暗君でした。
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