平塚先生と出会った事とか、自分自身が忘れてましたよ。(おい)
では、私はこのあたりで失礼するよ。
そういって平塚先生は(おそらく)業務に戻っていった。
俺も帰りたいといえば帰りたいのだがここで帰ってしまうと事の真相をつかむことができない。
「なぁ御坂妹、実験までに準備とかあんのか?」
「支給される銃火器をロッカーにとりに行くことくらいですかね」
銃火器というと、拳銃やら、マシンガンやらということになるが、一方通行との戦闘に使うのだろう。そうまでしても勝てない相手なのだ。超能力者のトップというのは。
「なんの話ですか先輩?」
完全な作り笑顔とわかるように作った顔でこちらを覗き込まれる。周りに合わせる人間よりも、周りに媚びを売る連中のほうが表情を作るのがうまい。というのは最近気づいた。
単純に難易度の問題だろう。周りに合わせるだけなら意外と何とかなる。最悪無表情でも、やりようによっては何とかなる。
しかし、媚を売るというのは、要求を呑んでもらうということと同じで、自分のアクションが相手のアクションより先でなければ、『媚びる』という行為は実行できない。ご機嫌取りと、媚びへつらいとは、意味がちがうのだ。
だから一色がこうして『わざととわかりやすい作り笑顔』をしているのには理由があり、要求があるということだ。
そして、話している内容がわかっているからこその『わざとわかりやすい作り笑顔』なのだ。
つまり一色は、その話について私と話す時間を作れ……といっているのだろう。たぶん、きっと。
そんな事言われてもどうすればいいかわからん。理屈じゃあない! のだ。
妙案が思いつくわけもなく。とりあえず案を出した。
「腹も減ったしサイゼでも行くか」
学園都市にもサイゼがあることはリサーチ済みである。学園都市にはそういった外のチェーン店はないと思っていたのだが、そんなことはなく、積極的に外の文化を取り入れようとしている節があるように思える。
「あぁ……なんか先輩らしいですね」
「うっせえ……」
「もしや『食事』というやつですか」
「? サイゼでそれ以外にすることあんのか?」
勉強やらする学生は見たことがあるが、それにしたって、なにか注文するだろう。
「いえ、研究所では点滴などで栄養を取っていたので、なにか口にして食べるということが初めてでして、その行為に興味があります」
その言葉を聞いてふと彼女の現実を思い出す。そんな御坂妹を見ている俺の顔は最低な顔をいていただろう。意識したとたんに自分自身に嫌気が差した。同じ人間相手に、『かわいそうな子』そんな蔑んだ目で彼女を見てしまっていたのだ。
それは健常者が障害者を見る目のようで、悲しいことに、おそらく多くの人が、意識的に隠している表情だ。そんな自分に虫唾が走る。その上彼女はまだそういう感情に対して何も免疫らしいものを持ってないのだ。
幸いといっていいのか、彼女はその表情が意味することすらも知らなかったようだ。
だとしても彼女がいつか、その意味を知ることになるならば同じことだが……
「そうか……初めての食事が外食ってのもあれだし、うちで食うか」
思いついて一瞬ためらったが、家には雪ノ下がいる。男の家に上がるのは気が引けるだろうが、女性がいることを知れば警戒心は和らぐだろう。
「ってか一色、お前そう言えば友達は?」
こいつとは話があるし、引き返せという訳では無いが、最初、一色は確か友達と一緒にいたはずだ。連絡も無しに別行動というわけには行かないだろう。
「いやー、なんか先に帰ったみたいでして、どうも今では先輩と同じでぼっちってやつですねー」
……?? おかしい。
「俺と比べんな、みんな違ってみんないい、一人ひとりのオンリーワンだ」
「なに言ってるかわかりませんけど、それ頭悪そうに聞こえますよ」
頭が悪い(笑)のはどっちだ。ゆるそうの間違いか。
「なんか失礼なこと考えてません?」
「な、何の話かさっぱりわかりませんねぇ」
「そんなことより早く行きましょう、とミサカ期待しつつ、学生の手料理はどうせインスタントのアレンジなのだろうと呆れ笑みます」
出生の状況ゆえか分からないが全体的にキャラの方向性に安定性がなさ過ぎる。だが、さっさと目的地に到着したいのは確かであった。
「んじゃ、さっさと行くか」
「ま、そうですね……」
雪ノ下と小町に来客があることを連絡し、寮へ向かう。
道中一色に覚えた疑念を思いだしていたが、あえて深く考えない。知られたくないことだから隠しているのだろう。
しかし、推測が正しいのならば、それは俺にも関わってくることになる。その前に手を打たなければならないのは確かだが、同時にそれほど焦ることではないように思える。
ゲーセンから自宅はそれほど遠くもなく、その合間、一色や、御坂妹と話していたからか、というか彼女たちに振り回される形で相手をさせられていたため、その道のりも一瞬に思えた。
「ただいま」
「おかえりおにいちゃん」
? なんかテンションが低いような気がすると思ったが、状況を鑑みて心得た。いつものテンションで接して外面を崩すことのないようにしているのだ。
出来た妹だ。
「あら、挨拶ができるようになったのね比企谷君」
「帰宅早々気分が悪いわ、ってかお前してねぇじゃねえか」
「いいのよ私は、家主でもなければあなたの家族でもないのだから」
「暴論じゃねぇか、猫だってニャーニャー挨拶してくるってのに」
「ところで後ろの二人が比企谷君の言っていた後輩と御坂さんの妹さんかしら?」
雪ノ下に真実を伝えるわけにもいかないので一応、妹ということで通した。
呼ばれた一色と御坂妹はお辞儀をして自己紹介を始める。
「先輩の後輩、一色いろはです、おっじゃましまぁ~す」
かわいらしくお辞儀したり、あざとく敬礼のポーズを取ったり忙しいやつだ。だがそれは雪ノ下には効かない。むしろ減点対象だったようだ。
「一色さん、自己紹介くらいまともにできないの? 先輩の後輩なんて当然じゃない、日本語以前に常識を学びなさい」
「あっはい、すみません……」
(ちょっとせんぱい、聞いてませんよ、この人めっちゃこわいじゃないですか?)
(いやお前の礼儀のなさが招いた結果だろ)
てへっ、じゃねぇよ。かわいすぎか。
「ご紹介に与りました、ミサカ……ミサカです。御坂美琴お姉さまのDN……妹、ということになっています」
「んー? それはどういう……」
小町が疑念の目を向けてくる。スルーしてくれ! と目で合図を送る。
「……まぁ二人ともいらっしゃい、あとお帰りなさい比企谷君」
御坂妹のはっきりしない自己紹介に雪ノ下は突っ込んで来なかった。
ようやく雪ノ下が挨拶をしてくれて戸惑いつつも応える。
「おう、ただいま」
二回目のただいまには雪ノ下もわずかに微笑んでいた。
玄関でのやり取りも終え、一色と御坂妹を部屋に案内する。
三人だとそこまで狭くは感じなかったが、五人も一部屋に入るとさすがに狭い
最初に文句を言い出したのは一色と小町だった。
「お兄ちゃん、これはさすがに狭すぎるよ……」
「これだけ狭いと足を広げて座れませんしねぇ……あ、先輩なんかいやらしいこと考えてませんか? ごめんなさい初対面で女子を家に上げようとする人は無理です」
「いや別に見てねえよ、それ以前にテーブルのせいで見えてねえよ」
あ、でも暑そうに胸元をひらひらと空気を通してるのが扇情的ですばらしいと思います。いや見ているとは言ってませんよ。ぐっど。
部屋が狭いせいで心理的に足を伸ばしづらいのだろう。一色と小町が正座を崩した、いわば女の子座りをしている。御坂妹は完璧な正座を維持している。雪ノ下はキッチンでエプロンをつけて料理をしている。
「んー……?」
一色が雪ノ下を見てうなっている。
「どうした一色」
「いや性格こそ怖いですけど、ってかだからこそ疑問なんですけど、あんな美人で料理もできる完璧超人をどうやって落としたんですか?」
「小町も気になってたんだけど、聞いちゃだめなやつなのかなー、とか思って何も聞かなかったんだけど、どうなのお兄ちゃん」
え、聞いちゃだめなやつって何? お兄ちゃんそんな事しせんことよ!?
「あいつとは同じ総武高校からの編入で当時はそんな事まったく知らなかったが、事情で雪ノ下の宿が無く、仕方なく俺の部屋に転がり込んできた……らしい」
「んん? お兄ちゃんそんな微妙な嘘は良くないよ……語るなら真実を、うそつくなら盛大にって言ってたのはお兄ちゃんでしょ?」
「言ったことねえよ、そもそも何が嘘くせえんだよ」
まじで言ったことねえよ。ってことは小町こんなこと考えてるってこと? やだ俺の妹ったら誰に似たのかしら?
「なるほど、それは確かにおかしいですねぇ~」
一色も得心したような声を出す。
「そうです、あの編入システムを利用したなら、他にも総武高校生徒はいたはず!! それなのになんでおにいちゃんを選んだのか!!」
「先輩のポジション的にというか、顔面のポテンシャルが低いですからね」
「俺の顔面自体は整っている、目が腐ってるだけだ」
「というかそもそも女子に頼めば? ともおもいますし……」
「これは迷宮入りですねぇ……」
「おい、人を犯罪者みたいに言うな、俺は何もしてない、冤罪だ! そうやって通勤ラッシュのおっさんが痴漢の冤罪をかけられているんだな!」
実際に痴漢の被害に会う女性に申し訳ないが、しても無いことをしたやされたと大声でわめき散らしたら大抵が女性側の味方につく。ここでどれだけ男がわめき散らそうが状況は覆らない。そのまま和解に持ち込まれてお金を取られるのだ。
こういう時何より許せないのが、逆のパターンがない。ということだ。許されるのは女性であり、糾弾されるのは男性。この形が揺らぐことはそうない。もしその判決が覆るときは、普段のパターンのときの何倍もきついしっぺ返しが待っている。女性が、警察官、男性、果ては同じ女性にまで忘れ去られるまで叩かれ続ける。因果応報、やられたらやり返す。倍返しだ!! というわけだ。
だが、やはり男性の意見は通りにくいようで一色と小町は冷めた目でこちら見ている。
紅一色に男子、それはハーレムではないリンチだ。しかし救いの手が差し伸べられる。さっきから下を向いて唸っていた御坂妹だ。
「なるほど、それは面白い意見ですね。 ですが、駅員さんも注意していなければなりませんね。二回も三回も痴漢だと訴える女性がいたらそれは高確率で冤罪ということですから」
「これがそう簡単な話でもねえんだよな」
「というと?」
御坂妹の言うことは正しい。だがそれでは冤罪の被害が増すだけだ。
「駅員さんまでそんなこというんですかー?!! さては共犯ですね?!!」
甲高い声で演技する。
「さすがにそんな暴論は」
「ああ、当然通らないが、日本で美徳とされるのは、騒ぎを起こさないことだ。事実はどうあれ社内での印象は下がるわ、客から白い目で見られるわ、電車は世界の縮図なんだよ」
言い過ぎとも取れるが、ある意味正しいことは言っている。
インフラである以上、ある程度年齢層に偏りがなく、むしろ世界を回している中年と、登校中の学生。世界の二大勢力が集合するこの交通機関は、世界の簡易的模型といっても過言ではないのかもしれない。
「だったら、社内に監視カメラを」
「無駄だな、一時的に被害は減るかもしれないが女子高生も馬鹿じゃない」
全員だとは言わないが、そういったやつに限って、行為自体は馬鹿でも、陰湿さにおいては天才クラスだったりする。
そこに一色が割り込んでくる。
「いや待ってください、なんでこっちみたんですか! 私そんなことするように見えます? ってかなんでこんな話になってるんですか!」
「ですが!! それだと、世界を支える中年男性がこれからも!!」
「え、ちょ……」
「一色さんあきらめましょう、この二人を止めるにはおそすぎました……」
一番そういうタイプの一色を無視して話を展開する。
御坂妹が盛り上がってきたようだ。そろそろ俺もギアを上げるぜ。ジードォ!
「ああ、そうだな、俺だったら……」
そこで話をせき止めるものがいた。
「何馬鹿な話を……といいたいところだけれど、確かにこれからの社会で何度も出てくる議題でしょうね」
雪ノ下だった。
意外にも彼女は賛同者だった。
正義感の強い彼女からすれば痴漢も、冤罪も、許しがたいことなのだろうから、意外ではないのかもしれない。
「けれど、今話し合って何か変わるものでもないでしょう。そんな事よりご飯、冷めるわよ」
「ん? ああ、まぁそうだな」
雪ノ下が手に持っている皿をテーブルの上に置いていく。回鍋肉とか、なんか、やはり肉寄りだ。そんなにスタミナをつけたいのだろうか。
「なんですかこの料理のクオリティ……見た目からおかしいじゃないですか」
無論、いい意味でだろう。
「やっぱり雪ノ下先輩手懐けられてますって……おかしい」
「ふふーん、うちの雪乃さんを舐めないでくださいよ?」
「なんであなたが胸を張って言っているのかしら……」
「これが、回鍋肉ですか……」
御坂妹が喉を鳴らしている。
焦らすのも不興というものだ、手を合わせて。
「この世のすべての「そういうのいいです」」
食事前の大事な儀式なんだけどなぁ……
「……いただきます」
「「「いただきます」」」
「召し上がれ」
回鍋肉……食いたくなってきます。
次回は回鍋肉を食べるシーンから始まりますから、回鍋肉片手に読んでください。