こちらでは、仮面ライダーアギトを書く前に、1話から見直した時にふと思った設定を入れさせて貰いました。
活動報告については、今週の金曜日の投稿前に募集を行う予定です。
これからよろしくお願いします。
遺跡の中は、思っていたよりも広かった。
天井は低く、壁は湿っているのに、通路はまっすぐ奥へ伸びていて、作業灯の光がいくつも浮かんでいる。
人の声と金属音が反響して、地下なのに、不思議と閉塞感はなかった。
——少し、胸が高鳴っていた。
理由は、たぶん一つしかない。
ここは、未確認事件と関係があるかもしれない場所だ。
そう聞いた瞬間から、僕はこの遺跡に来るのを、どこかで楽しみにしていた。
怖い、というより。
……期待に近い。
「結城君、そっち、壁際の層、丁寧にね」
声の方を見ると、作業灯の下で、つる先輩が屈んで遺物を観察していた。
千羽つる子。幼馴染みで、大学の先輩で、そしてこの現場では一番楽しそうな人。
「そんなに嬉しそうに見るものなんですか、それ」
「だって、何が出てくるか分からないのよ?」
振り返って、眼鏡の奥で目を輝かせる。
「数百年、もしかしたら千年以上、誰にも触られなかったものが、今ここにあるの」
「これ、すごくない?」
正直、よく分からない。
ただ、先輩がこういう顔をしているときは、本当に楽しいんだろうな、と思う。
「未知の知識に触れる瞬間ってね、癖になるのよ」
「本に書いてないことが、現場には転がってるから」
「……それで切り抜き、あんなに集めてたんですか」
「それとこれは別!」
即答だった。
思わず笑いそうになる。
遺跡の空気は冷たくて、暗い。
それでも、不思議と嫌な感じはしなかった。
むしろ、胸の奥が少しだけ、落ち着かない。
——ここに、何かあるかもしれない。
そんな予感だけが、ずっとついてくる。
スコップを入れながら、ふと考える。
どうして僕は、ここにいるんだろう。
理由は、分かっている。
——四号。
未確認生命体第四号。
二年前、街を救ったとされる、あの存在。
誰にも言っていない。
家族にも、友達にも、つる先輩にも。
あの夜、僕が助けられたこと。
水の中で、死にかけて。
背中だけを見て、生き延びたこと。
顔も知らない。
名前も知らない。
それでも、あの背中を思い出すたびに、胸の奥が少しだけ、温かくなる。
怖かった。
でも、あのとき、確かに——守られた。
だから僕は、ここに来た。
過去を掘り起こすためじゃない。
あの背中が、何だったのかを知るために。
「結城君、集中してる?」
「……あ、すみません」
「ぼーっとしてると、遺物割るわよ?」
「それはまずいですね……」
「でしょ?」
くすっと笑って、先輩はまた遺物に向き直る。
その横顔を見ながら、少しだけ思う。
この人は、知りたいからここにいる。
僕は——知りたい、というより。
……会いたい、に近いのかもしれない。
スコップの先で、軽い感触がした。
石とも違う。
土とも違う。
「……ん?」
慎重に周囲を払う。
小さな欠片が、顔を出した。
淡い光を閉じ込めた、奇妙な形。
その瞬間、胸が、ひどくざわついた。
理由はすぐに分かった。
似ている。
水面越しに見た、あの光と。
同じ揺れ方。
同じ位置。
同じ、説明できない感覚。
「……つる先輩」
声をかけようとして。
——そのとき、悲鳴が聞こえた。
スコップを入れた瞬間、ふと、手が止まった。
理由は、音だった。
……いや、違う。
音が、消えた。
さっきまで聞こえていた金属音や話し声が、急に遠くなったような感覚。
耳が塞がれたわけじゃない。むしろ、よく聞こえている。
なのに、遺跡の奥のほうだけが、妙に“静か”だった。
胸の奥が、ひくりと跳ねる。
嫌な予感、というほどはっきりしたものじゃない。
でも、喉の奥に、小さな棘が引っかかったみたいに、息がしづらい。
——変だ。
作業灯の光は、変わらず揺れている。
人の声も、ちゃんと聞こえる。
それなのに。
まるで、暗闇の向こう側だけが、別の空間になったみたいだった。
「……つる先輩」
何となく、名前を呼びかけていた。
「なに?」
「……いえ、なんでもないです」
自分でも、何が言いたいのか分からなかった。
胸の奥が、少しずつ、冷えていく。
次の瞬間。
——“匂い”がした。
血の匂い。
はっきり嗅いだわけじゃない。
鼻に届いたわけでもない。
なのに、頭の奥で、そうだと分かってしまった。
誰かが、今、殺された。
そんな考えが、唐突に浮かんで、背筋がぞっとする。
ありえない。
ここには、たくさん人がいる。
何かあれば、悲鳴が聞こえるはずだ。
でも、胸の奥の違和感は消えなかった。
むしろ、はっきりしてくる。
——近い。
何かが、こちらに向かって、近づいてきている。
足音は聞こえない。
息遣いもない。
それなのに、暗闇の奥に、確実に“気配”がある。
人じゃない気配。
じっと、こちらを見ている。
……いや、違う。
見ているんじゃない。
“選んでいる”。
そんな言葉が、なぜか頭に浮かんだ。
心臓の音が、急にうるさくなる。
「……結城君?」
つる先輩の声に、びくっと肩が跳ねた。
「顔色、悪いけど、大丈夫?」
「……はい、ちょっと、空気が……」
嘘だった。
空気の問題じゃない。
これは、もっと——
説明できない、何か。
そのとき、スコップの先に、軽い感触があった。
石とも、金属とも違う、奇妙な手応え。
反射的に、違和感から逃げるみたいに、そちらへ意識を向ける。
土を払う。
小さな欠片が、顔を出した。
淡い光を閉じ込めた、奇妙な形。
胸が、ひどくざわついた。
——その瞬間。
暗闇の奥で、悲鳴が上がった。
悲鳴は、途中で途切れた。
切られた、というより。
……塞がれた、という感じだった。
遺跡の中に残ったのは、重たい沈黙だけで、
次の瞬間には、さっきまでの作業音が、何事もなかったみたいに戻ってきた。
「……今の……」
つる先輩が、かすれた声で言う。
誰も答えなかった。
現場の空気が、ゆっくりと冷えていくのが分かる。
誰かが無線で呼びかける声。
「大丈夫ですか」「応答してください」という言葉が、何度も反響する。
返事は、なかった。
嫌な予感が、はっきりした形を持ち始める。
「……行きましょう」
自分でも驚くほど、声は落ち着いていた。
つる先輩と一緒に、悲鳴のした方向へ向かう。
通路は狭く、作業灯の光が途切れ途切れで、影ばかりが増えていく。
——妙だ。
足音が、やけに大きく響く。
壁に触れた手袋が、ぬるりと滑る。
湿気のせいだと思おうとして、やめた。
……これは、水じゃない。
少し、粘つく。
「結城君……」
つる先輩が、僕の腕を掴む。
その先、作業灯の外れた場所で、誰かが壁にもたれるように立っていた。
最初は、生きているのかと思った。
頭が前に垂れて、腕がだらりと下がっていて、
ただ、休んでいるだけのように見えたから。
「……すみません、大丈夫ですか……?」
声をかけて、一歩、近づいて。
——そこで、気づいた。
足が、床についていない。
人は、立っているんじゃなかった。
“吊られて”いた。
白い糸みたいなものが、首と肩と胴体を、壁と天井に縫い止めている。
胸のあたりから、赤黒いものが、ゆっくりと垂れて、
床に、小さな水溜まりを作っていた。
「……っ」
喉が、ひくりと鳴る。
顔を見た瞬間、目を逸らした。
目が、開いたままだった。
でも、何も映していない。
生きている人の目じゃ、なかった。
つる先輩が、口元を押さえて、後ずさる。
「……死……」
言葉の続きは、出てこなかった。
そのとき。
天井の奥で、何かが、動いた。
音は、ほとんどしなかった。
ただ、影が、ずるりと、ずれた。
作業灯の光が、わずかに揺れて、天井の梁の向こうに、
“それ”の輪郭が、一瞬だけ浮かぶ。
人の形をしている。
けれど。
肩のあたりから、何本もの“線”が伸びて、
壁と天井の暗闇に、溶け込んでいる。
関節の位置が、明らかにおかしい。
肘が二つ、あるように見えて。
脚も、数が合わない。
——蜘蛛。
そう思うより先に、身体が凍りついた。
“それ”は、こちらを見ていなかった。
吊るされた死体の前で、じっと、動かずに立っている。
……いや。
立っているんじゃない。
“確認している”。
死体の胸に、細い腕の先を伸ばして、
何かを、確かめるみたいに、触れている。
その仕草が、あまりにも、静かで。
狩りの後の獣じゃなかった。
処理を終えた、執行人みたいだった。
胸の奥が、ひどく冷える。
——あれは。
未確認なんかじゃ、ない。
でも、その考えが、形になる前に。
“それ”の首が、ゆっくりと、こちらを向いた。
音は、なかった。
首が、回った。
人の首が、回る角度じゃない。
闇の中で、目だけが、かすかに光る。
その瞬間。
はっきりと、分かった。
見られている。
いや——
“選ばれている”。
「……走っ……」
つる先輩の声と同時に、
“それ”の背中から、糸が、弾けるように飛んだ。
見出し:
河川敷で大学受験生救助 未確認騒動の混乱の中
日付/地域:
2000年10月 ○○県○○市・市内河川敷
本文
昨夜、市内で発生した未確認生命体出現騒動の混乱の中、河川敷に転落した十八歳の受験生が無事救助された。救助者の身元は不明で、現場にいた警察関係者は「未確認四号らしき影を見た」と証言している。一方、同時間帯には未確認○○号の目撃情報も複数寄せられており、警察は事故と事件の関連を慎重に調査している。
つる子の注釈
救助者不明。証言が四号と○○号で食い違っている。
後で結城君から聞いた話と一致する点が多い。
――後の事を考えれば、この出来事が、すべての始まりだった可能性が高い。