夕暮れの教室に、沢木の声だけが静かに満ちていた。
「すべては、超古代から始まっているのです」
その言葉を合図に、物語は動き始めた。
「君たちの言う未確認生命体——グロンギ。そしてアンノウン——ロード。それは、まったく別の種ではありません。同じ時代に、同じ人間から分かたれた二つの系譜です」
俺は黙って聴いていた。隣のつる子先輩も開いたノートに何も書かず、ただ沢木の瞳を見つめている。
「人間の一部が、ロードの力と不死性へ近づこうとした。人為的な進化だ。彼らは神の座に焦がれ、自らを人ならざるものへ改造した。だが到達できたのは神ではなく、飢えた獣だった。不完全な模倣。それがグロンギの始まりだ」
「…人間が、自らを」
つる子先輩の声は、掠れて消えた。
「そうだ。そして、ロードたちはその模倣者を嫌った。自分たちへ近づくこと自体を、冒涜だと見なした。だがもっと恐れたのは闇の力だった」
「闇の力」
俺はその言葉を反芻した。沢木の口にする「闇の力」は、拒絶すべきものではない。むしろ人間を慈しむ者のように響いた。
「闇の力は、人間の凶暴な変質を憂いた。そしてなおも争わぬ者たち——リントを愛した。だがリントは弱く、グロンギの殺戮の前に滅びようとしていた。そこで闇の力は、自らの力の一部を人間へ与えた。霊石アマダムとアークルに、その力は込められた」
「それが、クウガ……」
俺は拳を、膝の上で握りしめた。俺の中に今もあるアマダムの欠片。その遠い記憶が、沢木の言葉に反応している気がした。
「クウガは、闇の力が人間を守るために生んだ戦士。究極の闇という形態さえも、その力に由来している。力そのものに善悪はない。黒い瞳は力に呑まれた者。赤い瞳は、人であり続けた者」
沢木は一度そこで言葉を切り、窓の外へ目をやった。遠い空が夜の端を燃やしている。
「そして現代にクウガが蘇った。あれは偶然ではない。グロンギが蘇ったからだ。クウガは最後まで赤い瞳で戦い抜いた。闇の力はそれを、あの戦いを、誇りに思っている」
「…神が、誇りに?」
つる子先輩の呟きに、沢木は頷く。
「ああ。大切な子供たちを守りながら、自分もまた怪物にはならなかった。それは闇の力にとって、どれほどの意味を持つか」
俺は、あの川底で見た背中を思った。沈んでいく俺を見つけ、救い上げた異形の背中。あの存在は今神に誇られている。ならば、あの日の憧れは間違っていなかった。
「では、アギトの力とは何なんですか」
俺の声は、思ったよりも落ち着いていた。
「闇の力と光の力は、対立した。どちらも人間を愛していた。だがその愛の形が違った。闇は、現状の人間を無傷のまま守ろうとした。人間を人間のまま終わらせようとした。対して光は、人間の進化を信じた。痛みも恐怖も越えて次の段階へ進むことを願った」
「その光が、アギトを…」
「光は闇に敗れた。だが消える間際、人間の中へ種を蒔いた。いつか目覚めるための、進化の種を。それが世代を越えて眠り続けた。そして、あかつき号で起きた」
「あの船で、光の残滓に触れた…」
「乗員は、眠っていた種を覚醒させられた。ロードたちが、アギトの可能性を持つ人間を狙い始めたのは、その時からだ」
俺は唇を噛んだ。アンノウンが、超能力者とその血縁を襲い続けた理由。あれは無差別ではなかった。種を宿した者への、粛清だった。
「クウガは、闇の守護。アギトは光の進化の象徴。二つの力は、本来、決して交わらない。それがお前の中で偶然にも混ざった」
沢木の視線がこちらへ戻ってくる。その目は、俺の腹の奥を見ている。
「結城。お前がもともと宿していた種と、遺跡で取り込んだアマダム。本来ならば排他されるはずの二つが、なぜ融合したのか。それは私にも分からない。分からないが、起きてしまった」
「…俺は、何者になるんですか」
「その問いに応える者は、いないのだ」
沢木は静かに立ち上がった。椅子の音が、やけに大きく教室に響く。
「神でさえ知らない。お前がその先で、何になるのか。だからこそ私は今、こうしてお前に話した。誰かの解釈にお前を預けてはいけない。自分で知れ。自分で選べ」
彼は、俺たちに背を向けるように歩き出した。ドアの手前で、足を止める。
「忘れるな。お前の隣には、人がいる。それこそがクウガとアギトの、たった一つの共通点だ」
夕暮れが終わろうとしていた。教室の中に、青い夜が忍び込んでくる。ドアが静かに閉まった。
俺は、握りしめた拳を開き手のひらを見つめた。そこには、何の変哲もない人間の手がただ、汗ばんでいた。