翌日の昼は、昨日の夜が嘘のように晴れていた。
河川敷の土手に座り込んで俺はぼんやりと流れる水を眺めていた。昨日、翔一さんがアギトの力を手放した。芦原さんは青年に力を奪われた。木野さんはすでに力を失っている。アギトの力を持つ者は、俺だけになった。
腹の奥でアマダムの欠片が鈍く脈打っている。アギトの種と融合した異物。奪うこともできず、制御もままならない力。
「結城くん」
振り返ると、真魚さんが立っていた。心配そうな顔で、俺の隣に腰を下ろす。
「津上さんのこと、心配ですか」
「はい。でもそれ以上に、自分がどうすればいいのか分からなくて」
正直に言った。真魚さんはしばらく黙って、水面を見つめていた。
「私も、父のことを知ってからずっと考えてるんです。知らないままでいた方が幸せだったのかなって」
「真魚さん」
「でも、知りたいって思ったのは私です。だから、後悔はしてません。ただ知った上でどう生きるかは、まだ決められなくて」
その言葉が、胸に沁みた。知った上でどう生きるか。俺も同じだ。力の正体を知って、それでもどう使うかを選ばなければならない。
その時だった。
空気が変わった。土手の向こう、河川敷の上流から異様な気配が近づいてくる。アンノウンだ。しかも一つではない。複数の気配が、こちらへ向かってきている。
「真魚さん、下がってください」
俺は立ち上がった。ベルトを呼び出す。だが、真魚さんは首を振った。
「私、逃げません。ここで見てます」
「真魚さん!」
「誰かが戦ってるのに、私だけ逃げるなんてできません」
その目は真剣だった。翔一さんの姪として、風谷伸幸の娘として彼女はここに立つことを選んだのだ。
アンノウンが姿を現した。ヘッジホッグロード。針のような棘を全身に纏った異形の怪物が二体、河川敷を埋め尽くすように現れる。
「変身!」
叫びと共に、アビスフォームの装甲が俺を包む。深い青の光が、昼の日差しの中で鈍く輝いた。
一体目のヘッジホッグが針を飛ばしてくる。無数の棘が、雨のように降り注ぐ。俺は真魚さんの前に立ち、アビスの衝撃分散でそれを受け流した。針は装甲に弾かれ、地面に突き刺さる。
「結城くん!」
聞き覚えのある声がした。振り返ると、氷川さんがG3-Xの装甲を纏って走ってくる。その手にはGM-01が握られている。
「援護する! 真魚さんを守れ!」
氷川さんの銃撃が、二体目のヘッジホッグを牽制する。俺はその隙に真魚さんを土手の陰へと誘導した。
「ここで待っていてください」
「でも!」
「お願いします」
俺は真魚さんの目を見て言った。彼女は唇を噛みしめながら、頷いた。
戦場へ戻る。氷川さんがG3-Xで二体目と交戦中だ。俺は一体目に立ち向かう。針の雨を避けながら接近し、カウンターの拳を叩き込む。アビスの衝撃分散で溜め込んだ力を解放する一撃。ヘッジホッグの装甲が砕け、悲鳴のような音を上げて後退する。
だが、その時だった。
「結城」
背後から、低い声がした。
振り返ると、青年が立っていた。白いシャツ。右手を腹の前で抱えている。だが、その左手には新たな光が宿っていた。翔一さんから奪ったアギトの力だ。
「真魚さんを狙うのか」
「いや。今日の標的は君じゃない」
青年は、真魚さんのいる土手の陰を見た。
「あの娘の中にも、アギトの種が眠っている。あかつき号の生存者の血縁者だ。覚醒すれば、新たなアギトになる」
「真魚さんは関係ない!」
「関係ある。彼女の父、風谷伸幸もアギトだった。その血は、娘にも流れている」
俺は息を呑んだ。真魚さんの中にも、アギトの種が。
その瞬間、二体目のヘッジホッグが真魚さんの方へ針を放った。
「真魚さん!」
俺は走った。だが、間に合わない。針は真魚さんへ一直線に迫る。
その時、人影が真魚さんの前に飛び出した。
「翔一さん!」
翔一さんだった。力を失った身体で、それでも真魚さんを庇うように立ちはだかる。針が、翔一さんの肩と腕を貫いた。
「ああっ!」
翔一さんが崩れ落ちる。真魚さんが悲鳴を上げる。
「津上さん!」
俺はヘッジホッグを弾き飛ばし、翔一さんの元へ駆け寄る。肩と腕から血が流れている。針は深く刺さっている。
「結城くん…真魚さんを…守って…」
「津上さん、喋らないでください!」
その時、意識の奥で、何かが動いた。
赤い光。それと、黒と金の光。
幻影だった。赤いアギトの姿。そして、黒と金のアメイジングマイティ。二つの像が、俺の意識の中に浮かび上がる。
『力の出自は、お前の選択を縛らない』
赤いアギトが、そう語りかける。
『光から来た力も、闇から来た力も使うのはお前だ』
アメイジングマイティが、静かに告げる。
善悪や正解を言い渡すわけではない。ただ、俺自身の選択を待っている。
俺は、腹に伸ばしかけた手を止めた。
エクリプスに頼る必要はない。今の俺にできることをする。
「氷川さん! 敵の牽制を頼みます!」
「了解!」
氷川さんのG3-Xが二体のヘッジホッグを引き受ける。俺は翔一さんを背負い、真魚さんの手を取った。
「逃げます!」
「でも、お父さんが!」
「津上さんを守るのが先です!」
俺は走った。河川敷を離れ、市街地へ。翔一さんの血が俺の背中を濡らしていく。真魚さんが隣を走りながら、涙を流していた。
「木野さんのところへ行きます。あの人なら、津上さんを救える」
木野さんの闇医者としての腕。力は失っても、その技術は残っている。
俺は走りながら、心の中で決めていた。
力に頼るのではなく、力を持つ自分が何を選ぶか。それが、今の俺の答えだ。
木野さんの隠れ家に着いた時、彼は静かに俺たちを迎えた。
「翔一か」
「針を受けました。深いです」
木野さんは翔一さんの傷を見て、すぐに処置を始めた。涼さんも駆けつけ、真島さんが手術の補助に加わる。
「結城。入口を頼む」
木野さんの言葉に俺は頷いた。手術中に敵が来ないよう、見張るのが俺の役目だ。
俺はベルトから手を離し、入口に立った。翔一さんの命は、木野さんに託す。俺は俺にできることをする。
やがて、手術が終わった。
木野さんが、血のついた手袋を外しながら出てくる。その顔には、疲労の色が濃かった。
「命は繋いだ。だが、しばらくは動けない」
「ありがとうございます」
俺は木野さんを支えた。彼もまた、消耗していた。力がなくても人を救える。その事実が、今の俺には何よりの支えだった。
手術室のベッドで翔一さんが眠っている。その横で、真魚さんが手を握っていた。
「結城くん」
翔一さんが、目を開けた。
「真魚さん、無事ですか」
「はい。津上さんが守ってくれました」
翔一さんは、弱々しく笑った。
「僕、まだ誰かを守れるかな」
「守ってますよ。今も」
俺は言った。翔一さんは、その言葉に、少しだけ安堵した顔をした。
力は失っても、守る意思は残る。
それが、今日、俺が学んだことだった。
俺は、ベルトから手を離したまま、窓の外を見た。夕日が街を橙色に染めている。
まだ、青年はいる。アンノウンもいる。だが、今は、この場所を守る。それが俺の選んだことだ。