木野さんの手術が終わった時、夕日はすでに西の空を赤く染めていた。
津上さんはベッドの上で眠っている。肩と腕に包帯が巻かれ、その顔色はまだ青白いが呼吸は安定していた。真魚さんがベッドの横に座り、津上さんの手を握っている。その手が微かに震えているのを、俺は見て見ぬふりをした。
「結城」
木野さんが血のついた手袋を外しながらこちらへ来た。その足取りは重く、壁に手をつかずには歩けないほど消耗している。力を失った身体で手術をやり遂げた代償だ。
「津上は助かった。だが、まだ動かせない。ここを離れるなら、慎重に運べ」
「分かりました」
俺は頷いた。だが、その時だった。
外の空気が変わった。
ざわり、と背筋を冷たいものが走る。アンノウンの気配。それも、これまでとは桁違いの密度だ。
「来たか」
木野さんが呟いた。その声に、諦めにも似た響きがあった。
俺は窓の外を見た。夕暮れの道路を挟んだ向こう側、廃墟となった工場の影から二つの影が現れる。
一つはアンノウン。針を全身に纏った異形の怪物が、二体。
そしてもう一つ。
「あれが…黒い男」
木野さんの声が低く響いた。
そいつは異形だった。アンノウンよりも大きく、しかし動きは水のように滑らかだ。全身を覆う装甲は、黒と銀。頭部には王冠を思わせる角が幾重にも重なり、その複眼は深紅に燃えている。
「アギトの力を奪う者」
俺は腹の奥を押さえた。アマダムの欠片が、警告するように脈打っている。
「結城、行け」
木野さんが言った。
「俺は津上と風谷を守る。お前は氷川と共にあれを止めろ」
「でも木野さん、その身体で」
「俺のことはいい。行け」
その声に、有無を言わせない強さがあった。俺は頷き、部屋を飛び出した。
外に出ると、氷川さんがG3-Xの装甲を纏って既に展開していた。その手にはGX-05が握られている。
「結城くん! 真魚さんと真島さんは僕が守ります。君はあの黒いのを頼みます!」
「分かりました!」
俺はベルトを呼び出す。腹の奥で、二つの力が脈打つ。アギトの種と、アマダムの欠片。
「変身!」
叫びと共に、アビスフォームの装甲が俺を包む。深い青の光が夕闇に溶けていく。
黒い男が動いた。その動きは、これまで戦ったどんなアンノウンよりも速い。俺はアビスの衝撃分散で受け流そうとしたが、その手が俺の胸板に触れた瞬間、腹の奥で何かが引き抜かれる感覚が走った。
「ぐあっ…!」
アギトの種。
それが黒い男の手によって、引き抜かれようとしている。
「お前の中の二つの力。前回はまとめて奪おうとして弾かれた。だが、今回は一つだけだ」
黒い男の声は、冷たく静かだった。
「アギトの種だけを狙えば、アマダムの力が抵抗しても分離できる」
腹の奥で、アギトの種が悲鳴を上げている。光が俺の身体から引き剥がされていく。
「やめろ…!」
だが、抵抗できない。アマダムの欠片が必死に絡みつこうとするが、黒い男の力はそれを上回る。
光が完全に抜けた。
「あっ…!」
アビスフォームの装甲が音もなく消滅する。変身が強制的に解除された。膝から崩れ落ち、地面に手をつく。腹の奥が空洞になったように虚しい。
「結城くん!」
氷川さんの声が遠くで聞こえる。
黒い男が手の中に収めたアギトの種を見つめている。その光は、俺がずっと抱えてきたものだ。あかつき号以前から眠っていた、進化の種。
だが、それだけではなかった。
腹の奥で、まだ何かが脈打っている。
アマダムの欠片。それだけが残っている。
『力の出自はお前の選択を縛らない』
意識の奥で、赤いアギトの幻影が囁いた。
『光から来た力も、闇から来た力も使うのはお前だ』
黒と金のアメイジングマイティが、静かに頷く。
俺は立ち上がった。
アギトの種は奪われた。だがアマダムの力はまだここにある。エクリプスフォームの経験で、俺は既にアマダム側の力に到達していた。あの日食の感覚。感情を失う恐怖。だが、それだけではない。あの力は俺のものだ。
「変身」
今度はアギトの種ではなく、アマダムの欠片を起点に。
ベルトが応える。
黒い装甲が俺の身体を包む。だが以前とは違う。金色のラインが全身を走り、複眼は深紅に輝いている。
黒と金の戦士。
「なんだ、あれは」
氷川さんの声が聞こえた。
「4号…いや、違う。だが、似ている」
通信越しに、氷川さんが呟く。
「黒い4号…!」
俺は黒い男へ向かって走った。
速い。アビスフォームとは比べ物にならない速度だ。黒と金の装甲が、夕闇を切り裂く。
黒い男が初めて動揺したように後退する。
「その姿…クウガの…!」
「返せ」
俺は拳を振るった。アメイジングマイティの力が、黒い男の装甲を打つ。鈍い音と共に、黒い男が数歩後退する。
「アギトの種を、返せ」
「貴様…その力、どこから」
「知るか」
俺は畳み掛ける。黒と金の拳が、黒い男を圧倒する。だが、決定打には至らない。相手もまた、強い。
その時だった。
「結城くん!」
振り返ると津上さんが立っていた。包帯を巻いたまま、ふらつきながらもその目は真っ直ぐに俺を見ている。
「津上さん、動いちゃダメです!」
「俺にも、やらせてくれ」
津上さんは腹に手を当てた。アンクポイントが微かに光る。
「力は戻ってきてる。結城くんが奪われたアギトの種が、呼応してるんだ」
津上さんの身体から、金色の光が溢れ出す。アギトの力。それは黒い男が奪った種から、翔一さんへと流れ込んでいる。
「黒い男! お前が奪った力は、元の場所へ帰る!」
津上さんの叫びと共に、アギトの種が黒い男の手から弾け飛んだ。光の粒子となって、俺の腹の奥へと戻ってくる。
アギトの種が戻った。
「変身!」
津上さんがアギトへと変身する。金色の角。赤い複眼。大地の力。
「芦原さん! 木野さん!」
俺は叫んだ。
手術室の方から、二つの影が飛び出す。芦原さんがギルスへ。木野さんがアナザーアギトへ。
「行くぞ!」
芦原さんのエクシードギルスが、アンノウンへ襲い掛かる。エクシードヒールクロウが、針の装甲を砕く。
木野さんのアナザーアギトが、もう一体のアンノウンへ。アサルトキックが、針を粉砕する。
翔一さんのアギトが、最後の一体へ。ライダーキックが、アンノウンを貫く。
三体のアンノウンが、同時に爆散した。
黒い男が後退する。
「アギトの力が…戻った。ならば、今日は退く」
その巨体が、夕闇へと溶けていく。