「先輩、行ってきます」
「ええ。来春、国立国会図書館で」
つる子先輩の声は静かだった。無事を祈る言葉ではなく、続ける約束を残してくれた。それが今の俺には何より重い。
「エクリプスの危険が残っていることは、分かっていますよね」
「はい。一人で抱え込みません。津上さんたちと役割を分けて戦います」
「なら、いいです。お気をつけて」
短いやり取り。だが、それで十分だった。俺は研究室を出た。戻る場所はある。続ける未来はある。それを確かめてから、戦いへ向かう。
山間部へ向かう国道をバイクで走らせた。風が冷たい。だが、以前のように腹の奥が軋むことはない。一か月の平穏で取り戻した身体は、確かに応えてくれている。息は切れない。手の震えもない。
だが、腹の底にはまだあの感覚が沈んでいる。日食。冷たい水底。エクリプスの記憶。回復した身体と、制御できる力は別だ。使えば届くかもしれない。だが、使った後に誰がいるか分からない。だから使わない。今の俺にできる力で戦う。
待ち合わせ場所に着くと、三人が既にいた。津上さん、芦原さん、氷川さん。全員が表情を引き締めている。
「結城くん、来たね」
「はい。場所は特定できました」
「氷川さんから聞いた。東の山間部か」
津上さんの目が、東の山並みを見つめている。
「ああ。気配が強くなっている」
四人で歩き出した。国道を外れ、山道へ入る。舗装された道が終わり、砂利道になり、やがて獣道になる。人の気配が消えていく。鳥の声も止んだ。風だけが木々の間を吹き抜けていく。
俺の足取りは軽い。だが、腹の奥でアマダムの欠片が脈動を強めていく。近づいている。津上さんも感じているはずだ。彼の歩みが少しずつ速くなっている。
道が開けた。削り出された岩場と土が混じる広場。そこに、二つの影が立っていた。
風のエル。
鷹を思わせる鋭角の装甲。背中の翼が夜風に微かに揺れている。あいつだ。一か月前、人を透明にして消した。あの瞬間の逃げ遅れた人の顔が、まだ脳裏に残っている。
そしてその奥に、もう一つ。
地のエル。
風のエルよりも更に重い気配。大地そのものを身体に纏ったような、岩と土の質量を持つ巨体。全身を覆う装甲は暗褐色で、その表面には亀裂のような模様が走っている。
「お前か」
風のエルが俺を見た。あの時と同じ冷徹な複眼。
「一か月前、言ったはずだ。終わりは近づくと」
「ああ。『やり直す為にアダムとなる』。あの言葉の意味を聞きたい」
「意味など必要ない。人間は終わる。新たな始まりの為に」
風のエルはそれ以上語らなかった。弓を構える。交渉の余地はない。奴らにとって、今の人間は消すべき旧い世界にすぎない。俺たちの約束も、未来も、全部含めて。
芦原さんが前に出た。
「風のエルは俺がやる。あいつの動きは知ってる」
芦原さんの声は一か月前よりも硬かった。だが迷いはない。
「僕もG3-Xで援護します」
氷川さんが並んだ。GX-05を構える。二人の背中が、風のエルへ向く。
津上さんが地のエルへ向き直った。俺も隣に立つ。
「結城くん」
「はい」
「俺たちはあっちだ」
「分かってます」
短い声掛け。それだけで十分だった。
芦原さんが変身した。金色の光が弾け、エクシードギルスの装甲が現れる。氷川さんのG3-Xも装着完了。装備のロック音が夜気に響く。
津上さんが変身した。アンクポイントが黄金の光を放ち、アギトの角が夜空を突く。
俺は腹に手を当てた。エクリプスではなく、アビス。深い青の光が俺の身体を包む。黒い装甲。後方へ流れる二本角。深海の色。
変身完了。
四つの戦士の姿が、二体のエルと対峙する。
前方で、アギトとアルタが地のエルを見据える。側方で、ギルスが前衛に立ち、G3-Xが射線を確保して風のエルを牽制する。二組の攻撃経路が重ならない距離。
風のエルが弓を上げた。地のエルも岩の拳を構える。
俺は津上さんの立ち位置を確認した。隣にいる。同じ方向を見ている。
戻る場所はある。続ける約束はある。
俺は足に力を込め、津上さんと呼吸を合わせる。