仮面ライダーアルタ   作:ボルメテウスさん

117 / 118
最後の問答

風のエルが爆散した瞬間、空気が変わった。

 

それまで夜風が吹いていた大気が、ぴたりと止まった。静寂。だが、平穏ではない。もっと重く、もっと古い沈黙が場を覆っていた。

 

津上さんが前を見ていた。俺もつられて視線を上げた。

 

そこに、いた。

 

闇の力。

 

人間の姿をしていた。黒いコートを纏った男。だが、人間ではない。あかつき号の乗員が触れた光の正体。リントへ力を貸した存在。クウガの力の源。そして、アギトの進化を止めようとしている存在。

 

津上さんは迷わなかった。

 

「あなたは…人間を信じないんですか」

 

津上さんの声が静かに響く。闇の力は答えない。ただ、津上さんを見ている。

 

「俺は人間です。アギトの力を持っていても人間です。人間は変われる。進化できる。でも、それはあなたが決めることじゃない」

 

津上さんの身体が輝き始めた。シャイニングフォームを超える光。全身から白銀の炎が噴き出す。クロスホーンが展開し、右脚へ力が収束していく。

 

強化シャイニングライダーキック。

 

津上さんが跳んだ。光の矢のように闇の力へ突っ込む。その姿は、まるで太陽そのものだった。

 

だが、その一瞬手前で俺の意識が暗転した。

 

『——』

 

声が聞こえた。いや、声ではない。直接頭の中に響く意志。闇の力の意志。

 

俺の身体が動かない。エクリプスフォームの装甲が固まっている。変身も解けない。ただ意識だけが、引き抜かれていく。

 

気づくと、俺は屋敷の中にいた。

 

古い屋敷だった。高い天井に古びたシャンデリア。壁には誰のものか分からない肖像画。窓の外は闇。時間が止まったような空間。

 

そして、目の前に闇の力がいた。

 

人間の姿のまま。黒いコートの男。だが、その瞳は人間のそれではない。深淵そのもの。何もかも吸い込む暗闇。

 

「結城」

 

名前を呼ばれた。声は低く穏やかだった。敵意がない。むしろ、親が子を見るような眼差し。

 

「あなたをここに呼んだのは、別れを告げるためです」

 

「別れ…」

 

「あの男が来ます。津上翔一。彼は私を止めるために力を放った。私はそれを受け入れます」

 

「なぜ」

 

「私が負けるからです」

 

闇の力は、迷いなく言った。

 

「私は人間を愛した。現状のままの人間を。進化せず、変わらず、ただ人間として生きる者たちを。だが、アギトの力は人間を変える。進化させる。それは人間が人間でなくなることだ。だから止めたかった。だから人間を守るために、人間の進化を止めたかった」

 

「それでアンノウンを使ってアギトになる人間を殺したのか」

 

「殺したのではありません。刈り取ったのです。芽のうちに」

 

「同じだ」

 

「…そうかもしれない」

 

闇の力は、初めて表情を変えた。微かな苦渋。人間に近い顔だった。

 

「あなたをアダムにしようとした理由を話しておきましょう」

 

「アダム…」

 

「あなたの中には二つの力があります。アギトの種。光の進化の力。そしてアマダムの欠片。闇の守護の力。これまで人間の中で二つの力が共存したことはありませんでした。光と闇は相容れないはずでした。ですが、あなたの中でそれは混ざり合い、新たなものを生み出しています」

 

「エクリプスフォーム…」

 

「そうです。あれは光でも闇でもない。二つの始源が重なり合って生まれた、第三の力。私はそれを見た時思いました。これが新たな人間の形かもしれないと」

 

「新たな人間…」

 

「今の人間を消し、やり直す。その時アダムとなるのは、光と闇の両方を持つ者でなければならない。ただの光でもただの闇でもない。両方を併せ持ちながら、なお人間であれる者。あなたがそれにふさわしいと思いました」

 

俺は自分の手を見た。エクリプスフォームの漆黒の手。だが意識の中では、生身の手が見えている。人間の手。

 

「ですが、あなたは選びませんでした。人間を捨てることも、力に従うことも。あなたはただ隣に立つ者を選び、共に戦った」

 

「俺は…」

 

「言わなくていいです。あなたの選択は見ました。それが人間の選択だ。だから私は負ける。あの男に。津上翔一に。彼もまた、人間のまま戦った者だから」

 

闇の力は立ち上がった。その姿が、少しずつ薄くなり始めている。

 

「結城。一つだけ教えておきましょう。あなたがアダムにならなかったことは、正しかったのか間違っていたのか。それは私にも分かりません」

 

「…分からないのか」

 

「神でさえ分からない。あなたの未来は。あなたの中の二つの力が何を生むのか、それはあなたが選ぶことです」

 

闇の力が俺の方を向いた。その瞳に、初めて人間と呼べる感情が浮かんだ。寂しさだった。

 

「人間とは何なのか。もう一度この目で見ておきたい。それだけです」

 

その言葉を最後に、闇の力の姿が消えた。

 

屋敷が崩れていく。壁が、天井が、シャンデリアが、全てが闇に溶けていく。

 

そして、俺の意識が戻った。

 

目を開けた時、空は明るくなっていた。

 

夜が明けていた。

 

俺は地面に倒れていた。変身は解けている。生身の身体。全身が鉛のように重い。だが、冷たくはない。朝の光が頬を温めている。

 

「結城くん!」

 

津上さんの声がした。近づいてくる足音。肩を揺さぶられる感触。

 

「大丈夫ですか?」

 

目を開けると津上さんがいた。変身を解いた姿。革ジャンが汚れ、顔に疲労の色が濃い。だが、その目は澄んでいた。

 

「津上さん…戦いは」

 

「終わったよ」

 

津上さんは微笑んだ。いつもの柔らかい笑み。だが、その笑みには深い疲れと、それ以上の安堵が混じっていた。

 

「闇の力は消えた。もうアンノウンは来ない」

 

「…そう、ですか」

 

俺は空を見た。朝の空。雲が薄く引かれ、向こうから陽が昇っている。鳥の声が聞こえる。風が吹いている。普通の朝だ。

 

「結城くん、何かあった?意識が消えてた。急に倒れたから心配したよ」

 

「…少し、夢を見てました」

 

「夢?」

 

「闇の力と話しました。最後に」

 

津上さんの表情が少しだけ変わった。驚きでもなく不安でもなく、何かを理解するような顔。

 

「そうか。彼は何か言ってた?」

 

「人間とは何なのか、もう一度この目で見たいと」

 

津上さんはしばらく黙った。そして、空を見上げた。

 

「…そうだね。俺たちもそうだ」

 

俺は身体を起こした。関節が軋む。エクリプスの反動がまだ残っている。だが、冷たくはない。

 

津上さんが手を差し出してくれた。俺はその手を掴んだ。立ち上がった。自分の足で。

 

芦原さんと氷川さんが、少し離れた場所にいた。二人とも変身を解いて座り込んでいる。無事だ。

 

「結城くん」

 

津上さんが俺の顔を覗き込んだ。

 

「戻れた?」

 

俺は自分の手を見た。人間の手。傷だらけで汚れていて、指先が微かに震えている。だが、俺の手だ。

 

「戻れました」

 

その言葉は、自分に向けて言ったものだった。




そろそろ次回で最終回になると共に、次回作品の予告を行いたいと思います。
今回はGTPでの画像生成にて、次回のライダーのメインビジュアルを作らせてもらいました。


【挿絵表示】
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。