石段の上で、砂利が小さく鳴った。
夜気が肺に刺さる。吸い込みきれず、胸の奥で息が引っかかった。
境内の中央。黄金の戦士が踏み込む。
青い蛇のアンノウンが低く滑り、細身のアンノウンの鞭が静かに弧を描く。風が裂ける、細い音。
吐く。短く。
足をずらす。鞭の軌道に武器を差し込む。金属が擦れる乾いた感触が掌を震わせる。衝撃は小さいのに、呼吸が一拍遅れた。
背後で、甲冑が擦れる音。
黄金の戦士の拳が振り抜かれる。風圧が頬を打ち、思わず目を細める。青い蛇の身体が半歩、浮く。砂利が弾け、灯籠の火が揺れた。
息を整えようとする。
うまく入らない。浅い。喉が鳴る。
鞭がもう一度走る。
今度は低い。足元を刈る線。膝を折り、地面に手をつかないよう踏ん張る。武器を寝かせ、弧を崩す。鞭が石を打ち、白い粉が舞う。
「……っ」
声にならない息が漏れる。
背中に、熱が近づく。触れてはいないのに、存在が分かる。黄金の戦士が、半歩こちらへ寄る。
青い蛇が間合いを詰める。
拳と拳が触れる直前、空気が鳴る。鈍い衝撃が胸に響き、思わず歯を食いしばる。黄金の戦士の呼吸が、一瞬だけ荒くなるのが背中越しに伝わった。
合わせる。
こちらも踏み出す。鞭のアンノウンが距離を取ろうとするのを、武器の先で引き止める。触れた部分の動きがわずかに遅れる。ほんのわずか。それでも、息が一つ、深く入った。
静かだ。
叫びはない。ただ、砂利を踏む音と、短い呼吸が交差する。
黄金の戦士が踏み込む。
拳が落ちる。青い蛇のアンノウンが石段の縁まで押される。細身のアンノウンが鞭を巻き戻し、二体が同時に距離を取る。
追わない。
こちらも動かない。肩が上下するのを抑え、息を細く吐く。
夜風が通る。
青い蛇が屋根へ滑り、細身のアンノウンが鳥居の影へ溶ける。気配だけを残して、消えた。
境内に残るのは、削れた石と、荒れた呼吸。
黄金の戦士が拳を下ろす。こちらも武器を下げる。言葉はない。
数秒。
互いに視線を向けないまま、足を引く。
石段を降りる途中、ようやく深く息が入った。
胸の奥の震えが、ゆっくりと静まっていく。
石段を下りきったところで、ようやく足が止まった。
肺の奥に残っていた冷たい空気を、ゆっくり吐き出す。境内の喧騒はもうない。ただ、遠くで風が木を鳴らしている。
つる先輩が影から歩み寄る。切抜帳を胸に抱えたまま、こちらの顔をじっと見た。
「……無事ですね」
「はい。かすり傷だけです」
そう答えながら、まだ少し荒い呼吸を整える。
さっきまで背中にあった熱が、急に遠くなった気がした。
「どう見えましたか。あの黄金の戦士」
問いは穏やかだが、目は鋭い。
しばらく言葉を探す。うまくまとまらない。
「……以前、俺を襲った時は、迷っている感じがありました。力の方が先に動いているというか」
喉がひりつく。あの時の衝撃を思い出す。
「でも今日は……揺れていませんでした。動きが、まっすぐで」
つる先輩が小さく頷く。
「安定していましたね。衝突の後、間を置かない。判断が速い」
「はい。敵か味方か、正直まだ分かりません。でも……」
言葉が途切れる。
背中合わせになった瞬間の感触が、指先に残っている。
「……今は、同じ方向を向いている気がしました」
つる先輩はすぐには答えない。ページをめくり、短く何かを書き留める。
ペン先が止まり、こちらを見る。
「結城君。あなたはどうしたいですか」
静かな問い。
視線を落とし、砂利を踏みしめる。
「……守る側でいたいです。あの人が敵なら止めます。でも、味方なら……邪魔はしたくない」
言い終えてから、自分の声が少し低いことに気づく。
つる先輩はわずかに笑った。
「観測は継続ですね」
「はい」
短く答える。
夜風が通り抜ける。境内に残るのは、削れた石と、まだ消えきらない戦いの匂いだけ。
「今日の印象、重要です。気配の変化は、覚醒の段階と関係している可能性があります」
「……整理、お願いします」
「もちろんです。知は力ですから」
柔らかい声に、胸の奥の緊張がほどける。
神社の灯りが背後で揺れ、ふたりは並んで石段を降りた。