仮面ライダーアルタ   作:ボルメテウスさん

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重力

出発前のざわめきさえ薄く、白い照明の下で時刻表を見上げる人影が、まるで夜の中に置き忘れられたみたいに頼りなく見えた。柱の陰でその様子を見つめる葦原さんの横顔は、さっきまで休憩室で見ていた疲れた顔とは違っていて、息を詰めるたびに、守ると決めたものへ身体ごと向いていく硬さがあった。

 

「……あの人には、絶対に気づかせたくないんですか」

 

 つる先輩が声をひそめてそう訊くと、葦原さんは一度だけ目を閉じ、短く息を吐いてから、旅行鞄のそばに立つ女性を見たまま口を開いた。

 

「俺が近くにいるせいで、あいつまで巻き込まれるのは嫌なんだよ。せめて、見えないところで終わらせたい」

 

 その言い方には無理があったし、もう自分一人で抱え込める段階を過ぎていることは、俺にも分かった。けれど、それでもなお隠したいものがあるのなら、たぶんそれは恐怖よりも先に、守りたい相手の顔が浮かぶからなんだと思う。

 

 胸の奥が冷えたのは、その直後だった。発着所の屋根よりも高いところで、夜気の流れが不自然に裂け、細い羽音が耳ではなく頭の内側へ落ちてくる。見上げると、空には二つの影があった。一つは細長い嘴を思わせる輪郭で、もう一つは羽音を纏ったまま、光を避けるように高く旋回している。

 

「来ます、上です。二体とも、あの人の真上を見ています」

 

 俺がそう告げた瞬間、葦原さんの表情から迷いが消えた。足音を立てないまま暗がりへ滑り出し、彼女の視線から外れる位置へ移動していく。その背中を見ていると、戦うために前へ出るというより、見られないために影へ沈んでいく覚悟の方が強く見えて、胸の奥が妙に痛んだ。

 

「結城君、頭を押さえてください。あの羽音、ただの飛行音じゃありません」

 

 つる先輩の警告とほとんど同時に、こめかみの奥へ針みたいな痛みが走った。歯を食いしばって視線を上げると、羽音を撒くアンノウンが大きく弧を描き、その下では嘴の長いアンノウンが、狙いを定めた刃みたいに急降下の角度へ入っている。あれが落ちれば、彼女は避けきれない。

 

 葦原さんの身体がそこで変わった。背中の筋肉が波打つように膨らみ、喉の奥から獣のような咆哮が漏れる。その変化は痛みを伴っているはずなのに、彼は声を殺し、ただ彼女に見えない角度を守ったまま、緑の怪物へと姿を押し広げていく。

 

「……っ」

 

 言葉にならない息が漏れた。何度見ても、あの変化は怖い。けれど、その怖さより先に飛び込んだのは、彼が恋人に気づかれない位置を崩さないまま戦おうとしている、その不器用な優しさだった。

 

 俺もベルトへ手を伸ばす。装甲が組み上がる感覚と一緒に、浅く乱れていた呼吸が一本へ揃っていく。視界が澄み、空の高さと敵の落下角度が、やけに鮮明に見えた。

 

 緑の怪物は地面を蹴った。柱を足場にして一気に跳び上がると、その右腕が裂けるように伸び、鞭のような器官が夜気を切り裂いていく。咆哮と一緒に振るわれたそれは、空を回っていた二体のうち、羽音を撒くアンノウンの脚へ絡みついた。

 

 次の瞬間、空の均衡が崩れる。高所にいたはずの影が大きくよろめき、羽音が乱れ、地面へ向かって引きずり落とされる。その落下に合わせて俺は走った。落ちた一体を抑え込めれば、少なくとも彼女の頭上は空く。そう考えたとき、残っていた嘴の長いアンノウンが、まるでその隙を待っていたみたいに真っ直ぐこちらへ降ってきた。

 

「結城君、上です!」

 

 つる先輩の声で顔を上げる。鋭い嘴めいた影は、落下の勢いをそのまま凶器に変えていて、今から身をかわしても後ろにいる誰かを巻き込む角度だった。守りたい、という思いだけが先に身体を動かす。ベルトが低く震え、腕の外側へ重い感触がせり上がった。

 

 前腕を覆うように、厚みのある盾が展開する。圧縮された重量がそのまま形になったみたいに、腕の芯までずしりと重い。それでも、不思議と振り落とされる感じはなくて、むしろ地面に根を張ったみたいに下半身が安定した。

 

「ここは……通させません!」

 

 降ってきたアンノウンが盾へぶつかった瞬間、鈍い衝撃が肩から背中まで貫いた。火花は散らず、甲高い金属音もない。ただ、押し潰すような力と、それを受け止めた腕の奥で鳴る骨の感触だけが、はっきり残る。普通なら押し切られるはずの勢いだったのに、盾はわずかに沈んだだけで、相手の軌道そのものを止めていた。

 

 息が詰まる。けれど、倒れない。重さごと受け止められる。そう感じた瞬間、嘴の長いアンノウンの動きが一拍だけ止まり、その向こうで緑の怪物が落ちたもう一体へ飛びかかるのが見えた。

 

 空を崩す力と、空からの一撃を止める力。並んだ形は、思っていたよりずっと自然だった。俺は盾を押し返しながら歯を食いしばり、目の前のアンノウンを見据える。こいつをここで止められれば、彼女には最後まで何も見せずに済むかもしれない。

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