仮面ライダーアルタ   作:ボルメテウスさん

28 / 48
装着者の違い

木立の影へ滑り込んだ瞬間、昼の光が嘘みたいに遠のいた。

爆風が巻き上げた粉塵はまだ公園の上空に薄く漂っていて、陽射しの筋を濁らせながら、まるで白い水中のように視界を曇らせている。

盾を前に突き出したままの姿勢が、遅れて身体へ戻ってくる。腕が重い。肩が熱い。腹の奥が、ぐるぐると不快に回っている。

 

――撤退。

それは逃げではなく、守るための後退だと、頭では分かっている。

分かっているのに、胸の底に沈んだものは浮かばない。

 

背後で小枝が折れる音がした。

反射で振り向きかけて、止める。

つる先輩の足音だ。彼女の呼吸の乱れは、焦りを押し殺したときの癖がある。

 

「結城くん!」

 

彼女が駆け寄ってくる。

その瞬間、アルタの装甲がゆっくりとほどけるように消え、皮膚が熱を思い出す。

変身が解けると同時に、膝がわずかに震えた。重さが抜けたのではなく、重さを支えていた“理由”が抜けたみたいに。

 

足元がふらつき、木の根に躓く。

掌を地面についた瞬間、擦りむいた痛みが遅れて来た。

 

「痛っ」

 

つる先輩が息を呑んだ。すぐにしゃがみ込み、結城の手首を取り、土と血を確かめる。

顔が近い。昼の匂いがする。けれど彼女の目はまだ戦場のまま、理屈の刃が抜けきれていない。

 

「大丈夫ですか!」

 

「なんとか……」

結城は笑おうとして、口角が上がらないことに気づいた。

痛みよりも先に、胸の中の湿り気が増していく。あの水面。あの触手。あの銃口。あの白い爆ぜ方。

 

「それにしても、あの青いクウガ。以前は協力してくれたのになんで」

 

口に出した瞬間、言葉の雑さに自分で驚いた。

青いクウガ。似ているから、そう呼んだだけだ。

だが似ているという認識は、安心の代わりに裏切りを連れてくる。

 

つる先輩は結城の掌を放さず、視線だけを上げた。

その目つきは「怒っている」ではなく「崩れそう」だった。

理屈で世界を縫い止めてきた人が、縫い目を切られたときの顔。

 

「まぁ、現実的に考えれば、装着者が変わったと考えるのが妥当ですね」

 

淡々とした声。

淡々としているのに、語尾だけがわずかに震えている。

結城はその震えがどこから来るのか、分かってしまうのが嫌だった。

 

「装着者ですか」

 

「ええ。あれはパワードスーツですからね。おそらくは」

 

“おそらく”という言葉が、つる先輩には珍しい。

彼女は普段、断言することで恐怖を抑える。

今は断言できない。断言できないほど、現場の倫理が壊れている。

 

結城は掌の擦り傷より、胸の奥を押さえたくなった。

あの銃口がこちらを向いた瞬間、身体の内側が一段、冷えた。

人間側の武器が、人間を守るためにあるはずなのに、守る側を平気で撃つ。

 

「……そうですか」

喉が乾いて、言葉が擦れる。

「確かに戦っていた時の感覚は以前と違う感じがしました」

 

以前の“青い鎧”は、撃ってこなかった。

狙いが違った。ためらいがあった。

それが装着者の差だと言われれば、納得はできる。

納得できるからこそ、胸が痛い。

 

つる先輩は手早くポケットから小さなハンカチを出し、結城の掌の血を拭った。

その仕草が丁寧すぎて、逆に結城は目を逸らしたくなる。

守られたくないのではない。守られてしまう自分が、少しずつ怪物側へ寄っている気がして怖い。

 

「だから、その、そんなに落ち込まないでください」

 

突然、声が柔らかくなった。

理屈の刃が鈍り、代わりに人間の温度が滲む。

結城は思わず顔を上げてしまう。

 

「えっ」

 

つる先輩は、少しだけ困ったように笑った。

それは説明がうまくいかないときの笑い方で、いつもなら結城が救われる側の表情だった。

 

「後輩が悲しそうな顔をしたら心配する。先輩として、当たり前の事ですよ」

 

その言葉は、胸の底に沈んでいたものへ触れた。

触れたのに、引き上げようとはしない。

ただ、沈んでいる事実を否定しないまま、隣に立ってくれる感じがした。

 

結城は息を吸って、吐いた。

湿った喉が少しだけ通る。

口の中に、まだ粉塵の味が残っている。

 

「……つる子先輩、ありがとうございます」

 

自分でも驚くほど素直な声が出た。

その瞬間だけ、腹の奥の回転が静かになった気がする。

怒りも恐怖も消えない。

でも、消さなくていいと許されたような気がした。

 

つる先輩は頷いて、結城の顔をじっと見た。

研究対象を見る目ではなく、幼馴染を見る目で。

その目が、少しだけ眩しい。

 

「やはり、あなたは笑顔が一番です」

 

笑っていない。

でも笑顔が一番だと言われると、笑っていないことを自覚する。

自覚した分だけ、少しだけ戻れる。

 

つる先輩は立ち上がり、服についた土を払った。

そして、公園の方角へ一度だけ視線を投げる。

爆風の名残はもう薄いはずなのに、彼女の目はまだあそこに何かを見ている。

 

「さて、それではこれからは調べる事が多くなりそうですね」

 

声が元に戻る。

理屈の速度が戻る。

だけどさっきの温度が、まだ少し残っている。

 

「幸い、私には少し伝手があります」

 

「伝手?」

 

結城は反射で聞き返した。

伝手という言葉は、つる先輩が“本気で動く”時にしか出ない。

切抜帳を閉じ、机を離れ、現場へ踏み込むときの言葉だ。

 

つる先輩は、少しだけ得意げに胸を張った。

その表情はいつもの彼女で、結城にとっては救いだった。

 

「高村光介教授です」

 

その名前が落ちた瞬間、昼の空気が少しだけ変わった気がした。

まだ知らない。

けれど、知らない名前が出たという事実が、未来の輪郭を作る。

 

結城は掌の傷を握り込む。

痛みは小さい。

だがその痛みが、今日が夢じゃないと教えてくれる。

 

――調べる。

記録する。

そして、また現場へ行く。

 

水のない場所で人が沈む理由。

青い鎧が撃ってくる理由。

自分の腹の奥が、なぜ回り続けるのか。

 

結城はうなずいた。

うなずきながら、心のどこかで思った。

調べれば調べるほど、俺は人間から遠ざかる。

それでも、近づかなければ守れない。

 

昼の光は変わらないまま、世界だけが少しずつ深くなっていった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。