仮面ライダーアルタ   作:ボルメテウスさん

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三つの共闘

 夜の庭は、さっきまで屋敷の奥に沈んでいた静けさを、そのまま外へ吐き出したみたいだった。

 

 砂利を踏む音、庭木の葉擦れ、遠くの道路を走る車の低い響き。

 その全部が、アンノウンの爪が空気を裂いた瞬間だけ、細く引き伸ばされる。

 月明かりの下で、金色の戦士になった津上さんが前へ出る。

 俺はその少し後ろ、半歩だけ遅れた位置で、敵の肩と膝の動きを見ていた。

 

 さっきまで美杉家の台所で笑っていた人が、今は人ではない姿でアンノウンと向かい合っている。

 その事実は、まだ俺の頭の中で形になっていない。

 けれど、身体だけは勝手に分かっていた。

 津上さんは前へ出る。

 俺は、そこへ来る反撃を受けて返す。

 

 アンノウンが腕を振る。

 月光を吸った爪が、津上さんの胸元へ斜めに走った。

 津上さんは紙一重で半身をずらし、肩から入るように距離を詰める。

 打撃はまっすぐだった。

 余計な力みがなく、迷いを削ぎ落とした拳が、アンノウンの胴を押し込む。

 

 だが、敵は倒れなかった。

 押された身体をねじり、反対側の腕で津上さんの横腹へ爪を返す。

 俺はその間へ身体を滑らせ、腕で受けた衝撃を胸の奥へ沈めた。

 骨に響く重さがあったが、それをそのまま返せば、庭の砂利ごと敵の足元を崩せる。

 

 俺は踏み込む角度を変え、アンノウンの腕を外へ流した。

 その瞬間、津上さんが隙間を見つけて前へ出る。

 俺が受けた場所へ、津上さんが進む。

 津上さんが押した場所へ、俺が壁を作る。

 言葉なんてひとつもないのに、戦いの中だけは妙に噛み合っていた。

 

 知らないはずなのに、分かる。

 分かるというより、邪魔にならない場所が自然に見える。

 津上さんは俺よりも明るい場所へ立つ戦い方をする。

 俺はその光の端で、影みたいに相手の動きを受け止める。

 どちらが正しいとか、どちらが強いとかではなく、庭の月明かりと木々の影が、同じ地面の上に重なっているような並びだった。

 

 アンノウンが低く沈む。

 次の瞬間、獣じみた跳躍で津上さんの頭上を越え、背後から爪を振り下ろしてきた。

 俺は追おうとしたが、敵の動きが思ったより速い。

 津上さんが振り返るより僅かに早く、爪の先が胸の装甲を掠めた。

 

 金色の身体が、ほんの一瞬だけ止まった。

 

 止まった、と言っても時間にすれば息半分にも満たない。

 けれど俺には、その一瞬がやけに長く見えた。

 庭の空気が冷え、屋敷の窓に映る月が滲む。

 津上さんの周囲で、何かが音もなく割れたような気がした。

 

 封筒。

 名前。

 屋敷の廊下。

 案内人の声。

 それらが津上さんの中で、ばらばらの硝子片みたいに光を返している。

 

 アンノウンの追撃が来る。

 俺は津上さんの前へ入り、両腕で爪を受けた。

 衝撃が肩から背中へ抜け、足元の砂利が深く沈む。

 押し潰されそうな重さを、ただ耐えるのではなく、地面へ逃がす。

 水が岩の隙間を通って形を変えるように、俺は受けた力を横へ流した。

 

 その間に、津上さんはゆっくりと顔を上げていた。

 

 金色の複眼の奥に、人間の目は見えない。

 それなのに、俺には分かった。

 津上さんは今、遠くを見ている。

 目の前のアンノウンだけではなく、封筒の向こう、名前の奥、自分が置いてきたもの全部を、一つずつ拾い上げている。

 

 風が変わった。

 

 庭木の葉が、敵の動きとは関係なく震え出す。

 夜気の中に、熱の揺らぎが混じる。

 そして津上さんの足元だけ、地面が深く踏み固められたように沈んだ。

 金色の姿の周囲に、三つの気配が重なっていく。

 一つは大地を踏む重さ。

 一つは夜を切る風の軽さ。

 一つは暗がりを焦がす火の鋭さ。

 

 ばらばらだったものが寄せ集められているのではない。

 最初からそこにあったものが、記憶に呼ばれて目を開いていく。

 俺は自分の胸の奥で、黒い水面が小さく波打つのを感じた。

 津上さんの力は、俺の力と同じではない。

 それでも、何かを取り戻す瞬間の震えだけは、少しだけ似ていた。

 

 津上さんの姿が変わる。

 

 金色を芯にした身体の左右へ、異なる力が宿っていく。

 右腕には熱を帯びた力が走り、夜の冷たさを押し返すように赤い輝きが浮かんだ。

 左腕には風を切る力が巡り、見えない流れが装甲の周囲を薄く巻く。

 その手に、炎の刃を宿す剣と、風を従える長柄の武器が現れる。

 

 俺は砂利を踏んだまま、息を忘れかけた。

 津上さんが変身しただけでも、まだ胸の中に整理しきれないものが残っている。

 それなのに今度は、その姿の中でさらに別の力が開いた。

 料理をしながら笑っていた人の中に、こんなにも大きなものが眠っていたのかと思うと、夜の庭が急に狭く感じた。

 

 アンノウンが距離を取る。

 津上さんの変化を警戒したのか、低い姿勢のまま横へ跳び、庭木の影へ紛れようとした。

 だが、左手の長柄が先に動いた。

 風が刃の軌道を追い越し、逃げ道の空気を叩く。

 アンノウンの身体が見えない壁に弾かれ、砂利の上で体勢を崩す。

 

 そこへ右手の剣が振るわれた。

 炎そのものではないのに、斬撃の通った場所だけ夜気が焦げる。

 アンノウンは腕で受けようとしたが、受けた装甲が赤く灼け、たまらず後ろへ下がった。

 重い踏み込みが地面を押さえ、風が逃げ道を切り、炎の刃が反撃の芽を断つ。

 

 速いのに、軽くない。

 重いのに、鈍くない。

 俺が見てきたどの戦い方とも違う。

 一つの身体で三つの方向へ同時に進んでいるような、無茶な均衡だった。

 

 アンノウンは狙いを変えた。

 津上さんへ正面から行くのをやめ、俺の方へ鋭く踏み込んでくる。

 新しい力へ変わった津上さんより、俺の方が崩しやすいと判断したのかもしれない。

 爪が月明かりを裂き、俺の首元へ一直線に来る。

 

 俺は避けなかった。

 半歩だけ沈み、爪の根元へ腕を当てる。

 まともに受ければ持っていかれる一撃を、正面ではなく斜めに受けた。

 衝撃を腹の奥へ落とし、足裏から砂利へ逃がし、敵の重心だけをこちらへ引き込む。

 

 アンノウンの肩が開いた。

 

 津上さんはもう動いていた。

 風の長柄が敵の膝裏をさらい、炎の剣が上体の動きを封じる。

 二つの武器は別々に振るわれているのに、一つの呼吸で繋がっている。

 俺は敵の最後の踏み込みを受け止め、逃げるための一歩を潰した。

 

 次の瞬間、津上さんが踏み込む。

 

 風が庭木を揺らし、炎の光が屋敷の窓を赤く照らした。

 長柄がアンノウンの体勢を崩し、剣がその中心を断つ。

 二つの軌跡が交差した場所で、敵の身体が大きく震えた。

 アンノウンは声にならない気配だけを残し、夜の庭で砕けるように爆ぜた。

 

 爆発の光が消えた後、庭には焦げた砂利の匂いと、揺れ続ける葉の音だけが残った。

 津上さんは武器を下ろしたまま、しばらく動かなかった。

 俺も構えを解かずに周囲を見たが、次の気配はない。

 アンノウンは倒れた。

 倒れたはずなのに、勝ったという感触がすぐには手の中へ落ちてこなかった。

 

 津上さんの姿が揺らぐ。

 

 右手の剣が光の粒になって消え、左手の長柄も風にほどけるように消えた。

 三つに重なっていた気配がほどけ、金色の姿が少しずつ元へ戻っていく。

 やがて変身が解けると、津上さんは膝に手をつき、吐く息を噛みしめるように肩を上下させた。

 

 俺も変身を解き、砂利を蹴るように駆け寄った。

 

「津上さん、今のは無事って言っていい状態なんですか」

 

「ええ、大丈夫です。少し、疲れただけです」

 

 津上さんはいつもの調子で笑おうとしたが、口元だけが遅れてついてきた。

 額に浮いた汗が月明かりを受け、頬の横を細く落ちていく。

 俺はその汗を見て、言葉を少しだけ飲み込んだ。

 

「少しに見えません。今、笑うところでもないです」

 

「そうですね。今のは、少しじゃなかったかもしれません」

 

「自分で言ってから認めるの、順番が変ですよ」

 

「すみません。癖みたいなものです」

 

 津上さんはそう言って、封筒をしまった胸元へ手を当てた。

 その仕草は、傷を押さえるというより、そこにまだ自分の名前が残っているか確かめるみたいだった。

 俺はさっきの姿を思い出す。

 風と炎と大地が、津上さんの身体の中で同時に動いていた。

 強かった。

 あまりにも強くて、見ている側の足元まで持っていかれそうだった。

 

「津上さん、あの力は、津上さんを置き去りにしていませんか」

 

 言ってから、G3-Xのことを思い出した。

 勝つために装着者を追い越した装備。

 氷川さんが戻ってこられなくなるかもしれなかった、あの冷たい完成。

 津上さんの力は機械ではない。

 外から制御チップを入れることもできない。

 だからこそ、余計に怖かった。

 

 津上さんはすぐには答えなかった。

 庭木の葉が揺れ、葉擦れの音が俺たちの間へ落ちる。

 少し経ってから、彼は封筒を押さえたまま顔を上げた。

 

「分かりません。でも、今のは俺の中にあったものだと思います」

 

「中にあったなら、安全なんですか」

 

「それも、分かりません。ただ、さっきはあれで守れると思いました」

 

「守れると思ったから、止まれなかったんですか」

 

「はい。……でも、結城くんがそう言ってくれるなら、次は止まることも考えます」

 

 津上さんは、そこでほんの少しだけ笑った。

 さっきよりも弱い笑いだったが、無理に形を作ったものではなかった。

 俺は何か返そうとして、結局、砂利を見下ろすことしかできなかった。

 津上さんの変身を見た衝撃も、あの三つの力への圧倒も、まだ言葉にするには熱すぎた。

 

「後で説明してもらう約束、覚えてますよね」

 

「はい。結城くんも、後で説明してくれる約束でしたよ」

 

「俺の方が後でいいです。今は津上さんの方が明らかに説明量が多いので」

 

「そう言われると、確かに俺の方が多そうですね」

 

 こんな夜に、こんな屋敷の庭で、たった今アンノウンを倒したばかりなのに、津上さんの返事だけはどこか日常に戻ろうとしていた。

 けれど、その日常はもう同じ形ではない。

 俺は津上さんが変身するのを見た。

 津上さんも、俺がアルタになるのを見た。

 隠していた扉が、二人分まとめて開いてしまったのだ。

 

 ふと、屋敷の窓辺に人影が見えた。

 案内人が、暗い硝子の向こうに立っている。

 彼は戦闘が終わった庭を見下ろし、津上さんの方へ目を向けた後、ゆっくりと俺へ視線を移した。

 声は届かない。

 それでも、口元がわずかに動いたのが分かった。

 

 記憶が戻れば、力もまた形を取り戻す。

 そんな言葉を、なぜか聞いたような気がした。

 

 案内人の視線が、俺の中に沈むものへ降りてくる。

 そして、まだ三つを知らぬ者もいる。

 聞こえたわけではないのに、胸の奥で黒い水が深く揺れた。

 

 アビス。

 フロスト。

 グラビティ。

 

 名前を知っているわけではない。

 けれど、俺の中にも別々の沈み方をする力があることだけは、もう誤魔化せなかった。

 津上さんの三つは、記憶に呼ばれて一つの姿を取った。

 俺の三つが同じように重なった時、俺はちゃんと俺のままでいられるのだろうか。

 

「結城くん?」

 

 津上さんの声で、俺は窓辺から目を離した。

 案内人の姿はもう暗がりに溶けていた。

 庭には、月明かりと焦げた匂いと、互いに説明しなければならない秘密だけが残っている。

 

「すみません。少し、嫌なものを見た気がしました」

 

「じゃあ、中に戻る前に、少しだけ息を整えましょうか」

 

「津上さんの方が整える側だと思うんですけど」

 

「俺も整えます。結城くんも整えます。それで公平です」

 

 津上さんはそう言って、庭の石段へ腰を下ろした。

 俺はその隣に立ったまま、しばらく夜空を見上げる。

 月は雲の端に隠れかけていて、庭に落ちる光はさっきよりも薄くなっていた。

 それでも完全な暗闇にはならない。

 津上さんが隣にいて、俺の中の水が揺れていて、屋敷の奥にはまだ名前の続きが残っている。

 

 進むしかない、とは言いたくなかった。

 それは選択肢をなくす言葉だからだ。

 俺たちはたぶん、進むことを選ぶ。

 怖いものを見たからではなく、目を逸らしたまま帰るには、もう互いの秘密を見すぎてしまったから。

 

 津上さんは膝に肘を乗せ、封筒の入った胸元を軽く押さえた。

 その横顔は疲れているのに、どこか吹っ切れたように夜風を受けている。

 俺はその姿を見ながら、自分の掌を一度開いて、ゆっくり握り直した。

 

 さっきまで、俺は自分の力が怪物へ近づくものなのか、人を守るものなのか分からずに足を止めた。

 でも津上さんの変身を見て、あの三つの力を見て、少しだけ分かったことがある。

 力そのものが答えを持っているわけではない。

 答えを出すのは、たぶんいつだって、その力を持ったまま誰の隣に立つかだ。

 

 屋敷の窓には、もう案内人の姿はない。

 けれど見られている感覚だけは、まだ背中の奥へ薄く残っていた。

 俺はその感覚から逃げる代わりに、津上さんの隣へ一歩近づいた。

 砂利が小さく鳴る。

 津上さんがこちらを見上げ、いつもの調子で少しだけ首を傾げた。

 

「立ったままだと、余計に疲れませんか」

 

「座ったら、今度は立つのが面倒になりそうなので」

 

「それは確かに、少し分かります」

 

 そんな何でもない会話が、戦いの後の庭に落ちた。

 月明かりは薄いままだったが、その薄さが今はちょうどよかった。

 全部を明るく照らされるより、まだ見えないものが残っている方が、俺たちは前へ進む余地を持てる気がした。

 

 津上さんは名前を追っている。

 俺は、力の底を覗かれている。

 その二つは別々の道のはずなのに、今夜だけは同じ屋敷の庭で交差していた。

 交差した以上、もう知らなかったことにはできない。

 だから俺は、次に屋敷の扉をくぐる時、さっきよりも半歩だけ津上さんの近くを歩こうと思った。

 

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