つる子先輩の激励を受けた。
あの時、つる子先輩が思い出させてくれた4号への憧れと敗北しても立ち上がる事を思い出した俺はすぐにバイクに乗り、自分の中にある感覚を頼りにバイクを走っていた。
「・・・ここに何か」
呟きと共に、踏み入れた場所は、既に何年も放置されたと思われる建物。
その建物の奥から聞こえるのは戦いを行っている音。
そこに向かって、俺が走ると、立っていたのは2体のアンノウン。
一体は、見た事のない蟷螂のアンノウンであるが、問題はもう一体。
あの時、俺を殺そうとしていた鯨のアンノウン。
廃墟の薄暗がりに、銀と青灰の巨体が立っていた。
あの日、濁流の底で俺を押し潰そうとした、深海よりの圧力。
その威容の前に、蟷螂のアンノウンがひれ伏している様は、まさしく食物連鎖の頂点に君臨する主のようだった。
そして、その足元に転がる二つの躯体。
氷川さんのG3-X。葦原さんのギルス。
装甲はひしゃげ、装甲板は剥がれ落ち、変身解除の瀬戸際にある彼らの呼吸は、ゴーグルの奥でひゅうひゅうと細く鳴っている。
だめだ。このままでは、二人は沈む。あの暗い水底へ。
「・・・ここで、退く訳にはいかないよなぁ」
俺の口から漏れた言葉は、乾いて震えていた。
怖い。
あの圧倒的な質量を前にすれば、足の神経が逆流して逃げ出したくなる。
けれども。
(『負けたまま終わらなかった背中に、あなたは憧れていたのでしょう?』)
つる子先輩の声が、脳裏の銀河で弾ける。
そうだ。
俺は、4号の角に救われた。
あの背中は、決して無敵じゃなかった。
傷つき、血を流し、泥にまみれながらも、それでも誰かの前に立ち戻った。
力そのものに憧れていたわけじゃない。
負けてなお、立ち上がる意志にこそ、俺は救われたのだ。
俺は、腹の底に眠る深淵へ手を伸ばす。
腰に顕現するベルト。
その中心石が、心臓の拍動のようにどくん、どくんと脈打つ。
これまで、俺はこの力を使うたびに、自分が人間から遠ざかっていくような恐怖を感じていた。
異形の修羅へと変わっていく感覚。
けれど、今はちがう。
津上さんが見せてくれた、あの姿。
3つの力を、混ぜ合わせる。
分裂していた心象を、ひとつの銀河へと収束させる。
変身の衝動が、因果交流電燈のごとく脳髄を走る。
それらが、俺の中心で混ざり合う。
キシキシキシキシッ
骨の髄まで軋み、細胞が再構築されていく痛み。
それは恐怖の痛みではなく、生きようとする熱の疼きだ。
修羅の貌を被りながら、人間の心臓を抱きしめる。
「変身」
俺は、その言葉を祈るように吐き出した。
閃光。
有機交流電燈の輝きが、廃屋の闇を切り裂く。
3つの光が螺旋を描き、俺の躯を包み込む。
右肩に地の装甲、左肩に風の刃、そして胸に水の紋章。
3つの属性が融け合い、トリニティの鎧が空間から析出していく。
今までのアルタとは違う。
より重く、より鋭く、そして激しく燃える力。
全身の関節が焼け付くような熱を帯び、視界がクリアなスコープへと切り替わる。
どっどど どどうど
体内を駆け巡る力の奔流が、四肢を満たす。
これが、トリニティフォーム。
怖い。怖いけれど、今はこの力が、あの二人を水底から引き上げるための唯一の錨だ。
俺は一歩、前に出た。
その足音に、鯨のアンノウンが初めて反応した。
これまで、氷川さんや葦原さんを屠る際には、微塵の感情も見せなかった銀色の巨体が、ゆっくりとこちらへ向き直る。
深海のような漆黒の複眼が、俺の鎧──とりわけ、3つの力が混ざり合った胸部の紋章を凝視する。
「…………」
言葉はない。
しかし、その場の気圧が変わったのが分かった。
鯨のアンノウンの背後で控えていた蟷螂のアンノウンが、一歩退いた。
高位の存在が認めた、あるいは警戒した、合図だ。
鯨のアンノウンは、その巨大な掌をゆっくりと開き、高圧の風を孕んだ構えを見せる。
その眼光に宿ったのは、これまでの獲物を見下す冷酷な色だけではない。
同位、あるいはそれに近い波動を感知した、歪な驚愕。
3つの力が混ざり合うことで生まれた、未知の可能性への拒絶。
「……初めまして、じゃないですね」
俺は、戦慄く膝に力を込めて、立ち尽くす。
鎧の奥で、俺自身の心臓が早鐘を打っている。
けれど、視界の隅に倒れた二人の姿が見える。
彼らは、まだ息をしている。
「俺も怖いです。でも、誰かが残っているなら行きます」
俺は、自分へ言い聞かせるように呟く。
「沈むのは、もう嫌なんだ。だから──」