仮面ライダーアルタ   作:ボルメテウスさん

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ホワイトボードの前で、つる先輩はまだペンを持っていた。

 

書かれている文字は、もう十分すぎるほどだ。

アギト。

ギルス。

アルタ。

それぞれを繋ぐ線は、何度も引き直された跡がある。

 

「――だから」

 

つる先輩は、こちらを見ずに続けた。

 

「呼び名が揺れるのは、評価が定まっていない証拠」

「アウラとアルタ、その差は小さいようで大きい」

 

その声は落ち着いていた。

理屈も、整理も、筋が通っている。

 

……なのに。

 

胸の奥が、ざわついた。

 

理由は分からない。

言葉の内容とは、関係がない。

 

視線が、自然と研究室の奥へ向く。

壁でも、窓でもない。

その“向こう側”。

 

「結城君?」

 

名前を呼ばれて、我に返る。

 

「聞いてる?」

 

「……はい」

 

そう答えたけれど、正直に言えば半分だ。

 

頭の中で、別の感覚が広がっていた。

 

蜘蛛のときとは違う。

豹のときとも、違う。

 

もっと、遠い。

なのに、はっきりしている。

 

空気が、冷たい。

背中に、薄い膜を被せられたような圧。

 

上だ。

 

見上げるような感覚が、自然と湧く。

 

「……」

 

言葉が、出ない。

 

つる先輩は、ようやく異変に気づいたらしい。

ペンを止め、振り返る。

 

「どうしたの?」

 

説明しようとして、やめた。

 

説明できない。

今は、まだ。

 

「来た」

 

気づけば、そう口にしていた。

 

自分の声なのに、少し低く聞こえる。

 

「……何が?」

 

つる先輩の問いは冷静だ。

けれど、目が少しだけ鋭くなっている。

 

「分かりません」

「でも……」

 

喉の奥が、乾く。

 

「近いです」

「昨日のとは、違う」

 

研究室は、何も変わっていない。

蛍光灯は明るい。

資料は整然と並んでいる。

 

それでも。

 

“夜”の匂いがした。

 

つる先輩は、数秒だけ考えたあと、頷いた。

 

「方向は?」

 

「……南」

「暗い方です」

 

即答だった。

考えて出た答えじゃない。

 

「分かった」

 

それだけ言って、つる先輩は手早く行動を始める。

ノートを閉じ、切抜帳を鞄に放り込む。

 

迷いがない。

 

「行こう」

 

その一言で、決まりだった。

 

椅子から立ち上がった瞬間、

胸の奥の圧が、少しだけ強くなる。

 

まるで、こちらの動きを“察した”みたいに。

 

「……選んでる」

 

誰に聞かせるでもなく、呟く。

 

「何か言った?」

 

「いえ」

 

違う。

今のは、確信に近い独り言だ。

 

蜘蛛は、迫ってきた。

豹は、試すように現れた。

 

でも、これは――

 

探している。

 

研究室のドアを開けたとき、

夜の気配が、一気に流れ込んできた。

 

逃げ場はない。

それだけは、はっきりしていた。

視線を上げたまま、しばらく動けずにいた。

暗闇の中に何かがいる、という確信だけが、胸の奥で冷たく固まっている。

 

「……結城君」

 

つる先輩の声で、ようやく現実に戻る。

バイクを降り、ゆっくりと前へ進んだ。

 

倉庫の壁際。

街灯の光が届かない場所に、人影が横たわっている。

 

近づくにつれて、違和感がはっきりした。

倒れている、というより――置かれている。

 

「……」

 

言葉が、喉で止まる。

 

それは、人だった。

服装も、体格も、年齢も、普通だ。

 

ただ一つ、決定的に違う点がある。

 

生きていない。

 

血は流れていない。

外傷も、ほとんど見当たらない。

 

それなのに、全身が硬い。

石像のように、動かない。

 

「……石みたい」

 

つる先輩が、かすれた声で呟く。

 

触れていないのに分かる。

これは硬直じゃない。

生命そのものが、抜き取られている。

 

胸の奥が、ぞくりとした。

 

蜘蛛型の時は、死体だった。

豹型の時は、破壊だった。

 

でも、これは――

 

「奪われてる」

 

「え?」

 

「命、です」

「殺した、って感じじゃない」

 

言葉にした瞬間、理解してしまう。

これは、捕食だ。

 

音もなく。

痕跡も最小限に。

 

「……未確認3号」

 

つる先輩が、もう一度そう呟いた。

 

「4号の時代の記録と、似すぎてる」

「夜に現れて、人を“吸う”」

 

その言葉が終わる前に、空気が動いた。

 

――上だ。

 

反射的に、後ずさる。

 

その瞬間、闇の中から“それ”が姿を現した。

 

倉庫の梁。

街灯の影。

 

そこから、ゆっくりと降りてくる影。

 

人型。

だが、どこか異様に細長い。

 

外套のように見えたものは、翼に近い。

背中から伸びる影が、闇と溶け合って輪郭を曖昧にしている。

 

顔は、はっきりとは見えない。

だが、赤い光が、一瞬だけこちらを捉えた。

 

「……来た」

 

声が、自然と低くなる。

 

つる先輩は、一歩下がりながらも、視線を逸らさなかった。

 

「……蝙蝠」

 

その一言で、全てが繋がる。

 

夜行性。

吸収。

静かな殺し。

 

“それ”は、俺たちを一瞥しただけだった。

敵意はある。

だが、主目的ではない。

 

視線が、別の方向へ向く。

 

「……次を、探してる」

 

そう理解した瞬間、背筋が凍る。

 

俺たちは、後だ。

こいつは、もう次の標的を“感じ取っている”。

 

「結城君」

 

つる先輩の声が、緊張を帯びる。

 

「止めないと、また出る」

 

分かっている。

 

俺は、一歩前に出た。

腰の辺りが、微かに熱を持つ。

 

変身。

その二文字が、自然と浮かぶ。

 

だが。

 

“それ”は、こちらを試すように見つめたあと、

翼を広げるような動作を見せた。

 

空気が、裂ける。

 

次の瞬間、影は跳ね上がり、夜空へ溶けるように消えていった。

 

「……逃げた」

 

いや、違う。

 

「……移動した」

 

俺の感覚が、別の方向へ引っ張られる。

遠く。

だが、確実に。

 

「結城君、追うの?」

 

問いかけに、即答できなかった。

 

追えば、街に出る。

被害が、広がる。

 

「……今は、無理です」

 

絞り出すように答える。

 

つる先輩は、悔しそうに唇を噛んだが、すぐに頷いた。

 

「……分かった」

「でも、これは確実に――」

 

「はい」

 

言葉を、継ぐ。

 

「芽を、潰してる」

 

暗闇の中で、風が鳴る。

さっきまで、そこにあった気配は、もうない。

 

だが。

 

この街のどこかで、

同じことが、また起きる。

 

それだけは、はっきりと分かっていた。

闇が、元の形に戻っていく。

 

さっきまで、確かに“いた”はずの存在は、もう感じ取れない。

残っているのは、冷えた空気と、動かない人影だけだ。

 

「……遅かった、のかな」

 

つる先輩が、小さく呟く。

 

その声には、悔しさよりも、確認に近い響きがあった。

感情に飲まれる前に、事実を受け止めようとしている。

 

「いいえ」

 

俺は、首を振った。

 

「最初から、ここが目的じゃなかった」

「ここは……通過点です」

 

そう言いながら、視線を巡らせる。

倉庫街の暗がり。

人の気配がない場所。

 

そして――

 

遠く。

 

ほんの一瞬だけ、胸の奥が引かれた。

 

「……別の場所で」

 

言葉を続けようとした、その時だった。

 

サイレンの音。

 

最初は、遠い。

けれど、確実に近づいてくる。

 

「……警察、来ますね」

 

つる先輩が、被害者の方を見ながら言う。

 

「通報されたみたい」

 

俺は、拳を握った。

 

今なら、まだ追える。

感覚は、完全には途切れていない。

 

けれど、追えば――

街中だ。

 

「……」

 

頭の中で、選択肢が並ぶ。

 

追うか。

残るか。

 

どちらも、正しいとは言い切れない。

 

「結城君」

 

つる先輩が、こちらを見る。

 

「今は……」

 

その先は、言わなくても分かった。

 

「はい」

 

俺は、短く答えた。

 

「今は、見送ります」

 

それは、逃げじゃない。

少なくとも、そう信じたかった。

 

警察が来れば、この場はもう動けない。

それに――

 

“あれ”は、まだ俺を本気の対象とは見ていない。

 

その事実が、何よりも重かった。

 

サイレンが、すぐそこまで来ている。

 

「……戻りましょう」

 

つる先輩の言葉に頷き、俺たちはバイクに戻った。

 

エンジンをかけると、夜の音が一気に遠ざかる。

背後で、赤色灯が回り始めたのが見えた。

 

走り出した瞬間、

胸の奥の感覚が、ゆっくりと薄れていく。

 

完全には、消えない。

だが、今は追えない。

 

「……ねえ」

 

走行中、つる先輩が声をかけてくる。

 

「今回のアンノウン」

「たぶん、あなたを見てた」

 

「……はい」

 

「でも、狙ってはいなかった」

 

「ええ」

 

言葉にすると、余計に重くなる。

 

「つまり」

 

つる先輩は、慎重に言葉を選ぶ。

 

「“まだ”判断されていない」

 

俺は、何も言わなかった。

 

判断されていない。

それは、猶予でもあり、警告でもある。

 

研究室に戻る頃には、夜も更けていた。

 

つる先輩は、無言で未確認切抜帳を開く。

新しいページに、迷いなく書き込んでいく。

 

――夜行性

――石のような遺体

――超感覚を持つ人間を狙う

 

そして、最後に一行。

 

――未確認3号と類似

 

「……やっぱり」

 

つる先輩が、ペンを置く。

 

「これは、偶然じゃない」

「4号の時代と、確実に繋がってる」

 

俺は、ホワイトボードの前に立ち、

そこに書かれた名前を見る。

 

アギト。

ギルス。

アルタ。

 

そして、アンノウン。

 

「……蜘蛛は、追ってきました」

「豹は、試しました」

 

つる先輩が、静かに頷く。

 

「でも、今回のは?」

 

俺は、答えを探しながら、口を開く。

 

「……見つけて」

「抜いて」

「残す」

 

言葉にした途端、その残酷さが際立つ。

 

「未来を、潰してる」

 

研究室に、静かな沈黙が落ちた。

 

外では、まだサイレンの音が響いている。

この街のどこかで、

同じことが、今も続いているかもしれない。

 

俺は、無意識に腰に手を当てた。

 

まだ、何者でもない。

けれど――

 

確実に、見られている。

 

“どちらに転ぶか”。

 

その答えを出す前に、

次の夜が、もう来ようとしていた。




見出し:
夜間の倉庫街で不可解な死亡事案 被害者が“石像状”に硬化

日付/地域:
2001年○月○日深夜 東京都湾岸部・倉庫街

本文(〜200字):
深夜、倉庫街にて成人男性が死亡しているのが発見された。被害者の身体には目立った外傷や出血は見られなかったが、全身が異常に硬化し、石像のような状態になっていたという。警察は事件性を視野に調査を進めているが、現場付近では夜間に人型の影を目撃したとの証言もあり、不可解な点が多い。過去の未確認事案との類似性を指摘する声も出ている。

つる子の注釈:
夜行性、人型、そして“吸う”ような殺し方。
4号の時代に記録された未確認生命体3号の特徴と、あまりに似ている。
無差別ではない点も含め、これは偶然とは考えにくい。
——芽を選び、静かに摘み取っている。
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