大学の近くにあるつる子先輩のアパート。すっかり夜も更けて、窓の外は静まり返っている。彼女は閉館後の図書館からここへ移動していた。机の上には開かれたノートパソコンと、付箋だらけの資料の山。どうやら俺が出ている間も、ずっと調べ物を続けていたらしい。
「おかえりなさい、結城くん。ご無事で何よりですわ」
「ただいま戻りました。それより先輩、聞いてほしいことがあります」
俺は椅子に腰掛けると、港で見たことをありのままに話した。見たことのないアギトがいたこと。その姿は黒と深緑の生物的な装甲で、背中から橙色の翅のような器官が伸びていたこと。金色の角に巨大な赤い複眼を持っていたこと。そして、二体のアンノウンをほとんど一方的に倒してしまったこと。
「…そして、そいつは俺に気づいて、『退け』と言いました。まるで、俺もまた排除すべき対象かどうか、値踏みするような目でした」
つる子先輩は、俺の話を黙って聞いていた。そして、俺が言葉を終えると、ゆっくりと眼鏡を押し上げる。
「なるほど…外見的特徴からして、それは明らかに津上さんのアギトとも、芦原さんのギルスとも違いますわね」
彼女はノートに何かを書き込みながら、思考を整理するように言葉を紡ぐ。
「黒と深緑の装甲、金色の角、赤い複眼、背中の翅のような器官…これは、別の系統のアギトである可能性が高いですわ。でも、問題はそこではありません」
つる子先輩は顔を上げ、俺の目をじっと見つめた。
「結城くん、そのアギトからはどのような印象を受けました?」
「…危険だと思いました。アンノウンとも、津上さんとも違う。もっと、根本的に他者を許容しないような…排他的な意志を感じました」
「排他的…なるほど」
つる子先輩は深く頷くと、机の上の資料を一枚手に取った。警察の未確認生命体関連の報告書のコピーだ。
「私の仮説、確信に変わりましたわ」
「アンノウンが狙うのは、『アギトになる可能性を持つ人間』。これは間違いありません。でも、その『アギト』は一つではない。津上さんのアギト、あなたのアルタ、芦原さんのギルス、そして今あなたが見た新たなアギト。これらはすべて、同じ力の異なる枝葉、あるいは異なる進化の形なのではないでしょうか」
「同じ力の…異なる形」
「はい。アンノウンは、そのすべてを管理しようとしている。あるいは、特定の形以外を排除しようとしている。あの鯨のアンノウンが言った『進化』という言葉、そして今回の新たなアギトの出現。これは偶然ではありませんわ。何か大きな流れが、動き始めている」
つる子先輩は、眼鏡の奥の瞳を輝かせて言った。
「結城くん。あなたたちの戦いは、おそらくこれからもっと複雑になります。敵はアンノウンだけではないかもしれない。アギト同士の対立も、視野に入れておく必要がありそうですわ」
俺は彼女の言葉に、港で感じたあの悪寒を思い出していた。あのアギトは、俺をどう見ていたのか。敵か、味方か、あるいはただの邪魔者か。
いずれにせよ、あの赤い複眼が俺を認識した以上、次に会う時はただでは済まないだろう。
「ありがとうございます、先輩。少し、考えてみます」
「ええ。でも、今日はもう休んでくださいまし。疲れている顔ですわよ」
そう言われて、俺は初めて自分の身体が悲鳴を上げていることに気づいた。トリニティフォームへの変身は、やはり相当な負担だったらしい。
「そうします。おやすみなさい」
「おやすみなさい、結城くん」
俺はつる子先輩の部屋を辞し、夜の静けさの中を歩き出した。月明かりがやけに明るくて、自分の影が異様に濃く見える。新たなアギト、アンノウンの目的、そして進化という言葉。
すべてが繋がる時、俺はその先で何を見ることになるのだろう。