俺は右手の盾を構え、左手の鎌を低く掲げた。
トリニティフォームになってから、感覚が鋭敏になっている。3つの力が混ざり合うことで、俺の身体は以前よりも遥かに機敏に動くことができた。
「はっ!」
踏み込みと同時に、左手の鎌を振るう。白銀の刃が、三日月のような弧を描いて謎のアギトの首筋を狙う。奴は躯を僅かに沈め、その鎌を最小限の動きで避けた。だが、それは罠だ。俺は鎌を引く勢いを利用し、そのまま右腕の盾を打ち下ろす。
ガギン!
重い金属音が響く。奴は腕を交差してその一撃を受け止めたが、後退した。俺は畳み掛ける。鎌の柄で突きを放ち、盾の縁で殴りかかる。二つの異なる武装を、まるで自分の手足のように操れている感覚。グラビティの重さとフロストの鋭さが、不規則なリズムとなって奴を圧倒する。
しかし、相手は伊達にあの悪寒を放っていたわけではない。
謎のアギトは、俺の猛攻を真正面から受け流していく。盾の打撃を腕で弾き、鎌の斬撃を掌底でいなす。その動きには、一切の迷いがない。まるで俺の攻撃の軌道が最初から見えているかのようだった。
互いに距離を取る。
荒い息遣いが、夜気に白く漏れる。
奴の赤い複眼が、暗闇の中で爛々と輝いている。その瞳に、焦燥の色はない。あるのは、ただ純粋な殺意と、自分以外の存在を許さない傲慢さだけだ。
「…終わりだ」
謎のアギトが低く唸った。
その声に呼応するように、奴の全身から凄まじい闘気が噴き出す。
口元のクラッシャーが、ぎらついた牙を剥き出しにして大きく展開した。
来る。
あの港でアンノウンを一撃で葬った、あの蹴りだ。
奴が地面を踏み抜く。
爆発したような土煙と共に、黒緑の巨躯が跳躍した。
一直線。標的は俺の心臓。
空気を切り裂く風圧が、顔面を殴りつけるほどの速度と質量。右脚に、燦然たる光が集中していく。アサルトキック。
俺は瞬時に判断した。
避けない。受け止める。
右手の盾と、左手の鎌。
俺はその二つを、胸の前で激しく打ち合わせた。
ギィン!
硬質な音と共に、二つの武装が融合を始める。
鎌の柄が伸び、盾が溶解して刀身へと姿を変える。
紫の重力光と青白い冷気が螺旋を描きながら絡み合い、瞬きする間に、身の丈ほどもある無骨な大剣が顕現した。
俺はその大剣を、縦に構えた。
切っ先を空へ向け、刃を奴に向ける。
全身の筋肉を、限界まで引き絞る。
ドォォォォォン!!
雷鳴のような衝撃が、廃工場を震わせた。
アサルトキックの踵と、大剣の刀身が激突したのだ。
俺の腕が、悲鳴を上げて軋む。内臓が揺さぶられ、視界が一瞬白く染まる。
だが、大剣の重力場が奴の質量を殺し、冷気がその運動エネルギーを凍てつかせる。
俺は、耐えた。
衝撃波が弾け、俺たちは互いに弾き飛ばされた。
俺は地面を滑り、瓦礫を巻き上げて十数メートル後退する。なんとか踏み止まり、大剣を杖のように突き立てて体勢を立て直した。
謎のアギトもまた、空中で姿勢を制御し、音もなく着地する。その肩衣が揺れ、赤い複眼が眇められる。
決定打は、出なかった。
だが、この一撃で分かった。こいつは、俺たちが追いつける高さにいる。いや、そこから落ちてはいない。
その時だった。
遠くから、聞き覚えのある音が響いてきた。
ウウウゥゥン……
サイレンだ。それも一つや二つではない。
警察だ。氷川さんたちが来たのか、それとも単なるパトロールか。
いずれにせよ、これ以上派手にやり合えば、一般市民や警察官を巻き込むことになる。
謎のアギトもその音に気づいたようだ。
奴は、サイレンの響く方向へ一瞥を投げ、そして再び俺を見た。
「…次は、逃がさぬ」
短く言い捨てると、奴は背中のライブウィングを広げた。
夜風を切り裂くように跳躍し、その巨体はビルの谷間へと消えていった。
俺は、大剣が自然消滅するのを見送りながら、大きく息を吐いた。
全身が鉛のように重い。
だが、芦原さんは守れた。
「…次、か」
俺はベルトの光が消えるのを感じながら、迫り来るサイレンの音に背を向け、闇の中へと姿を消した。