指定された場所に向かうと、すでに彼女は待っていた。
深夜の公園。街灯の明かりが頼りないベンチに、つる子先輩は腰掛けている。手元には開かれたノートがあるが、俺の気配を感じ取るとすぐに顔を上げた。
「結城くん、ご無事ですか? 様子が気になって、ついここで待機してしまいましたわ」
「すみません、先輩。大丈夫です。芦原さんも逃げ切れました」
俺は彼女の隣に腰を下ろし、冷え切った缶コーヒーを握りしめた。そして、今晚起きたことをありのままに話した。
あの黒緑のアギトが現れたこと。彼が芦原さんを殺そうとしていたこと。そして、俺との戦いの中で放った言葉。
「『アギトはおれひとりでいい』…ですか」
つる子先輩は、その言葉を反芻するように呟いた。そして、万年筆をノートに走らせる。カリカリという音が、静かな公園に響く。
「彼の行動原理は、そこに集約されていますわね。津上さんや芦原さんを襲ったのも、あなたと戦ったのも、すべてはその一言に尽きる」
「どういうことですか?」
「彼は、自分以外のアギトを認めていない。いえ、認めるわけにはいかないと考えているんですわ」
つる子先輩は眼鏡のブリッジを押し上げた。その瞳には、知識を紡ぐ時特有の真剣な光が宿っている。
「結城くん。彼がアンノウンを倒していたのは、人々を救うためでしたわよね? しかし、同時に同じ力を持つ者をも排除しようとしている。これは矛盾しているように見えて、実は非常に危険な思想に繋がっています」
彼女はノートに書き込んだ文字を円で囲んだ。
「選民思想。それが彼の根底にあるものです」
「選民思想…」
「はい。自分だけが選ばれた救世主であり、他者はその救済を受けるだけの存在、あるいは障害に過ぎないとする考え方です。彼にとってアギトとは、人々を救うための力であると同時に、自分だけが持つべき特権なんですわ。だからこそ、他のアギトが現れることは、彼の正当性を揺るがす脅威になる」
俺は思わず息を呑んだ。あのアギトから感じた悪寒の正体。それは単なる殺意だけではなく、自分以外のすべてを拒絶する、孤独で歪んだプライドだったのか。
「そして、もっと厄介なのは、その思想が暴走した場合ですわ」
つる子先輩の声が低くなる。
「彼は今、アンノウンという共通の敵がいるからこそ、ギリギリのラインで止まっています。でも、もしアンノウンがいなくなった時、彼はどうするでしょうか。次に彼が敵とみなすのは、自分に従わない人間かもしれません。あるいは、アギトの力を持たない者たちそのものかもしれません」
風が吹き抜けた。秋の夜風は冷たく、肌を刺すようだ。
「自分だけが正しくて、他者は従うべきか排除すべきか。そんな独善的な正義は、いつか必ず牙を剥きます。かつての歴史が証明している通りにですわ」
つる子先輩は俺の方を向き直った。その表情は険しい。
「結城くん。彼を止めなければなりません。アンノウンから人々を守るだけでなく、間違った進化の道へ進もうとする者を止めること。それもまた、あなたの戦いになりますわ」
俺は握りしめていた缶コーヒーを見下ろした。
守るための戦いと、止めるための戦い。
どちらも簡単じゃない。でも、あの夜に沈みそうになった俺を助けてくれた背中は、ただ目の前の敵を倒すだけじゃなくて、誰かと共に立ち上がることを選んだはずだ。
「…分かりました。先輩」
俺は顔を上げた。
「あいつが誰かを傷つけようとするなら、俺が止めます。力押しでも、言葉でも。とにかく、あいつの独り相撲には付き合いきれませんから」
「ええ。お任せしますわ。私も、知識という武器で全力を尽くします」
彼女はそう言って微笑んだが、その瞳には揺るぎない決意があった。
俺たちの戦いは、まだ始まったばかりだ。