蛍光灯の白い光が、研究室の机を均一に照らしていた。
窓の外は黒く沈み、ガラスには室内の影だけが重なっている。
切抜帳と新聞のコピー、手書きの地図。並べられた資料の隙間に、つる先輩が赤いペンを走らせる音だけが残った。
「……アンノウン、逃げられてしまいましたね」
声は落ち着いていた。責める響きはない。それが逆に重く響く。
「すいません」
短く返す。現場の残像がまだ視界に残っている。梁の上、街灯が落ちた瞬間、気配が消えた。追おうとした足が止まった理由を、うまく説明できない。
つる先輩は頷き、切抜帳の新しい頁を開いた。見出しだけが書かれる。
――夜間硬直死・共通項(仮)
「未だに不確定要素が多いアギトは勿論、G3に関しては残念ながらアンノウンに対抗出来るか分かりません。だから」
言葉が一度切れる。視線がこちらへ向く。
「分かっています。俺がなんとかしてみせます」
つる先輩は一瞬だけ黙り、視線を落とした。否定もしない。ただ、紙の端を整えてから口を開く。
「……分かりました。では、私も協力します。まず、初めにアンノウンですが、私が考えるに未確認と似た所があると思います」
「未確認とですか?」
問い返すと、先輩は静かに頷いた。
「はい。一応、公開されている事件でも未確認は何かしらの儀式を行う為に人を殺していたと考えられています。数、順番、場所。全部に意味があった。アンノウンは別系統です。でも……選んでいる気配がある」
ホワイトボードに三つの円が描かれる。夜間、高所、単独行動。
「被害者は全員、高低差のある場所にいます。高架、屋上、階段の踊り場。上から観測できる位置。偶然とは思えない」
机に並んだ写真を指で滑らせる。硬化した遺体。外傷が少ない顔。どこか同じ角度で止まった表情。
「詳しい情報は警察で封鎖されているので、調べられませんが」
そう言いながらも、赤い線が地図に増えていく。事件現場が線で結ばれ、ひとつの流れになる。点だったはずの場所が、ゆっくりと輪郭を持ち始める。
「仮説だけど。アンノウンは“狩り”じゃない。“刈り取り”に近い」
ペン先が止まる。
「芽を選んでる。芽じゃないなら、観測だけで離れる。結城君、あなたは……」
言葉が途中で切れる。窓の外で、小さな音がした。風はない。照明が一段だけ暗くなる。
喉が勝手に鳴る。視線が天井の方向へ引き上げられる。
「……来た」
短く告げると、つる先輩も立ち上がった。言葉は続かない。研究室の静けさが、少しだけ歪む。
上から見られている。
確信に近い感覚が、背中を冷やした。つる先輩はボードを振り返り、赤い円をもう一度なぞる。
「未確認と同じく、ターゲットを決めている可能性は高い。でも違う。ゲームじゃない。……もっと静かで、偏ってる」
視線が重なる。言葉より先に、次の行動が決まる。
切抜帳の余白に、つる先輩が一行だけ書き足した。
――観測が先。接近が後。
研究室の外、廊下の電灯がひとつ、またひとつと落ちていった。
見出し:
夜間高所で“硬直死”相次ぐ 外傷なき遺体に共通点
日付/地域:
〇月〇日/湾岸区〜大学周辺エリア
本文(100〜200字):
関係者の証言によれば、夜間の高所付近で発見された遺体はいずれも外傷が少なく、血痕も確認されていないという。被害者は単独行動中だった可能性が高く、現場には争った痕跡がほぼ残っていない。警察は関連性を含め調査中としているが、原因は依然不明のままである。
つる子の注釈:
夜行性。高低差。単独行動。
未確認3号と一致点が多い。
ただし完全一致ではない。
ゲーム性が見えない。
無差別ではない。
選んでいる。
仮説だけど――
“観測してから接近”している可能性。
被害者本人だけじゃない。
周囲に兆候がある人物がいる?
未分類。