胸の奥で、何かが逆流している。
エルの放つ激流を前に俺の身体は悲鳴を上げていた。トリニティフォームの鎧が軋み内部のエネルギーが不安定に脈打つ。地と風と水。三つの力が乱反射して制御を失いかけている。
くそ、まだだ。まだ倒れるわけにはいかない。
瓦礫に手を突き立ち上がる。指先が削れたコンクリートの上で血を滲ませる。頭痛がする。ベルトの中央石が、壊れた心臓みたいに明滅していた。
その時だった。
腹の奥底から別の鼓動が響き始めた。
どくん。
一つ目ではない。二つ目だ。
三つの力が渦を巻く中心に、銀色の異物が顔を出す。
アマダムの欠片。
あの日、俺を水底から引き上げた力。
その欠片が、今、意志を持つかように脈打っている。
どくん、どくん、どくん。
身体が熱い。いや痛い。内側から焼かれるような熱と骨の髄まで凍りつく冷気が同時に走る。
「…なんだこれ」
俺の知らない感覚だ。
トリニティフォームの三つの力が、アマダムの欠片を軸に一つへと収束していく。
地が水を飲み込み水が風を巻き込み風が地を砕く。
ぐるぐると渦を描いて、俺の中心で新しい力が生まれようとしている。
それを見ていた。
エルが。
あの鯨の巨体が俺の方を向いた。深海のような複眼が俺の胸の奥まで透かし見るように細められる。
「その兆候は」
エルの冷たい声に、初めて感情が混じった。
困惑でも恐れでもない。もっと根源的な何かだ。
「日の食い合い…」
低く、呟くような声。
エルはそこで初めて、俺という存在を正確に認識した。
「古の力と、光の力が、同時に同一の器で目覚めようとしている…。ありえぬ。人の身で、耐えられるはずがない」
エルの周囲の水壁が、一瞬揺らいだ。その隙を津上さんが見逃さずに蹴りを叩き込んだ。
「何をぶつぶつ言ってるんだ! まだ終わってないぞ!」
彼の拳がエルの装甲を打ち、火花が弾けた。
俺は胸を押さえながら一歩を踏み出す。
視界が歪む。朝の光と夜の闇が混ざり合うような感覚。
身体の中で太陽と月が重なっていく。
そう、これは、日食のような感覚だ。
光が闇に飲まれていくのではない。闇の中に光が漏れ出していくのだ。月が太陽を隠すその一瞬の静寂の中で、本来見えるはずのないものが見え始める。
俺の知らない何かが俺の中で目を覚まそうとしている。
アマダムの欠片が熱を持つ。トリニティの三色が混ざり合ったその先に、四つ目の色が滲み出してくるような感覚。いや、色ではない。質量だ。今まで俺の中で眠っていた、何か別の質量が目を開けようとしている。
それが怖い。
自分の中に自分ではない何かが棲みついているような恐怖。
けれど、この力なら、目の前のエルに届く気がした。
「まだ、行ける…!」
俺は歯を食いしばり、前へ出た。
体内の二つの力が今一つの光になる。
太陽と月が重なる一瞬のように、一つの輝きが俺の中心で生まれようとしていた。
エルが、その巨体をわずかに沈めた。
後退ではない。構えだ。
あの鯨が、初めて俺を正面から迎え撃つための構えを取ったのだ。
「検証すべき事象が増えた。人の器に、二つの始源が宿るかどうかを」
エルの声は、静かだった。
だがその静けさは、これまでの冷徹な観察者とは違う。獲物を前にした狩人の、静けさだった。
俺は、その殺気を全身で受け止めた。
背後でアナザーアギトが苛立ちの声を上げる。津上さんが何か叫んでいる。芦原さんが瓦礫の中から立ち上がる音がする。氷川さんのG3-Xが再び銃を構える金属音が響く。
だが俺の耳には、自分の心臓の音だけが、ひどく大きく響いていた。
どくん。
どくん。
日食は、まだ始まったばかりだ。