そんな恋愛観にズバリと物申す辛口コラム!
辺りは着飾った男女でいっぱいだ。
それもそのはず、私は今婚活パーティーの会場内にいる。
精一杯着飾った人たちの中、私だけは普通の地味なスーツを着ている。
ドレスコードを下回らない程度の普段使いの服装。
用意したプロフィールも年収480万円、会社員といたって普通の内容。
ルックスも普通、服装も、プロフィールも普通。
全てが普通。
何を隠そう、これこそが私が考え出した婚活パーティー必勝法だ!
恋は上書き保存という。
これは嘘だ。
嘘が言い過ぎなら、これはそうありたいという女性達の理想。願いなのだ。
実際はもっとアナログである。
散らかった部屋の隅に雑然と積み重ねられた本。
そんな感じだ。
確かに元気に自分の足で立っている時には1番上に乗っている本しか見えないかもしれない。
しかし、いざ疲れて横になってその積まれた本達をみると、ちゃっかりその背表紙は見えている。
背表紙に書かれたタイトルを見ていると異様に読みたくなる。
そんな感じだ。
しかし、これは本質ではない。
積み重ねて置かれた本、しかも雑然と。
確かに立っている時に見えるのは1番上に置かれた本だ。
しかし、本にも色んな大きさがある。
形だって一般的な長方形のものばかりとは限らない。縦が長いもの、横が長いもの。しかも、雑然と積まれているから斜めに置かれた本などもザラにある。
だから上から見た時、確かに見えるのは1番上の本だけど、
下に積まれた本の、特に長い所がはみ出ているのだ。
長い所、すなわちその恋の良い思い出。恋人の長所と言える。
例えば、元カレAは高収入でアクセサリーや高級レストランでの食事など、セレブな気分を味わせてくれたが、女にダラしなく、浮気をしょっちゅうしている様な男だったとしよう。この場合、彼の長所である、金を持っていて気前が良いという部分は上から見ても飛び出して見える。しかし、短所である浮気性な部分は上に積まれ本に隠れて見えない。元カレA当人を思い出すのでは無く、その元カレに「自分」がセレブな扱いを受けていたという一面では事実だけど真実とは違う、そんな記憶だけが残される。
これがかなり厄介なのである。
人間、良い所もあれば、悪い所もある。
そもそも、だからこその恋は終わったのだ。
しかし、上にどんどん次の本を上に載せていく事で、その一長一短の人間としてでは無く、して貰った良い思い出だけが頭に残ってしまうのだ。男性型の「別名保存」の様にちゃんと相手という「人間」単位で記憶しているならば問題は無い。しかし、良い思い出という「行為」で記憶に残してしまうと、過去にそういう行為を受けた自分はそれの行為を受けるに値する人間であると勘違いしてしまうのだ。
これが非常にタチが悪いのである。
浮気して捨てられたという事実を忘れて、素敵な恋の思い出だけで脚色された恋の記憶。
そんな美化された記憶が恋の数ほど増えて、積み上がっていく。
部屋の隅に積まれた本が、やたらと大きなスペースを占領するのと同じ様に肥大化された恋の遍歴。
最早それぞれ名前のある個人では無く、元カレの集合体となったそれは、自分自身がそういう素晴らしい恋をしてきた女で、そういう恋をするだけの価値がある人間だと自分自身を錯覚させてしまうのである。
そして、その肥大化された自己認識はどこに向かうのか?
現在進行形の恋人である。
この記憶保存法の最も危険な要素は、今現在1番上に置かれた恋人の本からはみ出して見える部分が明確だという点にある。まさにレーダーチャートと呼ばれる円形のグラフの様に経済力や浮気度、優しさ、知性、料理スキルなど様々なパラメーターが歴代の彼氏の、それぞれで一番の奴と比較されてしまうのだ。
人間、誰しも長所もあれば短所もある。全て完璧な人間なんてフィクションの世界にしかいない。
高級レストランに行っても、
「ああこのクラスか…、クリスマスならあそこのホテルのディナーの方が美味しかったな」
ともっと高級で美味かった店と比べてしまう。
アクセサリーを貰っても、
「あー、今つけてる指輪の方が高いんですけどー」
と全く喜ぶ事が出来ない。
料理を振る舞って貰っても、
「まあ、素人ならこの程度かな。ま、及第点って事で」
と、自分も作れないくせに、なぜか上から目線で食レポを始める。
キャンプに行けば、テントの設営に時間かけすぎるとイラつき、
海に行けば、少し弛んだ贅肉を見つけ、みっともないと罵倒、
街を車で走れば、今のは行けただろうとダメ出しをする。
もちろん彼女自身がそういう事を自分で出来る人なら構わない。
その癖、過去の男達と比べて文句を言うのだ。
そう言う言葉や態度を今の彼氏さんへぶつけてしまうのである。
そういう人間になってしまう。
誠に恐ろしい話である。
人間一度上がった生活レベルはなかなか落とせないと言う。
これは恋愛においても同じだと言えるのでは無いだろうか?
一度知ってしまった高級レストランのコース料理、お値段に相応しい質の良い装飾品や服、夜景の見えるタワーマンションの眺望、誰もが振り返る高級車。
彼らは全て毒である。
さぁ!皆んなもlet's普通!
だからこそ普通が至高!普通が究極!
この思考を持つ者こそ我が伴侶に相応しい!
結婚相談所主催の婚活パーティーが終わり、見事誰にも声を掛けられる事もなく、肩を落としてトボトボと家に帰るのであった。