──それは、父さんからの一報だった。
夏休み二週間前の休日の夕方。
父さんから、突然電話がかかってきた。
「え? 夏休みにフランスへ? 」
『ああ、ここ数年は忙しくて行けなかったけれどやっと暇が出来そうでな。
久しぶりに、家族全員で母さんに会いに行こうって早苗と話してな』
電話口で話す父さんの口調は明るく、彼も久しぶりの里帰りに心躍っている様子だった。
確かに、幼少期は毎年のように会いに行っていた。
けれど、ISの登場以降会いに行く機会がメッキリ減ってしまって、最後に僕が祖母に会いに行ったのも、二年前の話だ。
「わかった。じゃあ予定を空けておくよ」
『うん。しっかり準備してくるんだぞ?
詳細が決まったら追って連絡するな』
「わかったよ。父さん」
電話を切る。
そうか、久しぶりの訪仏だ。
ばあちゃん元気にしてるかな?
二年ぶりな訳だし、積もる話も──
あれ、待てよ?
僕の頭にとある疑問が浮かぶ。
この二年間。いろんな事が起きた。
僕がISに乗る事が出来て、学園に通っているのもそうだが。
何より、
──そういえば僕、家族にシャルロットをちゃんと紹介したっけ?
シャルロットと交際を初めてはや一ヶ月。
僕と彼女の関係をしっかりと伝えたのは、今の所一夏達などの限られた友人のみ。
あとは聞かれたら肯定するくらいで特に言いふらす事もなく過ごしてきた。
……まあ、先日の事件で一気に広まってしまった訳だけども。
シャルロットを家族に紹介したのは今の所母さんだけ。
しかも、それはシャルロットを平賀重工に引き込むための交渉のためであり、家族としてでは無い。
どうせ家族でフランスへ行くのなら、シャルロットとも一緒に行きたい。
僕も家族に改めて紹介したいし、彼女にもフランスでお母さんのお墓参りをして欲しい。
そして僕も、シャルロットのお母さんに挨拶したい。
だったらもう、シャルロットを父さんと母さんに改めて紹介しても……
……いや、付き合って一ヶ月で家族に紹介は重いか?
うーん、わからない。
これでシャルロットに引かれでもしたら僕は一生立ち直れない。
何より、僕の独善で彼女の嫌がる事をしたくない。
こんな時に相談出来る友人でも居れば──
「あら? 星一じゃない。
どうしたのよ? そんなわかりきった事で悩んだ顔して」
「……鈴か」
僕が悩んでいると、前方から鈴がやって来る。
鈴、鈴かあ……
まあ、率直な意見は言ってくれるだろうな。
少し相談してみるか。
「実は──」
僕は今抱いてる悩みを彼女に相談してみた。
すると鈴は顔を軽く顰めた後、呆れた表情で笑った。
「いやまあ……確かに一ヶ月で家族に紹介は重いかもだけど……
アンタら二人の場合、状況が違うでしょ? 」
「そ、そうか? 」
状況が違うと彼女は言う。
そうだろうか? 僕とシャルロットは確かに昔からの付き合いだったけれども……
「そうよ。考えても見なさいよ?
アンタ、シャルロットの人生にもう取り返しのつかないくらい踏み込んでるじゃない。
それで今更『重い』だのなんだのでシャルロットがアンタを拒絶すると思う? 」
「それも、そうか」
まあ、それもそうだった。
僕はもうシャルロットの人生に思い切り踏み込んでいるし、今更この程度で立ち止まるのも馬鹿らしい話だった。
鈴の言葉で心が晴れる。
自分の中で決まっていたものを、明確にされた感覚だった。
「ありがとう鈴。話してスッキリしたよ」
「良いのよ。ま、ジュースでも奢りなさい」
「勿論」
鈴に自販機でジュースを奢る。
「──よし」
鈴と別れた後。
僕はポケットから携帯を取り出す。
電話の履歴を見れば、先程まで電話をしていた父さんの番号が表示されている。
僕は、迷いなくそれをタップした。
◆◆◆
「シャルロット、夏休みって何か予定は決まってる? 」
「……ううん、何も。星一といっぱいデートしたいなぁとは思ってたけど」
父さんと電話をした日から二日後の昼。
シャルロットと二人で食事している時に、僕は切り出した。
シャルロットは僕の質問に苦笑して答える。
彼女はもう代表候補生では無く、表向きは専用機を学園へのデータ採取の協力のため搭乗し続けている一般生徒になっている。
彼女の立場上、何処に悪意があるかわからないから、一人で里帰りは難しい。
夏休みの予定は、大きく空白になってしまっていた。
「実は、僕は夏休みに家族でフランスに行く事になってさ。
久々に、祖母に会いに行こうって事で」
「……そっか。じゃあ、デートはあまり出来ないね」
瞳孔を震わせて、視線を下げて手を震わせるシャルロット。
明らかに自分を抑えている様子で、勘違いをしている事は明白だ。
違う違う。
そういう事じゃ無くてだ。
「えーと……ごめん、勘違いさせたな。
だから……君も一緒に、夏休みは僕とフランスに来て欲しい」
「──え」
シャルロットの顔がこちらを向く。
表情は驚きと困惑。
目は大きく見開かれ、口は呆然と開いている。
「祖母に会いに行くって言ったけれど……
どちらかというと、僕は君のお母さんに挨拶したい。
君も、積もる話があるんじゃないか? 」
シャルロットは何も答えない。
両手で口元を抑えて、小さく震えている。
「で、も……家族水入らずなのに……」
「ふ……あはは! 」
「な、なんで笑うの!? 」
そうか、
確かにその通りだ。うん、正しい。
──でも。
「
だからこそ、君にも来て欲しいんだ」
「────っ!? 」
だったら、君が居ないと僕はもう完成しない。
ぶっちゃけ実質プロポーズみたいな言い方になったけれど、まあ良い。
君が勘違いして傷つくよりよっぽど良い。
シャルロットは僕の言葉に顔を赤くする。
そして、瞳が少し湿り気を帯びたと思うと小さな声で一言。
「……よろしくお願いします」
「はい、こちらこそ」
──良かった。受け入れてくれた。
彼女の反応に、僕は胸を撫で下ろす。
正直、『家族だから』を理由にして断られたらどうしようかと考えていた。
でも、杞憂だった。
シャルロットはこうして喜んでくれている。
彼女の笑顔が、僕が一番求めるものだ。
「──星一」
「うん」
シャルロットが僕の胸に入って来る。
僕は自然と彼女を受け入れて、抱きしめる。
「大好き」
「僕もだよ、シャルロット」
彼女の囁きに答える。
胸の中で小さく震えるシャルロットは酷く可愛い。
彼女が続けて「大好き」と言い続ける。
シャルロットは、感情のオーバーフローを起こすと高確率でこうなる。
彼女の髪型が崩れないように丁寧に優しく頭を撫でる。
さらりとした金糸の髪が、僕の手を流れる。
僕の胸板に、シャルロットが顔を擦り付けていた。
ぐりぐりと胸を押される感覚が続くけれど、もはや全てが愛おしい。
五分ほどそうして、彼女も満足したのか僕から少し離れる。
名残惜しいけれど、僕は特に何も言わなかった。
「じゃあ、夏休み初日に一度両親に会って欲しいんだけど。
予定とか大丈夫? 」
「う、うん。大丈夫! ……ちょっと緊張するけど」
シャルロットの中で、まだ僕の母は『社長』のイメージが強いのだろう。
緊張した顔でポロリと弱音をこぼす。
「大丈夫だよ。母さんは今回は『社長』じゃないし、父さんも優しい人だから。
ありのままの君を受け入れてくれるよ」
「──そっか」
シャルロットが少し安心したように胸を撫で下ろす。
そして、にこやかに笑ってくれた。
◆◆◆
さて、時は飛んで夏休み初日。
僕がシャルロットを両親に紹介する日だ。
僕らは今、僕の実家の前に居る。
「はい、ここが僕の実家。
──大丈夫? シャルロット? 」
「だ、大丈夫!! ばんぜん!! 」
そうは見えないんだけどなあ……
シャルロットは、今にも石になってしまいそうなほどに緊張している。
そこまで緊張する必要は無いと伝えてはいるけれど、やはり難しいものは難しいようだ。
まあ、僕も逆の立場ならきっと同じだろうから何も言えない。
震える彼女を視界の端に置いて、僕はインターホンを鳴らして家に入った。
「ただいまー」
「お、お邪魔しますっ!! 」
間の抜けた僕の声と、逆に張り詰めたシャルロットの声が家に響く。
少しすると、母さんが玄関にやって来た。
「おかえり星一。そして──シャルロットさん」
母さんが穏やかな顔をして僕とシャルロットを見る。
シャルロットも、その様子を見て少し緊張が解けていた。
「源一さんももう居間にいるから、挨拶するならそこでお願いね」
「わかった。じゃ、上がってくれ」
「し、失礼します……! 」
靴を脱いで玄関から上がったら居間に入る。
居間のソファには、僕の父『平賀 源一』がテレビを見ながら座っていた。
「おお、おかえり星一。それでそっちが──」
「うん紹介するよ。父さん、母さん」
父さんと母さんにちゃんと伝わるように、彼女を前に少し出してはっきりと言葉にする。
「こちらが、僕の恋人のシャルロット・デュノアさん」
「シャルロット・デュノアです! 本日は、お会いしていただきありがとうございます! 」
声を震わせた彼女の様子を見て、両親が優しい顔を浮かべる。
「うん、こちらこそありがとう。
さ、座って座って。色々話を聞かせてくれ」
父さんに促されて僕とシャルロットはテーブルの椅子に座る。
両親もそちらに座って、ちょうど向かい合う形になった。
「いやー、大きくなったね。
おじさんの事は覚えてないかな? 」
「い、いえ。あの時、星一さんと別れる時に一度お会いしてましたから……」
「お、覚えててくれたのか。嬉しいねえ」
父さんが嬉しそうに目を細める。
あの時、母さんは仕事の都合で先に日本へ帰っていたけれど、父さんはシャルロットに会っていたものな。
シャルロットの成長に、父さん自身も喜んでいるようだった。
「久しぶりねシャルロットさん。あの商談以来かしら? 」
「はい、お久しぶりです! 」
母さんがシャルロットと話す。
その姿に、社長としての影は何処にもない。
いつも通りの、僕の母さんだ。
「あの時はごめんなさいね。流石に息子の恋人とはいえ、あの状況じゃ簡単に頷く事は出来なかったのよ」
「いえいえ!? そんな謝らないでください!
あの時協力していただいたから、今の私があるわけですし……」
「そう、良かったわ」
会話は終始穏やかに進んでいる。
この分なら、顔合わせも問題無く終わるだろう。
そう思っていた。
「でも、文通相手と劇的に再会して結ばれるだなんて。
我が息子ながらなんてロマンチックに育ったのかしら」
「うるさいな……」
ニヤついた母さんに揶揄われる。
良いだろ別に、ロマンチックで何が悪いよ。
「貴方が最初シャルロットさんを会社に連れて来た時、『息子の恋人』ってそわつく気持ちを抑えるの大変だったんだから」
「「…………」」
「……? どうしたのよ? 二人して気まずい顔して黙っちゃって」
「そうだぞ。何かおかしい所があったか? 」
母さんの言葉に気まずくなる。
両親は勘違いしていた。
僕とシャルロットは、学園で再会して結ばれて、その上で助けを求めたのだと。
実際は違う。
僕が助けを求めて、その後に結ばれたのだ。
少し順序が前後している。
「実は──」
言わなくても良いのかもしれないけれど、シャルロットとの関係で両親に嘘や隠し事はしたくない。
僕は、正直に話す事にした。
「アンタ……」
シャルロットと交際に至る経緯を、福音なんかの機密をぼかしながら両親へ伝える。
僕が全てを伝える頃、母さんは呆れた表情で額に手を当てていた。
「なんでアンタはこう昔から理屈っぽいというか頑固というか……
一体誰に似たのやら……」
「君にそっくりだよ。早苗」
「な」
父さんの言葉に母さんが絶句する。
「まあ、星一はシャルロットさんが好きなんだろ? 」
「ああ、当たり前だろ」
「シャルロットさんも、星一の事が」
「……はい。大好きです」
「じゃあ良いじゃないか。それで充分だよ。なあ、早苗」
「……まあそうだけど」
残ったしこりも無事、無くなって。
なんとか、両親への紹介は無事済んだようだった。
「よし、良い時間だし夕食を準備しましょうか」
暫く話していると、母さんが時計を見てそう言う。
時刻は十七時になっていた。
「シャルロットさん、夕食作るの手伝って貰えないかしら? 」
「ぜ、是非!! お願いします!! 」
「あら良い返事。ふふ、星一の好きな味付けとか教えちゃうわね」
「ありがとうございます! 」
シャルロットと母さんが台所へ消えていく。
僕はその後ろ姿を眺めて、少し、いや、普通に嬉しくなった。
「星一。今日、シャルロットさん泊まっていくんだよな? 」
「ん? ああ、そうだよ父さん」
父さんがテレビを見ながら僕に聞いてくる。
そう、シャルロットは今日僕の家に泊まる。
まあ、客間があるし、シャルロットにはそこで布団を敷いて寝てもらう事に──
「別に気にしないから、夜はお前の部屋でシャルロットさんと一緒に過ごしなさい」
なんですって?
次回、ニコニコお泊まり会です。
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