――かくれんぼするひと、このゆびとーまれ!――
私なんかがあの中に入って、あの指に止まって良いんだろうか。
そんなことを考えて、悩んでいるうちにいつのまにか輪の中に乗り遅れた、独りぼっちの子。
遠足で先生とお弁当を交換していた、独りぼっちの子。
それが私、後藤ひとり。絶賛ぼっちの現在中学一年生。
LOINのメッセージ欄は家族と公式アカウントだけ。他人と目は合わせられないし話しかけられると必ず「あっ」って言っちゃうし。
友達を作るのなんて私には難易度が高すぎるのだ。
そんなこんなで私は中学に上がってもコミュ障のぼっち街道を突き進んでしまっている。
そりゃ私だってほんとは友達が欲しい気持ちはあるけど、なんたって対人コミュニケーションってやつが難しすぎるのがいけない。万が一変なやつとか思われたら耐え切れなくて爆散する自信がある。
ソファでごろごろ、傍らで飼い犬と遊ぶ妹を横目で見つつ、スマホの画面をぼんやり眺めながらそんなことを考えていると、玄関の方から車のエンジン音が聞こえてくる。いくらか前に「父さんちょっと出掛けてくるな!」と言い残して出掛けていったお父さんだろう。
と、そこまで考えた所で、私の頭の中に疑問符が浮かんだ。
(あれ、お父さんの車ってこんな音してたっけ……?)
お父さんが乗っているのは、お母さんと私、妹のふたりの家族全員で乗れるようにっていう広さはあるけど、なんら変哲もない普通の軽自動車のはず。いま車庫のほうから聴こえてくるような、こんな――低く主張の強い音じゃなかったはず。車に詳しくない私でも分かるくらい、いつもとは違う音が響いている。
気になってソファから起き上がった私は、リビングを出て玄関先へと向かった。
「お父さんお帰りー…ィイ!?」
玄関を開けて車庫を覗いた私は思わず変な声を上げた。
視線の先に居たのはつやっつやの光沢を持った真っ黒くて地を這うように低い車体。丸っこくてどこか愛嬌のあるボディの真ん中にちょこんとある、小さな布製の屋根。なんか開きそうだしどう見ても二人乗りだよねあれ。
我が家の普段見慣れた軽自動車とは一線を画す、ドルドルとお腹に来るエンジン音を響かせるスポーツカーがうちの車庫の中に停まっていた。
「おぉひとり、ただいま!」
なんてことなさそうにいつもの笑顔を浮かべたお父さんが運転席から現れた。
「え、お父さんこれどうしたの……!?」
「そういやひとりは知らなかったっけ。こいつはお父さんが昔から大事にしてる相棒でな〜」
えっ、なにそれ初耳……!今までうちに影も形もなくなかった……!?
「今まではいつものアシの軽だけで停める場所が無かったから昔一緒にレースをやってた時の仲間のとこに置いてあったんだけど、ガレージを拡張したからうちに引き上げてきたんだ」
ほええ。少し前に車庫を工事してたのはそういう事だったんだ。てかお父さんこんなイカしたの乗ってたの!?っていうかこの音――。
ビートを刻むように紡がれる排気音、ゴブゴブとなんだか有機的な音を立てるエンジン。なんか身体にじんじんくる、まるで生きてるみたい……。
「ね、ねぇお父さん。なんかこの車、生きてるみたいだね……?」
「おっ、ひとりもこの4スロの良さを分かってくれるなんて!!理解のある娘を持ってお父さん嬉しいぞぉ」
なんとなく感じたことをお父さんに言ってみたら、にっこにこで嬉し涙まで流し出した。よんすろ……??え、私変なこと言ったかな……?
「この車はね、そこらの普通の車とは一味違うんだ。ほら」
そう言ってお父さんがアクセルを軽く煽ると、がぉん!!とまるで猛獣のような咆哮をエンジンが響かせ、低く音を響かせていた排気音が打って変わって甲高く響く。
えっ、なにこれ。車ってこんなに魂に響く音を出すんだ。機械なのに無機質さを感じさせない、命の鼓動みたいな。こんなにビリビリ来るのなんて初めて――。
私は初めて、"クルマ“というものに興味を持った。
「ねぇお父さん。車のこと、教えて……!!免許取ったら私――こんな車に乗りたい!!」
(あと、こんなイカした車に乗ってたら絶対声かけられるよね……?『キャー後藤さん素敵!ドライブデート連れてって〜!!』『いいよ、さぁ横に乗って、星でも見に行こうか(イケボ)』なぁんてえへ、うぇへ、ウェヘヘヘヘヘへへ)
◇ ◇ ◇ ◇
私の名前は後藤ひとり。花もなんとやらの現役JK――をいつの間にか過ぎて、JDになってしまった。
そう。そうなんです。
結局高校三年間友達出来ませんでしたァ!!!(血涙)
お父さんみたいなロードスターを乗り回すイカしたロドスタ女子になってチヤホヤされることを志したものは良いものの――。
十八歳になるまで免許は取れない!!
他人との会話ってどうやってするんだっけ!!
気がついたら卒業してたァ!!!アアァアアア!!
というわけで華のJKを気がつけば通り過ぎ、結局友達はできず、地獄に垂らされた一筋の蜘蛛の糸のような望みを掛けてJD後藤となった私。
未だにぼっちのままだけど、大学生ということは免許を取れる年齢という事!!
今の私は自動車運転免許(MT)を持つパーフェクトドライバー後藤!!友達のお迎えもなんのその、大学生の中では畏敬と尊敬の目を向けられる存在である事間違いなし!!(全日本ぼっち協会調べ)
そんな私はメインカーとしてRX-8を増車したために「ひとりがよければ乗ってあげて欲しいんだ」とお父さんから譲り受けたあの黒いロードスターを愛車としている。
オープンカーなのに屋根を開けないのかって?そんな陽キャの権化みたいな事を簡単にできて居たら私は今頃ぼっちを脱している。
そう、私はロードスターの屋根をほぼ閉め切って乗っている。開けて乗ったらその行為の陽キャ度と、もしかしたら向けられるかもしれない奇異の視線に耐えかねて身体の輪郭がバグり散らすか溶けてしまう自信がある。
ちなみにお父さんから聞いたんだけど、このロードスターって実は"M2 1001"っていうめちゃくちゃレアな個体なんだって。こんなすっごい車に乗ってるなんてきっとみんな気になるはずだよね……!!
だから誰か、だれか……話しかけてェ……(魂の叫び)
閑話休題。
そんないつもの願いを抱きながら、私はロードスターを駆って芦ノ湖スカイラインを上っていく。目的地は芦ノ湖のほとりにあるレストハウス。休日にあそこのカレーを食べるのが私のお気に入りだ。
私がいつものじめじめおどおどした陰キャプランクトンから打って変わって、イケイケの陽キャの如き自信を持てる唯一の場所がこのロードスターのコックピットなのだ。
私の右足に応えるようにロードスターの黒いボンネットの下に収まったB6-ZEエンジンが四連スロットルの豪快な吸気音を響かせ、高らかに響く甲高いエキゾーストノートと二重奏を奏でる。気持ちのいい加速を見せてコーナーへ飛び込んだ小さな車体はまるでカートのように地を這い、思った通りのラインを駆け抜けていく。
この小さな相棒に乗っている間だけ、私はミジンコから虎になれるんだ。
「よ、よしよし、できるぞ私、すごいぞ私!!今にこの助手席に予約待ちの長蛇の列ができるに違いない……!!私は箱根を制した女……!!」
弾ける内燃機関の鼓動と共に自己肯定感をブーストした私は軽やかにワインディングを抜けていった。
「ついたぁ」
やって来ました芦ノ湖スカイラインレストハウス・フジビュー。芦ノ湖を一望できる休憩スポット兼カフェだ。
私はロードスターを駐車場へ滑り込ませた。周囲を見回すが、周りにはまだ他の車は居ないみたいだ。
誰もいないなら……ちょっとやってみても、良いよね……?
さっき「屋根を開けるなんて溶けて死ぬ」なんて言った気がするけど、それは周りの視線と陽キャレベルに耐えかねて私が爆発四散してしまうだけで、"オープンにしたロードスターを颯爽と走らせるイケてる女"という概念に対する憧れはいちロドスタ女子として私ももちろん持っているのだ。
これだけ周りに人が居なければ、行動の陽キャパワーを憧れで相殺できるはず。一世一代のチャンスだ後藤ひとり……!!
恐る恐る周囲をもう一度見回した私は、ルーフの車内ロックを外し、ソフトトップをいそいそと畳み始めた。
「あれ……??あっ、えっと、こうだっけ……」
普段開けないから慣れてないのは許してほしい。
えっちらおっちら幌と格闘し、なんとか綺麗に畳み切った。屋根を畳んだロードスターはまさに"ザ・オープンカー"。
なんだか意外と平気だぞ私。これで私ももしかしたら一端の陽キャドライバーなのでは……??
オープンカーといえばサングラスだよね、と言う事で密かにグローブボックスの中に常備して居たサングラスを掛けて、ボディに寄りかかってみる。
(これはなかなかの陽キャっぷりでは……??)
割とロードスターに乗り出してから一度はやってみたかった事だ。思わず顔がニヨニヨしてしまう。これで缶コーヒー片手に一服してたらめちゃくちゃカッコいいだろう。もはやアルティメット後藤ひとりだ。
(うぇへへ、ウヘヘヘへ、これで私も陽キャ街道を駆け抜けて、友達と海岸ドライブとか出掛けるんだ、そうだ、ロードスター王に私はなr」
「ねぇねぇ、ちょっといいかな?これって君のロードスター?珍しいね〜NAロドの1001なんて」
「ピェッッッッ」
「わわっ!えっ!?だ、大丈夫!?人が爆発しちゃった……!!」
ひとりワールドに入ってしまい、いつの間にか横に停まった黄色いRX-7から現れた金髪サイドテールの少女に気づけなかった私は、突然話しかけられた事に耐久値の許容量を振り切って爆発四散した。
『どしたの虹夏、急にLOIN通話なんて』
「もしもしリョウ!?あのね、目の前で人が爆発したんだけどどうすればいいかな……!?」
『何それ知らん、こわ』
これは本来の世界とは違い、それぞれに惹かれた"クルマ"と出会い、それをきっかけに集まったぼっちと愉快な仲間たちの心温まる(?)ガールズ・カーコメディである。
一番星の息抜きでぼざろをひとつ。
他の結束バンドメンバーも見たい!という声があればもうちょっとだけ続くんじゃ。となるかもしれません。