『アイドルはトイレなんか行かないしお酒なんか飲まないもん!』という主義主張の方はお読みにならない方がいいかもしれません。同名小説をpixivでも掲載しております。どうぞよろしくお願いします。

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第1話

 酒は人類の友である。

 酒の方がどう思っているかはさておき、少なくとも人類は紀元前7000年頃より見出したこの物言わぬ友人を通すことで日中表に出せぬ喜怒哀楽を吐き出し、明日への活力としてきた。

 

 

 

 千代麒麟(ちよ きりん)は『スナック glitter』を1人で切り盛りする名物ママである。

 平穏な暮らしをしていた中で内なる衝動に突き動かされた結果、気付けば故郷を離れ、遠い先のはなみちタウンにてスナックのママをやっていた。

 カウンターの後ろにビリヤード台が置かれた簡素な内装はオープンした時から一切変わっていない。変えるつもりもない。

 時折店内を見渡して酷く郷愁に駆られることがあるが、その源泉は麒麟本人には分からなかった。

 右目を覆うように垂れ下がった銀髪がミステリアスな妖艶さを演出し、赤紫のセットアップが包むグラマラスな色気はもちろんのこと、時に優しく寄り添い、時に厳しく叱咤し背中を押してくれるママさんの人となりに惹かれた客の中からは求婚者がちらほら出てきたりもするがそういった輩は皆軽く流されている。

 アイドル文化が根深く浸透したはなみちタウンでは珍しい『オトナの酒飲み場』として受け入れられており、ママ目当ての客もその辺りは心得てラインを守っている。踏み越えるような輩は容赦なく摘み出されるだけだ。

 

『日本相撲協会、大関 栗乃花(栗久太部屋)の横綱昇進を決定』

 

 そんなテロップと共にキャスターが読み上げるニュースを麒麟は聞き流している。

 2051年……肌寒い2月初旬の週末、店に客は1人だけ。

 ママと約20年来の付き合いである女は、カウンター席の片隅でトレードマークとしている茶髪のロングヘアを僅かに動かしグラスを空けた。

 咲良うた……40歳を迎えようという円熟のアイドルは、いずれ来ると分かっていた『現実』と向き合っている。

 故郷のはなみちスタジアムを埋め尽くした『キミとのライブ』から精力的に活動を続け、業界の最前線を脇目も振らず走り続けた。

 自分の歌を通してたくさんの人を『キラッキランラン』にするために。かつて自分が追い求めた、いや、今もその背を追い続ける『レジェンド』のように。

 中学の頃からの盟友は今でも最高の1曲を提供してくれるし、後輩はいつだって背中を押してくれる。

 異郷の友たちとも歌い続けることでつながりは今もある。

 全てが順風満帆だったなんてことは全くなかった。生来のお調子の良さがよろしくない方向で発露してのやらかしもたくさんあった。

 それでも決して前を向くのを止めなかった。今回だって、そのつもりではある。

 心で分かっていても身体が沈み込んだままだった。

 

「そんなにいいのかい? 『detective』って娘たちは」

 

「うん」

 

 麒麟はプライベートでの付き合いを抜きにしても『アイドル・咲良うた』を推しとしている。こうして経営しているスナックの名前にしても、うたの実家へ足を運び店名の使用許可をもらうほどにだ。

 麒麟の足を動かしたのは、店を開く時と同じく内なる衝動からだった。

 うたを始め喫茶店を営む咲良家の面々からすればわざわざ許可を取ってもらうほどのことでもなかったのだが、それが麒麟にとっての『筋の通し方』だと分かれば快く快諾した。

 

「『うたさんの歌やパフォーマンスに憧れて、私たちずっと必死でここまでやってきました。お会いできて光栄です』ってさ……言われちゃった」

 

 うたの笑みに力はない。

 スス、とテーブル上に軽く押し出されるグラスに麒麟はおかわりを注ぐ。

 

『古臭い老いぼれは、ロートルはさっさと席を空けたらいいんだ、くらい言われてた方がまだ燃え上がれたんだろうねぇ……』

 

 お酒が飲める年になってから、うたはなにかあれば麒麟の店に足を運ぶようになった。

 その『なにか』とは、大抵うたの気分が酷く落ち込み、沈んだ心をリフレッシュするためのルーティンであると彼女のマネージャーからは聞いている。

 成人のお祝いからずっとお気に入りだという安物のロゼワインをボトルでキープしてあり、それを2杯分空けてから帰るのだ。

 トップアイドルにしてはあまりにも庶民的で、その清貧さがことアイドルという純粋な偶像を求める人々には刺さったのだろうと麒麟は思うし、現に麒麟自身もそういった部分含めてうたを推している。

 そんなうたが今、『踏み越える側』から『踏み越えられる側』に回された『現実』に直面しているのは、彼女を知る誰もがなんとなく把握していた。把握したとして、どうにかしてやれることでもないのだが。

 

 

 

 『芸能界は、華やかな表舞台とは裏腹に、厳しい実力・人気至上主義の世界である』……そんなことは、20年前の稚拙な出来の悪いAI検索ですらものの数秒で出力してくる文言だ。

 そんな世界に挑もうとして転げ落ちた事例などは掃いて捨てるほどある話で、現に麒麟の客の中にもそのものズバリな者がいる。

 文字通り世界を舞台に活躍する同期からはかなり遅れを取ったものの、確かに同じ道を歩み続けるために這い上がってゆく男にも麒麟は変わらず酒と共にあるひと時を提供してきた。

 麒麟は、彼に関しては何故だか行く末を見届ける義務すらあると思っていたが、その源泉もやはり内なる衝動からだった。

 芸能界に限らずとも1つの世界で登り詰めようとするならば多大な努力は必須であり、そこに運も左右する。それらをかき集めたとして、必ず望んだ場所へ辿り着けるかといったらそんな保証などあるはずもない。努力と運を結集させた結果には善も悪もなく、その結果のみを人はただただ評価するのだ。

 うたは、今日まで厳しい芸能界の真っ只中を走り続けてきた。

 走り続けてきた道にはいろんな人がいた。応援してくれる人はもちろん、鎬を削るライバルもたくさんいた。関わってきた人たち全てが今の自分の糧になっているのだ。

 だがそれらは皆、うたの見据えた先にいた者たちだった。

 それらの先へと辿り着き、トップアイドルの景色を見渡したらば、そのうちうたは自分の後ろから駆けてくる『影』を知覚するようになった。

 『女性アイドルの寿命は短い』というのも古来より囁かれてきた話だ。

 コレに関してはソロアイドルとしてデビューし、20年間常に最前線に立ち続けているうたの存在は紛れもなく驚異であり、その才覚を磨き続ける努力を欠かさなかった証左といえよう。彼女のみならず周囲もまた然りだ。そこは誰であろうと否定出来やしはない。

 それでも残酷なことに、人とは必ず老いるのだ。

 どれだけ鍛え、磨き上げることで避けようとしても、生きている以上必ず心も体も衰えはやってくるのだ。そこもまた、誰であろうと否定することの出来ないものなのだ。

 そして、それだけが全てということでもないが、女性アイドルの世界において重要なファクターは見た目としての『若さ』であり、老いはその『若さ』を容赦なく奪い去ってゆく。

 うたは、背後より走り寄ってきた『影』に肩を掴まれた。肩を掴んできた俊英たちはまだまだ若さからくる荒削りな部分が目立つものの、日々をひたむきに生きる輝きに満ちていた。

 彼女たちの活き活きとしたパフォーマンスは、まさに『キラッキランラン』だった。

 そうしてうたは、自分がアイドルのメインストリームから押し退けられる側に、若き才能たちに『踏み越えられる側』に回った『現実』を直視させられたのだ。

 自分の歌で『キラッキランラン』になった者たちの中から、自分に憧れてこの世界に進まんと決めた才能たちの萌芽というのは喜ばしいことでる。喜ばねばならないことである。

 萌えてきた才覚が自分のすぐ近くまで辿り着くというのも、この業界で生きてきたうたとしてはあるべき姿だろうと思えもする。事実としてうた自身、若い頃は既にいた先輩アイドルに追いつけ追い越せの精神でやってきた部分はあるのだから。

 そして、『若い頃の自分』を想起していることこそが今の自分の立場を自覚しているなによりの詳細であり、いざ次世代の到来を目の当たりにしてしまっては、流石に堪えた。

 可愛がってもらっている大御所芸人の冠番組であるバラエティに一緒に呼ばれた紫とピンクのコスチュームの2人組グループから楽屋で挨拶され、屈託なく向けられた弾けんばかりの笑顔を前にうたは差し出す右手に力が入らなかった。

 

『この娘たちが次のスターになるんだ』

 

 そんなうたの確信が、完膚なきまでに自分自身の心を打ちのめしていた。

 

 

 

 クイ、とひと飲みでグラスを空にしてからうたは空のグラスをスス、と前に押し出す。

 

「悪いね。さっきのでボトル空になっちゃったんだ」

 

 どうしようもない悲しさに包まれたうたの瞼から漏れ出る光るモノを認めても麒麟はなにかを口にすることはない。それが、うたに対してベストなママとしての在り方だと知っているからだ。

 

「そう、なんだ」

 

 申し訳なさそうな声音から麒麟の言に嘘はないのだろう。

 うたがキョトンとさせられたのはそれでもママが新たに1杯のグラスを差し出してきたからだ。

 

「こいつはサービスさ。ひと口おやり」

 

 麒麟のニヤリとした笑みにはきっぷのよさが滲み出ていた。

 

「ん、ありがとママさん」

 

 ほんの少しの逡巡から、うたは微かな笑みを返してからサービスしてくれた1杯を喉へ流し込む。

 

「ん…」

 

 見た目こそお気に入りでキープしてもらっているものとさほど変わらぬサーモンピンクのロゼだったが、飲んでみれば明らかに別のワインだった。

 

「フランスの方で作られてるちょっとイイ感じの銘柄でね。その分値も張るんだけどさ」

 

「フーン……」

 

 さっきまで嗜んでいたものとはまるで味が違った。深みが喉を通して沁みてくる。

 

『わかってる!闇はなくならない!』

 

『怖くなる事も、不安になる事も誰にだってある』

 

『心キュンキュンできない時もあります!』

 

『そう、闇はあって当たり前なんだよ!』

 

『光と闇は一緒にいられる』

 

 脳裏にフラッシュバックする青春の幻影……それは他人に語るでもない、眩しかった日々の記憶。

 争い合う光と闇、そういった形そのものに対してどこか諦めていた者たちに対して『共にあるべきもの』と拳を握り、声の限りに叫び、思いを伝えたあの日々から25年。まだ、なのかもう、なのかはどうでもいいことだろう。

 今あるものから変わることは決して諦めではないと、あの頃から分かっていたことじゃあないかとうたはハッとする。

 自分で打ちのめした心を自分で治す、それができる芯の強さをうたは持っていた。

 

「ママさん。わたし帰る」

 

「あいよ」

 

 お会計を済ませてからうたは出口へ向かう。

 ベル付きのドアを開け、カラリと鈴が退店を告げる中、うたは振り向き麒麟へ呼びかけた。

 

「ママさん! 最後に飲んだやつ、キープいいかな?」

 

「いいよ。払いは今度来た時ね」

 

「はーい! じゃ!」

 

 麒麟が見たうたの表情はすっかり晴れやかなものになっていた。

 酒の力でハイになっている部分もあるのだろう。だがそれ以上にうたの生来持つ明るく活発な性格から来る楽しげな雰囲気が甦っていた。

 

「飲みつぶれて寝むるまでいかなきゃ前に進めない馬鹿な男とは違うからね。あの娘は……」

 

 麒麟はうたは、もう大丈夫だろうと微笑む。

 この先、またなにかやらかして本人曰く『ショボッボボンボン』になって1人で飲みに来ることはまぁあるにしても、そこから必ず立ち上がれることだろう。

 それは紛れもなく女が……うたが備えた偉さなのだ。

 この確信もまた、内なる衝動が告げていた。

 

 

 

「もしもしななちゃん? あのさ、わたしやりたいことできたんだ。今度会ってお話ししようよ! こころにプリルン、メロロン……それに田中さんたちみんなで集まってさ!! すっごくキラッキランランになると思うんだ!!」

 

 通話越しの相手に半ば強引に話をつけてからうたは満面の笑みで夜道を歩き出す。

 トップアイドルとして多くの人々を魅了してきた喉は、いつしか楽しげなメロディを口ずさんでいた。

 後日、うたが昔馴染みをかき集めて立ち上げた『劇団アイドルプリキュア』がどうなっていくかは、神のみぞ知るというところだ。

 1つ確実なのは、麒麟の趣味にミュージカル鑑賞が追加されたことくらいであろう。

 

 

 

 酒は人類の友である。

 酒の方がどう思っているかはさておき、少なくとも人類は紀元前7000年頃より見出したこの物言わぬ友人を通すことで日中表に出せぬ喜怒哀楽を吐き出し、明日への活力としてきた。

 それは、かつて世界を救った伝説の戦士が人々から忘れ去られ、戦士たちが戦いから離れオトナとなろうとも変わらない事実である。

 今も、そして、これからも……。

 

 




 『旧時代の人が新時代の人に抗おうとするけど結局抗えず解らせられる』という性癖のままに興が乗ってしまいました。反省はしています。

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