深度300メートルの海底。太陽の光がほとんど届かない深い海の底に、体育座りで居座っている異様な存在がいた。
濃紺色のスクール水着を着て無骨なヘッドフォンに聴き入る黒髪の少女。背中には少女よりも大きい機械を背負っていた。
よく見れば機械からはヘッドフォンと繋ぐケーブルが伸びている。
「南にくじらさん、楽しそうに歌ってる」
そう独り言を呟く少女。聴音機の機能もある機械が拾った、鯨の鳴き声。
ヘッドフォンを介してそれを少女は僅かに頬を緩めて聴いていた。
しばらくは楽しそうに聴いていたが、鯨の鳴き声に混じって海上を進む推進音が聞こえ始める。
すると少女は途端に表情を変え、真剣なものに変わる。
「音源から特定、艦種は......イ級後期型とホ級軽巡、先頭はホ級」
少女は音の聴こえる距離から、ホ級と呼ばれたものを先頭に真っ直ぐ単縦陣を組む二隻の存在を把握する。
「目標を魚雷に入力、1番は先頭のホ級、2番はイ級……注水、3,2、1、完了」
イ級後期型とホ級軽巡が頭上を通り過ぎていくのを少女は息を潜めて待つ。一定の距離を離れた瞬間、
「1番魚雷、発射......続いて2番発射」
少女が背負う機械の左右から円形状炸薬が詰まった弾頭に推進機を付けた物体、魚雷と呼ばれる物が二発放たれた。
魚雷に搭載された炸薬は実に五百ポンド以上、大型船舶でさえ命中すれば真っ二つにできる破壊力の塊は水中を時速数百キロで目標に向けて進む。
「目標到達まで、あと5秒......4、3、2、1、命中」
魚雷が命中し、爆発音が二回繰り返し発生する。
「命中確認、戦果......二隻撃沈......離脱する」
命中したことを少女は淡々とそう口にした。そして少女の背中の機械から小さいな音がすると推力が生み出し静かに海中を進み出した。
海の底を少女は明確な目的地へ向けて動きだしその場から離れ暗い海の中に消えていく。
海中に差し込む光がわずかに少女の背負う機械の一部を写した。そこには横文字で、
ーうずしおー
そう書かれていた。これが少女の名前だった。
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うずしおは人気のない夜間の埠頭に、慣れた手つきで海から這い上がって背中の機械との間に溜まった海水を掃き出した。
それから大きく息を吐き出して、夜の冷たい空気を吸って取り込む。数回同じことを繰り返したあと、付けたままのヘッドフォンを首元に降ろす。
明かりが殆どない港の埠頭、うずしおが空を見上げれば深海では見ることがない星空を見てはただ、遠い遠い星の夜空を濃紺色の瞳でただぼんやりと眺めて、立ち尽くしてずっと見続けていた。
「あ、うずしおさん!お帰りなさい」
うずしおは振り返って自身を呼んだ相手を見る。ロングヘアのうずしおとは対照的なショートカットの少女が駆け足で近づいて来た。
少女は明るい水色のセーラー服に肌色の上着を着ていて、うずしおよりもしっかりとした格好をしていた。
手にはバスタオルと何故かセーラー服の上着だけを持っていた。
「あさひ?ん……ただい、ま!?」
あさひは近づくなりすぐさまうずしおの腕を掴んでは強引に引っ張って行く。
「そのままじゃ風邪引いちゃいますから、早くお風呂に行きましょう!さあさあ」
「わ、わわ」
もう少しだけ星空を見ていたかった。うずしおはあさひからの度々の質問に適当に答えては名残惜しさをそう感じていた。
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時に数十年前も昔のこと、世界の海洋で相次いで船が突如として消息を断つことがあった。
原因は不明、各国が調査に乗り出し、そして判明した最悪の事実。
正体不明の敵、深海棲艦とのちに呼ばれる奴ら。人類はありとあらゆる海洋から駆逐され、わりと滅亡のピンチだった。
通常兵器の効かない彼らに対抗するため人類は妖精というこれまた不思議な存在と手を組み艦娘という存在を生み出した。
彼女たちのおかげで、人類はほとんどの海洋を取り戻し平和と安寧を得るに至った。
やったね人類!!めでたしめでたし、ちゃんちゃん
まあ、そんな都合のいい話はない。深海棲艦自体は不定期に現れるし、余裕が出来た人類はいつもの内ゲバ。
艦娘という資材やコストは除いて必要な人的資源は、適正のある少女1人で済む代わりに、高い戦闘力を持つ新たな存在はとっても都合が良かった。
だから今度は、深海棲艦によって不透明になった沿岸部や島を巡って艦娘VS艦娘VS深海棲艦残党の楽しい三つ巴。
そんな群雄割拠の時代を人類は今も続けている。
運悪くその時代に生まれてしまい、挙句に適正があったうずしおはものの見事に艦娘として生きる羽目になってしまった。
アホくさ、やめたらこんな世界。
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お風呂場、つまりは浴場。うずしおがあさひに連れられてきたところ。
外観や内装は何処にでもある古びた銭湯。タイル張りの床や2列び並び立つシャワーと蛇口と鏡、水風呂、熱湯、普通の風呂の順で並び、その背景には立派な、エベレスト山が描かれている。
「むぅ……あさひ、まだかかる、の……」
「当然です!塩って奴は厄介極まりないものなんですからしっかり洗いませんと」
椅子に座らせられてあさひに洗われながら眉を僅かに下げて不満そうにするうずしお。
幾度か逃げようとするのを抑えるために密着しながら丁寧に洗うあさひ。
「長い……報告書、書かないと……だから……」
「なら!尚更しっかりと身を綺麗にしなくちゃダメです!お風呂にもしっかり十分は浸かりますからね!大体、潜水艦娘は日頃から潮臭いって問題になっているんです、これは鎮守府みんなの総意でもあるんですからきっちりしなきゃダメなんです!」
海から上がってそのまま鎮守府内に入ろうと思っていたうずしお。さすがに思う所はあったのか抵抗をやめてあさひのなすがままに洗われる。
一通り洗い終わり普通の風呂に二人して浸かる。
何故かあさひの膝に乗せられて抱きつかれるような体勢のうずしお。
「あさひ……これは、必要じゃない、と思う…」
「…………」
「あさひ、離して……」
「無理」
「あさひ、のぼせる」
「……」
離れようとするうずしおを力を入れて無言で離さないという意思表明をするあさひ。
再度二度三度同じことを続けて、結局折れたのはうずしおだった。
時々、あさひはこうなる。本人が満足するまで解放はされない。
うずしおは、諦めることにした。こうなったらどうしようもない。
もはや、髪をいじられておさげにされようが団子にされようがあさひの成すがまま、好きにさせた。
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「で、こうなったと?」
「は、はい」
「う〜………」
あさひ本人が理性を取り戻した時には、うずしおは完全にのぼせた状態で慌ててお風呂から上がり、何とか冷やそうとしたものの、結局行動不能になってしまった。
「災難だな、うずしお……あー、とりあえず司令官には事情を伝えとくからあさひは看病してやれ、変なことだけはするなよ?」
「はい、わかってます……」
直属の上司であるいずもの目は疑念に溢れていて全く持って信用していなかった。