正直1年前の俺は担当の専属アシスタントになるとは思わなかった。
とりあえず出社して上司のカイさんに原稿を渡す。
「……はい、今週の原稿はこちらです。どうぞお納めください」
「おお、すまんね。よくドールの連載を毎回安定させられるよな」
俺が担当している作家さんはドールという…平たく言えば今人気の作家さんだ。毎週の連載が不透明であり、また出た時になると単行本一巻分の原稿を渡してきたりととても不安定な作家だった。原因はアシスタントを雇わないこと。
「ってかあの人は普通にアシスタントがいればいいと思うんですけど」
「それがな…」
カイさんは頭をポリポリとかくと、話し始めた。
「…生活能力が壊滅的だろ?」
「はい」
俺は最初に原稿を受け取りに行った時、ゴミの洗礼を受けた。今は俺が全部片付けたからまだある程度は入れるようにはなっているが、普通はあんな場所は入らん。
「それに、あの人めっちゃ気分屋なんだよ」
「はぁ…」
あの珍獣が?俺が見てる時ベタベタひっつくか全力でこっちにベタ塗りの仕事放り投げて来るだけだぞ?
「あ、その顔は信じられないって顔してんな?」
「はい。別に普通じゃないんですか?」
「違う違う。あの人、気に入らない人には初対面でもお構い無しに顔にインクで☓を書くのさ。それも、容赦なく服にも飛び散らされる」
「あぁ、なんなら服に付くと取れないですよね。結果としてファッションとして使えてるんですけど」
「ほう、そりゃあいいじゃねえか」
バシバシとカイさんに背中を叩かれる。
「それだけあいつに好かれてるってことさ。少なくとも、あいつから1年間連載の原稿とってこれてたのはお前しかできない。胸を張りな」
「……はい!」
「あぁ、そうだ。今日がなんの日か知ってるか?」
「……少なくともドールさんの誕生日ではありませんね」
「おいおい、いきなりドールのことか。今日はお前の入社一周年記念兼エイプリルフールだ」
そういえばそんな気がする。なまじ1年間が濃密過ぎて普通に忘れていた。
「てことで嘘ついてこい」
…という命令をされて帰ってきたドールさんの家。
「今日はありがとうね、アッシー君」
「別に大丈夫ですよ、いつものことです」
感謝されると同時に酒の入ったグラスを渡される。
「ほら、今夜は飲み明かすよ」
「あ……はい」
さて、困ったことに酒を飲んで上機嫌になっている。カイさんからの悪ふざけをやるなら今がちょうどいいだろう。
「先生」
「ん〜?なんだいアッシー君?襲いたいならいつでも襲ってきていいよ」
「なに言ってるんですか、先生」
俺はとりあえず佇まいを正し、これが真剣な話…のように見せかける。
「先生、俺は明日から別の担当になります」
「………は?」
☆
うん、これは今日がエイプリルフールだからこその嘘だとわかっていても苛つくなぁ…ああ、そうだ。逆ドッキリでも仕掛けようか。
「あれ…おかしいな?私の担当アシスタントが君以外になったら、連載止めるって連絡したはずなんだけどな…それにさ、昨日私が書いた連載のところの一言コメント欄にこの度結婚します、って書いた筈なんだけど?それに、君の筆跡を真似て君の両親に結婚しますって連絡したんだよ。だから君には私と結婚してイチャラブの結婚式を挙げることしかできないんだよ?」
言葉を飛び散らせて彼の思考を奪う。
「……え?」
ビンゴだ。絶対にエイプリルフールの嘘だね。でもさっき言われたことをされたら困るからなぁ…
「さて、そんな状態まで追い詰めてはいるけど…アッシー君はさっきの発言は本当なのかな?」
「嘘でした」
アッシー君は土下座した。やっぱり嘘だとわかってほっとする。
「う〜ん…ごめんで済むなら警察は要らないよね。まあアッシー君、ちょっとやりたいことあるから来て」
「はい」
私はアッシー君にすら入らせていないマイルームに引っ張っていく。
「……これは?」
「全部君だよ?」
アッシー君が驚いているのを見つつ、私のコレクションを自慢。
最初にゴミだらけでやってきたアッシー君。
部屋を掃除して満足げな表情のアッシー君。
初めて原稿を受け取って笑顔なアッシー君。
アワアワとしてパニックな時のアッシー君。
全部、全部、私が写真を撮ったアッシー君。
その中に、本物のアッシー君。
「………これ………」
彼が写真をめくると細かく書かれている文字。
「あ、ただの日記だから気にしないでいいよ。一週間毎につけてるんだけど日付がわかんなくなったりとかするからね、しょうがない」
「そ、そうなのか」
肝が座ってるなあなんて思いつつ、本来の目的の部屋へと彼をつれこむ。
「あ、この部屋見せたかった訳じゃないから。ほら、奥に扉があるでしょ?」
「はい」
「そこに入って」
私は有無を言わさずにぎゅむぎゅむ押す。
「ちょっ、入るからやめてください」
そういうとアッシー君は部屋に入る。何もない、私みたいな小さな白い部屋。
「この部屋は…?」
「私による、私のための、色を付ける部屋。さて、私のアッシー君はどんな色に染まるかな?」