「ミフィ……か、既ににその呼び名で呼ばせているとは、どうやらミフィリアには随分と気に入られたようだな勇者殿よ」
「お父様っ!」
にやりと顔を歪ませミフィのお父さんが話すと、顔を真っ赤にさせたミフィが叫び言葉を遮る。
見た目は中々に厳つくてガタイの良い人だけれど、実はそこまで怖い人じゃないのかな?
身構えていた此方の気勢を削ぐようなそのやりとりが微笑ましくて、俺もつい自然に俺も笑っていたんだ。
もしもこれすら計算付くならば中々の策士とも言えるだろう。
「おっと、これは失礼した。私はアドルフ・グランセウム。このグランセウム王国を先祖代々から受け継ぎ今も尚守っている物だ」
ミフィは頬を朱に染まらせて未だに機嫌が悪そうではあったが、なんとかアドルフ王は宥める事に成功したのか俺に話しを戻してきた。
そこで一旦言葉を切ったアドルフ王は、精悍な顔立ちをニヤリと悪戯小僧が何かを思い付いたかのような表情を浮かべてこう続けた。
「メイドから話を聞いているよ、何でも素手で壁を打ち崩したとか……」
「あ、ははっ……」
やべぇ、やっぱ怒られるのかな? 俺金なんか持ってないから弁償出来ないんですけど……。
「壊した壁の補修は一体誰がこなしてくれるのかねぇ? そこの所聡明な勇者殿はどのようにお考えか?」
ジロリと紛うことなき王の眼光に射抜かれた俺は、ただただ全身から冷や汗を流すだけで弁解の為の二の句を紡ぐ事すら出来なかった。
完全にアドルフ王の纏う雰囲気に呑み込まれてしまったのだ。
俺が硬直し、頼みの綱でもあるミフィからさえも救いの手が差し伸べられなくて数秒後、フッとアドルフ王が唐突に厳めしい表情を崩すと笑みを浮かべる。
正直何が何だか分からない。
「いやはやすまんな、少しばかり興に乗り過ぎたようだ。ミフィリアの視線が鋭利な刃のようにすら感じるよ」
そこで俺はようやく気付いた。
何をやっているんだこの人はと言わんばかりに目を細め、じーっとアドルフ王を見上げる隣の彼女の存在に。
どうやらミフィはミフィでずっと抗議の行為を表していたらしい。隣の俺はそれ所ではなく全く気付かなかった訳なのだが。
「ゴホン……何はともあれ言い伝え通りだ……。私達に手を差し伸べてくれて感謝します勇者よ」
突然のアドルフ王の行動に、俺は正直吹き出しそうになってしまうが何とか踏み止まって声を絞り出す。
「えっ? ちょ、頭なんて下げないで下さいよ、アドルフ王!!」
そう、この国の王であるアドルフ王はゆっくりと玉座から立ち上がると、本当にいきなり頭を下げてきたのだ、しかもよく見れば俺の隣に立っていたミフィも。
こんなただのゲームとアニメと漫画がちょっと好きなだけのほとんど卓越した能力すらない一介の高校生に、一国の主と姫が頭を下げるなんて誰が想像出来ただろうか……。
「ふふっ済まないな、どうやら逆に気を使わせてしまったようだ。それと私のことはアドルフと呼び捨てで結構だ勇者よ」
ゆっくりと頭を上げたアドルフ王は精悍な顔つきの中に、どこか気品の漂う笑みを浮かべてそう言った。
「そんな呼び捨てなんて……せめてさんづけをさせてもらいます。それとアドルフさん、俺のことは光と呼んでください、勇者なんて呼ばれるとこそばゆいし、慣れてないんで……」
はにかみながらも提案しらすぐにアドルフさんは了承してくれた。思考回路が柔らかく、何かと融通してくれる人で本当に助かったよ。
「さて……と、早速だがヒカルには此方が用意した渡さなければならない物が二つある」
二つ? ミフィの言ってた聖剣は予想していたがそれだけじゃなかったのか?
俺の表情から考えを悟ったのかどうかは分からないが、アドルフさんは微笑み、脇に立って待機していたアニューではない人間のメイドに例の物を持ってくるようにと命令を下していた。
待つ事数分。
先程アドルフさんに命令されて出て行ったメイドさんが台車に赤い布を被せて再び現れ、台車を俺の前に止め一礼すると、すぐに定位置であろうアドルフさんの傍へと戻っていく。
俺の前に置かれた存在感をこれでもかとばかりに振りまく台車の上の赤い布に覆われた物品。
そして、それに視線を釘付けにされている俺と、それを見て微笑んでいるミフィとアドルフさん。
此方の反応を待っているのか、ちらりとアドルフさんの方を伺っても何も言う様子は無く、俺は我慢しきれずに震えの隠し切れない声調で問いかける。
「あの、これ……」
「ああ、見てごらん」
俺の言葉を待っていたらしく、俺が全ての言葉を告げるよりも遥かに前に、アドルフさんからの直々の許可が下りる。
「では……」
「きっと気に入ると思いますよ?」
ミフィの言葉を背に受け、早鐘を打つかのように鼓動を強める心臓を無視して赤い布に手をかけ……一息に取り払った。
「これは剣と……ネックレスか?」
布を取り払った台座の上にはやはりというか聖剣らしき剣が置いてあった。
黄金に輝く柄の上にそびえる鍔は刃に向かって傾斜しており、その鍔の真ん中には血のように真っ赤で吸い込まれるかのような不思議な光を宿す宝玉……恐らくルビーとはまるで異なるであろう宝石が埋め込まれていた。
刃の幅も目測だが10cm程はある、刃は混じりけの無い白銀に輝いて、自ら洗練された輝きをアピールしているかのように美しい両手剣だった。
「綺麗だ……。でもこれ……鞘が無いけど?」
名工の手がけた工芸品よりも圧倒的に勝るであろう美しい剣に見惚れながらも、ある一つの事に気付いたのだ。
そう、この台座に置いてあるのは抜き身の剣となんの変哲も無い先端にプレートが付いてるシルバーチェーンのネックレスだけだ。どこを見ても鞘が無い。
「ヒカル、その聖剣を手に持ってみなさい」
鞘を探す為にキョロキョロしている時、まるで諭されるかのようにアドルフさんに指示された俺は、意味も良く分からず黄金に輝く柄に手をかけて持ち上げた。
俺の身長とあまり変わらない位の両手剣の割にはあまり重く感じないな……いや、身体能力が強化されている今だからこそそう感じているのかもしれないのかもだけど。
初めて剣を持った俺が感慨深げに剣を見つめながら持ち上げるとフッと右手が握っている物の感触のが無くなったのだ。
右手に握っている物=聖剣
…………ハィィイ!?
「えっ!? ちょっ、まっっ! 聖剣消えたぁぁぁぁあああ!!?」
頭が正常に働かない、そんな俺に様子を見ていたアドルフさんの怒声が重なった。
「なんだとっ!? 貴様ッ!! 聖剣を無くすなど死罪だっ!!」
「そっ、そんなぁ……」
俺、こんな馬鹿みたいな意味も分からない出来事で死んじまうのか……モンスターと戦う以前の問題だよ……。
「お父様、いい加減に悪ふざけが過ぎますわ!! ヒカルがショックを受けて死んだ魚のような目になって硬直していますよっ!」
視界が薄れ掛けてきた時、ミフィが珍しく怒ったような口調でアドルフさんに訴えかけた。
え? 悪ふざけ? つーことは俺死なないで済むの? デッドエンド回避?
「すまんすまん、ヒカルの反応が面白くてつい悪乗りしてしまった」
おいいいぃぃいいいっ!! ふざけんな! こちとら数年以上は寿命縮んだよ! 王が冗談なんて言うな、お茶目なことせんでええわっ!!