「あんた……見た?」
俺の目線から今の自分の状況を目の前の少女が理解したのか、声を震わせ足をすぐに閉じ、何処か凄みの様な物が感じられる程強い眼力で俺の前にいる金髪の少女はこちらを睨んできた。
「あ、いや……そのっ」
体を小刻みに震わせている彼女を見て、このままでは不味いと直感的に悟った俺は、どうにか弁解しようと口を開くも、情けない事に口がうまく回ってくれない。
この出来事が唐突過ぎて未だに俺は立ち直れていなかったのだ。
「この馬鹿! 変態っ!! 人を突き飛ばしておいてどこ見てんのよ!! 普通大丈夫ですか? とか、すいません! とか言うもんでしょうが‼︎」
彼女の口からマシンガンの如く容赦無い言葉が乱射され、俺に突き刺さる。
いや、確かに見ちゃったのは悪かったし、後ろ向いて歩いてたり、すぐに謝らなかったのは悪いとは思うけど、初対面の奴にここまで言うか普通!? てか口悪っ!
青い瞳を吊り上げ、凄い剣幕で捲し立てる彼女にたじたじな俺は、ミフィに助けを求めるべく周囲に視線を彷徨わせる……が。
どこにもいねぇ……。
ついさっきまで一緒にいた筈のミフィが、周りの何処を見回しても居ないのだ。
「この変態! 挙動不審にキョロキョロしてないでサッサと道を開けなさいよ! あんたのせいで勇者とか言ってるふざけた奴を見れなかったら絶対に許さないんだからね!!」
「ご、ごめん……」
立ち上がった彼女はパタパタとスカートに付いた埃を払うと、俺にそこを退けとばかりに手でジェスチャーしてきた。
「な、なんだったんだ一体……」
これ以上事を荒立てたく無かった俺は、すぐに立ち上がって道を開ける。
人形のように精巧な顔立ちの少女は、すれ違い間際、忌々しそうに此方を一瞥していたが、俺は見なかった事にしてスルーする。
この世界に留まっていれば、俺のスルースキルも相当強化されそうだと思った瞬間であった。
「……ライト、大丈夫でしたか?」
ぼんやりと人の波に消えていく少女の姿を眺めていると、どこから現れたのか、ミフィが俺の隣に立ち心配そうに聞いてきた。
「あっ、ミフィ……まあなんとかね。でもさっきはどこに消えてたんだ? いきなり居なくなってたからビックリしたよ」
「実はさっきの子、学園の友達だったので少し隠れさせてもらいました……根は優しい子なのですが、少しばかりハッキリ言い過ぎてしまう所があるんです。今回の所は許してあげてくれませんか?」
あれで根が優しい……だと? どんな冗談だよそれ。
さっきの会話だけではそんなもの、一欠片も感じなかったんですが?
「んっ……まぁ今回は俺の方にも非は有るからな。許さないとかそんな事はないよ。それよりも、つーことはあの子が着てた服装は学園の制服なのか?」
「ええそうですよ、同じクラスになると思いますので仲良くしてあげてくださいね?」
いや、流石に無理でしょ……最初の印象悪すぎだし、幾ら此方に非があるとはいえ、初対面なのに変態扱いだぜ?
仲良く以前に対等な関係になれるかどうかすら怪しいぞ?
「まあ善処してみるよ……」
俺はミフィのお願いに対して、ただ苦笑いを浮かべることしか出来なかった。
「そろそろ本当に急がないと不味いですね。ライト、急いで行きましょう!」
「あいよ!」
元来たメインストリートを、脇目も振らず一気に駆け抜けた俺達はようやく王城の側まで辿り着いた。
「うっわ……引く程凄い人の量だな……」
出て来る時はまるで人集りなど無かったのに、今では物凄い人数の人達が王城前の広場に集結している様子に、俺は驚きを隠せないでいた。
「みんなライトを見に来たんですよ? 詳しい情報は国民達には伝えられていませんが、ここ最近魔物が活発化してきていて、国民達も不安に思ってきているはずですから」
ミフィのその言葉を聞いて、俺はこの世界での存在意義を再確認したのであった。
「さて……正面からはとてもではないが入れませんね。裏口から行きましょう、着いてきて下さい」
「わかったよ」
俺はミフィの後に続いて元来た道を少し戻り、迂回するように大回りして城内へと入るのであった。
城内へと入れたミフィは、ようやくフードマントを脱げた事でどこか清清しい表情を浮かべている。
「では急ぎましょうか」
ミフィの返事に頷き走り出そうとしたその時だった……。
「止まれっ!! 貴様何者だ! 今すぐ姫様から離れろ!」
怒号のような女性の声が真後ろから聞こえ、俺とミフィは同時に足を止めて振り返った。
そこに佇んでいるのは抜き身の剣を構え、銀色の甲冑に身を包んだ女性のアニュー。
頭には白よりもどちらかといえば銀色っぽい色の犬らしき耳が生え、耳と同色の尾が腰の影からちらちらと見えた。
「姫様、危険です! 下がってください!」
何が何だか理解がまるで追いついていないが、相手が抜き身の剣を此方に向けていることから、俺が命の危機に晒されていることだけは理解できる。
「……っ!」
すぐにアドルフさんに教えてもらったようにネックレスに能力を解放するように祈ってみる事にした。
すると、不思議と体全体に力が漲り、体が軽くなったような感覚を得る。
「ダメっ‼︎」
「賊め、覚悟しろッ!!」
悲鳴のようなミフィの声は、目の前の女性が放つ勇ましい言葉により掻き消され、その勢いを損なわないように床を蹴るアニューの女性。
真っ直ぐに俺へと剣を構えて向かってきた彼女に対抗する為、俺は右手にデュランダルを呼び出し、それをしっかりと両手で握る。
「チィっ! あくまで歯向かうつもりか、ならば容赦はしない!」
っ! 疾い‼︎
低い姿勢から一息で間合いを詰めたアニューの女性。
これがアニューの身体能力の高さなのか、この人だからこその速さなのかは分からない。
ただ、あの一瞬で能力を解放していなければ俺には到底対応しきれてはいなかったであろう。
黄金の柄をしっかりと握り、下段から迫る剣の軌道を見極めた後、俺は彼女の剣を弾くつもりでデュランダルを横に振り抜いた。
「なっ!?」
「はっはは……」
結果から言おう、剣の軌道を合わせる事には成功した。
その直後に随分と予想外な出来事が発生した訳だが。
『切れ味の鋭さデュランダルに勝るもの無し』
アドルフさんの言葉が自然と俺の頭に浮かんでくる。
剣を……叩き切っちゃったよ。
「貴様……ッッ!」
ギリッと犬歯を剥き出しにして怒りを露わにして見せた女性は、折れた剣を投げ捨て一度距離を取ると、何処からともなく俺がデュランダルを呼び出して見せたように透き通るような綺麗な青い片手剣を出現させ、右手に握る。
まるで仕切り直しだと言わんばかりの構えと表情だ。
「剣を収めなさいラヴィニア・ミルフォード! その方は私が召喚した勇者様ですよ?」
「……ッ。 この何の変哲もない男が勇者様だと仰られるのですか?」
戦いを遮るように通路に響いたミフィの声に、ようやく目の前の女性が動きを止める。
何の変哲も無いってなんか傷つくな、事実ではあるけど……。
「そうです、この者が持つ聖剣デュランダルが何よりの証拠です」
俺の握るデュランダルをじっくりと眺めた後、目の前の女性は構えを解き、剣が空間に溶けるように消えてしまう。
どうやら此方の誤解は解けてくれたようだ。
「なるほど、納得です。勇者様、ご無礼を働き申し訳ございませんでした」
頭を下げ、本当に申し訳なさそうに謝罪をしてきたので俺もデュランダルを消し、口を開いた。
「いや、いいよ。でも今度からはミフィの言葉にちゃんと耳を傾けてくれないかな? これじゃあ命が幾つあっても足りないよ」
ネックレスに能力を抑えるように心中で命令しながら、笑いつつ軽い気持ちで言ってみたが、目の前の女性……ミフィ曰くラヴィニアさんは恥ずかしさからか顔を真っ赤にして俯いていた。
「そっ、それよりも勇者様、そろそろお時間の方が危ないと思うのですが」
どうやらこの騎士様はこの後行う事を知っているからか、勇者である俺がこんなとこに居ていいのか疑問に思っているようだ。
「大変! もう殆ど時間がありません‼︎」
「やば、学校じゃないんだから遅刻じゃ洒落にならんな。急ごうミフィ!!」
ミフィの様子を見るに本当に時間はギリギリでタイムリミットまであと少ししかないようだ。立ち話してる余裕なんてほぼ皆無である。
「それじゃあ失礼しますねラヴィニア」
「ラヴィニアさん、また今度ゆっくり自己紹介しますね、それじゃ!」
「行ってしまわれたか……」
ドタドタと走り去って行く二人組を、取り残されながら眺めていた騎士はぼそりと呟く。
姫様のあんなに楽しそうなお顔は久しぶりに見たかもしれない……走り去っていく二人の背中を見送ってふとラヴィニア・ミルフォードはそう思った。
「しかし私の剣を叩き切るとはな……」
構えも全然なっちゃいない素人だと言うのに……だ。
「ふふ……面白くなりそうだ」
…………
「お待たせしましたぁっ!!」
「おお、ようやく来たかライトよ」
広場を一望できるベランダのようなところの前の部屋でアドルフさんが俺の事を待ち構えていた。
「さあこれを着て民の前に出るのだ、大丈夫聖剣を出す所を見せるだけでいい」
手渡された漆黒のフードつきローブを手渡され、俺はそれをすぐに着用しフードを目深に被った。
確かにこれなら体格も多少は誤魔化せるし、身バレの心配も少ないかも知れないけど、なんだか大変怪しい人だなこれ……。
「さあ、頼んだぞ」
何とも言えない複雑な気持ちを噛み締めながら、ゆっくりと頷いた俺は、緊張から震える足に鞭を打ってベランダに向かって歩き出す。
外に出た瞬間空気が変わった、視線が突き刺さるように俺に降り注ぎ騒がしかった民衆の声は次第と小さくなっていった。
やばい、めっちゃ緊張してる。
みんなが俺の事を見ているのが嫌でも分かる。
心臓がありえないほどに鼓動を早く刻み体中に血液を送り込みやがるせいで頭がぼうっとしてきやがった。
大丈夫、さっき出したみたいに同じようにやればいいだけだ、簡単じゃないか。
俺はゆっくりと右手を虚空に突き出し集中した。
来い、デュランダル!
右手の剣の形をした聖痕が輝き、まばゆい光を放ったと思えば右手には大きな刃を日の光を浴びて輝かせているデュランダルが握られている。
「うおおおおおぉぉおおおおぉおっ!!」
まるで地鳴りのように響く観衆の歓声をその身に嫌というほど浴びる事となった。
なんつーか、凄い迫力だな。
地上からチラチラ見える光は誰か写真でも取ってんのかな?
正直、何が何だか分からないままこの場に居る気がするけれども、今この瞬間、俺がどれ程この国の人達に必要とされているのかを実感出来た気がする。
今はまだ知り合いも殆んどいないし、大切な物だって何一つこの世界には無い。
それどころか元の世界にも本当に大切と呼べるような物は無かったような気がする。
惰性で生きていた、そんな人生だったかもしれない。
「それでも……この世界なら本当に大切な‘何か’を見つけられるかもしれない。だったらさ……」
いつか得られるかもしれない大切な物を取りこぼしてしまわない為にも強くならなければならない。その為にも……
「俺がこの国の剣になってやる……」
デュランダルを見て小さく呟く、誰にも聞こえない声量で。
それは、この世界で初めて自分の意思で決定した、俺の強い覚悟の現れであった。