【悲報】聖剣を引き抜いたヒキニートのワイ、魔王を討伐するまで家に帰れない 作:ハギワラ
「支配者は、絶対的な存在でなければなりません」
閑静な部屋の中で、母上は淡々と言葉を紡ぐ。
その瞳は、膝をつく私の姿を捉えていた。
何処までも冷ややかな視線が突き刺さる。
息の仕方を忘れてしまいそうになりながらも、私は母上から目を離さなかった。
「民衆に軽んじられれば、そこで終わり。一度失った求心力は、元には戻りません」
「……承知しております」
「そうですか。では、貴方は理解している上で……他の御三家の人間や、ただの平民に遅れをとっているのですね?」
底冷えするような声。
皮肉めいた言い回し。
母上の言葉には、確かな怒りがあった。
シドやクーリャ、ミュルフ。
同世代の有望株と比較して、明確に劣ってる私に対する侮蔑の感情が込められていたのだ。
「申し訳ありません。必ずや、挽回してみせます。エストワール家を継ぐ者として、相応しい結果を残してみせます」
「これ以上、私を失望させないで下さいね」
「……はい」
焦燥感が、私の心を蝕んでいく。
今のままでは、ダメだ。
もっと、より一層、努力しなければ。
支配者として相応しい人間にならなければ。
そうしなければ、私には、価値なんてない。
私に与えられた役割は、エストワール家を繁栄させる事なのだから。
「497……498……499……500」
騎士養成学校の休憩時間。
騎士候補生の自主訓練のために開放されている中庭で、剣の素振りをする。
たった数十分であっても、積み重ねれば莫大な時間となる。
こういったスキマ時間は、疎かにしがちな剣術の訓練に充てていた。
国外の情勢の把握、エストワール家と縁深い王国騎士との交流、王族と親交を深めるパーティ。
学校が終わっても、やるべき事は多いため、余暇時間は自己研鑽に充てたいのだ。
「喰らえっ、平民! 私の新技、大旋風〜!」
「いやん! とんでもないわ、この魔術! 竜巻の中に見えない風の刃があって、服が破けちゃう! みんなやめてっ、オレを見ないでぇん!」
「きゃははっ! みっともなーい! そのまま堕ちちゃえ、ダメダメになっちゃえー!」
そんな私の隣で、シドとミュルフが決闘する。
ミュルフが放った大規模な竜巻に巻き込まれて、シドの衣服がびりびりに破けていく。
空中に、全裸の少年がぷかぷか浮かぶ。
……いったい、何を見せられているんだ、私は。
「…………」
不意に物陰を見ると、見知った人物がいた。
目を血走らせたクーリャが、スマホを片手にシドの写真を撮りまくっている。
彼女も、何をしているのだろうか。
薄々勘づいてはいたが、シドやミュルフと仲良くなりたいのだろうか。
だとしたら、話しかければいいのに。
クーリャは、シド達と目を合わせない。
会話すらせず、ストーキングしているのだ。
「本当に下らないですね。マナ様、午後の授業が間も無く始まります。そろそろ、移動しましょう」
「……ああ」
いつの間にか、すぐ側にいた取り巻きの少女に声をかけられる。
本音を言うと、シドとミュルフの決闘を見届けたいが……そのような振る舞いは、許されない。
エストワール家の次期当主は、興味本位で行動したりしない。
常日頃から自分を厳しく律し、人々の模範であり続けなければならない。
「あいつらは、御三家に相応しくありません」
「そうだな」
「頂点に君臨するのは、マナ様であるべきです」
「その通りだ」
「我々は、マナ様の忠実な僕です。どうか、我らを導いてください」
「任せてくれ」
取り巻き達に囲まれながら、歩みを始める。
繰り出されるおべっかに、生返事する。
それでも、彼らは止まらない。
少しでも、私に気に入られるために、思ってもいない賞賛の言葉を述べていく。
……私は、知っている。
取り巻き達は、妥協していることを。
ミュルフやクーリャに袖にされたから、最後の御三家である私に媚を売っていることを。
騎士養成学校に入学した当初、取り巻き達は私に見向きもしていなかった。
それも、そうだろう。
入学試験において、私は同じ御三家であるクーリャに完膚なきまでに叩きのめされた。
ボコボコにされて、格付けされた。
故に、取り巻き達はクーリャに群がった。
御三家の力関係が覆る事を先読みして、彼女と親しくなろうとした。
「……私に、話しかけないで」
けれども、あえなく撃沈した。
クーリャは誰も寄せ付けようとしない。
御三家の責務の一つである派閥作りを放棄して、一人で行動することを選んだのだ。
そんな彼女を、私は愚かだと思った。
人間に向き不向きがあるように、騎士にも己の領分がある。
武勇に優れる者もいれば、諜報活動が得意な者もいて、顔が広い者もいる。
そういった者達と密接な関係を築いておく事は、御三家の家名を背負う者として必要不可欠なのに。
「シド以外の雑魚が、近寄ってこないで〜」
それは、ミュルフも同様だった。
彼女もまた、取り巻きの擦り寄りを良しとせず、シドとの決闘に拘り続けた。
あくまで、自分の感情を優先させたのだ。
だが、そのお陰で、人脈を作れた。
今や、御三家以外の騎士候補生の大半は、私に媚び諂い、忠誠を誓っている。
王族とのパイプも形成済みで、現役の騎士との関係性も極めて良好。
唯一の不安要素は、実力だけ。
それ以外、不足などない。
平民の出のシドは論ずるに値しない。
奴の父親が騎士団長を拝命するかもしれないという噂はあるが、きっと眉唾だ。
血統を何よりも重視する上層部が、平民に重要なポストを与えるはずがない。
私のキャリアは約束されているようなモノだ。
何も、問題はない。
エストワール家を背負う者として、すべき事は不足なく行っている。
それなのに、どうして。
(私の心は、満たされていないのだろうか)
何にも縛られず、自由に振る舞う彼らを。
シドや、ミュルフや、クーリャの姿を見て。
……羨ましいと、思ってしまうのだろうか。
「あー、腹減った。持ってきた軽食、もう食べちゃったから、誰か分けてくれよ」
「流石、脳みそスカスカだねー。お腹ぺこぺこのまま、頑張って歩いてね〜」
「…………………」
そして、何故。
私は、奴らと行動を共にしているのだろうか。
後方でぎゃあぎゃあ騒ぎ立てるシドとミュルフ、二人に話しかけてもらうのを待つクーリャに見向きもせず、着実に歩みを進めていく。
もう、ツッコむ気力すら湧いてこない。
因みに、今回は訓練ではない。
私達だけに与えられた、特別な試験。
その内容は、実際の騎士の任務と同じように、指定されたポイントの魔物を討伐するといったもの。
普段の訓練とは異なり、命の危険がある討伐任務にも関わらず、三人の様子は変わらない。
いつも通り、お気楽なままである。
「このキノコ喰えるかな? なんか、紫色で怪しげな雰囲気があるけど」
「ステータスオープンのスキルによると……すっごく美味しいらしいよ〜! 副作用も無いって!」
「……ぜったい、うそ」
「間違っても食べるなよ、シド。携帯食料で良いなら、私の物を分けてやるからっ!」
「マジで!? ありがとうな、マナ! 世界で一番、愛してるぜぃ!」
私、引率の先生だったっけ?
と、思ってしまうくらい、アホ三人組が自由奔放すぎて手がつけられない。
……もしかして、押し付けられたのだろうか。
他の同級生や、騎士養成学校の先生では、馬鹿どもを抑えられないから。
私をお目付役に選んだのではないだろうか。
そんな考えが、脳裏をよぎる。
(流石に、ありえない……と思いたいなぁ)
同世代の中でも突出した実力がある私達四人は、筆頭部隊と名付けられて一括りにされている。
将来有望な若手として、期待を寄せられている。
そうして、今回の試験のように。
普通の騎士候補生には与えられないような、高難易度の任務を任せられているのだ。
だから、奴らを統率するリーダーの役目を与えられたのは……面倒事を押し付けるためではない。
御三家の頂点に立つエストワール家の次期当主である、私への期待の表れに違いないのだ。
そう、自分に言い聞かせる。
でないと、気が狂いそうだったから。
「貴様ら、任務の概要は頭に入ってるだろうな」
「……むー」
「…………」
念の為、質問を投げかけると、ミュルフは不機嫌そうに頬を膨らませる。
クーリャに至っては、私を睨みつけている。
本当に、なんなんだ、こいつらは。
何が、癇に障ったのだろうか。
考えてみるが、心当たりはない。
私、何も悪い事してないよねっ!?
「オレは、知ってるぜ。山奥の村でオーガが発見されたから、そいつをぶっ殺す……だろ?」
「……その通りだ。偉いぞ、シド」
「何だよ、急に。気持ち悪ぃな」
この時ばかりは、シドが輝いて見えた。
今の状況で前のように、分からないと言われたら、私の心が耐えきれない。
目的地は、もうすぐだ。
救援要請を出した村に到着次第、村長からオーガの情報を収集する。
次いで、オーガの住処に向かって、人々の安寧を守るために討伐する。
幸いにも、馬鹿三人は強い。
たかが魔物一匹に遅れをとる事はない。
「安心しろ。貴様らは、私が導い、て……」
カッコいい決め台詞を口にして指揮を高めようとした瞬間、私のスキルが反応する。
フルオートで迎撃し、あらぬ方向に飛んで行ったソレは、勢い良く木に突き刺さった。
確認するために、ゆっくりと首を動かす。
単刀直入に言うと、ソレはナイフだった。
もしも、警戒心が強い私が「全自動防衛」のスキルを発動していなければ。
間違いなく、死んでいただろう。
「おいおい。最近のオーガは、器用にナイフを投げてくんのかぁ?」
「オーガにそこまでの知能はないでしょ。私か、クーリャを殺しに来た刺客だろうね〜」
「その可能性は、高い」
「いくら何でも、冷静すぎないか!?」
しかし、馬鹿三人衆は平然としていた。
イキがってる訳でもなく、見栄を張ってる訳でもなく、極めて自然体だったのだ。
ミュルフやクーリャの巻き添えになる形で、無関係の私が死にそうになったのに。
「あはは、ごめんね〜。でも、マナちゃんは強いから、大丈夫かなって」
「……巻き込んで、ごめん」
「い、いや、別に……この程度、エストワール家を背負う私からすれば、造作もないが」
どうにも、調子が狂う。
馬鹿にしたり、素直に褒めたり。
私の情緒はぐちゃぐちゃだ。
しかし、何故、クーリャとミュルフの命を奪おうとする者がいるのだろうか。
彼女達は、御三家の次期当主……と、そこまで考えて、ようやく理解する。
御三家は、歴史ある一族。
どの家も一枚岩という訳ではなく、同じ家名を持つ者同士で対立する事もある。
私の記憶が正しければ、クーリャは分家出身で、ミュルフに至っては平民の血が混ざっている。
御三家の中心に位置する本家の人間からしたら、目障りでしかない存在。
でも、だからといって、血の繋がった家族を殺そうとするだなんて。
(……ありえない、とは言えないな)
不意に、冷たい視線を向けてくる母上の姿が浮かぶ。
王国御三家の人間に、親子の情など存在しない。
あるのは、自身の家の繁栄のみ。
所詮、私は運が良かっただけだ。
本家の第一子として産まれて、同世代の子供達の中で、最も才能があった。
だから、蝶よ花よと育てられた。
エストワール家の人間に刺客を差し向けられる事もなく、平穏な生活を送れたのだ。
「刺客の人数は、10人。ステータスはそこそこって感じかな〜」
「シドとマナは下がってて」
クーリャとミュルフは、武器を構える。
刺客に襲われるのは日常茶飯事なのだろう。
彼女達は、荒事に慣れていた。
殺意を向けられても、全く怯まない。
……私は、二人が自由だと思っていた。
けれども、それは大きな間違いだった。
御三家の一員として産まれ落ちた以上、どんな人間であっても権力争いからは逃れられない。
それは、才能がある者なら尚更。
クーリャやミュルフも、御三家という血筋に囚われている人間だったのだ。
「水臭い事言うなよ。敵の数が多いんだから、味方が多い方がいいだろ?」
きっと、シドだって同じだ。
騎士養成学校内で唯一の平民というだけで、周囲の貴族からは目をつけられる。
謂れのない言いがかりをつけられて、舐められて馬鹿にされて蔑まれる。
それでも尚、明るさを失う事なく、自分のやりたい事をやっている。
(愚かなのは、私の方だったな……)
私だけが、苦労している訳ではない。
彼らにも、色々と事情がある。
そんな中でも、自分らしく生きている。
決して、他者に弱みを見せる事なく、自由を謳歌しているのだ。
「……フーハッハッハッ!!」
私は、高笑いする。
すると、全員の動きが止まった。
こちらに襲い掛かろうとしていた刺客は、揃いも揃って足を止めて。
「どうした急に」
「……こわ〜」
「恐怖で、狂った?」
アホ三人衆は、ドン引きする。
だが、関係ない。
そう、関係ないのだ。
私は、偉大な祖先の血を引く者。
他の御三家の人間や、平民にも出来ることが、出来ない筈がない。
私だって、自由に振る舞える。
エストワール家の当主として君臨しながらも、自分らしく生きる事が出来るのだっ!
「シドにだけ、いい格好はさせない。筆頭部隊のリーダーとして、私も戦おう」
もう、馬鹿三人衆を羨ましいと思わない。
妬んだり、僻んだりせず。
奴らが持っていて、今の私には無い「強さ」を、手に入れてみせる。
「……ほんとに大丈夫? 威勢はいいけど、足がぶるぶる震えてるよ〜?」
「無理は、よくない」
「心配すんな。お前がビビって戦わなくたって、他の奴に言いふらしたりしねーよ」
「だ、だだ、黙れっ! 私の身を案じる前に、自分の心配をしろっ!」
強制的に、話を終わらせる。
下らない無駄話をしている間に、状況は悪化してしまった。
知らず知らずのうちに増援が現れたのか、刺客の数は30人ほどに増えている。
「……そうか。なら、行くぞ、テメェら! 騎士候補生筆頭部隊、ファイヤー!!!」
「エストワール家、ファイヤー!」
「へー。マナちゃんって、シドのノリに乗っかるタイプなんだ〜」
「意外と、子供っぽいね」
「……っ! ミュルフ、クーリャ。貴様らは、後で、絶対に、ぶっ飛ばす……!」
クーリャとミュルフに揶揄われた私は、顔を赤らめながら走り出す。
三人衆と肩を並べて、剣を抜く。
こいつらは、碌でもない連中だ。
一緒にいるだけで頭が痛くなるし、問題を起こされると胃に穴が空きそうになる。
けど、それでも。
シドやミュルフやクーリャと一緒にいる時だけは、肩の力を抜く事ができた。
ここが、自分の居場所だと思えたのだ。
「見習い騎士なんて大した事ないと思ってたけれど。想像以上に、骨がありそうねぇ」
彼女は、遠巻きに見つめていた。
自分が差し向けた肉人形達と戦う4人の騎士候補生の姿を見て、ベロリと舌なめずりをする。
「もしかしたら……本物が、いるかもしれない。しっかりと、お出迎えの準備をしておかないと」
背中から、歪な形の翼を生やして飛び去った彼女は、全速力で帰路に着く。
口元を歪ませて、喜色を滲ませながら。
「ああ、もう我慢できない。今すぐ、あの子達の真価を確かめたいわぁ……!」
まだ見ぬ強者を求めている魔族の彼女は……粛々とおもてなしの準備を始めたのだった。
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