【悲報】聖剣を引き抜いたヒキニートのワイ、魔王を討伐するまで家に帰れない 作:ハギワラ
「ふふふ、遠慮は無用よ。じゃんじゃん食べて肥え太るがいいわぁ!」
「……感謝」
「あ、このお肉おいしそーっ。悪いけど、全部もらっちゃうね〜」
「おい! その肉は俺が狙ってたんだぞ、盗むんじゃねぇ!」
「…………」
一体、何が起きているのだろうか。
これは、本当に現実なのだろうか。
私達は今、討伐対象の情報収集のために、近隣の村を訪れた筈なのに。
「いい食べっぷりねぇ。お出迎えの準備をした甲斐があるわぁ」
目の前には、エプロン姿の魔族がいて。
村長の家で、私たちに料理を振る舞っていた。
「村長さん、ごめんなさいねぇ。食材を沢山お借りしてしまって」
「気にしないで欲しいですじゃ。どんどん、使ってかまわんぞい」
家の主人である村長は、端正な容姿を持つ魔族に対して、鼻を伸ばしている。
危機感など、微塵もない。
確かに一見すると、彼女はごく普通の少女に見える。
だが、彼女の背にはコウモリが持つ物に似た歪な形の羽が生えているのだ。
間違いなく、人間ではない。
「堅物そうな貴女も、遠慮なく食べなさぁい」
魔族は、私に料理を勧める。
敵意も害意もない、純粋無垢な瞳を向けながら。
そこで、私は……限界を迎えた。
「食べるわけ、ないだろうがっ!」
鞘から剣を引き抜き、魔族に向かって振るう。
すると、彼女は身を翻して、容易く躱してみせた。
「おいおい、いきなりどうしたよ。もしかして、気でも狂ったのかァ!?」
「……冷酷非道」
「急に剣を振るなんて。マナちゃん、こわ〜い」
「ひぃいいい! キレる若者ですじゃ!」
「黙れ、馬鹿ども! こいつは魔族だぞ! 貴様らはなぜ、警戒もせずにおもてなしを受けている!」
揃いも揃って非難してくる三馬鹿と村長に対し、私は声を荒げる。
……そうだ。
異常なのは、私ではなくコイツらだ。
刺客を退けた私達は、目的地に辿り着いた。
そして、今回の任務の討伐対象である魔物の情報を集めるために、近隣の村を訪ねてみると。
「ようこそ、夢と希望溢れる村へ! 歓迎するわぁ、可愛い子供達! 美味しいご飯に、楽しい見せ物。なんでもあるから、ゆっくりしていってねぇ。因みに、貴方達の討伐対象は既に殺してあるから、安心しなさい。その代わり、一つだけお願いを聞いてもらうけれどぉ」
待ってましたと言わんばかりに、私たちを出迎える魔族がいたのだ。
それも、満面の笑みで。
私達の討伐対象の首を踏み躙り。
真っ赤な瞳をキラキラと輝かせながら。
言わずもがな、怪しさしかない。
何故、私達がここに来る事を知っているのか。
何故、私達の目的を知っているのか。
これらの疑問がある以上、甘い言葉で私たちを拐かし、寝首を掻こうとしてるようにしか見えない。
しかし、三馬鹿は。
「よっしゃ! 誰かはしらねぇが、サンキュー」
「……美味しいご飯。楽しみ」
「めんどくさい討伐をしなくていいなんて、すっごくラッキー!」
あっさりと絆されてしまった。
……あまりにも不自然すぎるくらいに。
見知らぬ村長は知らんが、三馬鹿は馬鹿ではあっても、決して愚かではない。
普段はちゃらんぽらんではあるが、ここぞという時には真価を発揮する。
見るからに人間ではない容姿の魔族を前にして、警戒を解くなどあり得ないと断言できる。
きっと、魔族が行使した何らかのスキルの効果で、正常な判断力を失っているのだろう。
「いい加減に、目を覚ませ! 奴は魔族! 私達が討つべき敵だ!」
そう結論づけた私は、先祖代々受け継がれたスキルの一つである「精神浄化」を行使する。
「精神浄化」の効果は、精神に関わる状態異常の解除。
仮に、魔族のスキルが「魅了」に類するものであるならば、これで彼らは正気に戻る筈。
「……私は、何を?」
「頭いたーい! なんか、気持ち悪いよ〜!」
クーリャとミュルフの様子を見て、安堵する。
幸いにも、私の見立ては正しかったようだ。
恐らく、私達と出会った際に、魔族は「魅了」に類するスキルを行使した。
三馬鹿と異なり、私が正気を保っていられたのは「全自動防衛」のスキルが、魔族のスキルを弾いた故だろう。
「急にどうした、お前ら? つーか、本当にこの人は敵なのか? ……クソッ、俺はどっちを信じたらいいんだ!?」
「こんなに美しい少女が、敵な訳ないじゃろうが! たとえ魔族でも、儂は好きじゃ!」
そして、シドと村長は真正の馬鹿。
本気で魔族に絆されかけている。
救いようのない阿呆であるが、今は構っている余裕などない。
「あら、残念。私のおもてなしはお気に召さなかったみたいねぇ」
こともなげに、魔族は言葉を紡ぐ。
自身のスキルが突破されたことに対する動揺は、微塵も見られない。
寧ろ、想定内であるとでもいいたげであった。
「貴様。何の目的があって、私達の前に現れた」
「ふふふ、こわいこわい。お話を始める前に、場所を変えましょう? 何も罪のない村長さんを巻き込んだら……とっても、とても大変だもの」
「おお、なんてお優しいのじゃ。やはり、貴女こそ女神か……」
哀れな村長に対して、魔族は妖艶な笑みを浮かべる。
そんな彼女の姿を見て、私は……どうしようもなく、怖くなってしまった。
形容し難い恐怖を感じたのだ。
自分でも何故か、わからないけれど。
村から遠く離れた場所。
開けた土地で、魔族と対峙する。
剣や槍を携えて臨戦態勢を取っている私達とは対照的に、彼女は手ぶらで悠然としている。
「私はねぇ……貴女達が欲しいの」
「大胆な告白だな。俺のみならず、他の奴らも欲しいとは。悪いが、お前の気持ちには……」
「……シドは黙ってて」
「はい、すみません」
クーリャに諌められたシドの姿を見た魔族は、余裕ありげに微笑む。
それが、ひたすらに気味悪い。
相手はまだ、何もしていないのに、私はとてつもないプレッシャーを感じていた。
「私の持つスキルの一つに、相手の血を吸う事で、その人の力を吸収できるというモノがあるの」
次の瞬間、魔族はパンと手を合わせる。
何らかの攻撃の予備動作かもしれない。
そう考えた私が、スキルを発動しようとすると。
「お願い。ほんのちょっとでいいから、貴女達の血を恵んでくれないかしらぁ」
魔族は、ぺこりと頭を下げた。
とても丁寧に。
90度ほど腰を折り曲げて。
その姿を前にして、私は言葉を失う。
魔族がとった行動は、予想外だったから。
「……戦わない、の?」
「ええっ! 戦うだなんて、嫌よぉ。出来るなら、痛い思いなんてしたくないわぁ」
「それじゃーさ、村長を巻き込むって発言は何? あれって、これから戦いますよーって宣言じゃなかったの?」
「違うわよぉ。もう一度堅物ちゃんが攻撃を仕掛けて来た時に、村長の家の物が壊れるのがいやだったからよ。お世話になった人に迷惑をかけるのは忍びないわぁ」
「よ、世迷言を言うな! ならば、魅了のスキルを使う事なく、頼めばよかったではないか!」
「それは……ね。ちょっとだけ、ワンチャン狙ったというか。ほ、本当にごめんなさぁい! 魔が刺したのよぉ!」
私と、クーリャとミュルフ。
3人の質問に対して、懇切丁寧に答える魔族の姿に、威厳なんてモノは存在しない。
相当血が欲しいのか、必死になって頭を下げている。
はっきりいって、小物でしかなかった。
「……どうする?」
「分からん。俺は責任を負いたくないから、判断したくねぇ!」
「私も、シドと同じかなー。こういう時は、リーダーが決めてよ〜」
あいかわらず、最低だ……こいつらは。
普段は、私を弄り倒している癖に、こういう時に限ってはリーダー扱いしてくる。
めんどくさい事を押し付けてくる。
だが、元より、三馬鹿に最終決断を委ねるつもりなど毛頭ないので、都合が良い。
答えなど、初めから決まっている。
「悪いが、断らせてもらう。どんなことがあろうと、私達は魔族に利する行いはしない」
凛とした態度で、そう返答する。
この魔族が、善か悪か。
どちらでも、関係ない。
騎士は、魔族に手を貸したりしない。
故に、断固として断らせてもらう。
「……ぱちぱちぱち」
「ひゅーひゅー。マナちゃんってばカッコいい〜」
クーリャとミュルフの発言を耳にした私の顔は、みるみると赤くなっていく。
頼むから、黙っていて欲しい。
私は今、真剣に……。
「そう。残念だわぁ」
不意に、ピリッと何かが肌を刺す。
その刹那。
魔族の手から、一筋の閃光が走る。
「っぶね、ギリギリセーフ!」
私に直撃する寸前。
剣を手に、私の前に割って入ったシドが、閃光を弾き返す。
すると、パシャっと音を立てて、地面に血が滲んだ。
魔族の手から放たれたのは閃光ではなく、真っ赤な鮮血だったのだ。
「対話が無理なら、実力行使で」
ゆらりと蠢く魔族から放たれるプレッシャーが、みるみると増大する。
何処か、人間臭い少女は、もう居ない。
すぐそこにいるのは、明確な害意を持つ人の形をした化け物であった。
「魔王軍、『血衆』のヴァイオラ。貴女達の力、貰い受けるわぁ」
真名を告げた魔族。
化けの皮を剥がした彼女の姿を……ドス黒い、悪意に満ちた害意と直面する。
その瞬間、子鹿のように足が震え始めた。
自分の体のはずなのに、上手く制御できない。
これも、スキルなのだろうか。
そう思い『精神浄化』のスキルを行使するも、一向に効果がない。
震えて、震えて、一歩も踏み出せない。
「私とクーリャが、前に出るね」
「……シド、マナを宜しく」
なのにも関わらず、ミュルフとクーリャは躊躇する事なく、魔族に立ち向かう。
彼女達の手も、僅かに震えている。
私と同じく、恐怖を覚えていながらも、武器を取って強大な敵に立ち向かっている。
「おい。動けるか、マナ」
「はぁ、はぁっ、はあっ」
私も、戦わなければ。
騎士として、盾を構えねばならない。
人には、役割がある。
私には、騎士として生きる役目が。
騎士団長となり、体を張って民草を守り、影ながら王国を導いていく役目がある。
生まれながらに、そう定められている。
だから、立ち向かわねばならないのに。
「いいわ。とても良い。貴女達、最高よぉ!」
「……めちゃ強い」
「そーゆーの思ってても、口にしないの。ザコだと思えば、ザコになるっ!」
赤い閃光が、目にも止まらぬ速さで飛び散る。
間違いなく、まともに当たれば死は避けられない。
それでも尚、二人の少女は武器を振り。
「一発でも喰らえば即死だなんて。逆に燃えてきたぜ。俺、結構好きよ、クソゲー」
一人の少年は足手纏いを守る。
文句の一つも言うことなく。
……私は、動かなければならない。
守ることに特化したスキルを活かし、役に立たねばならない。
そうわかっていても、動けない。
私は、もうダメなのだ。
本性を表した魔族の姿を目の当たりにした瞬間、心が折れてしまった。
一度でも、ひび割れた盾は、何も守れない。
ただのおもりになるだけ。
役割を果たさない今の私に、価値などない。
「何故だ、どうして……」
こんなにも、違うのだろう。
何故、彼らは立てて、私は立てない。
彼らにあって、私にない物はなんだろう。
私も、決めたのに。
恨んだり、僻んだりせず。
奴らが持っていて、今の私には無い「強さ」を、手に入れてみせると、心に誓ったのに。
私だって、友達のために……。
「マナ、聞こえるか?」
「…………」
「お前は、逃げろ」
「……え」
いつになく真剣なシドの声に、つい反応してしまう。
何故なら、だって。
その言葉は、今の私にとって救いだったから。
「ただ、何もせずに逃げるんじゃねぇ。この事を、王国の騎士団に知らせるんだ」
「…………」
「平民の俺や、厄介者のあいつらの言葉じゃ動かないかもしれんが、普段から騎士団の連中に媚び売ってるお前の救援要請なら、騎士団も動かざるをえないだろ? これは、お前にしか出来ねー役割だ」
役割。
そうだ、これは私に与えられた役割。
今の私が、成さねばならぬ使命。
けど、いいのだろうか。
私の本心は、彼らと共に戦うことではないか。
「……責任重大だが、頼めるか?」
勿論、果たしてみせるとも。
魔族相手に総力戦を仕掛けて、全滅。
それが、最悪の選択。
足手纏いの人間が一時退避し、救援要請をする。
そうすれば、動くことすらままならない役立たずが一人減り、シド達の生存確率も上がる。
最悪の場合でも、強大な魔族の情報を王国に持ち帰ることが出来る。
これが、最善の選択。
どちらかを選べと言われて、前者を選ぶ騎士などいない。
誰もが、後者を選ぶと断言できる。
そう。
私は、騎士なのだ。
私欲のために動いてはならない。
非常に徹して、己の役割を果たすべきだ。
「ああ、任せてくれ」
そう言い残し、私は全速力で駆け出した。
先ほどまで、あんなに震えていたのに、もう微塵も震えていない。
まるで、自分の体が自分のものではないようだ。
決して、後ろは見ない。
騎士は、躊躇ってはいけない。
自らの選択に責任を持ち、最後まで役割を果たさなければならないから。
胸の奥に秘めた、本心から目を背けて。
騎士としての役割を言い訳にしながら。
無我夢中になって、無様に逃げた。
……やがて、全てが終わった。
結論から言うと、シド達は勝った。
魔族を討伐することはできなかったものの、撤退させることに成功したようだった。
騎士見習いの3人が、魔族を打ち負かした事は、瞬く間に王国中に広まった。
彼らは、英雄と呼ばれ、人々から讃えられた。
これまで、彼らを忌避していた人々も、手のひらを返すように態度を改めた。
対照的に、私の評判は地に堕ちた。
表向きは、冷静な判断を下した知恵者として扱われたが、大多数の人々は私を臆病者だと見做した。
「心の底から、失望しました。貴女にはもう、何も期待しません」
母上は、私と顔すら合わせなくなった。
「やっぱり、アイツは役立たずだったわね」
「なんらかのメリットがあると思って、付き合った時間が無駄だったわ」
私に纏わりついていた取り巻きは、蜘蛛の子を散らすようにいなくなった。
「貴様は、もう用済みだ。これから、顔を合わせる機会もないだろう」
地道に形成していた王族とのコネクションも消え失せて、私の努力は水の泡になった。
最後に。
「筆頭部隊は解散する」
「…………え」
「先の事件が、色々と問題視されてな。学生を危険性の高い任務に向かわせるのは……」
シド、クーリャ、ミュルフ。
彼らとの繋がりも絶たれて。
ありとあらゆるモノが、消えてなくなって。
私という人間の役割など……元より存在しない事を思い知らされたのだった。
「っはぁ、痛いっ、痛いぃぃ!!!」
ザックリと斬られた脇腹を抑えながら、私は歩みを進める。
頭の中は、怖いという気持ちで一杯だった。
「だ、だから、嫌なのよぉ。戦うのは大嫌いなのよぉ」
嘘である。
ついこの間まで、戦うのが好きだった。
だって、私は、敵なしだったから。
人間にも、魔物にも、魔族にだって負けない。
パパもママも、私を天才だって褒め称えた。
魔王様だって、四天王の座を与えるっていってくれた。
だからこそ、完全に調子に乗っていたのだ。
私の血を幾分か飲ませた上で、魅力のスキルでメロメロにした人間……肉人形を容易く倒してみせた4人の少年少女。
彼らの血を飲めば、もっと強くなれる。
そう思って、絡みに行ったのが間違いだった。
初めは、いつも通り、穏便な手段で血をもらいに行った。
魅了のスキルを使いながら、おもてなしをして、お互いハッピーな取引をしようとした。
それが通じなければ、誠心誠意お願いした。
なのに、あの堅物ちゃんが悉く邪魔するから、私もムキになってしまったのだ。
本気を出して、怖がらせてやろう。
その上で、ちょっぴり痛い思いをさせて、ちょっぴり血も貰う。
鬱憤が晴れて、強くもなれる。
完璧な作戦だったのに。
「まさか……まさか、あんなにも強いだなんてぇ……」
私は、負けた。
手加減せず、本気を出して、負けた。
逃げ出した堅物ちゃんを除く、二人の少女と一人の少年にギリッギリのところで負けたのだ。
普通の魔族なら、どう思うだろうか。
復讐を誓ったり、もっと強くなりたいと思うのだろうか。
だが、私は違う。
「人間怖い、人間こわいぃぃ! もう嫌だわぁ。私、お家に引き篭もるぅうう!!」
心がポッキリと折れた。
痛いのも、負けるのも、懲り懲り。
もうイキがったり、調子に乗らない。
勝てる相手としか戦わず、強そうな相手とは絶対に戦わない。
まだ見ぬ強者とエンカウントする確率を下げるため、基本的に涼しい部屋の中で引きこもる。
常日頃から入り浸っている「魔物に関するアブノーマルな性癖を語るスレ」の住人になる。
そう、心に誓った。
感想や評価など、是非お願いします!