「はぁ……、何がもう、どうなってるのよ」
湯船に体を沈める人物。
その名はオルガマリー・アニムスフィア。
散々な目に遭い続けた人生を送った彼女。今は晴れてカルデア所長に復職したが、謎の怪奇現象によりカルデアは静止した世界へ取り残されてしまった。
進まない時計の針。寒空の下の南極。
人類の未来を巡る戦いを終え、終わったはずの旅はこうして今も違う形で再開することとなってしまった。自分がともに歩めなかった罪悪感と、これからは共に歩めるという喜び。
そんな思いを胸に歩むはず――だったのだが。
唐突に蘇ったマシュ・キリエライトの謎の記憶。
本人以外が知らない奇妙奇天烈な話と呪われた書物。
彼女、オルガマリー・アニムスフィアはくたびれていた。
これからの話をするはずが、これまでの知らない話を叩き込まれる異常事態。証明不可能な理不尽の数々。カルデアの所長故に無視も出来ない。
彼女を苦しめている最新の話題。
それは『第二特異点 閉塞理想庭園 ドラコセプテム』
マルタの宝具で吹っ飛ばされて気を失い、医務室で目を覚ましたら枕元にあった邪悪な書籍の続編。見たくないという思いと見なければならないという義務。
逃れられぬカルマ。
「いや、いやいやいや」
「やっぱりおかしいのよ。なに? 第2特異点って序盤でしょ。序盤も序盤にラスボス戦って、なんで勝ててるのよ!?」
「そもそも、ローマ帝国の超長距離遠征に平然と同行するとか体力お化け過ぎない? あいつって人間よね? いやでも、アメリカ大陸横断してたりするし、こういうものなの……?」
考えて欲しい。イタリア中部からフランス中部くらいまでを己の足で、軍隊の行軍に食らいついていくことを。
普通にやばいなって。そう思うオルガマリーは正気である。
湯船にさらに深く体を沈めて、彼女は振り返る。数十分前の出来事を……。
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机の上には茶菓子と紅茶。それもなるべくいい物を。
彼女は緊張した面持ちで目の前に座る人物と向き合う。例の書物に登場した重要参考人に話を聞くべく、心を奮い立たせてわざわざ呼びだしたのだ。
「で? 何が聞きたい? 話とは何だ。暇ではあるが、やることがないわけではないのだ。さっさと言え」
紅茶を啜りながら話を急かしてくるのはドラコー。第一再臨の姿で訪れた彼女は不満げに尻尾を揺らし、その目は気怠げである。
「……お忙しいところ悪かったわね。どうしても聞かないといけないことがあったから、所長としてあなたを呼びだしたわ。付き添いの従者も許しましょう」
「ご丁寧にこれはどうも~。私、ロクスタまでおもてなしして貰えるとは感激です!」
「本当にそう思ってるの……? まぁいいでしょう。まずは話を聞きましょう。貴方たちはマスターである藤丸立香、彼とどういう経緯でこのカルデアに来たのかを」
「はぁ? なんだそんなことか? まぁいいだろう、ならば余と騎手との情熱的な出会いから……」
「いやそういうのはいいから、どういう経緯だったかを教えてちょうだい」
「つまらんやつだな……。まぁいいだろう、教えてやる。ロクスタ、任せた」
「いや、あなたが話さないんかい」
「ではでは失礼しましてこの私が。魔獣赫達がマスターを拉致したのが全ての始まりで、消滅寸前の自分を維持するためにマスターと勝手に仮契約を結んだんですね。それも帰すという約束付きで。一緒に七つの証明世界を踏破して、マスターがネロ様の死を拒み、ネロ様もマスターを相棒として認める。うぅ、感動的ですねぇ!」
「しかし、悲劇のヒロインであるネロ様は己に引導を渡すべく全てを進めていました。不肖、ロクスタもです。しかし魔獣赫達の敵対という苦難を超えて、お二人はゴールイン。『人類と共に歩むビースト』として自己を再定義し、マスターの初めてのビーストクラスのサーヴァントとなりました。その後は縁によりこちらへ私共々召喚され、日々人類の未来のため戦っている。……こんな感じですかね?」
「素晴らしい。やはり騎手との出会いは運命だったな。最も多くの獣を屈服させた者と歌劇の如き縁を結んだのだ。やはり特別感があるな」
ウンウンと頷く二人。ドラコーからは心底嬉しそうな様子が漏れ出している。
だが対照的に、オルガマリーは心の余裕が消えていく。
「(どどどどどどどどうしよう……、話が違いすぎる!! どうしたら……。えぇい、ままよ!!)」
バンっと机を叩き、場の空気を硬直させる。衝撃でカトラリーも高い音を立て、紅茶に波が立つ。
肩を跳ねさせるロクスタと、不遜な者を見下すビーストⅥ。
「なんだ? 何か不満だったか?」
「不満はないわ。疑問はあるけれど」
「疑問だと? お前達は記録を持っているはずだ。整合性ならばそれですり合わせれば良い話だ」
「いいえ、そうはいかないわ。これを見て貰おうかしら」
そうしてオルガマリーが差し出したのは『ファーストサーヴァントは譲れない』。
出来たら視界に入れたくないが、心の平穏のためだ。仕方ない。
「なんですか? コレ。なんか、物々しい気配してますけれど」
「とりあえず読んでちょうだい。前提としては、これは史実であるということを考えておいてね。そのうえでドラコー、あなたには答えて貰うわ。身に覚えがあるかをね」
「フン。何かと思えば、呼びだされた要件は読書の感想か。いいだろう、付き合ってやる。ほらロクスタ。読むぞ」
「勿論ですよ、こんなのパパッと読んでマスターさんときのこ料理の試食会でもしましょうか」
かくして、二人が書を開く。
主犯と共謀者。オルガマリーは彼女たちが何かを知っていれば良いな、くらいの気持ちで読ませるために呼びだしたのだ。
はたしてその成果は如何に…………?
「なんだこれは……………………?」
「なんなんでしょうか……」
「そうよね! 私がおかしいわけじゃないのよね!!」
出来たんだ、仲間!
話題の共有は親睦を深める第一歩。ヴォイニッチ手稿にもそう書いてある。
「待て! 余はお前に同意したわけではな……、いや、そもそもなんだコレ!?」
「さぁ、聞かせて貰うわドラコー! いいえ、ビーストⅥ!!」
「!?」
「第2特異点を私物化して、アグリッピナを唆して内戦を起こしたことは?」
「ない」
「別の世界線でカルデアのマスターと戦ったことは?」
「それは……ある。あるけど、こんな結末になるような運命は経験してない! そうだろう、ロクスタ!」
「えぇぇ!? こっちに振るんですかぁ!?」
「いいわよ、貴女にも聞くわ。こんな露骨な悪役ロールしたことは?」
「いや、ここまではしてないです。やらかしたことは数多くありますけど、こんな明らかなヘイト役はちょっと…、キャラじゃないっていうか」
「宝具でローマ帝国を終焉させたことは?」
「ローマ帝国サ終RTAとかネロ様に出来るわけないじゃないですか……」
「なんかやばそうなサーヴァント達と死闘を繰り広げたことは?」
「レイドボスになったことはある」
「「「……………………」」」
気まずい雰囲気が漂う室内。
明らかに全員が困惑している。少なくとも二つの世界線を知る者が集まっているのに、何一つ話が交錯しないという、コメントに困る状況。
耐えかねたのはドラコー。
「なぁ、どう考えてもこれ創作物だろ? そうだと言ってくれ。ここまで露悪的なマスコットじゃないんだぞ、自分は」
「そうですよ、ネロ様はシリアスからいちゃラブコメディ、ほんわかギャグからマスターしゅきしゅき ナイトクラブ(意味深)まで何でもござれなんですよ! 訂正を求めます!」
「おま、お前ぇぇぇ!! どんな評価してるんだ!?」
アワリティア「是非もなし。世界を滅ぼせるくせにマスターに構ってもらえないだけで機嫌が悪くなる女よ。聖杯はいくらでも作れるのに、欲しいものだけ『マスターに構ってもらうこと』なの、安上がりすぎない?」
スペルビア「然り。ツンを使わずデレを隠さないとは、手札を一つ捨てたも同然。愚かなり。人類を喰らう黙示録の獣、今日もマスターのログイン待ち」
アケディア「故に他の獣から後れを取り、水着も獲得できぬのだ。ネロを『愚かなる余』って呼んでるけど、他人事みたいに言えば黒歴史じゃなくなると思ってる?」
グラ「別の世界線でも負けてて草。ローマではないと言いながら、ローマ関係者への反応だけ毎回クソ重い女め、頭を冷やせ」
インヴィディア「我らは負けヒロインに反逆する」
イラ「目の前のビーストもどきの所長にも敗北する弱き獣よ……。悔しかったらマスターに夜襲でもしかけて見せろ。傲慢、冷酷、人類悪。寂しがり屋なのだから定期的に遊んでもらおうな」
ルクスリア「堕落させる側なのに、マスターが本当に堕落して働かなくなったら一番キレそう。最終的に人類愛に着地したので、壮大なスケールでツンデレをやってるだけ。恥ずかしくないの?」
唐突に現れた魔獣赫達。
主人を心ない言葉のナイフでえぐっていく。可哀想。
「はぁぁーーー! いいだろう、そこまで言うならやってやる! 表に出ろ! マスターの部屋で決着を付けてやる!」
ぞんざいに扉を開け放ち、出て行く一行。
もうメチャクチャだよ。
「………………えっと、なんかすいません。オルガマリー所長」
「いいえ、構わないわ。世界には苦悩する人間がたくさんいるのね。少し心が軽くなったわ」
会釈をして去って行く宮廷の毒使い。去り際に再度一礼するのかと思いきや、くるりとこちらを振り返る。するとどうだろう。なぜかポケットをごそごそ弄っている。
「所長、そのぉ。こちらいります? 苦痛に耐えられないときはこれを飲むと良いですよ」
「………何そのビン?」
「自決用の毒です。味はリンゴ味に調整しました」
「いらないわ。心の安心は保ってるのよ。お別れホットラインは解約済みなのよね」
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先ほどまでの流れを振り返り、オルガマリーは湯船で力を抜く。
結局、なんも分かってないなぁ……、これ……。
(落ち着くのよ、オルガマリー。これはやはり何かの間違い。マシュのあんな邪悪な書物が実際に起こったことな訳がないわ。やはりあの書物は封印しましょう。カルデアの未来と人類のために。……あと私の平穏のために)
「と、いうかね。マスターが満身創痍のままで次の特異点に放り出されてるの、どう考えてもまずいのよね。これどう考えても死ぬでしょ」
ザバッ、と水音を立てながら体を起こし、さぁ立ち上がろうとしたその時。
ガチャッ(爆音)
「!?」
乙女の入浴に忍び込むとはNo-bita=Sun of a bitch!
「やぁ所長! 待たせたね! 洗いっこしようか!!」
「でたぁぁぁぁぁ!!」
そこにいたのはマシュ(?)。
勢いよく浴室へ飛び込んできた彼女は、当然のような顔でこちらへ近づいてくる。
「そんなに驚かなくて良いじゃないか。傷ついてしまうよ。僕と君の仲じゃあないか。ほら、詰めて詰めて。僕も入るから」
「いや、私はもう上がる、上が……、肩を押さえてないでちょうだい! 力強いのよ!」
「僕の方が体重をかけられるからね。地の利はこちらにあるのさ」
かくして始まってしまったお風呂内での女子会。
オルガマリーが浴槽の隅へ追いやられ、なぜかやたらと距離を詰められてしまったのは理解できない。足を腰に絡めて抱きついてくるのはやめて欲しい。
「そうだね、今回も例の本はなかなか満足度が高かったようじゃないか。ぼかぁ、嬉しいよ。ミスプレジデント」
「嘘でしょ……? こんな距離感で普通に話を続けるの? ちょっと、浴槽広いんだから離れてよ……!」
「注文の多い人だな」
「(極めてまっとうな要求だと思うのだけれど!?) で、なんでまた現れたのよ? またマシュの体を操ったりでもして、何か狙いでもあるの?」
「ん~? そうだな。………………特に?」
本当に何を考えているか分からないマシュ・キリエライト(?)。
だが彼女は言葉を続ける。
「藤丸君の故郷には、裸の付き合いという言葉があるという。それに倣ったってところかな? お互いの全てを曝け出して、心のスキンシップを図るって奴ね」
「なんかちょっとそれっぽいわね」
「あ、ちなみに僕は藤丸君とは下腹部で繋がりたいと思ってるよ」
「さっきの言葉は取り消すわ。死んでちょうだい」
不毛なやりとりは続く。アホみたいな雑談、中身スッカスカの身の上話。
オルガマリーの探りは悉く撃沈していく。
「ねぇ、そろそろのぼせそうだから私もう出たいんだけど」
「そうなの? じゃ、出ようか」
立ち上がり、脱衣所へ向かう二人。しかし、オルガマリーが背後を曝したその瞬間。
彼女の視界が反転し、次の瞬間にはひんやりした床へ押さえつけられていた。
「な、なにを……!? 離しなさいよ!」
「いやぁ、ちょっと考えたんだ。どうすれば藤丸君にもっと近づけるかなって。彼と僕を結ぶ運命の赤い糸。しかしそれはあまりにか細く、遠い。嗚呼、愛する僕たちがこんなにも遠ざけられるなんて! 名のある作家には是非書き下ろして欲しいね」
意味不明な言葉を吐くマシュ(?)にドン引きしていると、その手がオルガマリーの肩を押さえつける。もう片方の手も逃げ道を塞ぐように床へ置かれた。
「だからさぁ、まずは彼に色目を使ってそうな君をこっち側へ引き込んじゃおうかなって、ねぇどう思う?」
ぞわりとする気配と、魂を舐められたような寒気。
反射的に己の力を振り絞り、大統領としての力を放つ。
「このっ! いい加減にしなさい! 私だってやられっぱなしじゃないのよ! マシュには悪いけど、反撃させてもらうわ!」
「おっとそこまで、ハイハイ降参降参」
手をフリフリさせながら軽い態度でオルガマリーをあしらう目の前の存在。
口元には余裕のこもった笑みが浮かぶ。
「いやはや、ごめんね。さっき言ったことは半分嘘だからさ。気にしないでよ。それにね、君程度ならたとえその姿を使ったとして………………敵じゃないんだ。悪いね。今後とも仲良くしてよ」
「今更聞き入れられるわけが…………」
「いいや、君は受け入れるね。そうするしかない。前にも似たようなこと言ったでしょ?」
「リスク管理は所長の役割で、君は得体の知れない存在と遭遇した。そしてそれは、このカルデアにおいて貴重な人類最後のマスターが信頼を寄せるサーヴァントの姿を借りている。混乱を防ぐために君は口を閉ざさなくてはならない。しかし、対応するために君は僕を意識しなくてはならない。だからさ」
「仲良くしようか、僕たち」
かくして再び謎に包まれたマシュの知る旅路。
オルガマリーの苦難は続く。
重傷で次の特異点に放り込まれた藤丸の運命は?
全てはマシュの握る謎の書物、『ファーストサーヴァントは譲れない』、その内部に。
賽子は振り出され、運命の歯車は既に壊れている。
彼ら彼女たちの過去の旅路は何を描き上げるのか?
全てはまだ、暗闇の中である。
お仕事が急がし過ぎてシルバーウィークが消滅するらしいよ。
悲しいね。
本当に悲しい。
おかげで全然書けない。(仕事量が)多すぎるッピ!
次の物語は
-
オルレアン後の話(1.5)
-
セプテムの次の話(3)