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その名前が、日本に現れたのは偶然ではなかった。
――タカザキ。
警察庁の会議室に、重たい沈黙が落ちる。
プロジェクターに映し出されたのは、粗い監視映像と、いくつもの死亡報告。どれも日本の事件ではない。アフリカ、砂漠、難民キャンプ、夜明け前の銃声。画面の隅に、同じ名前が繰り返し記されていた。
「過激派テロ組織《ヴェリア》幹部。コードネーム、タカザキ」
説明する声は淡々としていたが、その裏にある緊張は隠せていなかった。それまで“国外限定”とされていた存在が、突如として来日した。その事実だけで、十分すぎるほどの異常だった。
だが、本当に奇妙なのはそこではない。
「……この人物、日本ではまだ何も起こしていません」
誰かが呟いた。
会議室の全員が、同じ疑問を抱いていた。テロリストは、目的なく動かない。にもかかわらず、タカザキはただ――“いる”。
その数時間後。横浜郊外の保護施設に、一人の少女が運び込まれた。
名前は、カナ・イシカワ。
年齢、十五歳。
小柄な体を包むブランケットの中で、少女は不安げに指先を握りしめていた。視線は定まらず、焦点の合わない瞳が、空虚な空間を彷徨っている。
「……姉を、探しているんです」
か細い声で、そう言った。
その言葉が、どれほど危険な意味を持つのかを、少女自身は知らなかった。
同じ頃、都内の雑居ビルの一室で。
携帯電話の画面に表示されたニュース速報を、フードの影から眺める人物がいた。
「テロ組織ヴェリア幹部、タカザキ来日の可能性」
短く、息が吐かれる。
「……遅かったか」
低く、掠れた声。その手は、銃ではなく、薬瓶を握っていた。
名前を捨て、顔を隠し、数えきれない罪を背負ってきたその人間は、誰にも知られずに呟く。
「……見つかるな。どうか」
それが、誰に向けられた祈りなのか。
その祈りが、すでに叶わないことを――彼女は、もう知っていた。
こうして、
“保護される少女”と
“追われるテロリスト”の物語は、静かに交差しはじめる。
まだ誰も知らない。
その二人が、
姉妹であることを。
―――
登場人物
タカザキ
…過激派テロ組織「ヴェリア」の幹部。アフリカ諸国を拠点としていたテロリスト。
カナ・イシカワ
…メキシコ育ち。持病で視力がなくほぼ見えてない。15歳。姉を探している。
カジヤ
…永瀬と過去に面識があり、互いに扱いが雑。タカザキの右腕。
羽生 信也(ハブ)
…過激派テロ組織「ヴェリア」の最高幹部
セリ・タカサキ
…カナの姉。
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永瀬
…警視庁捜査一課 警部補。皆見とバディを組んでいる。カジヤとは因縁の関係。49歳。
皆見
…警視庁捜査一課 警部補。面倒見が良く、カナの身辺警護を担っている。52歳。