――守るための網は、誰かを締め上げる。
――…
地図の上に、赤い光点が増えていく。
「配置、完了です」
モニター室に、淡々とした声が響く。
壁一面に映し出されたのは、山下埠頭周辺の俯瞰図。
倉庫群、岸壁、コンテナ、進入路。
公安警備局・作戦本部。
「警察機動隊、第一線に配置済み。海上保安庁、湾口封鎖完了」
「上空、ドローン監視入ります」
指揮官は、腕を組んだまま画面を見つめていた。
「……“タカザキ”は?」
「現在、移動中と推定。ただし、ヴェリア側の誘導が巧妙で、正確な位置は不明です」
一瞬、沈黙。
「保護対象――カナ・イシカワは?」
「別地点で確保。現在、非公開施設へ移送中」
その言葉に、誰かが小さく息を吐いた。
――守るべきものは、守った。
では――
「作戦目標を再確認する」
指揮官が、低く告げる。
「第一。一般市民への被害ゼロ」
「第二。過激派組織“ヴェリア”の幹部拘束、もしくは殲滅」
視線が、地図中央へ落ちる。
「第三。“タカザキ”の確保」
その瞬間、若い分析官が、言葉を選びながら口を開いた。
「……もし、抵抗した場合は?」
指揮官は、即答しなかった。
数秒。
その沈黙が、答えだった。
「……必要とあらば、排除対象とする」
空気が、張り詰める。
「彼女は――」
別の声が、途中で止まる。
“被害者”だと言いかけたのだろう。
「承知しています」
指揮官は、目を伏せない。
「だが、彼女は同時に、多数の死を引き寄せる“核”でもある」
モニターに、過去の映像が流れる。
爆発。
銃撃。
瓦礫。
「一人を救うために、百人を危険に晒すわけにはいかない」
冷静な声。
理屈としては、正しい。
しかし。
画面の端に、別のデータが映る。
――カナ・イシカワ 15歳
――視覚障害
誰も、その画面を長く見なかった。
「山下埠頭は、罠だ」
分析官が言う。
「ヴェリアは、“タカザキ”を処理する気です。こちらの介入も、織り込み済み」
「なら、なおさらだ」
指揮官が、言い切る。
「ここで終わらせる」
通信が入る。
「……民間人二名が、独自に埠頭へ向かっている模様」
皆見と永瀬だった。
指揮官は、眉をひそめる。
「止められないのか」
「既に、監視網を抜けています」
短い舌打ち。
「……厄介だな」
だが、命令は変わらない。
「包囲網は維持。“タカザキ”が現れた時点で、確保。抵抗があれば――」
言葉は、最後まで言われなかった。
必要ないからだ。
画面の中で、山下埠頭が赤く囲まれる。
完璧な、包囲。
逃げ道は、ない。
それでも。
誰かが、小さく呟いた。
「……彼女、まだ二十二ですよ」
指揮官は、答えなかった。
答えられなかった。
守るために引いた線は、
誰かを必ず、線の外に追いやる。
今夜、その線の外にいるのは――
“タカザキ”という名の女だった。