光を渡した夜   作:Haruyama

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第14章 それでも、歩くしかなかった


第15章 電話は夜を選ばない


第16章 包囲の外側で






第14-16章 三視点交錯

――…

 

 足が、思うように動かない。

 血の匂いが、自分のものだと分かるまでに、少し時間がかかった。

 

 

「……っ」

 

 

息を吸うたび、肺が軋む。

肋が、いくつか逝っている。

 

 

 それでも、止まれなかった。

 

 

前方――潮の匂い。

 

重機の唸り。

コンテナが軋む音。

 

 

 “山下埠頭”

 

 

 

 予定通りだ。

 

 

 追跡は、まだ続いている。

 わざと、痕跡を残してきた。

 

 

 

 

――“タカザキ”は、ここに来た。

 

 そう思わせるために。

 

 

「……馬鹿だな」

 

 

 自分に向けて、笑う。

 でも、これしかなかった。

 

 

カナを逃がすには。

皆見と永瀬を、生かすには。

 

 

――私が、ここで終わるしかない。

 

 

 通信機が、微かに震える。

 雑音の向こうで、知っている声。

 

 

『……確認した。予定通りだ』

 

 

 カジヤ。

 

 

「来るな」

 

 

 掠れた声で、言う。

 

 

『分かってる』

 

 

 即答。

 

 

『だが、逃げ道だけは作る』

「……余計なことを」

『今さらだ』

 

 

 通信が、切れた。

 

 

 セリは、コンテナの影に身を預ける。

 夜の海が、暗く広がっている。

 

 

「……カナ」

 

 

 名前を、口の中で転がす。

 

 

声にはしない。

届かなくていい。

生きていれば、それでいい。

 

 

 遠くで、エンジン音。

 

 

――来た。

 

 

 “タカザキ”としての時間が、始まる。

 

 

―――――――――

 

 

――…

 

 

 保護施設の部屋は、静かすぎた。

 

 

音が、整いすぎている。

人の気配が、遠い。

 

 

 それが、怖かった。

 ベッドに座り、膝の上で手を組む。

 

 

――まだ、早い。

 

 

 時計の音で、分かる。

 

 

 なのに。

 胸の奥が、ざわついている。

 そのとき。

 

 

――ピリリ。

 

 

 固定電話のベル。

 心臓が、跳ねる。

 

 

「……はい」

 

 

 声が、震えた。

 

 

『22時までに、山下埠頭へ来い』

 

 

加工された声。

冷たい。

 

 

『来なければ、姉は殺す』

 

 

 世界が、止まる。

 

 

「……お姉ちゃん、は」

『“タカザキ”だ』

 

 

 名前が、刃物みたいに刺さる。

 

 

『一人で来い』

 

 

 電話は、一方的に切れた。

 受話器を、握りしめたまま、動けない。

 

 公安の人間は、別室だ。

 今、呼べば守られる。

 

 それでも。

 耳の奥で、声がする。

 

 

――生きて。

 

 

 逃げろ、と言った声。

 でも。

 

 

「……ごめん」

 

 

 カナは、立ち上がった。

 守られるだけじゃ、終われない。

 

 

 

 姉を、“名前”で殺させないために。

 

 

 

 

 

――…

 

 

「……完璧だな」

 

 

 永瀬が、低く呟く。

 

 

山下埠頭は、完全に囲われていた。

 

表も裏も。

陸も、海も。

 

 

「公安の本気だ」

 

 

 皆見は、唇を噛む。

 

 

「このままじゃ、セリは――」

「分かってる」

 

 

 永瀬は、銃を確認する。

 

 

「だから、行く」

「正面突破?」

「まさか」

 

 

 一瞬、視線が交わる。

 

 

「“想定外”になる」

 

 

 永瀬は、地図を折りたたむ。

 

 

「向こうは、“タカザキ”しか見てない」

「……だから?」

「だから、救う」

 

 

 皆見は、息を吸った。

 

 

「取り返す」

「それだけだ」

 

 

 二人は、闇に紛れて動き出す。

 

 

 

 

包囲網の、ほんのわずかな隙間へ。

誰も、正解を持っていない。

 

 

 

だが。

誰かを切り捨てる結末だけは、

選ばないと決めていた。

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