―――…
音が、遠のいていた。
銃声も、怒号も、サイレンも。
すべてが水の中みたいに歪んでいる。
セリは、自分が倒れていることを、少し遅れて理解した。
(……まだ、生きてる)
胸の奥が、焼けるように痛い。
呼吸をするたび、血が泡立つ感覚がある。
「セリ! 聞こえるか!」
永瀬の声。
近い。
「……うるさい」
かすれた声で、そう返す。
カナの手が、離れない。
「お姉ちゃん……お姉ちゃん……」
その声だけは、はっきり聞こえた。
「……大丈夫」
嘘だと分かっていても、言う。
そのとき。
足音が、ゆっくりと近づいてきた。
拍手。
――パン、パン。
「素晴らしい」
羽生信也――ハブ。
煙の向こうから、無傷で現れる。
「撃たれてもなお、庇う。君は本当に、出来がいい」
「……黙れ」
セリは、視線だけで睨む。
「君の人生は、私が作った」
ハブは、淡々と言う。
「恐怖も、技術も、選択肢も。すべてだ」
「違う」
セリは、息を吸う。
痛みで、視界が白くなる。
「……私が、選んだ」
ハブが、初めて眉をひそめた。
「まだ、そんな幻想を――」
「“タカザキ”を選んだのは」
セリは、言葉を切る。
「生きるためだ」
カナの手を、握り返す。
「でも、今は違う」
「何が、違う?」
ハブが、嘲る。
「……名前だ」
その瞬間。
永瀬が、一歩前に出る。
「羽生信也」
はっきりと、呼ぶ。
「お前は、終わりだ」
同時に、皆見が引き金を引いた。
――バンッ!
銃弾は、ハブの肩を貫く。
「……っ」
よろめくハブ。
その隙を、公安が逃さない。
『確保! 確保!』
数人が一斉に取り押さえる。
ハブは、床に押し倒されながら、セリを見た。
「……後悔するぞ」
セリは、静かに答えた。
「もう、後悔は借り物だ」
それが、終止符だった。
羽生信也は、連行されていく。
拍手は、もうない。
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セリの意識が、再び沈みかける。
「医療班! 早く!」
永瀬の怒鳴り声。
「出血が多い!」
担架の音。
カナが、縋りつく。
「お姉ちゃん、行かないで……」
セリは、かろうじて目を開ける。
「……行かない」
唇が、わずかに動く。
「今度は……帰る」
救急車の扉が、閉まる。
サイレンが、鳴り響く。
遠ざかる埠頭。
血と名前と銃声の場所から、切り離されていく。
皆見が、静かに言った。
「……間に合うよな」
永瀬が、短く答える。
「生きる気が、強い」
それで、十分だった。
――…
セリは、意識の底で思う。
(……カナ)
視えなくても、
名前を呼ばなくても。
もう、繋がっている。
――私は、“タカザキ”としては終わった。
生き延びるのは、
姉としてだ。